第35話 帝威四十周年慶典②
ティアからの勧めもあり、帝都にてショッピングと洒落込んでいる俺とミユキ。
ここはあえてデートと言わせてもらおう。
俺が遅刻予防のために時計を見たいと言うと、ミユキも笑顔で賛成してくれたので、時計店を探しているところだ。
歩く路地を変え、少し高級な洋服やアクセサリーショップが立ち並ぶエリアにやってきた。
すぐに時計屋の看板を見つけたので、入ろうとしたところで、俺はこの世界の言語を当たり前のように理解しているのも不思議なもんだとふと思った。
明らかに日本語でも英語でもないのに、読めるし聞き取れる。
まあ今考えても仕方ないので、転移時の女神からのギフトだとでも思っておこう。
ミユキと一緒に店内に入ると、他に客はおらず、店主らしき眼鏡のおじさんがこちらをチラリと見て「いらっしゃい」と声をかけてきた。
店内には、壁一面に掛け時計が、棚には置時計が並んでいる。
形状は俺が前世で見かけていたような品物と大差なく、振り子時計や鳩時計も見られた。
「ああ、腕時計もあるんだ」
ガラスケースには多数の懐中時計が陳列されていたが、レトロなデザインの腕時計も複数置かれている。
「ええ、ただ冒険者には向かないです。多分色んなところにぶつけてすぐ壊れるので」
「なるほど、確かに」
もちろんデジタル時計やスマートウォッチの類は置かれておらず、あくまで文字盤を針が指し示すアナログの時計だけだ。
俺は前世でも特に高級腕時計などにこだわりがあるタイプではなく、一般的な国産メーカーのアナログ腕時計を使用していた。
ミユキの言う通り、懐中時計を購入するのがよさそうだ。
旅の途中で壊れないような耐久性に優れたものがよいだろう。
雨などで水をかぶってもいいように、防水性や防塵性もあるといいのだが。
「うーん、どれにしようかな」
思いのほか色々なタイプが揃っている。
色だけでも金、銀、銅などを基本として濃淡もさまざま、女性向けなのか可愛いパステルカラーの製品もあった。
蓋の有無に彫刻がされたもの、変わったものでは木製やレザーのカバーが付いているのもある。
ミユキも俺の隣からショーウィンドウを覗きこんでいた。
「フガクくんはどんなデザインが好きなんですか?」
「うーん……まあシンプルな方がいいかな。飽きも来ないし。ちょっとアンティークっぽいのもかっこいいよね」
「では、そうですね……これなんかどうでしょう?」
ミユキが指差したのは、真鍮製のような鈍い金色をした懐中時計だった。
オフホワイトで日焼けした感のある文字盤が、程よいアンティークっぽさを感じさせる。
確かに良いセンスだ。
さてお値段は?
「10,000ゼレルか、ちょっと高いかな」
日本円にしておよそ30万円也。
時計と思えば分からなくもないが、日用品と考えると高すぎる。
「ですね……。さすがにこの値段は手が出ませんね」
ミユキも苦笑して他の商品を見始めた。
すると、俺の目に一つの懐中時計が目に留まる。
くすんだ銀色で、蓋部分には民族的で複雑な彫刻がされていた。
文字盤も見やすく、耐衝撃・耐水防塵加工済で冒険者におすすめとPOPが貼ってある。
何より俺の目を引いたのは、ペアウォッチというところだ。
価格も2個セットで2,500ゼレル。
長く使うなら出せる値段だった。
「ああ、可愛いですね。性能面でも使いやすそうですし」
俺の視線に気付いたミユキの反応も上々だ。
「そういえばミユキさんは時計は持ってるの?」
「いえ、私は。以前は持っていたのですが、旅の途中で壊れてしまって。ティアちゃんと別行動することもほぼ無かったので今は持ってないですよ」
「……じゃあこれ買うから一個もらってくれない?」
「え?」
普通に言ったが、俺としては割と一世一代の提案だ。
先ほど訓練場でミユキを困惑させたお詫びをしたかった。
そのために帝都の街に誘ったのだから。
しかし、普通にプレゼントをするというのも何か違う気がしたので、自分の物を買うついでに渡すことにした。
どうせ余るものだし、気安く受け取りやすいかと思ったのだ。
だが正直、俺が彼女の立場だったとして、何の興味も無い相手からペアウォッチの片割れをもらってくれと言われたら、かなり困る。
なので少し迷った。
というのはまあ、半分本音で半分言い訳だ。
俺がミユキに何か贈り物をしたいと思ったのは事実だし、彼女と何か共通のものを持ちたいと思ったことも否定はしない。
というわけで、玉砕覚悟で一応提案してみたわけである。
そして本人の反応といえば。
「い、いえさすがにこんな高価な物を頂くわけには……!」
まあそれはそうなる。
彼女の性格上、「やったー!ありがとうございまーす!」と二つ返事で受け取る方が想像できない。
