第177話 祝福の舞踏会①
そして翌日の夕方、俺たちはベルダイン侯爵の所有する『ホテル・ベルダイン』にて祝勝会を開いてもらった。
主催は誰って?それはもちろん
「いやーはっはっはっ!! 聞いたよフガク君、また活躍したんだってね」
「はは……おかげさまで」
俺の背中をバンバン叩きながら、機嫌良く高笑いを挙げているのはベルダイン侯爵その人だ。
俺たちは現在4人で正装に身を包み、ホテル・ベルダインのダンスホールで開かれているパーティに参加している。
侯爵家はかなりの富豪のようで、パーティの豪華さも過去最大規模だった。
落ちてきたら巨大なヒグマでも潰れそうな巨大なシャンデリアが煌めく室内。
贅の限りを尽くした料理と、ワインやシャンパンなどのグラスが並び、シェフがライブキッチンで何やら巨大な肉の塊を焼いている姿もある。
楽団の生演奏が絶えず響き渡り、ときに激しくときにムーディに会場の雰囲気を演出する。
時折ダンスの時間も設けられる舞踏会だった。
国の危機を救った英雄という触れ込みで100名以上の賓客が訪れており、俺たちは大変ありがた迷惑なことに過去最大級に好奇の視線に晒されていた。
不幸中の幸いというべきか、今回は品定めというよりは好意的な客が大半だということか。
「今日は君達のために最上階に部屋も取ってあるからね。心ゆくまで楽しんでくれたまえよ。それに……」
つまり夜中まで帰れないということですね。
俺がげんなりしているのをよそに、ベルダイン侯爵はヒソヒソと声を潜めて俺に耳打ちする。
「例の兵器取引の相手、実は私にもコンタクトを取ってきていたんだ。忙しくて会えなかったのが正解だったよ。しかも君らがここに泊まってくれれば、うちのホテルにも箔がつくってものさ」
どうやら侯爵もタイミングを間違えれば、ロレンツのように脅しに屈することになっていたかもしれない。
しかもここはアストラルが宿泊していたホテルでもある
危険人物が泊まっていたという悪評を、英雄である俺たちが泊まったということで帳消しにしようとしているあたり、強かさに感心する俺。
なお、ロレンツも現在騎士団からの取り調べを受けている最中らしい。
それなりの数の聖獣を購入しており、決して罪は軽くはないが、脅されたという事実も鑑みて処分が下されるだろうとのことだ。
「侯爵閣下、ありがとうございます。これまでに参加した中でも一番大きい夜会かもしれません。たくさんの方がいらして、私目が回りそうですっ!」
「はっはっはっ! まあ私にかかればこんなものさ。お嬢さん方も、ぜひ楽しんでくれたまえ。では失礼」
ティアが口元を引きつらせながら皮肉を飛ばしていたが、ベルダイン侯爵はまるで気づいていないようだ。
満足げにその場を去っていくベルダイン侯爵に、やれやれとため息をつく俺たち。
「アタシもさすがに夜会のご飯食べ飽きてきたかも……」
「他の貴族の方々があまり料理をお取りにならないのも、同じ理由かもしれませんね」
王都に来て今日で1週間になるが、豪華すぎる食事に飽きてきている俺達。
普段旅の食事は適当なので舌が肥えそうだと思った。
初日には皿を山盛りにしていたレオナや、もの珍しいメニューに感動していた俺やミユキもいまいち手が進まなかった。
贅沢な話だとは思うが、連日この感じだとさすがにきつい。
いくら高級フレンチだって毎日だったら嫌だろ?そういうことだ。
「あ、でもデザートは美味しそうだな。ミユキ、ちょっと付き合ってよ」
「ええ、いいですよ。私も甘いものが食べたい気分です」
結局食うんかいと思いつつ、目ぼしいものを見つけたらしいレオナがミユキを連れてデザートのコーナーへと旅立っていった。
それとすれ違う様にして、意外な顔が俺とティアの元へと歩み寄ってくる。
相変わらず険しい顔をしているカスティロ侯爵だった。
後ろには、頭に包帯を巻き、右腕も包帯で釣っている護衛のライアンもいる。
ライアンはアストラルの爆発魔法の直撃を受けていたが、何とか生還したようだ。
「……」
ジロリと、カスティロは俺とティアを交互に睨みつける。
また何か怒られるのか?と思い、俺はティアと視線を交わす。
カスティロはパクパクと何かを言いたげに何度か口を開け、なんとそのまま踵を返した。
何もないんかい。
「……冒険者の中にも気骨のある者はおるようだな……感謝はしておく」
カスティロはそう言い残し、そのまま去って言った。
とんだツンデレ親父だなと思い、俺とティアは顔を見合わせて苦笑した。
