第57話 色々と考えるそんな夜
並べられた豪勢な食事を、スイレン・フラワーズは丁寧に口へ運ぶ。傍に立つ2人の使用人、長い机を縦に並んで座る同居人と客人の魔女達。1人1人の“心”を、スイレンは見つめる。スイレンは心を読むライフウェポンを持っている。どんな人間も、彼女を前に秘密を隠し通すことなどできない。心というデリケートな箇所を覗き込まれる。スイレンと接する際は部下は皆神経をすり減らしている。
味の方はまずまずだった。今日は主要の使用人が少ないのもある。それに物価が高く、今回の食材を取り寄せることができなかったのだろう。なぜそんなことがわかるのか?側近のライチの心をのぞけばわかることだ。だがそれをわざわざ咎めはしない。本人だってわかってるはずだ。
「(食べずらい)」
そんな心の声が聞こえた。目線を移し、声の主を見る。今月入ったばかりの新米魔女、名前は確か「ユリ」だった。明るく元気だが抜けてるとこがあり、素直で嘘がつけない。そんな子だ。
ユリはスイレンの目線に気がついたのだろう。慌てて目を逸らす。別に取って食うような真似はしないのに。勘違いされがちだが心が読めるからと言ってそれをネチネチいうことはない。不正やサボりは許せないがそれ以外のちょっとした秘密なんてものは黙認する。自分の前では嘘はつけない。だが嘘とはいうのは防衛機能だ。それができないのでは自分の身を守る術がなくなってしまう。
「(みんな黙って食っててつまんねーな)」
そんな声が聞こえてきた。声の主はシオン・フラワーズ。自分の従姉妹であり、魔女警察の上級捜査官。裏表がなく、ポジティブで悩みのない性格なので、スイレンは彼女のことが好きだ。シオンもこちらの目線に気づいたようで、スイレンに投げキッスをしてくる。
「シオちゃん、はしたないわよ」
今回初めて発した言葉がこれだった。シオンは「そのあだ名で呼ぶな!」と顔を赤くする。
「(仲良いなぁ)」
全員がそう思った。
──────
食事を終え、スイレンは自室で1人資料に目を通す。今現在バラッド王国を支配しようとしてる灰の魔女についての資料だ。奴らについての情報は部下からもらった。デルタ地区を管轄する以上、情報戦でも奴らに優位をとらなければいけない。
「灰爆の魔女スナバコ」…………。毒炎の十花に属さないが、奴らと同等以上の力を持つ女。人口20万人ほどの小さな国、ニール小国を1人で壊滅させ、現在バラッド王国に向勝って進んでいるらしい。
狙いはブルグマンシア殺害に関わったミントとアンナ、そして魔女警察のデルフィニウムの3人と後は素性不明のアニマル族の解術師1人。今のミントにスナバコを倒せるほどの力はない。もし灰の魔女およびその関係者に襲われた場合の護衛としてライチを選んだ。だがライチもまだ完璧とは言い難い。
不安だった。将来この国を護れる可能性を持ってる2人を失うかもしれないから。
灰の魔女によって多くの魔女や騎士がその命を散らしてきた。その中にはスイレンの友達だった者や師匠だった者も含まれている。涙なんで枯れ果ててもう泣くことすらできなくなった。今も灰の魔女は牙を向けてる。守ってみせたい。2人のことを。
そんなことを考えていた時、ノックが2回鳴らされる。「どーぞ」と声をかけるとガチャリと音を立ててライチが入ってくる。
「失礼します。お忙しいところすみません」
ライチはペコリと頭を下げる。
「大丈夫よ」
スイレンは微笑んでそういうと机の上を片付ける。ライチの考えていることはすでに見抜いていた。だが敢えて何も言わずにライチをじっと見つめる。
「ありがとうございます。早速ですが、明日…‥…その、ミント様とデ、デートをしてもよろしいでしょうか?」
恥ずかしがりながらライチは言う。わかっていた。最近の2人を見れば、一緒に稽古をしたり、2人で食事の準備や後片付けまでしてる。年頃の女の子だ。気になる子とデートのひとつはしたいだろう。
「ミント様は私が護ります。どんな場所でも彼から目を離さず彼を1人にはさせません。どうにか、私を信じて下さるよう、考えてくれれば幸いです」
再度、頭を下げるライチ。口には出してはなかったがライチも灰の魔女の脅威に頭を悩ませているようだ。敵だらけがいる外の世界にあえて出る。ミントと一緒にいたいと言うのもあるだろうが理由はそれだけではなかった。
