第219話 白き絶望②
「―――『罪灼く焔』」
フェルヴァルムは一足飛びに、俺の間合いへと入り込んでくる。
俺は『神罰の雷』を発動し、後ろへと走り抜けた。
瞬間俺の鼻先寸前まで赤黒い炎が燃え盛る。
「つっ……!」
骨まで燃えるようなあまりの熱さに顔を歪め、皮膚の焼け焦げる匂いを感じる。
「ほら、もっと頑張って」
さらに一歩で距離を詰めてくる。
フェルヴァルムが袈裟懸けに刃を振り下ろすのを俺は横に跳んでかわすが、俺の腕を炎が焦がした。
「うぐっ……!」
思わず銀鈴を落としてしまいそうなところを何とかこらえる。
彼女の間合いはあの赤い剣の刃渡りよりも遥かに長い。
炎が周囲を焼き尽くすだけでなく、近距離から中距離程度を炎でカバーしてくるため、俺は『神罰の雷』を絶えず発動していなければ近づくこともできない。
「買い被りだったって思わせないで」
「望むところだ!!」
俺は銀鈴を持っていない手の五指を広げ、下から上に向かって薙ぐ。
5つの雷のレールが敷かれ、俺は稲妻と共に駆け抜けた。
『絶雷斬』と名付けた。
ルキの『鉄葬拳<絶脈斬>』から着想を得た、5つのルートから『神罰の雷』で駆け抜ける技だ。
これも相手に間合いを取られにくくし、フェルヴァルムのように刃で受ける位置をズラせる。
「っと……さすが甘くはないわね」
俺の刃が彼女の肩口を下から切り裂く。
かわしきれなかったフェルヴァルムの顔からは余裕が消えないが、次の瞬間彼女は目を見開いた
「……『神罰の迅雷』!!!!」
再び稲妻の檻が彼女を取り囲み、俺はその中を駆けまわった。
「っ……! これは本当に……油断したら倒れそう」
艶やかな唇に微笑を滲ませて、フェルヴァルムはそれを受ける。
アルカンフェルですらほぼ受けられなかったそれをフェルヴァルムは的確にいなしていく。
ギャギャギャギャギャギャッッ!と、刃同士が擦れる音が周囲に響き渡る。
フェルヴァルムは全てを受け切れているわけではない。
だが、致命的な斬撃だけを選んでかわしているのだ
並大抵の技量ではないし、彼女は魔王の半身だからといってそれができるわけでもないだろう。
魔王は特段シルビアのような人知を超えた身体能力を持っていたわけではない。
つまりこれは、フェルヴァルムが元々持っていたスキルか天性の身体能力なのだ。
「これで終わりじゃない……!!」
俺は再び『神罰の雷霆』でフェルヴァルムに突撃する。
本日3発目だ。
本来ならとっくに手足が引きちぎれているだろう。
ティアのホーリーフィールドが絶えずかけられているおかげで、激痛に苛まれるだけで済んでいる。
だが、今この期に及んで、身体の激痛など気にもならない。
地獄の苦しみは、戦いの後にじっくり味わってやる。
だから今は、フェルヴァルムを殺しきるまで、俺は止まれない。
「ぁあああああ!!!!!!」
「ぉぉぉおおおおお!!!!!!」
フェルヴァルムは『罪灼く焔』を放ち俺の勢いを殺してくる。
だが、単純な威力では俺の方が上回っていた。
『罪灼く焔』は破壊力と汎用性では優れているが、応用性や突破力では『神罰の雷』の方が上だ。
どちらも使えればまさに隙無しではあるが、二つがぶつかり合うだけなら俺に分がある。
いける―――!
俺が一瞬そう頭をチラついた。
「いいえ、まだよ」
フェルヴァルムは俺の突撃をヒラリとかわして、刃を俺の腕に沿わせた。
そして。
ズシャッ……!
そんな音が脳内に響いた気がした。
俺の腕はまるでシュラスコの肉のように削がれ、皮膚が宙を舞ったと同時に炎によって焼き尽くされる。
「ぐ……ああぁあ!!」
皮膚を削がれる凄まじい痛みが、全身を駆け巡る。
だが、俺は奥歯を強く噛み締めてこらえる。
「遅いわ。打たれ弱いのかしら」
くるりと身体を回転させながら、フェルヴァルムは俺と肌触れ合うほどの距離に肉薄してくる。
『神罰の雷』を……駄目だ間に合わない……!!
