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魔王、いいから力を寄越せ!~転生した俺が美人勇者と復讐聖女を救うまで~  作者: 裏の飯屋
第五章 ロングフェロー王都編

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第153話 サリー=カフカの憂鬱③


「貴方、うちのサリーと婚約しませんか?」


 マティルダからの突然の申し出に、俺は体中の全細胞が固まるように凍りついた。


「はい?」


 口を開け放ってアホ丸出しの呆けた声をあげてしまう。

 ただし、それはサリーも同様だ。


「お、お母様一体何を……」

「サリー、あなたももう18です。これまでも縁談を何度断ってきたか」

「で、でも! 私は騎士として陛下にお仕えしたいのです!」


 立ち上がり、身を乗り出して声をあげるサリー。

 彼女も寝耳に水の話だったようだ。


「あら、あなた目を輝かせて言っていたじゃない。騎士学院に素晴らしい方がいたって。自分が手も足も出なかったと。母は嬉しかったですよ。ああ、あなたにもとうとう興味を持てる殿方が現れたのだと」

「そ、それはそういう意味では……!」


 俺たちを置いてきぼりにして、母娘の言い争いを始めたマティルダとサリー。

 

「あ、あの……」


 俺より先にティアが割って入る。

 ありがたい。

 どう言おうかと考えあぐねていたところだった。

 変な断り方をして角が立つのも嫌だし。


「フガクは私のパーティメンバーなので、今旅を抜けられると困るのですが……」

「あらごめんなさい。今すぐどうこうの話ではないのよ。あくまで婚約だから、そうね……婚姻を結ぶのは2年後、サリーが20歳の誕生日を迎えたときでいかがかしら」

「2年か……」


 いやいやティアさんよ。

 2年あれば旅もひと段落してるかも……じゃないんだよ。

 日取りの問題ではない。

 俺とサリーの気持ちはどうなるのだ。

 というわけで、満を持して声をあげるとしよう。


「あのですねマティルダさん。僕といたしましては」

「だ、駄目です!」


 俺が声を上げようとしたところに、ミユキが割り込んだ。

 膝の上でキュッと拳を握り、唇を少し震わせながら真っすぐマティルダを見つめている。


「あら、どうして? あ、ごめんなさい私ったら! 先に恋人がいらっしゃるのか聞くべきだったわよね。もしかしてあなたが……?」

「い、いえ違います。その、サリーさんも、フガクくんもお二人ともその気は無いように見受けられます。結婚はやはり……お二人の気持ちが大事なのではないでしょうか」


 ミユキは少し恥ずかしげに、だがはっきりとそう言った。

 

「そうね。でも、結婚や出会いには色々な形があるわ。サリー、母もお父様とはお見合いで出会ったの。陛下と先王、あなたのお爺様の薦めでね。最初は戸惑ったけれど、段々とお父様のことを知っていって、今は愛していますよ」

