第165話 魔法使いアリシア②
月明かりが照らす王都郊外の共同墓地。
ミユキの戦闘の痕跡が残るその場所で、俺は銀鈴を構えて敵と思しき3人組と対峙する。
しかし、空気は妙だ。
ミユキも相手も既に戦闘態勢を解いているようにも見える。
だが、俺の姿を見るなり、銀髪の女は驚愕を露わにして声を荒げる。
「魔王、お前はなぜそこにいる。お前はシェオルで……!」
「何を言ってる?」
俺はとりあえず女のステータスを確認する。
――――――――――――――
▼NAME▼
アリシア=アンテノーラ
▼AGE▼
424
▼SKILL▼
・魂の選定 SS
・屍霊魔法 SS
・闇魔法 S
・風魔法 B+
・水魔法 B+
・眷属召喚 B+
――――――――――――――
高いステータス、見た目通り魔法使いタイプのようだが、魔女ではないらしい。
だがそれよりも気になることがある。
「424歳……!?」
「フガク……それ本当? そう見えたの?」
「う、うん……」
「やはりその力……魔王のものに相違ないようね」
アリシアは訝し気に俺を睨みつけ、こちらに向かって杖を突きつけた。
一触即発の空気となる俺達だが、アリシアをガスパールが諫める。
「待てアリシア。魔王よ、貴様も剣を鞘に納めろ。争いは今しがた終わったところだ」
見た目は一番獰猛そうな化け物だが、低く響く重低音からは理知的な雰囲気を感じる。
確かに、俺はチラリとティアを見ると、彼女は頷いた。
その回答に、銀鈴を鞘に納めてティアたちに向き直る。
「ティア、ミユキさん、どういう状況?」
「そっちのアリシアさんに聞いて。私たちも馬車の御者を操られて連れてこられただけだから」
「……闇魔法で半分眠らせた状態にして運ばせただけよ。じき目覚める」
アリシアは腕を組み、ポツリとそう答えた。
「もう一度聞くけど、あなたたちの目的は? 何故私たちをこんな場所に?」
ティアはゆっくりとした口調でそう尋ねた。
アリシアは瞳を閉じ、やがて意を決したように俺たちに視線を向ける。
「各ギルド経由で伝わっている”ミューズ”という名。これは聖女研究の産物だということは私も知っている」
その言葉に、ティアの雰囲気が少し変わった。
アリシアはティアに差し向けられた刺客ではなさそうだが、フランシスカ研究所の関係者であれば許さない。
そんなピリピリとした空気を放っていた。
「……何故?」
「同族が暗躍していることを知ったからよ」
「同族っていうのは?」
ティアより先に、俺が問いかけた。
「アンテノーラ」
アンテノーラ。
確かに、その名前を俺は聞いたことがあった。
俺がアポロニアの屋敷でフラッシュバックした魔王の記憶の中に、アウラ=アンテノーラという名があった。
それは人間と魔族の和平についての会談に臨んでいた女だった。
アリシアも同じファミリーネームだがその子孫だったりするのだろうか。
いや、そもそも424歳という、俺のスキルのバグとしか言いようのない数値から考えれば……。
「……アンテノーラは、世界で唯一の長命種……ってことで合ってるわよね」
ティアは思いのほか冷静な声色だった。
もしかすると、彼女の名前を知ったとき、何となく察していたのかもしれない。
この世界で唯一の長命種とは、つまり、人間よりも長い寿命を持つ種族ということだろう。
「厳密には違うけど、まあそうね。かつて”エルフ”と呼ばれた私たちは、世界のいたるところで自分たちの研究や目的のために生きている」
「エルフだって!?」
「……知っているのか。それも魔王故か?」
「フガク、どういうこと?」
いや、そんな大した理由ではない。
突然聞いたことのあるワードが出てきて驚いただけだ。
ファンタジー世界にエルフといえば、ドワーフやリザードマンなどと合わせて代表的な亜人の一種だ。
この世界には亜人がいないことは、俺がこの世界に来ていたころから気づいていた。
しかし、その理由については深く考えたことはなかった。
そもそも亜人のいない世界なのかもしれないと、特に疑問も持たなかったのだ。
だが、あの日魔王の記憶を垣間見たとき、そこには確かにさまざまな種族の亜人がいた。
つまり、この世界には”亜人が存在する”。
「い、いや。僕の世界ではエルフといえば亜人の代表みたいなもんだから。やっぱりいるんだーと思っただけ」
「僕の世界? シェオルのこと?」
「そこはスルーしていいわ。続きを教えて。あなたが暗躍を知った同族の名前は?」
首を傾げるアリシアに、ティアが急かすように言った。
「……イオ=アンテノーラだ」
「やっぱり……イオ……!!」
ティアの背中から、プレッシャーじみたものが迸った。
俺はこの感じに覚えがある。
神域の谷でリュウドウと戦ったときと同じものだ。
つまりそれは……。
「ティアちゃん、"イオ"という方は?」
「……ガウディスのことは話したでしょ。私の復讐対象にはもう一人いるってこと、覚えてる?」
「……まさか」
俺とミユキが同時に息を呑む音が聞こえた。
「……そう、イオ=アンテノーラは、私が殺すべきそのもう一人よ」
「どういう意味だ?」
アリシアの問いかけに、ティアは逡巡する素振りを見せた。
だが、赤光石などの核心的な部分だけを隠し、アリシアに自分たちの旅の目的を話すことにした。
自分はフランシスカ研究所で調整されて生まれた”人工の聖女”であること、その産物であるミューズと、復讐対象のガウディスを殺すのが目標であること。
ティアの話をアリシアは神妙な面持ちで聞いていた。
そして彼女は、しばらく押し黙った後に沈黙を破る。
