第183話 魔女の都へ③
「とまあこんな感じかな。食料も大事だけど、水があれば2日くらいは食べなくても結構何とかなる」
俺は大量の荷物を抱え、ティアと共に道具屋から出て来たところだった。
「いかにスムーズに目的地にたどり着くかの方が大事だから、薬とかは忘れないようにね」
ティアから旅支度を学ぶということで、俺は彼女の買い出しに同行した。
所感としては、”当たり前のことを当たり前にやる”といったところだろうか。
旅程から逆算して必要な物資をリストアップし、道中必要そうなものを揃えていく。
落盤地帯を通るなら火薬などを、馬の飼料や周辺に出現する魔獣や植物などに毒性があるなら薬なども多めに持っておく。
やっていることは普通だが抜け目がなく、やはりティアはかなり手堅く準備をするタイプだと感じた。
何かあっても馬車を止めないようにすることが重要とのこと。
「今回は途中の村で一旦物資の補充をするんだね」
俺は地図を思い出しつつ、ティアに確認する。
「そう。ちょうど1日半くらい行ったところに『ツェリナ』って村があるから、今日出れば明日の夕方ごろには着くし、一泊する予定。というか、絶対そこでお風呂に入りたい」
なるほど、それは綺麗好きなティアにとっては死活問題である。
レオナはよく知らないが、ティアとミユキは旅路における水浴びや入浴はマストだ。
どうせ道中汚れるんだから着いてからでよくない?とは今さら言わない俺。
まあ風呂に入ればさっぱりするし、俺としても何日も風呂キャンセルするのは勘弁願いたい。
「あ、ティア、フガクお疲れー」
ティアと話しながら歩いていると、馬車に乗ったレオナとミユキが前から現れた。
御者台にはミユキが座っており、荷台からレオナが手を振っている。
「二人ともご苦労さま。荷物を積み込んでそのまま出発しちゃおうか」
「分かりました。そちらの端に停めますね」
ミユキが馬車を石畳が敷かれた道路の端に寄せ、俺とティアは買ってきた物資をポイポイと詰め込んでいく。
大人6人ぐらいが余裕で乗れるくらいの荷馬車だが、荷物を詰め込むとそれなりにスペースを圧迫する。
とはいえ、これで1日半なのでそこまできつくはないだろう。
俺が下から荷物を入れていき、受け取ったミユキたちが綺麗に整頓していく。
道中の振動で転がり落ちないよう、注意して配置していくのも重要なポイントだ。
「よし、それじゃ、行くよフガク」
「では馬車、出しますね。揺れますので気を付けてください」
「天気も良いし、旅には絶好の日だね」
そうこうしているうちに荷物の積み込みは完了。
俺はこちらに手を差し伸べたティアの手を取り、荷台へと飛び乗る。
御者台で馬を操るミユキの掛け声と、呑気に昼寝を始めようとしているレオナを見ながら、俺たちの新しい旅が始まった。
一旦の目的地は道中の村ツェリナ。
フレジェトンタまでは約3日の道のりだ。
俺はリヒテンハルの街に別れを告げ、ロングフェローの広大な草原を見渡し新たな道のりに想いを馳せるのだった。
―――
想いを馳せたのはよかったが、案の定草原の風景には30分で飽きた。
俺は今ミユキと交代して御者台に座り、久しぶりに馬車を操車する練習をしている。
草原に敷かれた街道を馬が勝手に歩いてくれるのであまり苦労はないが、それがかえって退屈でうつらうつらと眠ってしまいそうになる。
「フガクくん、眠たいですか? 代わりましょうか?」
「いやいいよ、今さっき代わったばっかりだし。でもなんというか……景色が何も変わらないね」
「こればっかりは仕方ないですね。のんびり行きましょう」
遠くに山々が見える大草原をひたすらに進むのは、想像以上に暇だった。
時折すれ違う商人らしき馬車にどんな物が積まれているのかをチラ見したり、街道からかなり外れた場所で魔獣と戦う冒険者を傍観したりするくらいしかやることがない。
「フガク―、暇だから何か面白い話してー」
荷台でゴロゴロしながら無茶を言ってくるレオナを無視して、俺は残り30時間以上ある旅路をどう楽しく過ごすべきか頭を悩ませていた。
