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魔王、いいから力を寄越せ!~転生した俺が美人勇者と復讐聖女を救うまで~  作者: 裏の飯屋
第五章 ロングフェロー王都編

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第175話 聖獣の奏者


 俺達はゼクスに、騒動の首謀者であるアストラルの件を報告し、クエストは一旦の終了となった。


 とはいえ関係者が多く、これから王国軍によって本格的な調査や処理が進められていくとのこと。

 ジェラルドへの報告は翌日時間を取って行われることになっており、俺たちはアストラルとの戦いのその足でミユキと合流した。


 そして現在、4人でアストラルが滞在していたホテルの部屋を訪れている。

 ゼクスに頼んで捜査に同行させてもらったのだ。


「カフカ伯爵、調査のお邪魔をしてすみません……」

「もののついでだ、構わない。ただ、遺留品などはこちらで預かることになるから、あくまで見るだけにしてもらえるか」

「もちろんです」


 ティアがゼクスに丁寧にお礼を伝えている。

 スイートルームと言っても差し支えの無い高級そうな部屋の中では、酒瓶と煙草の吸い殻が散乱していた。

 室内を調査する2名ほどの騎士とゼクスを横目に、俺たちはアストラルのトランクを開ける。


 そこには彼女の着替えと煙草以外に、赤い液体の入ったアンプル、拳銃のような大きな注射器、そして1冊の冊子が出て来た。


「”聖獣制御のための聖赤薬の活用”……か」


 ティアがその冊子のタイトルを読み上げ、俺達もそれを横から覗き見る。


「学院でも似たような冊子が出てきましたよね。また罠でしょうか」

「あれも中身は本物だったみたいだし、こっちも悪意はあっても偽物じゃないかもね」


 さすがにアストラルも、今日死ぬとは思っていなかったのではないだろうか。

 あえて断片的な情報を残した前回とは違い、今回はかなり核心的な部分に迫る情報があるかもしれない。


「なんて書いてあんの?」


 パラパラと中身をめくっていくティアに、レオナが問いかける。

 細かな字で書かれており、中身を理解するだけでも大変そうだ

 

「簡単に言えば、天使の力を持つ魔獣のことを聖獣と呼び、通常の魔獣にこの注射器で薬剤を打ち込むことで聖獣に変質するってことが書いてある」


 回復能力と高い知能を持つ魔獣を聖獣とよぶ。

 つまり、それは天使の力に由来するものらしい。

 天使といえばミューズや聖女の力の源だ。


「制御というのは? 私やフガクくんが戦った聖獣は、確かに連携して行動していましたが、操作されていたというほどでも無かったような気がします」

「でもアタシをぶっ飛ばした奴は、タイミング見計らってたと思うよ」


 個体差があるのか、あるいは一部を暴走させることもできるのか、真相は闇の中だ。

 ただ、アストラルが端末のボタンを押すまでは各地の聖獣たちも眠りについていたようだし、ある程度制御できるのは間違いないだろう。


「この前のノルドヴァルトで見た資料にも書いてあったけど、赤光石には情報をリンクさせる機能がある。それを薬剤にして、聖獣に情報を”学習”させるのが、この薬剤の能力みたい」

「そういえば確か、ロレンツさんが……『聖赤薬(エーテル)』って言ってたね」


 アストラルの行っていた兵器の概要はこうだ。


 あらかじめ命令や学習情報を何らかの形で記録した薬剤『聖赤薬(エーテル)』を、捕獲した魔獣に注射する。

 かつてドミニアが赤光石(しゃっこうせき)で変質したように、魔獣も聖獣へと変質する。

 聖赤薬(エーテル)は赤光石と同じ情報リンク機能を持っているため、その機能を活用して端末などから命令を送ることができる。


こんな感じだろう。


「なんか、回りくどくない?」

「確かに……注射を打って聖獣化させる必要があるとなると、大群を用意するのはやや無理がある気がします」


 口々にそう言うレオナとミユキに、俺も同意した。

 本当に聖獣が命令に従うなら、貴族の護衛用程度ならまあ理解できなくはない。

 ただ、これを軍隊レベルの数で運用するには大量の魔獣を捕獲する必要があるし、聖赤薬(エーテル)も大量に必要だ。


 仮にバルタザル王国がこれを国家レベルでやるにしたって、薬剤も貴重なものだろうし、割に合うのだろうか。

 俺たちがそんなことを心配したって仕方ないのだが。

 

