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青藍の勇者  作者: 無眠
第2部 アルティメット・エボルヴ
55/59

第55話 お誘いありがとう

 ルミナス魔法学園。全校生徒2万人にも及ぶ小中高一貫の超名門校。魔法とライフウェポンを中心に、勉強や運動、模擬戦、魔獣の飼育など幅広い分野に特化している。


 オメガ地区の大きく聳え立つ山、リバースキャニオン全域を敷地内としているこの学校の小さな教室の中で、ライチは休み時間ひたすらに自習に励んでいた。


 20分の休み時間で騒ぐ他の生徒には目もくれず、ライチは自分のやるべきことをひたすらやっていた。


 そんな時、黙々と自習をするライチに声をかける者がいた。


「ラーイチ!」


 ライチの肩を鷲掴みし、明るい声で話しかけるオレンジ色の髪をした女の子、ライチと同じセーラー服を見に纏い、とんがった前歯をチラ見せしながら笑顔ではにかむ。側頭部に生えた角と、お尻から生えたゴツゴツとした尻尾を除けば明るい普通の女の子だ。


「ピタヤ…………。私今自習で忙しいんだけど」


 ライチはピタヤと呼ばれた女の子にそう愚痴を漏らす。


「えぇーいいじゃーん!いまやすみなんだし〜。勉強は勉強の時にすればいいんじゃん!」


 そんなライチの言葉を、ピタヤは意にも介さない。


「そんなわけにもいかないの!あっち行ってて!」


 ため息交じりにライチはピタヤを追い払おうとする。しっしと払う仕草を見せるライチを気にもとめずにピタヤはライチのノートを取り上げる。


「ちょ!?返して!」


 取り返そうともがくライチをかわしつつパラパラとページを捲る。丁寧かつ綺麗な字で書かれたそれは、誰かに向けて書いたのであろう、ライフウェポンや魔法についてびっしりと文字を埋め尽くし、詳細に書いたものだった。


「ほうほう、こんなに詳しく書いて誰に教えるつもりなんだい?」


「いいから返して!」


「返す」


「ありがとう」


 ピタヤからノートを受け取ったライチは、そのノートを机にしまう。悪戯っぽい笑みを浮かべるピタヤに怪訝な顔でたずねる。


「なに?」


「いやー、あんなノート、いったい誰に見せるつもりだったのかなぁって」


「誰でもいいでしょ」


「ふぅーん」と、ピタヤは隣の席から椅子を借りて座ると、頬杖をついてライチを見つめる。長年の付き合いからの勘が導く答えが合っているなら、これは何やら恋の予感がすると、ピタヤは心の中で笑う。


「話してみなよ。別に笑わないから。あんたとあたしの中でしょ?」


 真剣な目つきでピタヤはそう話す。そう言うならと、ライチは思い切って話すことにした。


「勉強会するの、屋敷にいる男の子と。ライフウェポンや魔法をわかりやすく教えて、私が彼を救ってあげるの」


 ピタヤの紺色の瞳を見つめ、ライチはそう話した。少しでも力になりたい。悩んで困ってる彼を手伝ってあげたい。本心からの言葉だった。


「へぇーウケる」


「………無理やり聞いといて何よ。その反応」


「あんたらしいなって思って。どうしようもないほどお人好し。そんな過保護にしすぎたらその子も成長しないと思うけど?」


 ピタヤはペンを回しながらそう助言する。ライチは優しい人間だ。困ってる人を放ってはおけないし、女の子らしく可愛いものには目がない。しっかりものだがしっかりしすぎて少々他人をあやまやかしてしまう欠点があった。


「あの人はそんな人じゃない。どんなことにもひたむきに向き合う。目標に対して諦めない力を持ってる強い人だから。だから力になってあげたいの。私はそんな頑張っている人を応援したい。それだけ」


 こうして自分たちが話してる間も、“彼“は木刀を振い続けているのだろう。力は自分より下だが秘めたポテンシャルがある。一度やってみたからわかる。その気になれば自分なんて容易に抜くことができる潜在能力。それを伸ばすのが自分の役割なのだ。


「諦めない心。それを彼には常に持っていてほしいの」


 ペンを走らせ、ライチは小さく呟く。


「母親属性マシマシ〜って感じ。あたしにもそれくらいの熱量で接してほしいんだけどなぁ」


「ピタヤは私がいなくてもやっていけるでしょ」


 ぼやくピタヤにピシャリと言いつける。ピタヤもこう見えて自分と同等くらいの成績を持つ実力者だ。本来なら他者にその技術を教えないといけない立場にある。めんどくさがり屋のピタヤはそれを嫌がる。だがライチは勿体無いと感じていた。ピタヤの力があればどんな事象も解決できると言うのに彼女自身は勉強は二の次で娯楽にしか興味ない。次世代の魔女がそれじゃ灰の魔女には一生勝てないのだ。


