第158話 陰謀の夜会①
「ねえ、またなんかあった? 今度は何?」
ティアが呆れたようなジト目で、俺とミユキに問いかけた。
あれからすぐ、俺は会議のためティアの部屋を訪れる。
これからの動きを打ち合わせるためだ。
部屋に入った俺は、ミユキと視線が合うと、お互いつい逸らしてしまった。
先ほどの突然の告白に、どんな顔をしていいか分からなかったからだ。
俺達は互いにソワソワしながら、ティアの話を聞いていたが、明らかに挙動不審なのでティアに何事と思われたわけである。
「べ、別に? ねえミユキさん」
「は、はい。何もありませんですよ? ねえフガクくん」
確かに仲直りはした。
だが、また別のベクトルでのギクシャクが始まっているので、ティアは頭を抱えレオナも口元を引きつらせていた。
「フガク、ミユキ……ヤッた?」
「「してないよ!ません!」」
そしてレオナの暴言に、俺とミユキのツッコミがハモる。
「解決したってことでいいのね?」
「う、うん」
「はい……お騒がせしてしまい……」
「なんでなんで? どうやって仲直りしたの? さすがにチューはした?」
「してませんッッ! さすがにって何ですか!」
ミユキは顔を真っ赤にして否定している。
もちろんチューはしてないが、もう秒読みというか、いつしてもおかしくないくらいになってる。
俺はミユキの艶やかな唇に思わず目が行ってしまい、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「……ま、いいけどね。じゃあ改めてお説教をします。そこに直りなさい」
そしてティアは腕を組み、俺とミユキに向き直る。
俺達は、二人並んで背筋を伸ばした。
「うちのパーティは恋愛禁止じゃないけど、惚れた腫れたでグチャグチャしないこと! やるならやる! 嫌なら嫌! 何事もはっきりしなさい、分かった!? 分かったらごめんなさいしなさい」
ティアは俺とミユキそれぞれを指差しながら、キッと目を吊り上げてそう言った。
まるで先生が生徒を叱るような物言いだったので、俺とミユキは勢いに負けて頷く。
「分かりました。ごめんなさい」
「肝に銘じます。ごめんなさい」
「分かればよろしい! じゃあ今日から調査を進めるね」
そう言ってティアは、この話はここまでと区切ってくれた。
こういうとき、彼女のドライなところがありがたいと思う。
俺とミユキだけだと、今後はお互いを意識して変な空気を作りそうだからだ。
いやまだミユキへの返事はどうしたらいいんだろうという懸念もあるのだが、一先ずこのクエストが終わるまでは置いておこう。
これ以上ウダウダやってるとティアがキレそうだ。
「早速だけど、今夜マティルダさんの紹介で夜会があるの。私とミユキさんはそれに参加する」
「貴族の方の調査ですか?」
ミユキの問いに、ティアは頷く。
そういえば婚約についての返事はまだマティルダにはしてないが、サリーもその気が無さそうだし、しばらく放っておこう。
変に藪蛇を突くことになっても嫌なので、屋敷を去る時にお断りを宣言してそそくさと逃げるのが良い。
「そういうこと。カスティロ侯爵もお呼ばれしているみたいだし、ちょっと様子を探ってみよう。マティルダさんとサリーも行くみたいだから、よかったらどうかって」
「アタシとフガクはー? 留守番?」
今夜はオフか?
若干寝不足だし、それならそれでありがたいが。
「残念でした。二人はカスティロ邸に忍び込んでみてくれない? せっかく当人が出かけることが分かってるんだし」
「ええっ!?」
潜入って簡単に言ってくれるが、暗殺者のレオナはともかく俺なんかずぶの素人だ。
スニーキングミッションなんかとてもじゃないが無理がある。
「ティアー、こんなド素人連れてくよりアタシ一人の方がマシだと思うよ?」
レオナも全く同じ感想を持ったようで、呆れたように俺を指差しながら言った。
指さすな指を。
「もちろん手は考えてある。カスティロ侯爵は社会奉仕の一環として、身寄りのない女性や、離縁とか死別なんかで夫がいない女性を使用人として雇ってるらしいの。それに申し込んどいたから」
「なるほど……それならフガクでも何とかなるか」
「へえー」
と他人事のように俺が呟くが、一つ気になる言葉があった。
ん? 身寄りのない”女性”?”未亡人”?