「全然関係ないんだけど、フガクって元の世界ではどんな仕事してたんだっけ?」
ティアも暇だったのか、そんな話題を振ってくる。
「何か作家とか言ってなかった?」
以前レオナとは地下水道でそんな話を少しだけしたことがあるので、それを覚えていたらしい。
「ラノベ作家だよ」
「ラノベって何ですか?」
「うーん……どういえばいいかな。剣と魔法のファンタジー世界で主人公が活躍するストーリーとか、現代の学園で恋愛したり友情したりするストーリーとか、気軽に読めて楽しめる物語のことかな」
まさかここにきて前世の俺について興味を持たれるとは。
しかもこんなところでラノベの説明をしているのが何ともシュールだった。
俺は少し気恥ずかしさを感じつつ、3人に説明を続けていく。
「ふーん。よく分からないけど、フガクが書いたものなら読んでみたいかも」
「はい、私もすごく興味あります」
「っていうか、剣とか魔法とかの話でいいならこの旅の日記でも書けば? 案外売れるかもよ」
レオナがそんな提案をしてくる。
確かに、俺って今剣と魔法の異世界ど真ん中にいるんだよな。
これから公爵令嬢にも会うかもしれないわけだし、この体験をそのまま本にしてもそれなりに形にはなりそうな気がする。
「フガクくんは子どもの頃から、作家になろうと思っていたんですか?」
「まさか。本を読むのは好きだったけど、それでも多分人並だと思うよ。趣味で自分でも書いてみたのが、たまたま出版に繋がっただけだから」
どうやら俺のことについて根掘り葉掘り聞かれる時間に入ったようだ。
実はこれまであまり自分のことについて話す機会はなかった。
まあそんなに面白味のある人生でも無かったが。
「フガクって、気が付いたらこっちの世界に来たって言うけど、元の世界に戻る方法ってあるのかな」
ティアの言葉に、ミユキが少し不安そうな顔をしたのが横目に見えた。
俺が元の世界に帰る可能性のことを、あまり考えたくないといった感じだ。
もちろん俺も戻ろうという気が無いし、そもそも戻れるとも思っていない。
前世で死んだ俺が、謎の女神によってこちらの世界に転生させてもらったのだ。
前世で死んでいるのだから、帰る余地などないはずだ……というのは思考停止なのだろうか。
確かに、これまで元の世界に戻る方法について考えたことも無かったのは事実ではある。
「どうなんだろう……そもそも何でこっちの世界に来たのかもよく分からないんだよね」
ラノベ作家の俺は、"死んで女神が出てきた=異世界転生"という図式が頭の中で出来上がっている。
だが、もちろんそんな公式は世の中には無い。
俺は何の因果でこの世界にいるのか、確かによく考えれば疑問ではあった。
「どうやって来たのか」は解明のしようも無いが、「なぜ来たのか」は考えてもいいのかもしれない。
「仮説でしかありませんが……フガクくんをこちらの世界に移動させたのは魔王なのかもしれませんね」
「どういうこと?」
ミユキの言葉に、俺は頭に疑問符を思い浮かべた。
「フガクくんが『勇者を殺す者』つまり魔王の眷属だというのが事実なら、フガクくんを呼び出したのは魔王だと考えるのが自然だからです」
「そうね。フガクがこっちに来るとき、暗い部屋で”女神”に会ったとか言ってたよね」
俺に権能を与えてこちらの世界に送り込んだ女神は、未だ顔は朧気で名前も思い出せない。
だが、確かに彼女の存在に俺はこれまであまり疑問を抱かなかった気がする。
「その女神が、魔王だったってことか……?」
何となくイメージとしては魔王と合致しているかもしれない。
もう一度女神に会う方法はないのだろうか。
そうすれば、その正体も明らかになるかもしれないが……
「んじゃ、その女神に会えば、フガクは元の世界に戻れるかもしれないね。向こうから来れたなら、こっちからも行けるかもしれないじゃん」
「えっ……」
レオナの言葉に、ミユキがショックを受けたような顔をしている。
