第52話 一生変わり続けよう
翌日、ミントは朝から行っていた庭の修復作業を終え、ミントは縁側で一人くつろいでいた。
昼下がりの虫の鳴くのどかな一日。ミントにとっては至福の時間だ。
蝶が肩に止まっても気にせず思案に耽る。昨日のライチとの修行のこと、ライフウェポンのこと、そして灰の魔女のこと。
今のままでは勝てない。それはわかっているのだが打開策も見つからない。
自分一人では何もわからないのだ。今までセンスだけで闘っていたのだから。
「お困りのようね」
声をかけられた方向を向くとそこにいたのは紫のバンダナを巻いた、水色の髪の小柄な魔女、スイレンだった。
「びっくりした〜。スイレンさんか」
「となりいい?」
「どうぞ」
「ありがと」と礼を言い、スイレンはミントの隣に座る。袖が余るほどの黒い羽織を地面につけ、礼儀良く座るとスイレンは微笑みかけながら口を開く。
「昨日のこと、まだ気にしてる?」
「…………うん」
「そうよね」
スイレンは背筋を伸ばし、姿勢を崩す。凝った肩を鳴らし、手を地面につくとスイレンは話を続ける。
「私も自分より年下の子に負けたら悔しいもの」
「それよりも」とスイレンは話を続ける。
「負けた後にいじけず理由を探る。その姿勢はとても素晴らしいと思うわ。負けたことを負けたままで終わらせるのはもったいないもの。負けた原因を探って次に活かす。それが賢い生き方よ」
スイレンはそう言ってミントの頭を撫でる。その水色の色彩がミントの双眸をまっすぐ捉える。
「どうすれば強くなれるか考えてるんでしょ」
「え?うん、なんでわかったの?」
「心が読めるから」
スイレンは悪戯っぽく笑う。そういえばそうだった。初めて彼女に会った時、自分の思ったことを全て当てられてしまったのだ。その力もライフウェポンのひとつだろう。生きた心地がしなかった。それが率直な感想だった。
「強くなる方法なんて人それぞれよ。がむしゃらに修行するか、何か守るものを見つけるか、その二つだと私は思う。ミントくんはまだ理由が明確に見つかってないと思う。だからそういう存在が見つかった時、あなたはもっと強くなれるわ」
結局は自分の気持ち次第なのだろう。誰かを守るために振るう刃は普通の刃よりも効力を発揮する。ライフウェポンというものは自分と自分の大切な者の命を守るためにあるとスイレンは続けて言った。ただ我欲のために使う能力はいつか廃れ、本物の強者に負けてしまう。人が強くなれる理由は大切な存在の命を必死に守るときだけなのだ。
「ミントくんはすごくいい子よ。こんな人がなんで指名手配犯になってしまってるのか、本当にわからない。他の使用人達はミントくんをまだ疑ってるけど、ライチみたいにミントくんと対等に接してくれる子だっている。全員と仲良くなれとは言わない。自分のことをわかってくれる子を大事にしなさい」
その言葉にミントは無言で頷く。当たり前だ。アンナやチロル、そしてライチのように清い心を持ち、自分のために行動してくれる存在を護りたい。それが強く生まれた自分の責務なのだから。
「ライチのことが気になる?」
ミントはドキッとした。自分が考えていたことを見抜かれたからだ。この魔女には隠し事ができないなと苦笑する。
「ライチもミントくんのことが気になってるみたいよ」
「ほんと?」
「うん」
顔をあげ、スイレンを見つめるミントにスイレンは相槌を打つ。胸を腕に乗せながらスイレンは虚空を見つめ内容を話す。
「直向きに頑張るあなたが放っておけないみたい」
スイレンの言葉にミントは驚きの表情を見せる。仕事と勉強以外は自分と話してくれないのでそう思ったことが意外だった。
「ライチはああ見えて困ってる人を見たら放っておけない性格で、本人は私に毎日あなたの話をしてたわ。あなたには言ってなかったみたいだけど。クールに見えて根はちょっと天然で、なんでもできるんだけど少し抜けてる。どこにでもいる普通の女の子よ」
スイレンは続けてそう言った。
「ライチのいいところ、もっと知りたいな」
ミントは俯きながらポツリとこぼす。
「いいんじゃない?きっと話してくれるわ。不器用なだけで本当はミントくんと仲良くなりたいだけだもの」
微笑みながらスイレンはその言葉に賛同する。せっかく同じ場所で働く仲間なのだから、いいところも悪いところも知ってみたい。でもあまり距離を詰めると嫌われるかもしれない。そこが不安だった。
「嫌わないと思うわよ。最初はびっくりすると思うけど、すぐに話してくれるわ」
この想いもスイレンに見破られる。ミントは苦笑する。
「本当になんでもお見通しなんだね」
「お見通しよ。この能力のおかげで私は本当に信頼できる仲間に出会えたもの」
スイレンは何か含みがあるような。そんな言葉を残す。ミントは眉をひそめる。確かに相手の心を読むなんて便利な能力だろう。だがそれは同時に、表面上仲良くしてた人間の裏の心も知ることができるということ。仲の良い友達が本当は自分を嫌ってたら、正義のヒーローが本当は悪事に手を染めていたら。人は心に内なるものを秘める。スイレンはそれをも見通す。そんな時、彼女はどう思ったのだろう。
「…………ミントくん、確かに私もこの能力のせいで辛い思いをしたわ。ありとあらゆる心の中傷をきいて、他人を信用できなくなった」
スイレンはどこか悲しそうに微笑を携える。思い出したくもない過去を思い出してしまったのだろう。ミントは自分の愚行を恥じる。
「そんな顔しないで。人は確かに信用できないわ。こんな世界だもの。どんな人間にも必ず闇というものがあるわ。でも同時に優しくない人間なんていないの」
スイレンは空を見つめる。先ほどと打って変わってどこか晴れやかだ。
「人を信用できなかった私が信用できる数少ない仲間がこの屋敷に住む人達や魔女警察のみんな。だから私はその人たちのためにこの能力を使うことにしたの。悩んでたらその子に寄り添うことにした。信頼してたら大事にすると決めた。悪いことを考えてたらその行いを反省させることにした。それを続けた結果、今の私がいるのよ。ミントくんだってそうでしょ?」
ミントに向き直る。ミントの心をスイレンは見つめる。
「うん。素性の知らない僕を拾ってくれたのはアンナとチロルだった。僕が指名手配班だって知っても、お家に泊めてくれたんだ。さっき言ってくれたよね。自分を好きになってくれる人を大事にしろって。だからその言葉を、僕は一生大事にする」
「ミントくんは心が綺麗ね」
にっこりと笑い、スイレンはそう言う。
「そろそろ私は仕事があるからここら辺で失礼するわ。ライチももうすぐ帰ってくると思う」
スイレンはゆっくりと立ち上がり、奥へゆっくり進む。だが歩みをやめ、ひとつ、言葉を付け足す。
「ライチと一緒に修行すればミントくんはきっと強くなれる。頑張りなさい」
そう言ってスイレンはその場を後にした。
1人取り残された空間で、ミントは想う。
「(あの時はアンナやデルフィニウムさんに助けられた。本当は僕が2人を守るべきだったのに、僕の力は奴らにまだ届かなかった)」
紛れもない事実だ。ブルグマンシアの力は強大だった。片腕を奪われてもなお、自分を圧倒する力を持っていた。
本来の目的は自分の出生を知ることなのに、ハンデを与えられた挙句負けて、手がかりも結局分からずじまいだった。
だからミントは決意した。自分の目的を果たすため、そして大事な誰かを守るために闘うと。




