第173話 復讐の一手目①
そこら中を爆破し、瓦礫の山と化したカスティロ邸で、アストラルは砂煙が舞う中庭に悠然と佇んでいる。
これだけの土埃と開けた場所なら、レオナのナイフもかわしやすいと判断しているのかもしれない。
「おい災厄女。アンタがあたしを追ってきたってことは、やっぱミューズの件で相当怒り狂ってるって話は本当みたいね」
アストラルの声が響く。
隣にいるレオナは腰のナイフに手を当てているが、今投げても当たらない。
相手の爆破スキルは相当に厄介だ。
範囲は狭いが、威力は人一人簡単に吹き飛ばせるし、しかも撃つのに制約がほとんどない。
もちろん爆風に自分を巻き込むリスクはあるが、さすがにそこまで馬鹿ではないだろう。
何とか捕らえて話を聞き出したいが、それは甘すぎるのだろうか。
「ちょっと面白い話をしてあげる。アンタ、ヴェロニカ=フランシスカは知ってる!?」
ティアは、アストラルの悪意に満ちた言葉を聞くかどうかを迷った。
だが、 自分の復讐に関わることであるなら得ておかねばならない。
明らかに嘲笑の意図が見て取れるが、ティアはそれを受け止める必要があると考えた。
「知ってるけど、それが何!?」
と言いつつ、実はティアは過去ヴェロニカ=フランシスカとほとんど言葉を交わしていない。
研究所にいたころ、せいぜい身体データを取る際にいくつか質問を投げかけられる程度で顔も朧気だ。
「ヴェロニカ=フランシスカは、聖女研究で本当にアンタたちみたいな哀れなガキ共を助けようとしてた。聖女の持つ癒しの力や守りの力を使って、傷つく人間を減らしたいって本気で願ってた阿呆だ」
ヴェロニカ=フランシスカは研究所の責任者であるため、レッドフォートの政府から研究所の非人道的な研究が明るみになると処刑された。
それはまるでトカゲのしっぽ切りのように
全ての責任を負わされ、彼女が提唱した研究であるかのように言われたが、もちろん現実は違う。
研究所の中枢にいたのはガウディスであり、被検体の子どもを使って実験を繰り返した挙句にミューズを作ったのもガウディスだ。
だが、それが何だというのだろう。
「随分お喋りが好きだね! 回りくどいこと言ってないで言いたいことはっきり言ったら!?」
ティアは皮肉をアストラルに投げつける。
相手の口からは舌打ちが飛んできた。
「そんなヴェロニカが、レッドフォートから真っ先に主犯として処刑されたのは何故か知ってる?」
何が言いたい?とティアは不思議に思った。
ただ一つ分かることは、アストラルの言葉は悪意に満ちている。
だからきっと、彼女の口から放たれる言葉は、自分を不快にするものでしかないということも分かっていた。
「”あたしがそうした”からだ! あたしは当時アンタとそう変わらないガキだったけど、当時から研究員としてフランシスカの研究所にいたんだ! 天使の力を兵器として形にするためにね! あたしにとっちゃ、ヴェロニカの存在は邪魔なだけだったんだよ」
ティアの中で、沸々と怒りがわいてきた。
ヴェロニカ=フランシスカのことなど知ったことではない。
彼女は比較的人道的な研究をしていたのかもしれないが、そんなことは結局被検体の自分にとっては関係ないことだ。
こんな身体になるのを守ってくれなかったことに違いはない。
「レッドフォートの政府に研究所のグロい内情がバレそうになったとき、あたしが真っ先にヴェロニカを売った。おかげであたしたちは生き延びて、こうしてアンタらみたいな化け物の研究が続けられている!」
天使の力を研究対象とするアストラルは、方針を巡ってヴェロニカと対立していたのだろう。
だから、ヴェロニカをとかげのしっぽとして差し出した。
それ以上の追及を免れ、バルタザルに移って研究を続けるために。
「ああそう……」
「ティア……?」
ティアは怒りに我を忘れそうになった。
ヴェロニカのことじゃない。
こいつは自分のことも、他のみんなのことも、実験用のモルモットくらいにしか思っちゃいない。
そして何より、こいつもまたガウディスと一緒に姉妹たちを怪物へと変えた元凶の一人だということが、今分かった。
分かってしまったのなら、止められなかった。
復讐からは、逃げられない。
"復讐は正しく行われなければならない"。
「レオナ、援護してくれる?」
「いいよっ……! まあやるよねティアは……!」
ティアは剣を抜き、レオナに声をかけて陰から飛び出してアストラルと対峙する。
「出てきたよ間抜け」
アストラルはティアを嘲笑い、手をこちらに向けてかざした。
レオナが背後から躍り出て、2本のナイフを投げつける。
同時に爆発が巻き起こる。
ティアは横に飛んでかわしながら、アストラルの元へと駆けていく。
爆風でその黄金に輝く髪の毛先を焦がしながら、ただひたすらに仇敵を討つために。
アストラルの言葉は、ティアの冷静さを奪い、おびき出すための罠のようなものだと分かっている。
それでも止まらない。
埒が開かないなら、こじ開けるしか無かった。
それだけが、この身を焦がしてしまいそうな憎しみの炎を御する手なのだから。
「チッ!」
アストラルも特攻を仕掛けてくるとまでは思っていなかったのか、レオナのナイフが頬を掠めるのを忌々しげに睨みつつ後ろに飛んだ。
さらに手をティアにかざすが、ジグザグに飛び跳ねるように駆け抜ける。
