第184話 旅の小休止①
そんなこんなで、国境の町『リヒテンハル』を出てから1日半が経過した。
途中馬を休める小休止や仮眠の時間を挟み、翌日の夕方には俺達の眼前に『ツェリナ』の村が姿を現す。
石畳の街道を抜けると、草原の中にのどかな光景が広がっていた。
赤茶色の屋根が連なる家々は、石と木で造られた堅牢な作りで、煙突からは白い煙がゆらゆらと上がっている。
畑には麦や菜の花が揺れ、柵に囲まれた牧草地では牛や羊がのんびりと草を食んでいた。
「思っていたより大きな村ですね」
「一応宿場町も兼ねてるからね」
馬車のまま村に入っていく。
村と町の中間くらいの規模感で、それなりに活気もあった。
道沿いには屋台や露店も立ち並び、炭で焼いた串焼きの香りや、蜜に漬けた果実の甘い匂いが漂ってくる。
行き交う人々はどこか朗らかで、俺たちのような旅人を見かけると気さくに声をかけていた。
村の中央には鐘楼を備えた白壁の教会があり、夕刻にはその鐘の音が丘陵地帯にこだまして牧歌的な一日の終わりを告げる。
旅人用の宿屋や浴場も整っており、道中に疲れた者たちが羽を休めるのにちょうどいい規模感だろう。
「あー、ようやくひと休みできるね」
レオナは伸びをしながら首をコキコキ鳴らしている。
気持ちはかなり分かる。
1日半とはいえ、ひたすらに続く草原の光景はなかなか堪えるものがあった。
馬車の荷台で寝るのは辛いとまでは言わないが、やはり宿のベッドでぐっすり寝たいところだ。
ただ、俺やレオナの疲れなんかは、"彼女たち"に比べれば大したことはない。
何故か。
「フガク……私、2日もお風呂に入ってない……もうだめ。私、汚れてる……」
ティアががっくりとうなだれ、御者台に座る俺に向かって泣きごとを言っている。
確か、最後に入浴したのは王都を出る日の朝だ。
その日の夜は列車の中だったし、昨日は準備を整えてすぐリヒテンハルを出たので実質入るタイミングが無かったのだ。
「いや……汚れてないと思うよ」
ひたすら続く街道には水浴びをする場所も無かったので、ティアたちは馬車の端っこで濡れたタオルで身体を拭く程度に留まっていた。
ちなみに、その時は荷馬車は外から見えないようしっかりと布で前後の出入り口を封鎖して俺は御者台へ追いやられている。
すぐ背後でティアやミユキが服を脱いで、素っ裸になっていると思うと気が気でなかった。
こればかりはいくら一緒に旅をしても慣れないものだ。
「フガクくん……私もです。髪を洗いたいです……。あっ、ち、近づかないでください! 匂いが気になるかもしれません……」
ミユキも少し疲れたような顔をしながら言った。
別に道中身体も拭いてるし匂いは全く気にならないが。
「大丈夫。いつもみたいにいい匂いだよ」
「それはそれで恥ずかしいです」
俺がスンスン鼻を鳴らすと、ミユキが自分の身体を抱えるように後ずさった。
あれ?俺またキモいこと言った?
「なっさけないなー。1週間くらい入らなくてもへーきへーき! 冒険者なんて大体臭いもんだよ」
レオナは全然平気そうだ。
1週間はさすがに言い過ぎだが、正直2日くらいなら俺も全然問題ない。
「臭いとか言わないで! 1週間なんて私の精神がもたない……!」
「フガクくん、私臭くないですよね……? ね!?」
本当に旅慣れた冒険者なのか?と思うが、彼女らにとっては死活問題だということはもうこれまでの付き合いで分かっている。
俺は二人に向かって笑いかけてやった。
「わかったわかった。宿は僕が探しておくから、3人でお風呂入っておいでよ」
「フガク……あなたがいてくれてよかった」
「フガクくん、この恩は一生忘れません」
若干大げさだが、二人から感激の視線を浴びるのは正直気分はいい。
このくらいのことはいくらでも引き受けようと思った。
「アタシはあとでいいよ。フガクと宿見つけてから合流する」
まあ3人とも風呂に行かれてしまうと、宿の場所を教えるために公衆浴場の前で彼女らが出てくるのを待っておかなければならない。
レオナが女湯に合流してくれれば、俺も一人風呂に行けるので時間的には効率がいいだろう。
「二人ともありがとうね」
「レオナもお風呂で待ってますね」
「あいあーい」
「ごゆっくりどうぞ」
というわけで、俺はミユキとティアを村の公衆浴場の前で降ろしてやり、レオナと二人で宿探しに向かうことになった。
が、ここで思いがけないトラブルが起こった。
「え? 空いてない?」
「うん、この村の宿は3軒あるけど、どこも満室だってさ。どうしよ」
通りがかりに見つけた宿へレオナが空室状況を訊きに行ったところ、既に満室だったとのこと。
他にも宿を探している冒険者が訪れたようで、店主から他の宿も同じ状況だと教えてもらえた。
近辺には他の町や村が無く、大抵の旅人たちがこのツェリナに宿泊するようだ。
本日はたまたまどこも空きが無く、このままでは折角村に入れたのに馬車の荷台で寝ることになってしまう。
「まいったな……まあ空きが無いんじゃ仕方ないけど」
「えー。アタシベッドで寝たい―」
「んなこと言われても……」
無いもんはどうしようもない。
ティアたちもガッカリするかもしれないが、とりあえず風呂に入れるだけでも良しとしようかと思っていたところ、村の外れの方から何やら騒ぎが聞こえてきた。
