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魔王、いいから力を寄越せ!~転生した俺が美人勇者と復讐聖女を救うまで~  作者: 裏の飯屋
第五章 ロングフェロー王都編

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第162話 潜入カスティロ邸②


 俺は過去最大といっても過言ではないピンチに陥っていた。


「ふはは、君も中々好き者のようだな」


 カスティロ侯爵のドラ息子、パトリックによって腰から尻を撫でまわされている。

 さらにあろうことか、俺のドレスを肩からずり下ろして脱がそうとまでしていた。


「お、おやめください……」

「何を言う。ここで奉仕をしたいと誘ってきたのは君ではないか」


 俺はできるだけ高い声で言うが、その囁くような話し方がかえって興奮を煽っているのかもしれない。

 俺の偽乳をさわさわしてご満悦のようだが、そっちは作り物だから別にどうでもいい。

 問題はこのまま下半身に手が伸びてくると、俺が男だとバレてしまうことだ。


「お姉ちゃん、何してるの?」


 と、そこで俺の背後からレオナの声がかかった。

 ハッとなって俺は、はだけた服を直しながらパトリックから距離を取る。

 パトリックも、さすがにバツが悪そうな表情になった。


「さすがにここでは無理があるか」

「ご主人様ですよね! お姉ちゃんがどうかしましたか?」


 レオナはある程度状況は飲み込めているはずだが、屈託なくパトリックに笑いかけた。

 無邪気で性の知識などまるでない無垢な少女を演じている。

 

「いや何。君がもう少し大人になったら教えてあげよう。ふむ……」


 そしてパトリックは、顎をさすりながらレオナを品定めするように見始めた。

 さすがに若すぎて手を出す気にはならないようだ。


「な、なんですか?」


 その視線を不快に思ったのだろう。

 レオナは口元をヒクヒクさせながら小首を傾げた。

 よかったなパトリック。普段のレオナだったらもうナイフが頭に刺さってる。


「君もがんばれば、姉君のようにもっと女らしくなれるぞ!」


 ピシッ!

 と、空気が割れるような音が聞こえた気がした。

 レオナの額に青筋が浮かんでいる。

 高笑いを挙げているパトリックを、今にもブチ殺さんばかりの形相だ。


「ではなケイよ! 後で私の部屋に来るように!」

「は、はい……」


 高笑いを挙げながら、パトリックは去っていった。

 姉妹もろともにセクハラをするレベルの下衆ではなくてよかったが、俺の心はかなり汚れた。

 ガックリ肩を落としていると、レオナが横に立ち、俺の尻を蹴った。


「いってっ! 何すんだよ!」

「アタシよりフガクの方が女らしいってどういうことー? 説明してくんないー?」


 笑顔を浮かべつつもビキビキと俺の首に手をかけようとするレオナ。

 やっぱり先ほどの発言に怒っていたようだ。

 知らないよあのドラ息子に聞け。


「ミユキに、フガクが男に抱かれてたって言いつけるからね」

「やめろ本当にトラウマもんだったんだから!」


 今思い出しても全身が鳥肌が立つ。

 後で来るように言われたが、当然行くわけがない。

 

