11話
リズムをハミィに弟子入りさせることにしたが、早速問題が持ち上がった。
ハミィに【浮いている板】のことを話すかどうか、という問題である。
「ハミィには教えないほうがいいと思うんです」
リズムがこう言い出したのである。
「そうね……あなたにはうっかり言っちゃったのをそのまま信じてもらえたわけだけれど、ハミィにも信じてもらえるかというと難しいでしょうね」
【浮いている板】には外部に知られるとまずい情報も記されている。基本的に秘密にしておくのがいいだろう。
しかしこれからハミィにも協力してもらうというのに、きょうだいのうち一人だけ仲間外れにするのは少し心苦しいものがある。
「信じてもらえないならまだしも、母上に『お姉様達が変なことを言い出した』なんて報告されたら大変なことになりますからね」
げ。
そうだ、そんなことは絶対にあってはならない。
母上にわたし達の頭がおかしくなって変なことを言い出したなんて認識されてしまったら、病気療養という名目で屋敷内に幽閉され【オラトリオ騎士学校】への入学が先送りされてしまう。
そうなるとリズムとマリア・フォン・ウェーバーを恋人にすることが不可能になってしまう。
さらに、母上はわたし達を正気に戻すべく厳しく躾け直そうとするだろう。
厳しく。
わたしの頭の中に恐ろしい記憶が蘇る。
ハミィの【秘密】を漏らさないために母上が行った苛烈なあれやこれや。
父上と夫婦喧嘩したときにわたし達きょうだいを味方につけるために行ったあんなことこんなこと。
まだ幼くやんちゃだった頃にした粗相に対する折檻シリーズ。
恐らくこれ以上の躾が行われる。
リズムの顔を見るとわたしと同じことを思い出しているのだろう、顔色が真っ青だ。
おそらくわたしの顔色も真っ青になっていることだろう。
よし。
「【浮いている板】と書かれていた未来のことはわたし達だけの秘密にしましょう」
「そうしましょう」
*
一日の用事を全て済ませて夕食後。
わたしとリズムはハミィの部屋を訪れていた。
「お兄様に女性との付き合い方を教えてあげて欲しい?」
「ええ、お願いできないかしら?」
「別にいいけど……いきなりどうしたの?」
うん、そうなるよね。
わたしはこれまで二人に【騎士】たるもの色恋よりも剣の鍛錬を優先しろと言ってきたわけだし。
「えっと、それは……」
「そもそもお姉様が自分で教えれば……それは無理か、お姉様も剣一筋でそういうのからっきしだもんね」
その通りだけどはっきり言うなこの妹……
姉への不敬の罰としてほっぺたひっぱりの刑に処す。
「わたしはもう来月には【オラトリオ騎士学校】に入学しているから教えてあげられないでしょう。だからあなたの手で来年のリズムの入学までにドミナント・テンション家の跡取りに相応しい紳士にしてあげてほしいの」
「はひ、おねえしゃま」
これでよし。
「ありがとう、ハミィ。さあリズム、あなたからもちゃんと頼みなさい」
「はい、姉上!ハミィ、指導の方よろしく頼む」
妹に対してもちゃんと頭を下げるリズム。うん、立派だ。
「お兄様はそのお姉様にべったりなところなんとかしなきゃどうにもならないと思うんだけどね。まあ、任せて!このハミィが乙女心のなんたるかを教えてあげましょう!」
えっへん、と胸を張るハミィ。うんうん、頼もしいぞ妹よ。
輝かしい未来への道が繋がる予感がするわ!
*
リズム・ドミナント・テンションは燃えていた。
帝国とドミナント・テンション家を栄光へと導く使命感……ではなく。
愛する姉の幸福を自分の手で守るという使命感に。
リズムは姉を愛している。
そこに性欲は一切無いが、世界中全ての人間が犠牲になったとしてもそれで姉の幸せが守れるのなら全く構わないというレベルの思慕はもはや姉弟の領域を超えている。
表には出さないが、両親や皇帝、【ムジカの上王】といった連中が姉よりも上位に扱われている世界の在り方に納得していない程なのだから。
とにかく彼は燃えていた。
そして少しときめいていた。
自分と姉の二人だけの秘密。
それはとても甘い響きがするから。