「いや無いから。僕は”元の世界に戻してやるぞ”って言われても、その選択はしないと断言できるよ」
「フガクくん……」
少しだけ安心したような顔をしている。
だが、ティアは俺の反応に疑問を持ったようだった。
「なんで?」
「え?」
「いや、別に戻ってほしいとかじゃないけど、なんでフガクは元の世界に戻りたいと思わないのかなって。向こうに家族とか友達とかいなかったの?」
「それは……」
離れて暮らしてはいたものの、両親は健在だった。
友人もそんなに多くなかったが、いなかったわけではない。
確かに自分でも不思議なほど前世に未練が無い。
この世界での旅が楽しいし、今はミユキという恋人やティアやレオナみたいな仲間もできた。
だけど言われてみれば、この世界に来た瞬間、何なら女神と会ったときから元の世界への未練が欠片もなかったのだ。
「……その気持ち自体が、魔王の眷属の証かもね」
先日アリシアに、「勇者と魔王の因縁に絡めとられているのかもしれない」と言われたことを思い出す。
俺のこの心の指向性自体が、あるいは魔王によって定められたものだとしたら。
それは恐ろしいことだと思った。
「ティアちゃん、やめてください。そんな話聞きたくありません」
ミユキは珍しく厳しい口調でティアに言った。
彼女としては、俺の気持ちが偽物だと言われているようで嫌だったのだろう。
俺も正直、その方向で考えたくはなかった。
「ごめん。意地悪してるわけじゃないよ。ただ、これからメハシェファーに会うなら、頭の片隅には置いておいたほうがいい。今のフガクのその気持ちは、本当のあなたの精神性なのかってことを」
「……そうだね」
「フガクくん、私はあなたの気持ちが偽物だなんて思いたくないです。お願いです、そんな話をしないでください……」
ミユキは真剣な面持ちで俺を見つめている。
俺にもその気持ちは分かる。
ミユキを好きだといったこの気持ちも、ティアを助けたいと思う気持ちも、すべてが作られたものなのだと思いたくない。
「もちろん。でも、僕が魔王の眷属かもしれないという事実には、向き合わなくちゃいけないときが近づいてる」
「それは……」
俺の精神性はどうあれ、魔王の眷属としての自分については考えなくてはならない。
魔王の記憶のすべてを知ったとき、俺はどうするのか。
”勇者を殺す”という宿命を背負った俺は、ミユキとどう生きていくべきなのか。
「大丈夫だよミユキさん。僕は君を殺したいなんて思ったこと一度も無いし、これからも無い。僕が元の世界に戻りたいと思わないのは、みんなといるのが楽しいからだ。……きっとそれだけだよ」
今はまだ、そういうことにしておきたい。
それに、希望が無いわけでもない。
『精神力 SS』
未だに使い道の分からない俺のスキルだ。
先日、ノルドヴァルトでミューズの神経糸が俺には効かなかった。
心当たりがあるとすればこのスキルだ。
『精神力 SS』が、俺の心を守ってくれているのかもしれないと、そんな淡い期待を持っている。
「この話は止めよう。今は考えても仕方ない。忠告だけ、頭に置いておくよ」
「そうね、ごめんミユキさん。あなたを不安にさせたいわけじゃないから」
「いえ……私こそきつく言ってごめんなさい」
「アタシは何でもいいよ。別にフガクに変なとこは無いし、大丈夫なんじゃない? あ、ちょっと変な性癖があるってとこは変だけど」
「うるさいよ」
ミユキも最後は薄く笑ってくれたが、どこか不安そうなのは否めない。
それもこれも、俺の中の魔王の記憶が教えてくれるだろう。
俺が背負った宿命と、魔王と勇者の間にある400年前の因縁。
それらが判明したとき、俺が選ぶべき答えと俺の心の在り方も分かるはずだ。
道中不安で暗くなっても仕方ないと、俺たちはそれからしばらく馬鹿話で気を取り直すことになるのだった。
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