「えーっと……僕はこれが欲しいんだけど、どうせ一個余るし……あー違う違う。やっぱ今のなし!」
「は、はあ」
途中で、これは取り繕う方が変だと思った。
むしろ微妙な空気になりそうだから急遽方向転換することにする。
こういうのは普通に素直に言った方が良いだろう。
「さっきのお詫びもしたいし、それ以上に僕はミユキさんと同じ物が持ちたいんだけど……駄目かな?」
よくどもらずに言えたと俺を褒めてもらいたいね。
言いたいことは言った、あとは野と成れ山と成れだ。
俺の言葉を聞いたミユキは、目を丸くして驚いているようだった。
「えっと……私とお揃いということで……いいんですか?」
おずおずと、ミユキが真っすぐに俺を見つめて訊いてくる。
「そ、それがいいんだけど……できれば。嫌じゃなければ……あ、でも急に言われても困るよね! やっぱりやめ……」
「フガクくんがいいのであれば……わかりました」
「……お?」
結局微妙な空気が流れる。
一応受け取ってはもらえそうだ。
「あ、わ、私も丁度買おうと思っていたので……! ですのですごくありがたい申し出と言いますか……! あ、でも半分お支払いします……! そうしましょう! ね!」
ミユキは顔を赤くしてあたふたしている。
完全に俺が支払う気だったが、ミユキは身を乗り出して提案してくる。
「え、でも……」
「いえそうしましょうぜひ! 半分支払わせてください……!」
「わ、わかったよ……そうしようか」
「はい! ぜひ!」
俺はミユキの勢いに負けて首肯した。
まあ、自分で金を出した方が気持ち良く使えるのかもしれないが。
というわけで、プレゼントには失敗したが、俺たちは仲良くペア商品の懐中時計を購入することにした。
お金はきっちり1,250ゼレルずつ折半だ。
一部始終を見ていたらしき店主のおじさんには、会計時に愉快そうな顔をされ、何故かサービスでシルバー製のチェーンを2つおまけしてくれた。
「まあがんばりな」とボソッと言われたのは聞き流しておく。
店を出て、俺は購入した二つの銀時計のうち、一つをミユキに手渡した。
「じゃあこれ……ミユキさんの」
「は、はい……どうもありがとうございます……!」
ミユキは両手で受け取った懐中時計を見つめている。
ふと思ったが、彼女の好みを考えずに選んでしまったことに気付いた。
前世からこういうところが俺は駄目なのだと自己嫌悪する。
「大事にしますね」
だが俺の反省も杞憂に変えてくれるような、嬉しそうな笑顔を浮かべてミユキはそう言った。
喜んでもらえたからよしとしよう。
「うん、僕も」
俺も購入した銀時計のチェーンをベルトに繋ぎ、ポケットに入れた。
俺はミユキとの仲が少し深まったのを感じながら、もう少し街をぶらつくことにする。
早速時計で時刻を確認すると、現在13時30分。
昼食には丁度良い時間だが、どうするか。
「どこか、お茶でもしますか? ティアちゃん達もあの様子ではまだ終わらないでしょうし」
ミユキからの提案に俺は頷く。
確かに訓練もあったことだし小腹が空いた気がする。
アポロニアのお屋敷での晩餐はなかなかに豪勢なので、昼は軽めに済ませるか。
そもそもこの世界の人々に三食食べる習慣はあるのだろうか。
俺たちも帝都への旅路の途中の食事は二食程度で、各自適当に摂るスタイルだったが。
「そうだ、店に入る前にちょっとトイレ行ってきてもいい?」
観光客や冒険者など多くの人が行き交うメインストリートへ戻ってきた俺たち。
様々な屋台や、店先で焼かれる串焼きの匂いなどが食欲を誘う飲食街だ。
尿意をもよおした俺は、近くに公衆トイレの案内を見つけたので用を足しに行くことにする。
「ええ、ここで待ってますね」
ミユキは、かき氷やジャンクな軽食を販売し、イートインもできる店の横に立って俺にそう告げた。
見た目も身長も目立つ容姿なので、一人にしておくとナンパでもされやしないかと心配だったが、俺の膀胱はそれどころではない。
まあ彼女をどうにかできる男などそうそういないだろうし、大丈夫だろう。
とにかく早く戻ろうと、俺は足早にトイレに向かって歩き出した。
しかしなんと言うか、今日は楽しい日だ。
こんな何でもない日常を、大切な仲間であるミユキと共に過ごせることに、俺は確かに幸福を感じていた。
―――
ミユキはフガクがトイレに向かっていくのを見送り、目印となる屋台の横で待つことにした。
手持ち無沙汰になり、ポケットに手を入れて先ほどフガクにもらった銀時計を取り出して眺める。
繊細な装飾が、太陽の光を反射して煌めいていた。
―――僕はミユキさんと同じ物が持ちたいんだけど……駄目かな?
