OIS-028「聖女の意味するところ」
あの襲撃の日から、佑美は少し変化したように思う。
見た目は、向こうに行く前のまま。
変わったのは、気の持ちようって部分かな?
「今日は、くみ上げ用のポンプを提案してこようかなって思うの」
「なるほどな。実物は無理でも、設計のヒントなら、大丈夫かな? 都市部なんかだと集中してくみ上げると、地下水が減ることで地盤沈下もあり得るらしいけど……向こうの人口ならそこまでいかないか」
以前と比べ、積極的に向こうの生活を改良する提案を口にするようになった佑美。
個人的には、こういう時にありがちな流れでもあり、気を付けなければいけない部分でもあると思う。
「インフラに関わることは、誰かが独占するとろくでもないことになるからなあ。出来れば、作った後に領主ぐらいな人たちに、権利買い上げと自分たちは使う権利をもぎ取るぐらいがいいと思うぞ。誰かに販売を任せると、利権でめんどくさいことになる」
「やっぱそうかなー? まずは村長さんのお家にって思ってるかな。それから村で少し作って、行商の人に聞きながら、他の場所でも試してみて……それから上に持って行こうかなって」
ちゃんと佑美も考えてるな、と思う瞬間だ。
特許みたいなのは、今のところないらしい。
まあ、ああいうのは効力があるのか?って問題もある。
精々が、さっき言ったように偉い人にその人の領地内での管理を丸投げするぐらいだろう。
例えば、専用の刻印が入った部品以外を使うと税金を取る、とかさ。
井戸だって、そうあちこちに掘る物じゃないから、そこまで類似品であふれるってことはないと思いたい。
「そうだ。それで思い出した。石鹸が少ない理由は、油の問題じゃないかと思うんだ」
「あー、向こうだと家畜ってあんまりいないんだよね」
以前、石鹸らしきものはあるようだけど高級品という話を聞いた。
材料を考えると、まだ技術が定まってないのかなとも思ったのだ。
でも、そもそもの問題としての材料の都合だと考えている。
「怪物から脂が取れないか、向こうで相談してみたらどうだ?」
「! たっくん、その発想はなかった!」
「獣タイプなら、そこそこ取れると思う」
言いながら、向こうでは心情的な問題も、どこかにあると思うと想像する。
怪物っていうと、汚れてるみたいなイメージがあるだろうしな。
後は、どうやって持って帰ってくるかだが……。
「馬車があるなら、大八車っていうかリヤカーの類も作ってもらおうぜ。近場なら、運ぶのに便利だし、畑仕事も楽になるだろ」
「そうする! 鍛冶屋さんや職人さんにお願いしないと! そうそう、こっちに戻ってることは、よそにはまだばれてないよ。村長さんたちには、学び直してるってことにしてあるの」
「魔法の研究も必要だな。聖女らしいことも、出来るようにならないと」
今のままだと、少々聖女というよりは便利屋というか、うん。
俺の中では、聖女っていうと白いドレスにおしとやかで癒しの奇跡を!って感じだけど。
「あはは、そうなんだよねえ。でもね、色んな聖女の伝説があるんだよ? それこそ、竜に跨って駆け抜けた戦場の聖女なんてのもあるみたい。むかーしむかしだけど。だから、私なりのでもいいのかもね」
「了解しました、聖女様」
おどけて言えば、良い顔で笑う佑美。
うん、俺の知ってる、高校生な佑美だ。
一緒に行けるようになればいいのだけど、もし……。
「父さんたちみたいにさ、家にいない職業になろうか。それこそ、実際に海外で買い付けたりする商売でもいいんじゃないか?」
「それって……プロポーズ?」
言われて、自分の言葉の意味するところに気が付いた。
とっさに、違うとか出そうになったところで、何とか自分を抑える。
恥ずかしがってる場合じゃ、ない。
「まだ気が早いかな? 俺も勉強して、こっちの立場を作る。佑美も頑張って、向こうの立場を作る」
「んふふー、じゃあ競争かな」
同意しそうになりながらも、気が付く。
この条件だと……どう考えても。
「向こうで、倍以上過ごせて既に立場がある佑美の方が、有利じゃないか?」
「そのぐらいハンデだよ。言い出しっぺなんだし」
一体どういう、と思うところだけど笑うしかない。
やることが決まれば、勉強することは数多い。
時間は、いくらあっても足りないのだ。
「風邪をひいても、向こうだと寝てるだけだからね。薬も持って行けたらなあ」
「現物は、出所が問題になるからなあ。あまり、神様から授かりました、はいつもの手段にしたらまずいだろうし。今回のも、スタンピートのごたごたでごまかすしかないだろ?」
「うん。もうないよって一応言ったけど……どうだろう。だからポンプとかを作ってもらって、そっちにそらそうかなあって」
急に、積極的になったのはそう言う理由もあるようだった。
なんとなく、気が付く人はそれをきっかけに聞いてきそうだけど、まあどっちにしても何もしないほうが問題か。
もうすぐ夏休みも終わり。
そうなれば、向こうにいられる時間も限られるし、やれることも制限されてくる。
「地球と異世界、2つの人生が味わえて、贅沢な話だな」
「うんうん! でもね、大事な人の一番は変わらないよ? 向こうにも格好いい人とか、すごい人とかいるけど。私にとっては、一人が一番上」
視線が、絡み合った。
突然のストレートど真ん中に、一瞬で自分が赤くなるのを感じる。
言った本人だって、既に真っ赤だ。
「ありがとう」
「どういたしまして、かな?」
握った手から感じるのは、相手の体温か、はたまた魔力とかいう力か。
佑美が異世界に出かける時間まで、ずっとイチャイチャすることになったのだった。




