第45話 決断
「うぉひっでぇ!こんなになるまでやんなくていいのに〜」
黒髪のショートボブの魔女、シオンは勾玉のネックレスをいじりながら死体を見て顔を顰める。
「毒炎の十花「慈愛の使徒」の末路がこれなんてね………。今までのツケが全て返ってきたようで悍ましいわ」
水色の髪を二つ結びにした小柄の魔女スイレンが呟く。耳は尖っており、瞳には四つの虹彩、額には紫のバンダナを巻いた異種族の容姿。だがこの2人は目下の反応から察するに魔女警察の中では上の立場らしい。
「屋敷にいた少女はデルフィが避難させたみたいね」
検査官に死体の調査を命じ、スイレンはそう呟いて屋敷の中へ向かう。こんなに広い屋敷なのだ。灰の魔女に関する手がかりは探せば見つかるはずだ。
「にしても毒炎の十花だぞ?私はともかくデルフィに勝てる相手じゃねえよな?どうやって倒したんだろうな?」
シオンが疑問を口にする。ブルグマンシアはバラッド王国及びプラント州では最重要危険人物の1人、この女1人のせいで何個もの国が滅ぼされ、何人もの少女が犠牲になった。その姑息な手段ゆえに簡単に手を出せず、その能力ゆえに意図的に避けられてきた存在。そんな魔女の居場所をどう特定し、どう倒したのか。確かに疑問だ。
「ブルグマンシアの体見てみて、何かの毒が注入されている。大型の魔獣も死ぬレベルの猛毒をやつに仕込んだみたい。でも灰の魔女に毒なんか通用しないわ。灰の魔女自身に毒が含まれていて、それが全ての状態異常を無効にするもの」
「じゃあその毒を解除して新たに毒を打ち込んだって考えれば自然じゃねーの?」
後頭部に腕を回し楽観的にシオンは答える。
「んー」
指を顎にあてスイレンは考える。確かにそういう能力のライフウェポンがあると考えればその発言はあり得るかもしれない。だが灰の魔女の毒を解毒する能力なんてこの国の歴史が始まって以来聞いたことも見たこともない。もしシオンの言っていることが正しければ、その能力者は長年の肺の魔女との戦争を終わらす架け橋になるかもしれない。
「引き続き調べる必要がありそうね。一応子供達に検査を受けさせましょう。あとは屋敷に残ってる人たちも避難させて………」
言葉を止め、スイレンは横目で見る。
「………シオン、サボろうとしないで」
「バレた?」
「バレバレよ。どうせ問い詰められたら先に屋敷を調べようとしてたーとか言うつもりだったんでしょ」
「言い訳まで見破られてんのかよ………」
頭をかきながらバツの悪そうな表情を浮かべる。
「まあいいわ。ここは検査官の人たちに任せて私たちは屋敷に行きましょう」
シオンの手を掴み強引に歩かせる。
「ちゃんと歩くからくっつくな!」
「いいじゃない。こうでもしないと逃げるんだし」
言い合いをする2人をよそに、検査官達は黙々と調査を続けていた。
──────
ミントがそこは小さな病院だった。白いベッドと木で作られた木目の天井という簡素な作りの部屋。
どうやら自分は疲れて眠っていたらしい。身体中あちこち痛むがシーンとした空気と鳥の鳴き声は聞こえる。
聴覚はどうやら回復しているらしい。頭は少しくらっとするが。
「なんとかなったんだな………」
あの恐ろしい魔女と闘って死ななかっただけでも幸運だ。自分では太刀打ちできない悔しさはある。だが大切な人を守れたことに比べればそんなのどうということはない。
今の自分じゃこれが限界だと思うと歯痒さは感じるが。
「あ、ミント!目が覚めたの?よかった〜」
ドアを開け入ってきたアンナは開口一番喜びの言葉を口にする。
顔にはガーゼが貼られていて痛々しいが、いつもの笑顔はすっかり戻ったようだ。
「アンナ、もう手とかお腹とか痛くない?」