彼から告げられた素直な言葉を思い出し、ミユキは自らの心臓が早鐘を告げるのを感じていた。
ミユキはこれまでの人生の中で男性と、いや誰かと揃いの物を持つことなどなかった。
だから、最初は戸惑ったが、フガクに言われたときは素直に嬉しかった。
そもそも、今日は何だか不思議な日だとミユキは思っていた。
知らない相手から求婚されたと思ったら、フガクがそれを庇ってくれた。
街に誘われ、買い物に付き合ってもらい、お揃いの時計を買った。
―――せっかくのデートだし?
ティアに言われた言葉が脳裏をかすめ、ミユキは自らの顔が熱くなるのを感じる。
男性と約束をして二人で出かけ、一緒に買い物をして今から食事を楽しむ。
これはもう、普通にデートなのではないか。
そう意識し始めると、もはやそうとしか思えなくなってくる。
ミユキは銀時計を自らの力で壊さぬようそっと握りしめ、胸に抱えた。
トクントクンと、心臓はいつもより少しだけ速い速度で血液を送り続けている。
(フガクくんは……どういうつもりなのでしょう)
彼の気持ちが分からなかった。
ミユキは、何かと自分のことを気にかけてくれる彼の真意が未だ掴めずにいた。
からかってくるような言動があるかと思えば、基本的にそこには優しさが見え隠れしている。
どこかティアにも似ていると思った。
(フガクくんはもしかして私のことが……)
その先は考えないようにした。
いくらなんでも早計過ぎるし、自分の思い込みだったら恥ずかしすぎると思った。
だが、彼がくれた銀時計が、ミユキにとって大切なものになったことは間違いない。
自分のことを想って贈られたものだ。
それが、共に死線をくぐる頼れる仲間からなら嬉しくないわけがない。
ミユキは自然と口元が綻ぶのを抑えきれないことに気付いた。
自分のことを想ってくれる相手と、何でもない瞬間を過ごせることの幸福を、ミユキは噛み締める。
ああ、今日は楽しい日だ―――
だが
「―――楽しそうね」
ミユキはその声に、確かに聞き覚えがあった。
幸せなリズムを刻んでいた心臓の鼓動は、やがてミユキを追い立てるものへと変わっていく。
血が冷たくなっていくのを感じた。
視線だけを、ゆっくりと声の聞こえた方向に向ける。
その女はミユキのすぐ横にある屋台の、小さな席に座っていた。
目の前には、毒々しい色をしたかき氷が冷たいガラスの器に入って置かれている。
その女は、ただただ白かった。
瞳は切り落とした手首から流れる鮮血のように赤く、左の目元には、同じ色をした呪いのようなタトゥーが刻まれている。
真っ白なシスター服を着て、腰まで伸びる長い髪はひたすらに純白で、しかし髪の内側は真っ赤に染まっている。
人の姿をしているのに、人ではないものを見たときのような嫌悪感を抱くほどに女は美しく、この世の全てを嘲笑うように微笑んでいた。
女の周りには、まるで時が止まっているかのような静寂があった。
ミユキは彼女の姿を見た瞬間、手元の懐中時計がミシリと音を立てるほど握りしめ、胸に抱きよせる。
銀時計の蓋が微かに軋んだ。
「あなたの楽しそうな顔を見ると……私も嬉しいわ、ミユキ」
何の感情も見えてこない、光の無い瞳。
口元には笑みが浮かんでいるのに、与えられるのはただ深い真っ黒な恐怖。
ミユキは彼女を知っている。
今日は楽しい日だった。
だったはずなのにその瞬間、ミユキの胸の中には絶望が去来した。
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