第151話 サリー=カフカの憂鬱①
ジェラルド王からの依頼により、王都近郊において魔獣が統率された行動を取る原因の調査を行うことになった俺たち。
当該の魔獣が青白いミューズと似た特徴を持っていることや、アルトラルの件もあり、俺たちは秘匿クエストとして受託する。
「何か手掛かりのようなものがあればいいんだけど……」
「そういえば、昨日の夜会でロレンツさんが”最近カスティロ侯爵には黒い噂が絶えない”って言ってたね」
俺は、昨日の短気ではた迷惑なおっさんことカスティロ侯爵のことを思い出す。
黒い噂というのが、今回の件に関係あるのかは知らないが。
「カスティロが? さすがに考えにくいが……」
ジェラルドは驚いたようにそう告げる。
確かに、王の支持者だとのことだし、俺たちを王に取り入った冒険者として糾弾していた。
普通に考えれば、王に弓ひくようなことをするとは思えない。
そんな俺の考えをよそに、ヴァルターともう一人の男が会話を進める。
「確かに、最近貴族たちの間で煙たがられているとは聞くね」
「陛下、カスティロ侯爵は国内の物流を牛耳っていると言っても過言ではありません。魔獣自体を密輸することも十分可能かと……」
「うーむ……可能性として当たっておく必要はあるか」
王としてはカスティロは信頼できる人物なのかもしれない。
腕を組み、唸る王。
とはいえ頭ごなしに否定しないところを見ると、思い当たる節があるのか、あるいは部下の進言を一旦は聞き入れるタイプなのか。
いずれにせよジェラルドという王は思慮深く、信頼できる人のようには見えた。
ところで、先ほどから喋っているこの男は誰なのだろう。
ヴァルターとも対等に話しているところを見ると、位の高い人物のようだが。
名前を聞いてもいいものだろうか。
「……ん? ああ、そういえば自己紹介がまだだったか」
俺たちの視線を感じたためだろうか、男は冷徹そうな表情にごくわずかな笑みを滲ませた。
「私はゼクス=カフカ。爵位は伯爵、王国軍の騎士団副団長を拝命している」
「そういえば君達はゼクスと会うのは初めてだったね。不思議と王国内に知り合いだらけな気がしていたから、つい失念していた」
そう言ってヴァルターは苦笑する。
ゼクス=カフカ伯爵。
この名前をどこかで聞いたような……。
しかも割と最近。
「あっ」
ティアがはっとなって呟いた。
同時に俺も思い出す。
ゼクス=カフカ伯爵といえば、俺たちがここに来る前にディアナから聞かされていた名前だ。
俺たちのしばらくの滞在先となってくれるという話だった。
しかもカフカという名前、あのサリーと同じファミリーネームだ。
十中八九親子、あるいは親戚筋だろう。
「カフカ伯爵、こちらこそ気付かず申し訳ありません。お屋敷への滞在をお許しいただけたと伺っております」
ティアが代表して頭を下げたので、俺たちもそれに倣う。
カフカ伯爵は相変らず爬虫類じみた怖い顔だが、思いのほか柔和に笑みを浮かべている。
「ああ、シュルトの奥方と私の妻が懇意でな」
「彼女はゼクスとの婚姻が決まるまで、社交界の華として名を馳せたご婦人だ。貴族の噂について、何か知っていることがあるかもしれんな」
「陛下、もう20年近く昔のことですが? それから、マティルダは陛下の妹君でもあるのですが?」
「さて、そうだったかな」
ジェラルドも愉快そうに笑みを滲ませた。
ゼクスは困ったようにかぶりを振った。
「お世話になります」
俺たちがそう言ったのを皮切りに、貴賓室内にはやや弛緩した空気が流れる。
一旦情報を整理する必要もあるので、本日の会談はここで終了となった。
「では引き続きよろしく頼む。何か確認したいことなどあれば……」
ジェラルドが話を切り上げようとし、ゼクスに目配せをする。
頷くゼクスに俺たちが首を傾げると、彼は出入口の扉に向かって声をかけた。
「おい、入ってきなさい」
「はい、失礼いたします」
扉を開け、中に入ってきたのはサリー=カフカだった。
今日も黒いパンツスーツスタイルの騎士服に身を包み、黒髪を揺らして足早に俺たちの前に立つ。
「娘のサリーだ。ノルドヴァルトにいたから、君達は既に顔見知りかもしれないな。調査に同行させるから、何かあれば言うといい」
顔見知りなのはせいぜい剣闘大会で戦った俺と、授業で白兵技能を教えていたミユキくらいのものではある。
が、副騎士団長の娘である彼女が調査に協力してくれるのであれば、動きやすくなる場面もあるだろう。
「サリー=カフカです。先日のノルドヴァルトの一件ではお世話になりました。改めまして、よろしくお願いいたします」
サリーはピシッと背筋を伸ばして俺たちを見渡す。
「サリー、一先ず彼らを屋敷に案内して差し上げなさい」
「はっ、副団長」
職務中ということもあり、父と娘というよりは上司と部下といったやり取りだ。
サリーは親衛隊と言っていたから、部隊は別なのだろうが。
見ていると、父のゼクスの方が娘扱いしている感じもする。
案外娘には甘い親父なのかもしれないな。
「サリーさん、よろしくお願いしますね」
「はい先生。我が家を調査の拠点としてご自由にお使いください」
生真面目にそう言いながら、俺たちを案内するべく部屋の外へと出ていく。
先に王が退室するのかと思ったが、動く気配が無いので俺たちが出るのを待っているらしい。
「クリシュマルド嬢、其方らの働きに期待している」
「はい、お任せください」
王から声をかけられ、ミユキはそう返す。
そして部屋から最後に出ようとする俺に、ゼクスから声がかかった。
「君はフガク君、だったか」
「え、あ、はい。僕ですか?」
何故俺なのか分からず戸惑ってしまい、声が上ずった俺。
何だろうと思っていると、ゼクスはその鋭い目をさらに細めて俺の瞳をジッと見据えた。
「娘を頼む。あれはヴァルターの弟子とは言え、経験も浅く実力はまだまだだ。君のような男が傍にいてくれると心強い」
「は、はい。お任せください……?」
ミユキと同じような返事をして、俺は不思議に思いながら部屋を出る。
背後からヴァルターの「親バカだね」という声が聞こえてきたので、普通に娘が心配だからかもしれない。
それならミユキに言えばいいのにと思いつつ、俺は先に部屋を出て行った4人の後を追うのだった。
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