「痛くないよ〜。お医者さんも骨とかは折れてなくて火傷もすぐ治るって言ってた!」
「そうなんだ」
ミントは安堵の息をつく。
「まあミントはもうちょっと休まないとダメみたいだけど」
肋骨が数本折れ、脳出血し鼓膜が破れていたらしい。それでも生きているのが不思議と医者は語っていたらしい。軽い酩酊状態に陥っておりしばらくの間頭痛に悩まされるみたいなので安静をしないといけない状況のようだ。
「細いのにすっごく頑丈だよね。ミントって」
「確かに。なんでだろうね」
他愛のない会話をする。少し前まで喧嘩していたのにいつの間にか蟠りはなくなっていた。だが今の長髪のアンナを見ているとやっぱりどこか引っかかる。似合うは似合うのだが、やはりあの髪型じゃないとアンナとは言えない。
「後で髪飾り買ってきてあげる。僕はあの髪型のアンナの方が好きだから」
「そう?」
アンナは首を傾げる。
「初めて会った時からずっとそうだったからもうその印象が根づいちゃって。どの髪型も可愛いと思うけど、二つ結びのアンナの方が一番好きかな。アンナらしくて綺麗だなって思う」
顔を輝かせる。ミントがそう言ってくれて嬉しかった。あの時髪型を褒めてくれなかったのも心根では理解していた。もう好きではないあの魔女にしてもらったあの髪型は一時期はお気に入りだった。だが自分の宝物である鈴蘭を模した髪飾りで彩ったあの髪型を、自分にとっての救世主が褒めてくれた。頬が紅潮するくらい嬉しい言葉だった。
「じゃあ一生あの髪型でいようかな」
アンナは勢いでそう口走る。だがあの髪飾りはレイナに投げ捨てられどこにあるのかわからない。替えがきかない大事なものなのに。それを一時的な気の迷いとは言え捨ててしまったことに心に陰りを残す。
「また買ってもチロルは怒らないよ」
「そうかな?」
2人の性格はわかっているつもりだ。チロルはアンナのやることに余程のことがない限り怒らない。アンナのことを誰よりもわかっているから。アンナはチロルのことをいつでも思っている。天涯孤独の身だった自分を救ってくれたから。だから髪飾りをなくしてしまっても、アンナがまた笑顔でいればチロルは安心する。ミントはそう思った。
「アンナ、ミントと出会えてよかったな」
アンナは一言そう呟く。
「どうして?」
「言わせようとしないで!」
頬を膨らませアンナはそっぽを向く。
「え〜」
不満の声を口にするミントだがすぐにやめた。恥ずかしいのだろう。年頃の子にはよくあることだと言い聞かせた。
しばらくすると部屋に二人組の魔女が入ってきた。
「………今入るのはダメだったかな?」
黒髪ショートボブの丸目の魔女がミントとアンナの様子を見て呟く。
その魔女にミントは見覚えがあった。
「シオンさん………?」
毛布で顔を隠しながらミントはその名前を呼ぶ。
「ん?あぁ、あの時奢ってくれた奴か?その節は世話になったな」
軽薄に笑うシオンの隣でエルフ耳の小さい水色髪の魔女がシオンを見る。
「知り合いなの?シオン」
「あぁ、パトロールの休憩中に偶然出会った」
「いや、休憩したんじゃなくてサボったんでしょ?」
ドキッと体をびくつかせてシオンは冷や汗をかく。
「どんなに嘘をついても心でバレるんだから。後で説教ね」
バツが悪い顔を浮かべるシオンをよそに、水色の魔女はミントに話しかける。
「さて、ジョニーさん?だったっけ?デルフィがお世話になったわね。私は魔女警察犯罪科課長、準特級魔女。スイレンフラワーズ。今回の事情を聞きに来たの。アンナちゃんにもね?」
柔らかな物腰でスイレンは2人に語りかける。
「まあ、その前にあなたの素性から話した方がいいかも。ジョニー………いや、ミントさん?」