「すまない。我が主はあんな感じだが、貴殿らに大変感謝している。主に代わって、俺からも感謝申し上げる」
そう言って、ライアンは深々と頭を下げた。
俺達もペコリを挨拶を返す。
「お気になさらず。成り行きですし、それより勝手に屋敷に踏み込んでしまい申し訳ありませんでした」
ティアとレオナは、外から爆発音が聞こえたので思わず入ってしまったということにしているらしい。
俺はそれ以前にこっそり侵入までしているのだが、もちろんそれは言いっこなしだ。
「フガク殿だったな。小耳に挟んだのだが、貴殿はアルカンフェル先生のお弟子さんだそうだな」
「え? ええ、まあ一応」
弟子というほどではないが、先日のノルドヴァルト騎士学院にてアルカンフェルには世話になった。
「俺も王国軍で先生の指導を受けたことがある、いわば貴殿の兄弟子だ」
「えっ!? あ、ああ! そうなんですか」
意外な繋がりがあった。
アルカンフェルは王国軍の指導教官をしていたことがあるらしい。
言われてみればライアンの筋肉に覆われた身体と寡黙な雰囲気はアルカンフェルに似ていないこともない。
「まあそれだけだ。少し俺も誇らしい気分になった」
「ありがとうございます」
カスティロは口うるさそうで嫌だが、ライアンは嫌いになれないタイプの相手だ。
俺も不思議と親近感を持ち、俺達の間には目に見えない共感のようなものが生まれた。
「……あ、そうだ。貴殿らの仲間にケイという者はいないだろうか? 主のご子息が探しておいでなのだが……」
「知りません! 誰ですかそれ! 他人です! もう完ッ全に他人!」
俺はゾワリと悪寒が走り、必死で否定しておいた。
女装までさせられ男に襲われかけるなんて二度とごめんだ。
俺の剣幕に、ライアンは驚いた顔をしている。
「そうか。薄れゆく意識の中で見ていたが、貴殿は恐ろしく強かった。先日貴殿の腕を掴み上げなくてよかった」
「それもお気になさらず。ライアンさんも、無事でよかったです」
「ライアン何をしている! 行くぞ!」
「ふ、それでは失礼する」
寡黙なライアンも最後には小さく笑みを残し、主のもとへと去って言った。
あのカスティロ侯爵も、俺達の祝勝会のためにわざわざ来てくれたのだから、まあそういうことなのだろう。
俺は軽く手を挙げ、ティアと共に彼らの背中を見送る。
「フガク、ちょっと二人で話さない?」
珍しくティアがそう言った。
俺とティアは近くを通った給仕からワイングラスを受け取り、周囲の賓客から逃げるようにすぐ傍の窓からテラスへと出た。
「じゃ、今回はお疲れ」
「うん、ティアも」
背中にパーティ会場のざわめきを聞きながら、二人でグラスを軽くぶつけて乾杯をする。
ワインを口に含むと、葡萄の香りが喉を通り抜け、顔が少し熱くなるのを感じた。
俺はティアとのこういう関係性は嫌いではない。
すっかり戦友、あるいは旅の相棒といった感じになれていると思うのだ。
彼女はどう思ってるのか知らないが。
「……アストラルの件は残念だったね」
俺はティアにそう問いかけた。
最後に俺の胸に額を預け、ポツリと本音を漏らしたティアのことを思い出した。
アストラルの胸に刃を突き立てたのはティアだが、最後に命を絶ったのはアストラル自身だ。
ティアに”復讐を果たさせない”という、ただそれだけのために。
「……まあね。あの女本当にめちゃくちゃだよね。言いたい放題やりたい放題で自分から退場だよまったく……」
ティアはため息をつき、苦い顔をしている。
切実で心の底から悔しいといった感じは受けないが、本当のところは分からない。
ただ、最後のアストラルには、彼女なりの美学のようなものがあるようにも思えた。
絶対にプライドを折らない。
死ぬと分かっていてなお、全てを嘲り哄笑する。
そんな、矜持のようなものすら感じた。
本人には言わないが、それはどこかティアに似ているようにも思えた。
「……ティアの妹が関わってるなんてね」
災厄の三姉妹、ユリナ=フランシスカ。
”もう一人の姉”というのも気になる。
ティアが背負っているものは、きっと俺達に話していないだけでまだまだたくさんあるのだろう。
今回の旅では、義母であるカリン=アルヘイムを殺したイオ=アンテノーラなど、ティアについても多くのことを知ることができた。
辛い過去ではあるのだろうが、正直俺は嬉しかったのだ。
これまであまり見れなかったティアの核となる部分が、大きくその姿を現したことが。
「……特に感傷は無いんだよね。もうずっと昔の話だし、私にはミク姉さんやカリン様の方がずっと大事。聖獣は私たちの今後の脅威にもなり得ると思ったから話しただけだし」