「おい! 危ないぞこっちにこい!」
「うぇーん! お姉ちゃーん!」
「だ、大丈夫だから……! 二人とも、ゆっくりこちらへ……!」
一旦宿の前に馬車を置き、俺とレオナは騒ぎの方へと駆けつける。
すると、そこでは畑の中で2匹の野犬のような魔獣がおり、二人の子どもを威嚇するように唸り声をあげていた。
「ゆっくり後ろに下がるのよ! 大丈夫だからね!」
数人の村人たちは農具を手に子どもを助けようとしているが、獰猛な魔獣になかなか近づけずにいるようだった。
その輪では、少し年若い落ち着いた雰囲気のシスターが子どもたちをなだめるように声をあげている。
畑の中心は7歳と5歳くらいの姉弟がいて、泣きわめく弟を庇うように姉が抱き留めている。
「どうしたんですか?」
俺たちは駆け寄り、近くにいたおじさんに状況を尋ねる。
「ん? ああいや、たまにあるんだが魔獣が入り込んじまってな。今警備の連中を呼びに行ってるが……」
見ての通りではあるが、作物を荒らしにきた魔獣に、運悪く近くにいた姉弟が遭遇してしまったらしい。
「フガク、いけるっしょ?」
「大丈夫だよ」
見たところ魔獣は2匹だけだし、こちらを威嚇する1匹をレオナが、もう1匹を俺が仕留めれば無傷で助けられるだろう。
「あ、あんたたち助けてくれるのか!?」
「大丈夫か? 警備の連中がもうすぐ来るから、無理するなよ……?」
「平気だよおっちゃん。フガク、アタシ奥のやるから、手前のよろ」
「了解。いくぞっ!」
迷っている暇はない。
レオナが姉弟の方を向いている魔獣にナイフを1本投げるのと同時に、俺はこちらを向いた魔獣に向けて駆け出す。
「ギャッ!!」
レオナの投げナイフが魔獣の後頭部に突き刺さり、一撃で絶命させる。
楽勝で当てているが、ちょうど魔獣が子供に向かって飛び掛かろうと身を屈めていたので間一髪だった。
もう一匹が俺に向かって飛び掛かってくるが、俺は身を低くかがめ、すれ違い様にそいつを切り捨てた。
「おおっ!」
「すごいな! 一発じゃないか」
周囲の村人から感嘆の声が上がった。
俺もこの程度の魔獣ではもう怯むことも無く簡単に倒せるようになっているが、一応今回は子どもが近くにいたのですぐにそちらに視線を送る。
どうやら無事のようだ。
すると、俺たちの後ろから修道服を着た若いシスターが姉弟に駆け寄り抱きしめた。
「ああよかった! 二人ともケガはない!?」
「う……うん!」
「びぇええええん!!!」
やや呆けた状態の姉と、泣き続けている幼い弟。
何事も無かったようでよかったと、俺とレオナは互いの手をパンッと叩いて互いの健闘を称えた。
「ありがとうございます! お二人はお怪我はありませんか?」
子どもを連れた、シスターが俺とレオナの前まで歩み寄ってきて頭を下げた。
ウィンプルからは茶色いふわふわの髪が出ており、なかなか美人なお姉さんだ。
「いえいえ、子どもたちが無事でよかったです」
「こらちびっ子ー、いつまでも泣いてんじゃないよー」
レオナが弟の頭をポンポン撫でながら、笑いかけてやっている。
珍しい一面を見たなと思いつつ、俺たちは置きっぱなしの馬車も気になるので足早にその場を去ろうとする。
すると。
「ああ、お待ちください! 何かお礼をできればいいのですが……」
「いや、お気になさらず」
「あ……じゃあアタシたち泊まるところ探してるんだけど! 部屋とか空いてない!?」
俺がお礼を辞退しようとしていると、すかさずレオナが俺を押し除けてそう言った。
「おいレオナ、さすがにそれは厚かまし……」
「まあ! でしたら、ぜひ当教会にお越しください! 広くはありませんが、お部屋は数多くございますので」
とんとん拍子に話が運ぶラッキーが起こったようだ。
人助けはするものだなと思う俺。
「い、いいんですか?」
「はい! これこそ神の思し召しです」
「……じゃあ、お世話になります」
「やたー! ベッドで寝られるー!」
渡りに船だったのでここは素直にお言葉に甘えることにした。
隣ではレオナも飛び上がって喜んでおり、その光景を見て子どもの姉の方もクスクス笑っていた。
子どもに笑われてるぞ。
と思いながらふと見ると、シスターの足元にしがみついた弟くんが俺の方をじっと見てる?
「ん? どしたの?」
「あ……ありがとう、お姉ちゃん」
うん、子どもにも女性に間違えられている。
どうやらこの子たちは教会で育てられている親のいない子ども達らしい。
周囲の村人たちからも労いとお礼を言われ、俺達は一先ず今晩の寝床の確保ができたことに喜んだ。
そんなわけで俺とレオナは、子ども達とシスターを乗せて村の中心部にある教会まで馬車を運ぶ。
シスターの名前はカナリアと言うらしい。
ふと、俺はその孤児たちを見てミユキのことを思い浮かべた。
そういえば、彼女も修道院で育てられたと言っていたな。
シスターだったフェルヴァルムのことがあるので聞きづらくはあるが、いつか彼女の幼少期の話も聞いてみたいものだ。
そんなことを思いながら、ようやく俺達も公衆浴場へ向かうことができるようになった。
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