毛布越しで目を見開く。ミントはスイレンの目を見る。四つの白い虹彩が彩るその水色の瞳には、真実を追求する正確さがあった。
「ミ、ミント?誰のこと?僕はジョニーって言うんだよ?」
毛布で顔を完全に埋めスイレンの眼中に入らないように必死に隠し通す。
「今何を考えているか当てましょうか?」
醜態を見せるミントにスイレンは冷静に言葉を紡ぐ。
「「なんでバレたんだろう」「僕は何もやってないのに」「怖い」「どうすればいいの」こんなところかしら?」
腕を組み、小さな椅子に座りミントの心中を淡々と言語化するスイレン。ミントの身体が小刻みに震える。せっかくアンナを助け出せたのに、こんなところで捕まるのか?恐怖で頭が混乱する。
「おいおい、ミントってここら辺で指名手配されてる犯罪者じゃねえか。そんなやつが私に飯を奢ってデルフィに協力したのか?魔女警察に媚び売りたいだけなのかよ?」
シオンが話に割って入る。この魔女は善悪がハッキリしている。たとえ恩があったとしても敵であれば容赦はしないのだろう。そしてスイレンはミントのことをずっと見つめている。彼の心根を探っている。逃げ場がない。ミントはそう思った。
「アンナちゃんはミントくんに助けられたらしいね。デルフィもミントくんにお世話になったみたい。自分からブルグマンシアを倒しに行ったことは褒めるけど、小さい女の子、そして私の部下に恩を売ってどうしたいのかしら?」
冷徹な目線が嫌でも突き刺さる。本当に見覚えがない。なんで犯罪者になったのかも理解できない。気が付けば自分は追われてた。やましい思いなんてない。ただ自分を探したいだけなのに。
ぐるぐると回る心の回路をスイレンは脳内で読み取る。
「思ったことは口に出して。言い訳なら狭い取り調べ室で聞いてあげるから」
スイレンが答えを促す。
「ま、待って!!」
その時アンナが声をあげる。
「………?」
スイレンが横目でアンナを見る。
「違うの!その人はアンナを助けてくれたの!アンナ、ブルグマンシアに捕まって、殺されそうになって、その時にミントが助けてくれたの!この人は悪い人じゃないの!信じて!」
懸命に擁護する。目の前にいる大切な人が震えているのを黙って見過ごすことはできなかった。
「んー、犯罪者と一緒にいると絆されるって本当だったんだな」
シオンはアンナの必至の擁護も笑い飛ばす。
「アンナちゃん、お前騙されやすい体質だぞ?犯罪者に優しさなんてねえんだよ。どうすれば利用できるか。それしか考えてないクズの集まりだ。お前がこいつを庇うのは結構だが、庇ったところで犯罪犯したのは変わりはねえんだから諦めな。罪を犯したやつは刑務所にぶち込まれる。これは鉄則だ」
シオンはアンナに心無い言葉を浴びせる。
「そんなのじゃない。この人は本当に優しい人なの!悪いことなんてやってないよ!目を見ればわかるもん!」
「へぇー、じゃあ見させてもらうか」
そう言ってシオンはミントの包まっている毛布を無理矢理引き剥がそうとする。
「待ってシオン」
「はぁ?止めんなよ。目を見たらわかるみたいだし剥がそうぜ?」
「いいから待ちなさい」
鋭い眼光で威圧しシオンを制止する。ため息をついて引き下がるシオンに微笑みかけるとスイレンはアンナを見つめる。
「あなたの言ってることに嘘はないみたい。そして今、必死にミントくんを守ろうとしてる。なるほどね。あなたにとってミントくんは大切な人みたい」
「でも」とスイレンは人差し指を立てる。
「この人のやった犯罪は記録に残っているの。それは覆らないわ。どんなに優しくても、どんなに善行を立てても、犯した罪には逃げられない。そんな人たちを捕まえ、裁かせ、償わせるのが魔女の仕事よ。そこは理解できるわよね?」