「で、何か怪しいものはあったのか?」

「ブツは無かったけど、帳簿があったよ」

「帳簿?」


 そういえば、カスティロは物流事業の大物で、ロングフェロー国内の物流を牛耳っていると言っていた。

 その帳簿のことを差しているのだろうか。


「それがどうしたんだ?」

「国境を越えた荷物の数と、国内の物流拠点に搬入された荷物の数が合わないんだよねー」


 レオナが急に頭の良さそうなことを言い出した。

 こいつターゲットに近づいて首切る以外にも、まともな調査なんてできたんだなと俺は感心した。


「ほらこれ」


 レオナは腰のポーチから小さな紙切れを取り出し、俺に見せた。

 そこには可愛い字で日付と品目、数量が書き写されている。


「さすがに原本は盗めないから、ざっと目に入った分だけメモった。ほら、例えばこの日」


 指で示された行にはこう記されていた。


 ――《国境通過・輸入品:百二十箱》

 ――《国内拠点搬入:九十五箱》


 その後も具体的な品名がツラツラと数枚のメモ紙に書かれている。


「……確かに数が合ってない」

「でしょ。通った数と実際に倉庫に入った数が違う。二十五箱、どこに消えたか分からない」


 しかもレオナが言うには、一度や二度じゃなく、何ページにもわたって同じような食い違いが続いていたらしい。


「特別ルートで流した可能性があるね」

「……それって兵器密輸の証拠ってことか」

「まあ色々理由は考えられるよ。例えば軍事関連や医療関連、それから福祉関連の物資とかね。国境を別ルートで通れたり、何ならチェックすらされない場合もあるから」

「っていうことは?」

「この辺洗えば何か分かるかも」


 大収穫じゃないか。

 疑いを持たれているとはいえ、忍び込むなんて違法な真似正規の軍じゃ絶対無理だ。

 褒められた方法じゃないが、来た甲斐はあったと言える。


 とはいえ、さすがに帳簿を盗み出すことはやめたらしい。

 ここで書類が無くなったら、どう考えたって今日来たばかりで辞める俺たちが疑われる。

 ある程度めぼしい物や搬入先のメモは取ったようなので、あとはカフカ伯爵経由で国に調査を依頼すればいい。


「すごいなさすが天才暗殺者!」

「バカにしてない? ま、とりあえず変に探されないように、もうちょっと仕事して適当にバックレよう」

「そうだな。でも、じゃあやっぱりカスティロ侯爵が兵器密輸の犯人ってことか……?」


 確かに立場上他の貴族よりは、国内にさまざまな物資を輸入しやすいだろう。


「そこまでは分からないかなー。悪い噂の多いおっさんだし、可能性は全然あるけど」


 俺はこういうのを考えるのは苦手だ。

 俺よりだいぶ年下のレオナの方がちゃんと考えているのは少し複雑な気分だったが、まあ人には得意不得意がある。


 とりあえずティアたちにも報告して、次の行動に移ろう。

 俺とレオナは、様子を見に来たメイド長の目を欺きつつ、仕事から抜け出すタイミングを見計らうのだった。



―――


「んで? 買うの買わないのどっち」


 ゼファー=アストラルはソファーに座りながら、目の前にあるガラスの天板が美しいローテーブルにドンッ!と足を投げ出した。


 固く黒いブーツが天板を叩き、ティーカップに入ったお茶が零れる。

 目の前に座る貴族、ドノヴァン伯爵はビクリと肩を跳ねさせてゼファーに困惑の視線を向ける。


「し、しかし君。2億ゼレルだなどと……あまりにも法外じゃないかね」

「あー……?」


 ゼファーのムッチリとした白い太ももが露わになっているが、彼女は気にも止めない。

 禁煙の室内で煙草を取り出し、口に咥えて火を点けた。

 部屋の隅に控えるメイドが思わず顔をしかめている。


「だから証拠見せてやったでしょ? アンタらみたいなボンクラにも分かるように、わざわざ王都の郊外に聖獣出してやったじゃん。2億ぽっちであの力だ。私兵を何十人か切りゃ数年で元取れるだろうがよ」


 ゼファーの前には、鋼鉄製のトランクが置かれている。

 そこには、1本の大きな注射器と血のように赤い液体のアンプルが入っていた。

 彼女は持ってきた”兵器”を、貴族に売りつけようと”交渉”しているところなのだ。


 もっとも、ゼファーの態度は終始尊大だった。

 ドノヴァン伯爵との交渉は既に3度目に及んでいる。

 初回は、胸も足も放りだした娼婦のような格好をして屋敷を訪れた彼女を門前払いした。


 しかし、彼女は「まあ見てろ」と、王都の近くの分かりやすいところで”兵器”を使ったのだ。

 暴れ回る『聖獣』は、近隣の街の一部を破壊してその力を見せつける。


 一体だけの”試供品”であったため王国軍によって討伐されたが、これが複数体現れるだけで街一つが壊滅するだろう。


 そんな危険なアイテムをゼファーは扱っていた。


「あたしが交渉に来てやるのは今回が最後だ。でもいいの伯爵? アンタのために聖獣出したから街が半壊したんだよ? こんなの王様にバレりゃ、下手すりゃ貴族続けらんないんじゃない?」


 ゼファーは、ピンク色のリップが塗られた口元から、フゥッと煙草の煙を吐き出して伯爵に吹きかけた。

 美しい女性の貌をしているのに、まるで悪魔のような言葉を次から次に放つ彼女に、ドノヴァンはギリリと歯噛みする。


「フンッ、ワシの所為だとどう証明する!」

「テメェの屋敷に聖獣を放つ」

「……!」


 ゼファーは悪辣な表情で、口元には嘲笑を浮かべた。

 ドノヴァンを選んだのには理由がある。

 彼は王室とは対立する派閥の一人で、薬品などを扱う事業者として利益を上げている人物だった。


 だが、集めた私兵はどこかパッとせず、同じ派閥の連中からもいいように金を出すだけの存在と扱われていた。

 つまり、金があって兵力を求めている貴族ということだ。


 ゼファーはそこに目をつけた。 

 彼女の”兵器”は、そんな相手のための物だったのだ。

 胸の谷間から一枚の封筒を取り出す。


「契約書だよ。大丈夫、アンタでも扱えるようにちゃんと”調整”してあげる」

「クソッ……! この魔女め! 2億だな!」

「あァ? あたしを不快にさせたから3億。バーゲンはさっき終わったのよ」


 冷徹なゼファーの言葉に、まだゼファーの体温が残る紙を震える腕で受け取った。

 同じ人間の姿をしているのに、この女は悪魔だと、そう言わんばかりに。


「貴様ァ……」

「おめでとう、もう誰もアンタを舐められないよ」


 伯爵の額を汗が伝う。

 ドノヴァンは唇を噛み締めながら、怒りでペン先が震えて紙にインクが滲む。


 ゼファーの交渉とは名ばかりの恐喝に、今日も一人の貴族が屈した。

 契約書にペンを走らせる哀れな貴族を眺めながら、ゼファーは2本目の煙草に火を点ける。

 彼女にとっては、自分の研究成果で世界が壊れようと、どうでもいいことだった。


お読みいただき、ありがとうございます。

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