「聖女アウラは400年前、私たちの仲間だった」
「仲間って……やっぱりあなたは400年前から生きているってこと?」
「言ったでしょう。アンテノーラは長命種。今も多くの同胞が悠久の時を生きている」
頭の中で時系列がゴチャゴチャになる。
400年前、魔王を倒した勇者パーティの連中がアリシアというのは、俄かには信じがたい。
ただ、俺のスキルで見える年齢に嘘偽りが無ければ、確かに彼女は400年前は24歳の魔法使いだったことになるのだ。
「私は、聖女の紛いものであるミューズを何度も殺す冒険者に興味を持った。調べていくうち、お前たちに辿り着いたの」
ミューズという呼称をギルドに公開したことは、俺たちの旅路に大きな影響を与えている。
アリシアが俺たちの前に現れたことも、おそらくその一端なのだろう。
「……勇者よ、お前は先日『聖餐の血宴』を使った?」
「は、はい。どうしてそれを……?」
「噂で聞いた。お前の力は、私の知る”勇者”の力とよく似ていたから、まさかと思ったけど」
なるほど。
アリシアが本当に勇者パーティだったというならば、勇者のことも顔見知りのはずだ。
であれば、勇者の奥義である『聖餐の血宴』のことを知っていても不思議ではない。
つまり彼女は俺達のことを調べていくうちに、勇者と聖女の正体に辿り着いてしまった結果、それを確かめに来たというところなのだろう。
「私たちが勇者や聖女だとして、あなたはどうするのですか?」
ミユキの問いに、アリシアは黙った。
もしかしたら、そこまでは決めていなかったのかもしれない。
俺が400年前一緒に旅をしていた仲間と同じ称号を名乗る存在を見つけたら、どんな奴なのか確かめに行きたくなると思う。
答えないアリシアの代わりに、黒犬のヒューゴーが応える。
「勇者も聖女も、人間を遥かに超える力を持っている。特に勇者のお嬢さん、お前は勇者のヤバさを知らないだろ」
ヒューゴーの言葉に、ミユキも言葉を失う。
勇者とは、今まで名前だけはちょこちょこ聞いてきたが、確かにどんな人物だったのかはあまり意識してこなかった。
何となくイメージに思い浮かぶのは、おそらく今際の際の魔王の眼前に立っていた、冷たい目をした女。
両手に剣を携え、煙草を燻らせた黒髪の女だった。
「そ、そんなに危険な人物なのですか?」
「ああ、正真正銘の怪物だ。全力を出してないんだろうが、今のお前は勇者の力の1%にも満たない」
ヒューゴーの言葉に、ミユキは唾を飲み込んだ。
やはり、魔王を殺した勇者という存在はそれだけ強大なのだろう。
とはいえ、ミユキだって力の底を見せたわけではない。
実際に戦ったら分からないと俺は何となく思っていた。
「待って……それよりも、イオの居場所をあなたは知っているの?」
「……そこまでは。私たちは奴の本当の目的も分からない」
「やっぱりそうよね……。で、あなたはイオをどうしようとしているの?」
「私はかつての仲間として、聖女を冒涜するかのような奴の所業を見過ごすわけにはいかないわ。聖女とは本来、先天的に獲得する権能を指すはずだから」
「そう……」
ティアの瞳の奥には憎悪よりもむしろ、答えが合っていたときの安心感のようなものが見て取れた。
ガウディスよりも、イオの方が足取りが追いにくかったのかもしれない。
「しかし、お前はどういうことよ。聖女と勇者はまだわかるけど、魔王が何故手を組んでいる……!」
アリシアの矛先が俺に向いた。
そんなことを言われても。
俺だって気づけば魔王のスキルを持っていただけなのだから。
下手なことを言うと怒られそうだったが、俺はありのままを伝えてみる。
謎の女神に誘われ、気が付けば力を持った状態で異世界に転移していたと。
フェルヴァルムのことや、ミユキのことは伏せておいた。
「信じがたいわね……」
「魔王のことはご存じないんですか?」
「何度か顔を見たことがあるだけよ。ただ……あるいはお前たちは、勇者と魔王の因縁に絡めとられているのかもしれない」
俺にとっては、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
勇者と魔王の因縁。
俺とミユキの運命が重なったのは、まさにそこだ。
真相は何も分かっちゃいないが、少なくともフェルヴァルムの発言を鑑みれば、魔王と勇者の因縁を俺たちは知る必要があると思うのだ。
「勇者と魔王の因縁って?」
俺の問いかけに、アリシアはじっと俺を見つめる。
話していいものか迷っているような素振りだ。
だが、今度は巨大な獅子の化け物ガスパールが助け舟を出してくれた。
「アリシア、話してやれ。此奴らにはもはや無関係ではないし、この少年は俺達の知る魔王でもない」
「……わかったわよ」
アリシアは、フゥとため息をついた。
先ほどからヒューゴーやガスパールが、彼女を諫めたりフォローしたりする姿が見られる。
本来の彼女は気が強く、わがままなお嬢様っぽい性格なのかもと思った。
そして、彼女の次の言葉に、俺もミユキも驚愕することとなった。
「――魔王と勇者は、今もシェオルにいる」
400年前、袂を分かった魔王と勇者。
遥か昔から伝わる御伽噺の登場人物たちのはずだ。
それが、今も生きている?
いや、アリシアたちもそうなのだとすれば、この世界は一体どうなっているのだろうか。
俺やミユキが背負った魔王と勇者の宿業は、きっと俺たちが考えているよりもずっと重たく、根深いものなのだろうと思った。
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