 しかし、ティアの表情からは笑みが消えていた。


「いえ、魔獣を聖獣に変えるのはあくまでも”実験”の第一段階。本命はそこじゃない」

「どういうこと?」

「『聖赤薬(エーテル)」は『聖赤薬(エーテル)』で使い道はあると思うけど、多分、アストラルにとって重要なのは”聖獣を制御”するってところなんだよ」


 ティアの言っている意味がよくわからなかった。

 聖獣を制御も何も、聖獣を用意するには前提として聖赤薬が必要なのではないのだろうか。


「ティアちゃん、もしかして、聖獣は聖赤薬(エーテル)を使わなくても作れるということですか?」


 ミユキの問いに、ティアは首肯する。

 そうかと、俺もようやく合点がいった。

 アストラルは聖獣を人工的に作り出していたが、そもそも聖獣が最初から”存在する”ものだったとしたらどうだろう。


 薬剤を用意する手間もコストもいらず、赤光石の制御装置だけを使ってコントロールすることが可能なんじゃないだろうか。

 そしてティアは、その聖獣に心当たりがあるらしかった。


「聖獣は多分、私が喚び出してる精霊と本質的には同じものなの。聖女の権能で、この世に喚び出せる者がいる……それも、”無限”に」


 ティアは唇を噛み、焦燥にも似た感情を露わにした。

 俺も彼女の言葉に戦慄した。


 無限?


 1体でも普通に倒すにはそれなりに骨の折れる聖獣を、永久的に召喚し続けるなんて。

 そんなもの、災厄以外の何物でもないじゃないか。

 

 そこで俺は、一つの言葉が脳裏を掠めた。


 聖女の権能? 災厄? まさか。


 俺の心を読んだかのように、ティアはじっとこちらを見ていた。

 そして、その唇をゆっくりと動かす。


「ユリナ=フランシスカ。私の妹が、その権能を持っている……」


 つまり、聖女研究における成功作とされる『災厄の三姉妹』。

 その一角であり、ティアの妹であるユリナ=フランシスカこそが、アストラルの聖獣制御実験の恩恵を最も受ける者だというのだ。


「いやいや、無限って。そんなもん制御できちゃったら……国でも傾くんじゃない?」

「そう……だからこそ『災厄の三姉妹』と呼ばれるの」


 アストラルの研究は完成しているのか。 

 それは分からないが、少なくとも既に実地で試す段階には来ているということだ。

 彼女は死んだが、聖女の権能を十全に活かすための研究など、必ず次の研究者へと引き継がれるだろう。

 ティアの頬を、透明な汗が一筋流れていくのが見えた。


「ティアちゃんは、そのユリナさんという方のことは……」


 ミユキの問いに、ティアは一瞬目を伏せた。

 ティアと同じ実験の産物だ。

 復讐の対象ではないのだろうが、ティアの口ぶりでは、ユリナという女性はアストラルに近い場所、すなわちバルタザルにいるのではないだろうか。


「……別にユリナと”もう一人の姉”を殺そうという気はないよ。ただ……ガウディスと一緒にいるはずだから、敵対する可能性は高いでしょうね」


 ティアは淡々とそう告げた。

 ティアと同じ『災厄の三姉妹』ユリナ=フランシスカは、俺達の敵に回る可能性が高い。


 俺は想像した。

 広い荒野を埋め尽くす聖獣の群れの中、一人それを指揮者のように操るティアの姿を。


 それはまるで、聖獣の咆哮の中、災厄を奏でる奏者のごとく。

 ユリナという女性の姿形は知らないので、ティアでのイメージにはなってしまうが、恐ろしい光景だと思った。


 聖獣制御実験を行ってることからも、ユリナの権能を活用しようとしていることは明白だ。


 最悪の場合俺達は、ティアの妹を殺さなければならない時がくるのか?


 言葉を失った俺達の間に流れる、陰鬱とした空気を打ち破るように、ティアは明るい声で語りかけた。


「今は気にしなくていいよ。考えるのは私。ユリナはガウディスが是が非でも手元に置いておきたい聖女の最高傑作だもの。ユリナの権能と戦うときがあるとすれば、それはガウディスと戦うときだ。あの子もガウディスを憎んでるはずだからね」


 戦わずに済む可能性があるとティアは言いたいのだろう。

 確かに、今心配しても仕方のないことだ。

 逆に言えば、最後のときに俺たちは決断を迫られるということなのだが。


「そろそろ調査を終了するが、君達はどうする? 続けるようであれば一人騎士を残していくが」


 すると、ゼクスがそう声をかけてきた。


「いえ、私たちももう出ますね。ありがとうございます」

 

 ティアの声を合図に、俺達も少し周囲を見てから部屋を出ることになる。

 アストラルが残したものは、結局この聖獣制御の研究報告書だけだ。


 だが俺達は、新しい敵の姿とその脅威を改めて認識することとなった。

 聖獣を喚ぶ聖女、ユリナ=フランシスカと遭うときが果たしてくるのか、俺はその名を胸の奥深くに刻み込んだ。


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