「で、でも」
アンナは反論しようとする。
「いや、もう大丈夫だよアンナ」
そんなアンナを制止したのはミントだ。布団から顔を出すと、じっとスイレンを見つめる。
「………?」
その姿にスイレンは眉を顰める。先ほどおびえてた人間とは思えないくらいの顔つきだったから。その瞳はじっとスイレンを見据え、口を真一文字に縛り、口を開く。
「僕からちゃんと話す。まず僕は犯罪なんかしてない。記録には残ってるみたいだけど記憶にはない。この国に来た時から僕の顔写真があちこちに貼られてて僕自身が混乱してるくらいだよ」
「ここに来るまでの記憶はないの?」
「ない。どうやって生まれたかもわかんないよ。名前と、背負った刀しか覚えているものはなかった」
「なるほど」とスイレンは唸りをあげる。確かに彼の犯罪の記録はあまりにもできすぎている。強盗や盗みなんて今の時代じゃ結界に張られたセンサーで見破ることができる。簡単に捕まえることができるような犯行をしても彼は捕まらなかった。
記憶喪失なのか。ただ単に狂言を撒き散らしているのか。どっちかはまだ確かめようがない。
ただ言えることは─────。
「あなたの言ってることに嘘はないみたいね」
これだけは確信を持てた。
沈黙が続く中、シオンが口を開く。
「んで、お前は何が目的なの?デルフィに近づくなんてリスクしかねえことをなんでやってたんだよ?恩を売るにしてもチャレンジャーだよな。デルフィは犯罪者なんか1発で見破るし」
「僕も灰の魔女を追ってるからだよ」
ミントのその言葉にシオンとスイレンはぴくりと反応する。
「自分がどこで生まれてどこで何をしてきたか、それを聞きたくて。僕は何も知らない。灰の魔女はこの世界ならなんでも知ってる。だから奴らに色々聞きたくて、僕がなんなのか。僕がなんのために生まれたのか確かめたくて」
「だからブルグマンシアと闘った」とミントは付け加えた。
「…………なんでそんなこと知りたいの?」
スイレンは神妙な面持ちでたずねる。場合によっては武力で制圧する。灰の魔女に自分から近づこうとしている人間は自分の経験上、碌でもないものしかいないから。
「誰かに言われたんだよ。お前のことを知りたければ、灰の魔女の元にいけって」
「その誰かって誰だよ」
シオンは問う。だがミントから返ってきたのは────。
「わからない」
自分の不透明さを象徴する、こんな言葉だった。
「はぁー」
シオンは頬杖をつく。スイレン曰く、今の言葉全てに嘘はないらしいが、ここまで自分のことがわからずに今までどうやって生きてきたのか疑問が残る。
「ブルグマンシアが教えてくれたんだ。僕の望んだ答えではない。でも奴らはこのバラッド王国じゃない。この世界全体を支配する計画を立ててた。僕の言葉を信じることはできないと思うけど、一応聞いて欲しい」
「話してみて」
スイレンが促すとミントはスゥーッと息を吐き、重たい口を開く。
「奴らはフランデール王国という国と、魔女警察総本部を征服するって言ってた」
「なるほどね」とスイレンは大きくため息をつく。リーカス共和国、ハルトゥー諸島を壊滅させたのはその足がかりだろう。他にもプラント州の強国、神聖ロマネスト帝国、フランツレオニス帝国も灰の魔女に狙われている。バラッドの周辺国を囲み、最後は増強させた戦力で本部を攻めるつもりだったのだろう。
────唯一の幸運は、彼らがブルグマンシアを倒したことだけだった。
「首の皮一枚繋がったみたいね」
「?」
ミントは首を捻る。スイレンは立ち上がり、その瞳でミントを捉える。