 そうこうしてるうちに授業開始のベルがなった。他の生徒たちは自分たちの持ち場へ戻る。


「今日一緒に帰ろーねライチ♪」


 戻る直前。ピタヤはそう言った。ライチは言葉を返せなかった。どうせなら一人で帰って、彼に顔を見せたかったから。だが小等部からの友人の言葉も断れなかった。


「(ミント様、待たせちゃってるな)」


 それが少し心残りだった。いつもライチはミントを一人にさせてしまっている。ミントはそれでも文句は言わなかったが、文句を言わずライチを尊重してくれるその姿に申し訳なさを感じていた。


「(私に勝ってほしい。ミント様のお願いをなんでも聞くことができるなら、友達にだけなりたい)」


 ライチはそう思った。強くなった彼に自分をこえてもらう。そうすることで繋ぎを得る。人の絆とはそう言うものだ。1人ではできないことを補ってまた次の壁を突破する。だから人というのは努力ができる。努力とは明日の自分をこえていくための大事なプロセス。ライチはそう思っていた。






 ────6限まであった授業が終わり、一部を除いた全生徒が帰路につく。カバンを持ってライチは下り坂をピタヤと共に歩いていた。


「なんだかんだで一緒に帰ってくれるのまじやさしー」


「帰り道一緒だからね」


 軽口を叩き合いながら2人は歩く。今日の授業どうだった?とか、教師の悪口とか、そんな他愛のない話をしながら歩く。


 自身の尻尾をうねうねと動かしながらピタヤは立ち止まる。


「そのミント?って人、あたしも会いたいな。あんたの話だけ聞いてたら、ひたむきに頑張る姿が可愛くてほっとけなくなるわ」


 腕を組みながら木にもたれかかるピタヤ。ライチはムッとしたのか、ピタヤに対しキツイ言葉を浴びせる。


「あんたとミント様を会わせたら絶対何かやらかす。だからダメ!」


「なんで会う会わないをあんたが決めるのよ」


「うるさい!いいからダメ!」


「えー」


 少ししょぼくれるピタヤをよそにライチは歩く。変な虫が寄って欲しくないのだ。ミントには。純粋に生きて、純粋に戦って、純粋に恋をしてほしい。その相手が自分じゃない他の誰かでもミントが幸せならそれでいいのだ。


「…………あんたなんでそこまであの人に入れ込むの?」


 ピタヤが不意に聞いてきた。


「………なんで。か」


 胸のネクタイをキュッと握りしめる。


「ミント様には無限の可能性を感じるの」


「無限の可能性?」


 ピタヤは首を捻る。深くは聞かず次の言葉を待つ。


「距離感は近いし、怖がりだし、思った子をうまく伝えられない。実戦経験も私よりはないかもしれないしライフウェポンも持ってない。だけど何か変えてくれそうな安心感があるの。絶望ばかりのこの世界を変えてくれるような心強さが彼にはあるの」


「ふーむ。世界を変えてくれそうな安心感ねぇ」


 ピタヤは顎に手を当て考える。灰の魔女に侵略されているこの国において、魔女警察や騎士団などはだんだん意味をなさない存在になってきている。奴らと闘うには最低でもエリート魔女が五人も揃わないといけないからだ。未来の魔女としてルミナス学園で勉強をしたとしても、国の鉄砲玉として命を散らすのはピタヤは嫌だった。希望もないこの世界を変えてくれる何かがある。そんな人間に自分の親友が入れ込んでいる。そうなれば、ピタヤの取る行動は一つだけだ。


「ライチ、今からあたしのいうこと、帰ってきたら必ずミントくんに言うんだよ」


「え、ミント様に何を」


「その様っていうのもやめな?主従関係みたいで気持ちいいもんじゃないわ」


「それはさておき」と、ピタヤは口をライチの耳元に近づけると囁き声でヒソヒソと話す。


「えぇ………そんなこと言って大丈夫なの?」


「大丈夫大丈夫。あたしを信じなって」


 そう言ってピタヤはライチの方を叩き、悪戯っ子のように屈託なく笑って見せた。






 ──────


「おかえりライチ。今日はちょっと遅かったね」


 夕方過ぎ、ミントはそう言ってライチを出迎える。汗が滴り木刀を片手に持った状態でライチを屋敷に入れる。


「友達と話していました。今日一緒に稽古する約束でしたのにすみません」


 そう言ってライチは頭を下げる。別に謝罪は求めていない。その言葉を「大丈夫」の一言ですますと1人でまた庭へ向かう。


「待ってください!」


 そんなミントをライチが呼び止める。


「あ、あのミント…‥…様。今度ご予定は空いていますか?」


 舌が震える。うまく話せない。勇気を振り絞って日程の確認をしてみる。


「空いてないけど。どうした?」


 ミントは何気なくそう答える。ミントは女心などはわからない。なぜライチが俯いているのか、うまく言葉を出せないのかよくわからない。だが今日はいつもより調子がおかしい。それだけは感じた。


 スゥーッと息を吐き、落ち着きを取り戻して、ライチは口を開く。


「週末訓練も兼ねてお出かけをしませんか?」


 やっと言えた言葉はこれだった。その言葉の意味はウブなミントでも理解できるものであった。

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