「あ、愛……」


 ミユキはそれ以上何も言えなくなった。

 俯き、耳まで赤くしている。


「いいえ、お母様。私はそんなつもりでフガク君のことを話したわけではありません」


 サリーがそうはっきり述べてくれた。


「ではあなたはフガクさんとの婚姻は嫌だと? 彼には何の魅力も感じないと? そう言うのですね」


 マティルダがジッとサリーの目を見つめる。


「そ、それは……尊敬できるところはあります……努力家で、実力も確かですし」


 この流れはまずいと思った。

 サリー、それは罠だ。乗ってはいけない。


「ではフガクさん、あなたはどう? 婚姻後は当家の婿養子としてお迎えすることにはなりますが……サリーは、私の娘には何の魅力も感じないかしら」

「……その、大変素敵な娘さんだとは思います」


 こんなの、こう答えるしか無いんだが。

 誘導尋問じゃないかと思いつつ、さすがにあなたの娘には何の魅力もありませんとは言えない。


「ほらご覧なさい。愛とは、ほんの些細な相手の美点を見つけることから始まるのですよ。あなた達二人はもう、そのスタートラインに立っています」


 ぐうの音も出ない俺たち。

 俺とサリーは視線をかわし、どうしたものかと天井を見上げる。

 確かにマティルダの言うことだって一理あるのは認める。


 ただ、婚約ってそんな簡単なものだっけ?と思うのだ。

 大体、俺の気持ちはどうなる。サリーの気持ちだって。


「……けれど、確かに急なお話でした。皆さまもごめんなさいね。すぐに答えを出してとは言わないわ。ここでの滞在中、じっくり考えてみてくださる?」


 そう言ってマティルダは、柔和な笑みを浮かべた。

 これってこの人の社交術なんじゃないだろうか。

 ティアもレオナも、言葉を失う俺をただ見つめるばかりだった。

 そしてミユキは、俯き、何かを考えているように見える。

 俺は彼女にそんな顔をさせることだけはしたくなかったのだ。


「すみません。考えることは」


 できないと、そう言おうとしたときだった。


「少し考えてみても……いいのではないでしょうか」

「えっ、ミユキ、何言ってんの……?」


 レオナも思わず驚きを露わにして、ミユキの顔を覗き込んだ。

 彼女はギュッと両手の拳を握り、こちらを見ずに俯いている。

 俺の口から放とうとした言葉が、霞のように消えていく。


「え? ミユキさん? ……な、なんで?」


 絞り出した俺の声は少し震えていた。

 

「フガクくんが幸せになれる道なら……検討すべきだと思います。私は、フガクくんを幸せにはできませんから……」

「い、いやいやミユキ……アタシが言うことじゃないけど、フガクにこんな貴族のお宅は釣り合わないって……」


 まさかのレオナが援護射撃をしてくれている。

 それだけ、ミユキの声のトーン、俯きこちらを見ないその瞳に浮かぶ感情、それらがただごとでは無いと言っているのだ。


「フガクさん。どうかしら、彼女もこう言っていることだし」


 俺は、視線を泳がせながら、助けを求めるようにティアの方を見た。

 ティアはため息をつき、口を開く。


「フガク、あなたが決めなさい」


 ティアは鋭い視線で俺を射抜くように告げた。

 俺は困惑する。

 ミユキは、俺がサリーと婚約しても構わないと思っているのだろうか。

 俺は、この2ヶ月近い旅の中で、ミユキと心を通わせてきたと思っていた。


 四六時中一緒にいる中で、確かな絆を育んできたはずだ。

 俺はこのまま彼女と同じ人生を歩んでいくのかもしれないという、淡い期待さえ持っていた。


 もしかすると俺は、自惚れていたのかもしれない。

 懐にしまい込んだ銀時計に、そっと服の上から触れる。

 俺とミユキは確かに運命共同体だが、それとこれとはまた別だったのだろうか。

 もちろん、彼女を救いたいと言う気持ちに一片の変化も無い。

 

 だがそれは、男女の仲とはまた違った絆だったのかもしれないと、少なくとも彼女はそう思っているのかもしれないと思わされた。


 俺は言いたい言葉を喉まで出しかけて――凍りついた。

 ミユキの声が、背中を押すどころか足枷のように俺を縛りつけていたからだ。


「……考えるだけなら」


 俺の向かいで、俯くミユキの肩がピクリと震えた気がした。


「フガク君……」


 サリーが驚いたように俺を見つめる。

 俺たちは、ティアの復讐に手を貸すために集まったパーティだ。

 逆に言えば、それ以外の繋がりは基本的には無い。


 確かに4人とも仲は良い方だと思うが、あくまでパーティメンバーとしてだ。

 今回出て来た俺の婚約話は旅への影響は薄く、誰も口を挟めないのだろう。


 俺とミユキの運命が重なったことは、確かに俺たちの行動指針の一つではある。

 だが、このパーティの目的とは少し逸れているのも事実だ。

 だからこの問題は、俺とミユキが解決すべきことなのだと思った。

  

「サリー、あなたもよ。母は本気です。真剣に考えてみてちょうだい」

「……はい」


 重苦しい空気のまま、その場はお開きとなった。

 使用人たちからそれぞれの部屋へと案内される。


 その間、俺とミユキは一言も話さない。

 俺は、部屋への順路すら覚えられないほど頭の中がグチャグチャで、彼女にかける言葉の一つさえ見つけられなかった。


お読みいただき、ありがとうございます。

モチベーションにもつながりますので、もしよろしければぜひ評価や感想などいただけると幸いです。

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