ズシャッ!!ズシャッ!!
そんな音はしないはずなのに、俺の耳には確かに響いた。
銀鈴を持つ腕の皮膚、ふくらはぎの皮膚が削がれる。
「がぁあああ!!!!!」
俺の痛みによる絶叫が響く。
血が皮膚からプツプツと湧き出てくるよりも早く、その傷を炎が焼く。
「フー……!!」
俺は唇から血が滲む程噛んで意識が飛ぶのをこらえながら、『神罰の雷』を発動する。
「駄目よ、発動が遅い。起点で潰すのが一番」
アルカンフェルのようなことを言いながら、バヂッ!という俺のスイッチ音と同時に、俺の腹に『罪灼く焔』が放たれる。
咄嗟に俺は銀鈴で自らの腹を庇う。
しかし、まるで炎に質量があるかのように、俺は背後に吹き飛ばされた。
ジュー……という皮膚を焼く残響を聞きながら、俺は地面を転がる。
瞬間、それまで固唾をのんで見守っていたミユキと、バチリと目が合った。
「フガクくん……わ、私も……!」
ミユキは剣を握り、一歩俺達の方へと歩み出ようする。
すると、フェルヴァルムが赤い剣を薙ぎ、俺とミユキの間にボウッ!と火柱が立った。
「ミユキ、手出し無用。そこで待っていなさい。これはあなたの運命を賭けた、私とフガクの戦いです」
「ミユキさん……大丈夫、待ってて……僕は……君を必ず救う!!」
フェルヴァルムがミユキにかまけた一瞬の隙を狙い、バヂッ!!と『神罰の雷』を発動する。
「そうこなくっちゃ」
フェルヴァルムの刀身には再び赤黒い炎が宿る。
俺達は、互いの死だけを願って、刃を振り下ろす。
フェルヴァルムの顔には笑みが浮かんでいるが、俺を見つめるその真っ赤な瞳には、願いにも似た色が垣間見えた。
――どうかわたしをころして
そんな声が聞こえた気がした。
「フガクくん……やめて……死んじゃいます……!!」
「ミユキさん!!」
「ティアちゃん……?」
「黙って見てなさい……」
ティアは俺に向けて手をかざしたまま、声を引き絞るように叫ぶミユキにそう言った。
そうだ。
これはミユキの、俺の、俺達の運命をかけた戦いだ。
ミユキがもう怯えなくて済む生き方を選べるように。
幸せな人生を生きられるように――!
「『神罰の雷霆』……!!!!」
4発目の『雷霆』で駆け抜ける。
全身に痺れ、激痛。
視界は閃光のように白く爆ぜ、俺はただ右手に握る銀鈴の感覚と、フェルヴァルムの炎だけを目指して疾走する。
運命とは――ああそうだ、流星のようなものだ。
俺は流星となって、雷の尾を引きながら、フェルヴァルムの胴体を真っ二つに引き裂くべく宙空に線を引くのだ。
通りすがる全てを切り裂きながら。
「―――『罪灼く焔』!!」
フェルヴァルムも、決して油断できないと叫ぶ。
あの日、帝都で完膚なきまでに敗れ、まるで歯が立たなかった彼女と、俺は今渡り合っている。
ぶつかりあう光の柱と炎の槌。
それは神々の戦いのように、空を、大地を、世界を割る音を響かせる。
衝撃は天高く昇り、曇り空を焼き尽くさんばかりに激しく輝いた。
瞠目しろ、フェルヴァルム。
そしてどうか見ていてくれ、ミユキさん。
――俺は今、人間を辞めてここにいるぞ。
「『神罰の雷霆』ッッッ……!!!!!!」
5発目。
ブチブチと、神経なのか筋肉なのかが焼き切れていく音が聞こえる。
骨は軋み、明滅する視界の中に俺の意識は混濁する。
「素晴らしいわフガク! あなた死ぬ気なの! 死んでもミユキを守りたいと、そう言うのね!!」
フェルヴァルムの驚嘆の声が聞こえる。
構うものか、砕けろ身体。
ティアが歯を食いしばり、俺の惨憺たる有様を見ているのが一瞬見えた。
教えてくれ。
俺は今、人の容を保っているか?