おいおいボス、全部女性じゃないか。
ティアさんよ、さすがに君にまで性別を間違われちゃ俺も寂しいぜ。
「ティア質問。女性ばっかりが雇われてるんだよね?」
「うん、そうだよ」
「僕はどうしたらいいの?」
「だからレオナと潜入だってば」
「ん?」
「え?」
俺とティアの間に変な空気が流れる。
俺はダラダラと背中に汗が流れるのを感じた。
まさか……。
ティアは俺の肩に手をポンと乗せ、素敵な笑顔で頷いた。
「フガク。あなたのその無駄に可愛い顔がようやく役に立つ時が来たようだね」
俺の嫌な予感はその日の夕方、見事に的中することになるのだった。
―――
「はぁ~~~ッッ!!」
素っ頓狂な唸り声を上げたのはミユキだった。
何故か。
「髪がほんと目立ち過ぎてどうしようもないね。何とか黒いとこで被せて……」
「ティア、白髪染め借りてきたよ」
「時間ないな。トップだけやっちゃおう!」
「おっけー、ドレスに色付かない?」
「ネイビーだし大丈夫でしょ」
「はぁ~~ッッ!!!!」
「ミユキさんうるさい」
俺は今、ティアの部屋の化粧台の前で女性陣3人から密着されていた。
もちろん嬉しい状況ではない。
「チークもうちょっといっとこうか」
「リップは? ピンクが可愛いんじゃない?」
「可愛いです!! 爪! 爪も塗りましょう! ねっ!?」
俺は今、女にされている。
変な意味ではない。
文字通り髪をいじられ、化粧を施され、女装させられている真っ最中なのだ。
既に覚悟は決まっていた俺だが、ずっとげんなりはしている。
俺のチャームポイントとも言える白黒の髪も、レオナがどこからか持ってきた白髪染めで上の方を真っ黒にされてしまった。
ダークネイビーのドレスを着せられ、普段のボサボサ髪もヘアオイルやら何やらでいい感じに整えられた。
俺はされるがまま、鏡の中でどんどん仕上げられていく中性的な美少女の面を無言で拝んでいる。
「ちょっとガタイ良すぎない?」
「おっぱい作ろうよティア。詰め物して」
「まあ胸あればマシに見えるか……よしいこう」
「下着! 使いますか!? 私の使ってもいいですよ!」
「ミユキさんさすがにそれはどうかな……」
ティアは真剣そのものでどんどんこだわりだしてるし、意外とレオナも細かいところを指摘している。
ミユキにいたっては良く分からない鳴き声を上げながら、俺の仕上がりに大興奮していた。
「絶対君達楽しんでるよね?」
「は? 悪い? あなたたちの所為で今日のお膳立て私が一人でしたんですけど? ちょっとくらい遊んでもバチ当たらないと思わない?」
「ごめんなさい」
鏡越しでギロリと睨まれ、俺は素直に詫びた。
スライディング土下座して女装が回避できるならしているが、多分無理だろうな。
ティアの言葉に、ミユキはスーッと爪を塗ろうとする手をひっこめた。
「いいよミユキさんやっちゃって。あ、でもこの後ミユキさんも際どいドレス着せるから」
「えっ」
ティアのストレス解消も兼ねた俺の女装会は間もなく終盤。
いつもの2割増しくらいでパッチリお目目になった俺が、鏡の中から俺を見ている。
「え……これが僕……?」
なんて、俺が初めてこっちの世界で自分の顔を確認したときのように、少女漫画っぽく言ってみる。
まあ、確かに可愛いけど。
「フガクくん可愛いです……はぁ~~素敵です……」
両手で頬を覆って、うっとりしているミユキ。
そんなに俺の女装が琴線に触れたのだろうか。彼女の性癖なのか?
「素材はいいもんね。服と化粧で誤魔化せば、ほらどう見ても女の子だよ」
一仕事終えた職人の顔で、額の汗をぬぐっていい顔をしているティア。
楽しんでスッキリしたようで何よりです。
「名前どうする? フガク、なんかいい名前無い? フガ子とか?」
「やだよもっと可愛いのがいい」
「何言ってんの」
レオナに名前を訊かれたので余計なことを言ってしまった。
いやでもせっかくだからこう、小洒落た名前をつけたいじゃないか。
うーんと唸る俺。
「何でもいいよ早くして」
「私名前考えるのとかはちょっと苦手で……」
「フガ子でいいじゃん」
君ら化粧とか髪とかの楽しいところが終わったら急に興味無さそうだね。
俺は呆れつつ、思考を巡らせる。
フガク……富嶽……富岳……。
「……ケイにする」
ふと直感的に思いついた。
「ふーん、いいんじゃない?」
「ケイさんですか。可愛いお名前ですね」
「なんで? フガクの初恋相手とか?」
「違うよ。僕の元いた世界のスパコンの名前が”富岳”って言うんだけど、その前身が”京”って名前なんだ」
「スパコンって何ですか?」
ちなみに富嶽百景の景からも来ている。
意外としっくり来たのか、他のみんなからも特に否定の言葉は無かった。
「んじゃそれで。アタシの姉ってことで行こう」
「ケイさん! とても可愛いです! 自信もってお仕事がんばってきてくださいね」
「よーし、じゃあケイちゃん。しっかりお仕事よろしくね。お尻ぐらいは触られるかもだから気をつけて」
「まじか……」
不穏な言葉も聞こえてきつつ、俺の女装が完了した。
ミユキとティアはマティルダと共に貴族の夜会へ。
俺とレオナはカスティロ邸への潜入作戦へ。
それぞれの目標を掲げて、俺たちは夜の王都へと繰り出すこととなった。
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