「ミントくん、アンナちゃん、デルフィニウムが奴を倒したおかげで出鼻を挫くことができたのよ。灰の魔女の戒律として信者が死亡した時、幹部は3ヶ月間喪に服さないといけないの。布教以外の仕事はその間辞めないといけない。毒炎の十花が今灰の魔女を統率しているから奴らが活動を休止してくれるのは絶好のチャンスなの。弔い合戦も食事もできない。ただ潜伏することしかできない奴らを迎撃するためにこちらも人員を補強しないといけないわ」
少しは猶予ができるということだ。3ヶ月のみ平和な期間がおとずれる。その間に奴らを奇襲できないか聞いてみたが、奴らは部下たちに征服した城を売り、自分たちは独自の隠れ家を形成しており、そこの居場所は突き止めていないらしい。
「末端の人間を捕まえても奴らはすぐに人員を補強する。毒炎の十花は末端に魔法をかけてるだから情報を吐かせようとしてもできないのだから厄介だわ」
スミレは険しい表情を浮かべる。その横で、シオンは興味深そうにミントを眺める。
「ミントくん、お前って結構強いだろ?デルフィから聞いたぞ?お前と腕試ししたけど勝てなかったって」
「え、まあ、うん」
照れ笑いを浮かべるミントにシオンは歩み寄る。顔を近づけるとミントの顎をクイとあげその瞳を見つめる。
「え、あ?え?」
ミントは困惑する。アンナはその様子を見て目を見開く。顔を赤くするミントをシオンはじっと見据える。
「なるほどな」
顎から指を話して話を続ける。
「スイレン、こいつの素性隠す代わりにウチの屋敷で稽古させよう。素質あるぞ」
シオンはミントの髪をくしゃくしゃにしながらスイレンに提案する。
「乱暴にしちゃダメ!」とアンナがその手を無理矢理引き離す。
「なんだよ〜。嫉妬すんなって!」
そうやって軽く戯れるシオンを見てスイレンは口を開く。
「………シオン、さっきの言葉、大方真意はわかったけど一応理由聞かせてもらえるかしら?」
真意をたずねるスイレンにシオンはミントの肩に手を置いて話し始める。
「簡単な話だ。こいつに成長性を感じた。それにいろいろ聞いたところによるとこいつ私達が視認できない灰の魔女特有のオーラを感じ取れるんだってさ。探知機として優秀じゃね?そこそこ強くてオーラを感知できてしかも八花流の使い手。指名手配犯として投獄するのは勿体無いと思うわ」
ミントの肩をバシバシ叩きながらシオンはそう答えた。
「ちょっと、肩が痛い………」
「お前はどう思うんだ?」
そうたずねられたとき、ミントの表情が強張る。
まあ悪くない話だ。この2人は魔女警察でも高い位の人間のはず。そしてこのシオンという名前の魔女。この魔女は強い。そして少々頭も切れる。スイレンという魔女も同様だ。断片的にしか聞けなかった灰の魔女について聞くチャンスがあるのだ。自分の記憶を解き明かす鍵であろう大事な情報を持っているはず。
あの組織が一体自分にどう関わりがあるのか?そしてなぜこんなことをするのか?それを知らなければいけないと思った。
「…………」
ミントは横目でアンナを見る。
自分が離れたらこの子は幸せな生活を送れるだろうか?血の繋がってない兄とまた笑顔で歩き出せるだろうか?愚問だ。アンナならできる。あの地獄でも希望を捨てなかった。未来を見落とさなかったアンナならきっといつでも最善がとれるはずだ。
自分は自分のやるべきことをただやるだけの話だ。
「わかった。その代わり条件がある」
「言っていいぞ」
「君たちの持ってる情報を全て教えて欲しい。毒炎の十花について、なぜテロを起こすのか?そもそもどういう存在なのか?そして魔女警察とは、プラント州とはなんなのか、全てね」
「思い切ったなー」とシオンは両腕を広げる。
「……………」