そう言ってティアは、ワイングラスの中のワインを一気に煽った。
彼女はこうした場ではちょくちょく酒を嗜むが、強さはどうなのだろうか。
以前ミラに潰されかけていたし、仄かに頬を赤らめているので、ザルというわけではなさそうだが。
「ねえ、フガク……」
ティアはテラスの手摺に肘を乗せて、窓から見える王都の夜景を見ながらポツリと呟いた。
俺もその隣に並ぶ。
「うん?」
「ありがとう……助けてくれて。あの時は、本当に死んだと思った」
ティアは俺の方に顔を向けて、その美しい顏に微笑を滲ませた。
赤くなった頬と、月明かりが彼女の横顔を照らしている。
「何言ってんの。僕はもう何度もティアに助けられてるよ」
何度傷を治してもらったか分からない。
旅の成り行きだってティアに任せっぱなしなのだから、あのくらい当然だ。
考えるのはティア、身体を張るのは俺達、それが俺達のパーティなのだから。
「一瞬、フガクが王子様に見えたよ」
冗談めかしてそう言うティア。
「君は本物の王子様を知ってるだろ」
俺は会ったことも無いが、ウィルブロードの王子だというシグフリードの姿を思い浮かべた。
その言葉に、ティアは首を横に振る。
「それでもだよ。あなたが私の傍にいてくれて、本当によかった」
ティアはまっすぐに俺を見つめてそう言った。
酒のせいか瞳を潤ませ、熱を帯びた表情にドキリとなる。
「これからも、私の隣にいてくれる?」
ティアは、少し恥ずかしそうにそう言った。
俺はその艶やかな視線に思わず目を逸らす。
なんだか、急に恥ずかしくなったのだ、
「あ、当たり前だろ。約束したんだし、最後まで付き合うって」
「違うよ」
「ん?」
ティアの赤い瞳が今度は真っ直ぐに俺を捉えている。
「……”地獄の底まで”、だよ」
そう言ったティアの表情は人間離れした艶めかしさが滲んでいた。
俺は彼女のその顏に、思わず見とれる。
「ああ……うん、そうだね」
あの日、『神域の谷』でティアに誓った言葉。
もちろんそれはものの例えだが、存外ティアの中では大きな意味を持っていたのかもしれない。
「……ごめんフガク、変なこと言った」
「う、ううん。飲み過ぎじゃない? 大丈夫?」
「大丈夫よ。突然降って湧いた復讐だけど、ちょっと感傷的になってるのかも」
ティアは額に手を当て、目を伏せる。
確かに、アストラルがガウディスと繋がっている可能性は高いと考えていたが、ティアにとっても因縁のある相手だとまでは考えていなかった。
彼女も彼女なりに、心の整理をする時間が必要なのだろう。
「それよりフガク、ミユキさんにちゃんと返事したんでしょうね?」
ドキッと、俺は肩を跳ね上げる。
ティアは俺がミユキに「好き」と言われたことを知っているらしい。
ミユキが話したのだろう。
俺はしどろもどろになって明後日の方向を見た。
「えーと……これからする」
まさに今俺の頭はそのことでいっぱいなのだが、それを見透かしたようにティアは目を細めて微笑んだ。
「ちゃんとはっきりしなさいよ。ミユキさんはすごく面倒で……繊細で……でも、可愛い人なんだから」
ティアの何かを懇願するような瞳に、俺は思わず目を逸らした。
ティアも、ミユキと俺の関係性を見守ってくれている。
ミユキだけでなく彼女への誠意として、俺ももう答えを示すときだ。
俺はギュッと拳を握り、ゆっくりと頷いた。
「……行ってくるよ」
俺は、踵を返してダンスホールへと戻ろうとする。
すると、ジャケットの裾をティアがそっと摘んだ。
その指先は、かすかに震えている気がした。
「え……な、何?」
もしかして本当に酔ってるのか?
俺がティアの方を振り返ると、彼女はこちらを見ず、手摺りに置いた腕に顔を埋めていた。
そして、スルリと俺の裾をつまんでいた指を離す。
「何にも。行ってらっしゃい。私はもう少しここにいるから」
そう言って、ティアは俺を送り出す。
俺は大丈夫か?と少し心配しつつも、今度こそダンスホールへと戻った。
すぐにミユキの姿を見つける。
俺は、どこか遠くを見るようなミユキの横顔から、視線を外せなかった。
レオナがどこかに行ったらしく、今は一人で壁際で佇んでいた。
賓客たちのざわめきの中なのに、心臓の鼓動がやけにうるさい。
彼女はちゃんと、受け止めてくれるだろうか。
俺は意を決し、彼女に伝えるべきことを伝えようとゆっくりとそちらへ歩み寄っていくのだった。
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