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OIS-027「時間よ、止まれ」


 その日は、後半戦に入った夏休みのある日だった。

 今日もまた、これまでのように平和な夏休みが過ごせると、信じていた日。


 でも、きっとどこかでいつかこんな日が来ると、わかっていたと思う。

 異世界という、危険が隣り合わせの世界に佑美が行き来しているという現実が、再び目の前に訪れる。


「たっくん! たっくん!!」


「っと、深呼吸、まずは落ち着け」


 彼女(こう言ってもいいだろう、いい加減に)の部屋で、教科書を読むという大よそ夏休みらしくない俺。

 そんな俺に、佑美は扉から出てくるなり飛びついてきた。

 何かにおびえ、震えている。


「嫌なこと、あったのか?」


 返事はなく、震えたまま。訳が分からないけれど、今は落ち着かせないと。

 まるで小さい子をあやすように、背中を撫でてやると震えが落ち着いてきた。

 なんとか話が出来そうだなと思ったところで、顔を見る。


「話せるか?」


「うん……あのね、怪物がくるの」


 もちろん、佑美がこんなことになるのだ。

 ただ怪物が出て、大変だというだけではないのだろう。

 例えばそう、物語にあるような大きな……ドラゴンだとか。


「町への買い物についていって、町の壁がすごいなあって思ってたら、毎回遠くにある森から怪物があふれてくるからそれへの備えなんだって。そしたら、ちょうどそのスタンピート……怪物が大発生する予兆があるって」


「森から……あふれる。対策は? いや、もしかして普段聞いてる冒険者、って人たちの仕事の中に、間引きみたいなのが含まれてるのか」


 考えても見てほしい。職業として怪物を討伐することが成り立つというのがどういうことか。

 自然とどこにでもいて、対処が必要なら、向こうの世界はもっと殺伐としてると思う。

 人間の奮戦の結果、危ない場所が限られるのならば? 具体的には、未開拓地であるほど危ないなら?


「町は……たぶん、なんとかなるんだけど」


「問題は村、か。来るとは限らないけどってことだな」


 向こうで着る村娘風な服のまま、床に座り込む佑美。

 不安に震えそうになっているのを感じ、俺も座りながら手を握る。

 とはいえ、俺に出来ることはあまりないように思える。


 向こうに行けるわけでもなく、強い力を持ってるわけでもない。

 通じるような武器があるわけでも……武器、武器か。


(剣、銃……駄目だ。少なくとも日本じゃ、どうしようもない)


 何か参考になる物があるか、本をめくろうとして目に入ったのは、紙束。

 新聞と、それに挟まれたチラシには……。


「佑美、買い物に行くぞ! 時間が惜しい、手分けしてだ!」


「え? 何を、買えばいいの?」


「それは……これだ!」


 佑美に手渡したのは、夏休みの思い出に!等とPOPが踊る、販売店のチラシだ。

 そう……花火だ!


 聞いた限りでは、魔法はあっても火薬はない。

 その上、攻撃魔法なんてことになると、やはり人員は限られる。

 怪物も、経験したことがないはず。


「買うのは主に爆竹やロケット花火、打ち上げなんかの類だ。手持ちは使えないからな?」


「わかった!」


 戻ってきた時の焦り具合や、聞いた話からすると怪物があふれるまで猶予は少ないように思う。

 それに、向こうでの説明だっているのだ。

 時間よ止まれ、そう思いながら2人で駆けまわった。


 そうして、日が傾いたころには、どれだけの人数で遊ぶんだよってぐらいに、花火を買い集めることができた。

 

「取り扱いには気をつけろよ?」


「さすがに私も、どきどきするよ……たくさんすぎたかな」


 元々、佑美の両親が使っていたであろう、人が入りそうなほどの大きなバッグ2つ。

 さらに、探検にでも行くのかというようなリュックサックにも詰め込んだ。

 量としてはこれだけ持っていけるというのは、既に実験済みだ。

 やはり、生き物は移動に条件が……ってこれは今は考えることじゃないな。


「どうしてもってときは、絶対に逃げて来いよ? もし、佑美が向こうでってなったら……俺は一生かけてでも、向こうに行く方法を探して後悔し続けるだろうから」


「脅かさないでよ……それに、帰ってくる。約束、ね?」


 そういうのをフラグっていうんだ、というつぶやきは声にならなかった。

 振り返った佑美が、俺に抱き付いてキスをしてきたから。

 わずかな時間が、ずっと長く感じた。


「行ってきます」


「ちょっとばかり、聖女とは毛色の違う方法だけど……うん。聖女の力、見せつけてやれ」


 ちょっとかな?なんて苦笑のまま、佑美は扉をくぐっていった。

 後には扉だけが残り、持っていけなかったということは無いようだった。


 本当は、向こうに行きたい。

 もしくは、行かないでほしいと言いたい。

 仮に向こうで被害が出ても、それは佑美のせいじゃないだろうと。


 でも、俺が好きなのは、こういう時に見知った相手を見捨てられない、そんな彼女なのだ。

 だから、俺は帰りを待つ。


 夕焼けが過ぎ、夜となり、テレビもゴールデンタイムが過ぎた。

 うとうととして、寝るわけにはと自分を叱って、起き続ける。

 見つめる先は出たままの、扉。


 だんだんと、嫌な気持ちが増えてきて、怖くなってきて……そっと手を伸ばした時。


 扉が、光る。

 佑美が戻ってくる合図だ。


「佑美!」


 出てくるだろうその手を取ろうとして、止まる。

 前に実験をしようとして、もし半端になったらとんでもないことになる、そのことを思い出したのだ。

 もどかしい気持ちを抱えたまま、動きを止めた。


 佑美の腕が出てきて、肩が、顔が……反対側の腕も出きった。


「ただいまっ!」


「お帰り。どうだった?」


 本当は、今すぐ抱きしめたい。

 だけど、それより彼女が喜ぶことは……。


「撃退、成功しました! 聖女の威光、知らしめたよ!」


 全身薄汚れて、それでも綺麗だなと感じる姿で。

 彼女は、異世界で聖女の役目を全うしたといい笑顔になったのだった。


「火薬臭い聖女、か。斬新だな」


「えへへーっ、でも、みんな笑顔になったよ!」


 言い切った佑美は、そのままクッションにもたれかかり、寝息を立て始めてしまう。

 続いたであろう緊張が、一気になくなったからだろうか。


「何か食べるものと……風呂、沸かすか……」


 起こすのもかわいそうで、俺は自身も空腹なことを思い出し、1階に降りていくのだった。


 



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