分からない。俺の視界には、赤く黒い炎と、白く蒼い雷だけがある。
痛みも、苦しみも、もうそこには無い。
だが、確かに分かることもある。
ミユキがそこにいる。
彼女の呼吸と、涙と、その存在が、そこに在る。
その事実だけで俺はまだ……――!
「ああ……! 僕は死んでも、ミユキさんを救ってみせる……!!!」
気が付くと俺の銀鈴の刃は、フェルヴァルムの左腕を斬り落としていた。
赤黒い炎が散り、血が大地に滴る。
「くっ!!」
フェルヴァルムの苦し気な声が聞こえた。
……風が止んだ。
激しくぶつかり合っていた炎と雷の唸りも消え、耳に残るのはボタボタと血の滴る音だけだった。
フェルヴァルムは、片腕を失いながらもなお崩れ落ちない。
静寂の中、俺の呼吸だけがやけに大きく響いていた。
「あ……ぁ……あああ……」
俺は身体中から黒い煙を上げ、かろうじて立っているフェルヴァルムにもたれかかる。
腕を失った彼女の左肩口からは鮮血が零れ落ち、驚いたような顔で俺を見下ろしている。
俺の目は彼女の瞳を捉え、その中にただ殺意をギラつかせた俺の顔が映っていた。
しかし、俺はもう、雷を撃つことはできなくなっていた。
「……」
フェルヴァルムの吐息が聞こえる。
彼女が身体をわずかにずらすと、俺は彼女が流した血だまりの中にドサリと倒れ伏した。
「フガクくん!!!!!!!」
「……フガク、立ちなさい」
「え……?」
それは他の誰でもない、フェルヴァルムの声だった。
彼女の声は、初めて怒りを孕んだ。
ミユキもティアも、真っ先に声をかけたフェルヴァルムに驚きの視線を送っている。
二人はただ茫然と、俺と彼女のやり取りを見守ることしかできないようだった。
「立ちなさいフガク!! まだ私の腕を一本切り落としただけよ! そんなことで、ミユキを守れるの! あの子を運命から解き放つことができるというの!?」
フェルヴァルムは、赤い剣を大地に突き立て俺の襟を片手で掴んで起き上がらせた。
俺は、朦朧とする意識の中で、初めて彼女の人間としての顔を見た気がした。
「私は勇者を殺す者! あなたがそれを止めたいと言うなら、私を殺したいなら! 立ち上がりなさい! さあ! さあさあさあさあさあさあ!!!」
だが、俺の身体はもたなかった。
『神罰の雷霆』の連続使用により、オーバーヒートを起こしたように。
弾丸を撃ち過ぎた銃口のごとく、俺はフェルヴァルムを殺しきれなかった。
「……ぁ……待っ……てろ、今お前を……殺……」
絞りだした俺の声は、喉が焼けてうまく世界に放たれなかった。
その様子を見てフェルヴァルムの顔から、表情が消えた。
彼女は掴んでいた俺の服を離すと、俺は成すすべなく大地に横たわる。
「そう……あなたじゃなかったのかしら」
そしてフェルヴァルムは一瞬だけ瞳を伏せ、次の瞬間口元に微笑を浮かべる。
それとは裏腹に、その赤い瞳の奥に、一瞬だけ滲む影を見た気がした。
口の中に泥の味を感じながら見上げる彼女の笑みは凄絶で、残酷で、そして美しかった。
まるで、あの日見た女神のように。
「さよなら……あなたでは、ミユキを幸せにできないみたい」
淡々と告げられる絶望の宣告。
そして赤い断罪の刃が、俺の首に振り下ろされる――。
お読みいただき、ありがとうございます。
モチベーションにもつながりますので、もしよろしければぜひ評価や感想などいただけると幸いです。
評価は下の「★★★★★」から行えますので、よろしくお願いたします。




