OIS-031「やれることと、求められること」
いつものように、異世界に旅立つ佑美。
そして戻ってきた彼女は……無言で、ベッド際に座っていた俺に抱き付いてきた。
「佑美? 何か、あったのか?」
「……ちょっと」
普段の佑美は、委員長というよりは副委員長あたりが似合いそうな性格だ。
だから、異世界でも明るさが必要であれば明るく、静かにすべきところは静かにできるタイプだ。
だからこそ、聖女なんて呼ばれても拒否はしていないと思うけれども……。
「怪物が近くに住み着いたっていうから、討伐について行って……人が捕まってたの」
「そう、か……」
それ以上は特に言わず、ベッドにもたれかかるようにして抱きしめる。
相変わらず不思議な異世界を行き来する扉は、汗ばんだ状態は再現したようだった。
不快ではないけれど、何日も全力で動いたような様子だった。
詳細は、聞くまでもない。
アニメやゲームでも、怪物に捕まった人間に待ち構えてるものと言えば、だ。
殺されるか、女性であれば慰み物になるか。
「咄嗟に癒して、でも……生き残りたくなかったって。私、どうしたらよかったのかな……」
「難しいな……」
高校生の俺でも、こういう時に被害を受けた女性が、傷物という扱いを受けるんだろうなということはわかる。
ましてや、同じ人間じゃない、怪物相手となれば色々と厄介さが増すのだろう。
例えばそう、怪物の子供をなんて可能性。
(佑美……)
人間、考え始めると止まらない物で、俺の脳内では佑美が無事じゃないことを考えてしまった。
抱きしめ、佑美を感じることでその悪い妄想を振り払う。
彼女はそれを何か勘違いしたのか、抱きしめ返す力が増す。
「月並みな言い方になるけど、こっちの常識とあっちの常識は違う。村長さんとかに聞いてみるぐらいかな? だけどさ、俺も助けたと思う。生きてほしいって、思ったと思う」
偽善、かもしれない。
助けて、生き残った後にその人たちがどう生きていくというのか。
中には心優しい人が、気にせずお嫁さんにするかもしれない。
しかし、そうじゃないほうが圧倒的なんだろうなと思う。
当事者ではないとしても、そういったことは簡単に想像できてしまう。
「うん……うん……」
腕の中で震える佑美は、まるで小さい頃に戻ったかのようだ。
たった半年ぐらいの、歳の差の妹。
異世界に行くようになって、その差も縮まり、対等に横にいるような存在になったと思う。
今は、俺は彼女を元気づけることができる立場にいる。
なら、その役目を果たすのが、恋人ってやつじゃないだろうか?
「佑美がまた行きたいなら、応援する。そうだ、向こうでそういう身寄りのない人とか、普通に暮らせなくなった人のためのことを考えよう。内職みたいなことをやってもらうとかさ、糸や布づくりってどうだ? 設計図は、調べたら多少は出てくるだろうし」
「それいいね! そうしたら、あの人たちも笑顔を取り戻せるかな……ううん。出来るように頑張りたい!」
本当は、佑美がやらなくてもいい事なんじゃないかなとも思う。
でも、彼女は聖女……少なくとも、そう呼ばれることを拒否していない。
だったら、その名前を活かす活動をするのも、大事なのかなと思うのだ。
二人で顔を突き合わせ、パソコンのモニターを覗き込みながらあれこれとネットの海を漂う。
幸いにもというべきか、既に古臭い過去の技術扱いだからか、簡単な設計図みたいなものは公開されていた。
古い物で糸車とかを探すのもありなんだろうけど、糸車ぐらいは向こうにもありそうだ。
「服がもう少し、安くたくさん手に入ると嬉しいなと思うの」
「ああ、そうだな。手縫いというか、手仕事での衣服も高級品としては、残ると思う。今もそうなんだしな。普通の人の服が、変わってくるといいな」
泣いたカラスがなんとやら、目は赤いまま、考えを切り替え始めたらしい佑美。
うん、そういうところが、聖女って呼ばれる理由なのかな。
俺に、同じようなことができるかどうか……。
気が付けば、良い時間になっていた。
佑美の調べ物を止めさせ、明日のために寝ないとと、誘導する。
こうでもしないと、こういう時の佑美は夜更かしをしてしまうのだ。
そう、最初の頃にゲームでもしてたのかなと思ったほどに。
シャワーを浴びさせている間に、片づけをしておく。
あまり時間はかからず、上がってくる佑美。
風呂上がりのほかほか具合に、少しドキドキしていると……。
「ちょっとお願いがあって……」
「お願い? 代わりに調べておいて、は無しだぞ?」
たぶんそうだろうという予想は外れ、彼女が伝えてきたお願いは……ちょっと恥ずかしい物だった。
寝れるまで、手を握っててほしいという物。
なんなら、添い寝でもいいとまで言われてしまう。
「あのな、佑美。俺だって男だ。さすがに添い寝は無理だな」
「えー! わかった。でも手は握っててよ」
乗り越えたように見えて、やはりまだショックだということかな。
気持ちはなんとなくわかるので、断りにくい。
結局、俺が我慢することにした。
布団を持ち込み、俺は床側に寝る形でお互いに少し伸ばした手を握り合う。
布団から出てるから、冷房により少し冷える手も、握っていると温かい。
「たっくん」
「どうした?」
常夜灯だけの、オレンジ色の部屋。
目は開けずに、声に応えるだけ。
「私、頑張りたい」
「……ああ、一緒にな」
それからは、静かになってしまう。
気が付けば、寝息が聞こえてくると同時に、手はほどけてしまった。
そのことが少し寂しく思えながらも、俺も部屋を出ずにそのまま寝ることにするのだった。
もう何話かで区切り予定です