スイレンはじっとミントを見据える。彼は犯罪者だ。山ほど軽犯罪を行なっている。本人の記憶にはないが記録には残っている。デルフィニウムと密接に関わっていたこと自体、魔女警察では処罰の対象になる。
だがホープであるデルフィニウムすら凌ぐ実力。そして彼にしかない能力。それを利用する価値は大いにある。心配いらない。あくまで“デルフィニウム”を凌ぐだけで、自分とシオンには絶対に勝てない。
自分の大切な部下を守ってくれた借りもある。スイレンはミントに歩み寄り、その手を握る。
「いいわ。3ヶ月、貴方を客人として出迎えます。あなたの条件も呑むわ。その代わり、今から言う約束は絶対守って」
指を3本立てて、スイレンは約束とやらを話し始める。
「一つ わたしたちの話す情報は口外しないこと 二つ 屋敷の掃除を毎日行うこと 三つ わたしの命令は絶対服従。わたしが黒といえば黒だし白といえば白。これを徹底しなさい。この三つね。ひとつでも破ったら結果はわかるでしょ?私たちだけの秘密よ」
人差し指を口の前に立てスイレンは微笑む。
「わかった………」
渋々頷く。取引は成立した。言いたいことを言い終えたシオンは先に退出し、スイレンも軽くアンナに事情聴取し、それを終えると挨拶だけして部屋を後にする。
「帰っちゃったね………」
アンナが呟く。ミントは相変わらず浮かない顔をしていた。アンナは厳重注意だけで済んだが、犯人を匿えば本来は逮捕される。危うくアンナに罪を背負わせるところだったと思うと情けなく感じる。
「ミント、大丈夫だよ?アンナあの時ミント助けてよかったって思ったもん。指名手配犯だろうとアンナはミントの味方だよ?」
そうやって肩をさするアンナを見てミントは安堵の表情を浮かべる。この子の笑顔にはいつも助けられる。アンナの言葉は不思議と安心する。ライフウェポンとは別の能力もアンナにはありそうな気がした。
「それよりミントがいなくなっちゃうの寂しいな。賑やかじゃなくなるし、楽しくない。チロルとミントと一緒にお家に帰るの楽しみにしてたのに」
そう言ってアンナの笑顔が消える。
「そういえば、チロルはどうしたの?」
「…………お母さんと一緒にレイちゃんと話してるんだって」
レイナ、件のアンナをいじめてた女の子だ。アンナにより左腕を切り落とされたが9時間に及ぶ手術の末一命を取り留めた。治癒魔法で左腕をくっつけるのは不可能みたいだが、親はそれでも治癒魔法での手術を希望しているらしい。
「アンナはあの子をどう思ってるの」
何気なくミントがたずねる。アンナは俯き、しばしの沈黙の後呟く。
「わかんないよ」
その複雑な心境を6文字で表す。いじめられたのは嫌だったが自分だってレイナに害を及ぼした。その結果自分の親族まで迷惑を被っている。仕事で忙しい母親と、自分の帰りを待ってた義理の兄、相手の両親。2人の問題がここまでの大ごとに発展しているのだ。
「アンナちょっと見にいってくるよ」
アンナは椅子から立ち上がり、部屋を後にする。
なんとなく把握している。まあ病院のドアなんて全て一緒なのでわかりづらいが、おそらくは面談室という場所で話しているのだろう。
面談室まで近づいた頃、急に怒声が響いた。
「!!」
走って部屋に向かう。それとほぼ同時にドアが開かれる。そこにいたのは─────。
「は?なんであんたがここにいるの?」
紫髪の椿の髪飾りをつけたきつい目つきをした女の子、レイナだった。
だらんと下がった左の袖をおさえて、レイナはアンナの方へ歩み寄る。
「なにしにきたの?」
冷たく言い放つ。その背後にはチロルが立っていた。
出会いたくなかった。己の罪の象徴と、こんな形でまた出会うとは、自分の判断を後悔してしまった。