ミントと友達になりたい。そんな心が見て取れた。
「………スイレン様はなんでもお見通しですね」
ため息をついて、ライチはそう微笑む。
「私は彼と友達になりたい。彼が悩んでたら力になりたいし、彼の好きなことを一緒にやりたい。彼と同じ目線で、寄り添ってあげたいんです」
嘘でもなんでもない本心からの言葉だった。それを言われてもなおスイレンは不安だった。奴らは手段を選ばない。敵を狙うためなら家族や友達、そして住んでる土地すら平気で奪う。そんな奴らに、ミントとライチがやられるのは我慢ならない。
だが、こんな真剣な眼差しで話されては、スイレンの出す答えはひとつしかない。
「いいわ。許可します」
「…………!」
「その代わり18時までには帰ってくること。いいわね?」
「はい!ありがとうございます!」
ライチは笑顔になる。緊張が解けたのか思わずふらつく。よかった。2人きりの時間を、これで作ることができる。
スイレンは嬉しく思った。ライチが喜んでいると、こっちも喜びたくなる。彼女がこうして喜びを表現する姿を見るのも久しぶりな気がした。
──────
月が昇る真夜中の夜、蝙蝠飛び交う霊園の中へスイレンは佇んでいた。
墓に書かれてる名前を一個一個確認しながら、5番目の墓に足を止める。
「ポルター、出ておいで」
スイレンの呼びかけに一つの人魂が昇り、徐々に人の形になって現れる。青いセーラー服に、茶髪のロングヘア、赤い目をした容姿の整った美少女。だがその足はなく本などでよく見るデフォルメされた魂の形を為している。
「よっほー、どしたのー?スイレン様?」
軽口を叩きながらスイレンの周りを浮遊するポルター。普段は墓の中で大人しくしているが、スイレンに呼ばれるとこうして出てくる。スイレンとは契約を交わしており、身長を3cmあげる代わりに、スイレンの言うことをなんでも聞くと言う契約をしている。
このゴーストの心をスイレンは読むことができない。スイレンが読むことができるのは、生きてる“人”のみなのだ。
「ある人に取り憑いてほしいの。彼は灰の魔女に狙われていて、一応護衛はつけてはいるけど彼女じゃ不安だわ。だからポルター。貴方の力を貸してほしいの」
「力を貸してほしいって、もし嫌だっていったらどうなるのー?」
「あなたを人間に戻す契約は破棄、ここで魔女警察としてあなたを退治&除霊ね。可哀想に」
「とほほ………チビなのに怖いことを言うなぁ」
「誰のせいでこうなったと思ってるのよ」
「まあいいよ」と気を取り直し、ポルターは手で大きく丸を作る。
「スイレン様の言うことならお安い御用だ。取り憑いてほしいって言うのは最近入ってきた黒髪の短髪の子だろ?名前はミントだったかな?でも気をつけたほうがいいよ」
「なんで?」
「彼からは得体の知れないナニカを感じるんだ。ウチは鼻が効くからわかるんだ。あの子は絶対ナニカある。寝首をかかれるかもしれないよ〜」
冗談っぽくポルターは笑ってみせる。それがあながち冗談ではないことを、スイレンはわかっていた。彼の心を、スイレンは深読みできないから。心に鍵をかけているように見えるから。事実、ミントは記憶喪失だ。自分がどこで生まれて何をしたかなんてわかっていなかった。いつのまにかこの国にいて、指名手配犯として生きている。
だがそれだけで彼を悪と見るのも違う気がした。地位や名誉、打算のために動いてないのだから。スイレンの前では嘘はつけない。どんな聖人君子も、ポーカーフェイスも、心を読めばアラが出る。だからスイレンは魔女警察としての地位名誉を獲得できた。だがミントのやりたいことは自分探しとライチと友達になること。そこに深い意図は全くなかった。
「…………そうね。気をつけておくわ」
そう言っておいた。可能性は0ではないから。ライチは以前ミントは「無限の可能性」を持っていると言っていた。ライチの言っていることも一理ある。またデルフィニウムによると伝説の流派「八花琉」の使い手でもあると言う。今は滅亡したと言われる一族の流派を、素性もわからないミントが扱っているのは確かに不思議だった。
今後彼がどのような存在に化けるのか、スイレンはそれが気になって仕方がなかった。