爆破をかろうじてかわしつつ、アストラルとの距離を縮めていく。
「ティア走れ!!!」
レオナのナイフが、アストラルの右肩に突き刺さる。
一瞬痛みに苦悶の表情を浮かべながらも、彼女の掌はティアを捉えていた。
簡単に言ってくれる。
自分は化け物かもしれないが、まだギリギリ人間だ。
フガクやミユキのように、人類を超えた動きなんてできない。
「死ねよ災厄女! ガウディスもテメェはもういらねぇってさ!!」
土煙を巻き上げ、灼熱の爆風にもティアは怯まない。
瓦礫やガラスの破片はまるで彼女を避けるように飛んでいく。
「私はあなたたちにとても会いたかったわ!」
そしてティアは剣を振りかぶり、アストラルについに肉薄した。
が、アストラルの表情からは悪意の嘲笑が消えない。
「馬鹿だねご苦労さん!」
地面が大量の土を巻き上げながら爆ぜた。
アストラルの爆破は、何も手から出るわけではない。
いつも手をかざしているのはあくまで距離を測りやすく爆破位置を安定させやすいから
足からでも攻撃は十分できることを、ティアは知らなかった。
ティアの身体が宙を舞う。
「ぐっ……!」
「ティア!!」
ティアの細い体が地面を転がった。
アストラルも自爆を避けて威力が低かったことだけが幸いだ。
すぐにレオナがカバーに入り、ティアの前にナイフを構えて立ちはだかる。
アストラルの肩や頬にも、巻き上げられた泥やナイフを掠めた血の跡が見えた。
彼女は、右手をこちらにかざしたまま、左手で髪をかき上げる。
「クソガキ。そこの女と一緒に粉微塵になりたくないならどきなよ。そしたら見逃してやる」
「冗談でしょクソビッチ。あんたが魔法だかスキルだかをぶっ放すより先に、アタシのナイフがその腐った脳みそブチ抜くけど?」
ティアはすぐに立ち上がり、アストラルの瞳を真っすぐに見据える。
憎悪と、怒りを込めて。
「アストラル……善悪の話なんてする気はないわ。あなたたちの研究内容もどうでもいい。私は、あなたを、殺す。今私に必要なのはそれだけだよ……!」
ティアは怒りで頭の中身がどこかに吹き飛びそうだったが、どこか冷静な自分がいることにも気づいていた。
実際この状況でアストラルを殺せるか?
確かにレオナの一撃は彼女に届きうるし、脳天に突き刺さるかもしれない。
だが、同時にアストラルの爆破攻撃も自分たちに届くだろう。
それを分かっているからこそ、今こうして互いの喉元に死を突き付け合って膠着状態に陥っている。
「ざぁんねん! 死ぬのはテメェだセレスティア!!」
瞬間、目の前にいたレオナに何かが激突し、彼女の身体を庭の端まで吹き飛ばした。
「がっ……!!」
レオナにぶつかったのは、巨大な鳥の魔獣だった。
顔の無い青白い身体と、牙がびっしりと這えたくちばしをもつおぞましい怪物。
魔獣がアストラルを助けた?
「”保険かけた”っつったでしょ?」
いや、これこそがアストラルが取引に用いていた兵器なのだろうということは、一瞬のうちに理解できた。
ティナは目でレオナを追うが、同時にまずいと思った。
今、アストラルと自分たちの均衡状態が崩れたのだ。
彼我の間には何の隔たりも無く、ただアストラルの掌がこちらに向けられている。
それは、死神の鎌が振り下ろされる瞬間のように見えた。
「ティアッッ!!!」
レオナの悲鳴にも似た声。
レオナのナイフで首を断たれる魔獣の断末魔が響く。
だが間に合わない。
見開かれたティアの瞳に移る、残酷な嘲笑を浮かべたアストラルの邪悪な表情。
その全てがスローモーションに見えた。
「さよなら化け物」
まずい、死んだ。
ティアの脳裏にその言葉が浮かんだ瞬間のこと。
―――バヂッ!!!
ティアの身体に、引きぎられそうな衝撃が走った。
「あ……」
ティアは確実に今、爆破によって五体を粉砕されたと思った。
今まで自分がいた場所は激しい爆破によって大穴を穿たれている。
助かった?
誰かがそこから自分を抱き抱えて動かした?
それを頭が理解するころ、遅れてやってきたのは力強く自分の身体を抱き留める腕の感触だった。
そして……。
視界の中で揺らめく白と黒の長い髪。紺色の外套。
チラリとこちらを見る、赤い瞳は、間違いない。
「間に合ってよかった……!」
ティアをそっと優しく地面に抱き留めて下ろしたのは、フガクだった。
「へえ……何アンタ」
アストラルの口元が、初めて引きつった。
ティアは頭が状況を整理するよりも早く立ち上がり剣を握る。
そして、かばう様に眼前に立つフガクの背中を見つめ、視界が少しだけ揺らぐのを感じた。
「さあ、ティア――」
目の奥が熱い。
心臓の鼓動が早鐘を告げる。
助けてくれた?
それとも戦いに来てくれた?
何でもいい、彼がそこにいる。
ティアは、震える唇からただ憎悪を逃がさぬように引き絞り、無言でその声を聞く。
決して、アストラルからは目を離さぬままに。
「――復讐の時間だ」
「うんっ……!!」
胸の高鳴りが、止まらなかった。
それが復讐の鼓動なのか、彼への想いなのかは分からない。
だから、このドキドキを抱えたまま、最後まで行くと決めた。
フガクの高らかな宣言に、ティアは剣を握る細い手にありったけの力を込めて頷いた。
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