862話 筆頭船主
「親方!」
「おう! ユート殿! きたかい! 船、完成したぜ!」
北の島に作られた簡易ドックの前では、船大工の親方たちが酒盛りをしていた。しかも、その周囲には明らかに船乗りであろう人々の姿もある。
なんと、船員の確保まで終わっているらしい。完成後にさらに準備が必要だったのは、これらの人員を手配していたからだった。
「船主がやってきたぞ! 進水式を始める!」
「「「うおおぉぉぉぉ!」」」
え? 進水式? 今から? もう夕方なのに?
どうやら、俺が来るのを待っていたらしい。これ、俺がログアウトしちゃってたら、ずっと待たせることになってたのだろうか? すぐに来てよかった!
俺は親方にドックの中まで連れていかれる。そこには、超巨大な船が鎮座していた。薄暗いドックの中に佇む木造船は、凄まじい存在感を放っている。
だが、感動する間もなく、親方から斧を手渡された。そして、背中をパチンと叩かれ、前に出される。
ドック内の視線が全て俺に集中しているのが分かった。
「その縄を斬るんだ! さあ、ガツンといっとけ!」
「こ、これですか?」
「そうだ! さあ!」
斧なんて伐採以外で使ったことないんだけど! でもみんなが見てるし、できませんとも言えん!
ええい! 破れかぶれだ! どうなっても知らんからな!
「どりゃあぁぁぁ!」
渡された手斧で、目の前の縄を切る。上手く当たっててよかった!
すると、船を固定するために周囲に張り巡らされていた縄が、連鎖的に動き始めていた。縄がシュルシュルと音を立てながらほどけることで、船がゆっくりと動き始める。
僅かにその巨体が揺れるだけで、ドック全体が軋むようだ。
「はなれろ!」
「船が出るぞ!」
「おおおおぉぉ!」
周囲の人間が大騒ぎになる中、ドックに作られた坂を滑り下りていく船。海へと着水すると、ザバァンという音とともに大きな波が立っていた。
「成功だ!」
「やった!」
「うまくいったぞ!」
NPCたちが大喜びだ。
え? 失敗する可能性あったの? 船壊れたりとか? だったら最初から言ってくれ! 成功したのに背筋寒くなったわ!
「中にはすでに物資が積み込んである! あとは乗組員が配置に就けばいつでも出航可能だぜ! どうする?」
どうするって、俺が決めるの?
「親方、その出航時間って、俺が決めるんですか?」
「そりゃあ、筆頭船主だからな! 一番いい部屋も用意してるぜ!」
親方がサムズアップしてくる。一緒にいるルインがどーぞどーぞってやって来るけど、俺にだって決められないよ!
「もう少し、色々聞きたいんですけど」
「いいぜ! 何でも聞いてくれ!」
ということで、親方に船に関することを教えてもらった。まずは出航に関して。
すぐに出航することも可能だが、最大で2日はここに停泊してくれるらしい。ただ、48時間後には強制的出航となってしまうようだった。
乗り込めるのは、造船イベントにて0.1%以上の貢献をした者。それが1000人に満たなかった場合は、貢献度0.1%未満の者の上位から1000名になるまで選ばれるらしい。
やはり全員は乗れないのか。まあ、鉱石1つだけ納品しましたとかでも乗れちゃうんじゃ、頑張った人から不満出るしな。
あと、貢献度によって、船内でのサービスが変わるようだ。筆頭船主――つまり、貢献度1位の人間には一等船室よりも上の豪華な特別部屋、食料全てバフ付き、船内での貸し出し可能な道具のレンタル料や、施設の使用料金等全て無料。
至れり尽くせりの待遇だ。
イベントを発生させたものには何もないのかと思ったら、部屋が確定で一等船室になる程度らしい。今回は造船イベント発生者である俺が筆頭船主でもあるから、意味がないけどね。
0.1以下は4等船室で他のサービスはすべて有料。そこから1%、5%、10%で船室の等級が上がるらしい。
船旅がどれだけの日数かかるかは正確には不明。しかし、難破船の中に残されていた地図から、白の大陸へは12日ほどかかる見込みであるという。
「ゲーム内で12日……。リアルで3日か。長いような短いような……。いや、長いな」
「うむ。ゲーム内で、それだけ同じ場所に拘束されるイベントも中々ないのう」
「でも、乗らなきゃ新大陸にいけないんだろ?」
心配していたんだけど、そこは問題ないらしい。なんと、船内に転移陣が備え付けられており、いつでも北の島か北海の町と行き来できるというのだ。
転移陣の使用料金は取られるけど、そこまでお高いものではなかった。俺は無料で使えるらしいけどね。
「道中、寄港地に立ち寄るから、そこまで船の中に缶詰ってわけじゃないぜ?」
「あー、地図にあったあれか」
「おう。まあ、ゆっくりできる場所かどうかは分からんけどな!」
むしろ、寄港地で戦闘系のイベントが起きてもおかしくないよなぁ。プレイヤーがほとんどいなかったら、船の防衛失敗で遭難とかになっちゃうのか?
「うーむ。とりあえず出航はすぐじゃない方がいいだろうな。後から船に転移できるようだが、最初は皆で乗って出航する方が不満も出にくいだろう。まあ、そこら辺の調整は全部うちのクランがやるから、ユートは心配せんでいいぞ」
「いいのか?」
「任せておけ。ただ、出航は一番遅くになるだろうが、構わんか?」
「2日後のこの時間ってことだな?」
「うむ」
面倒なこと全部やってくれるなら、それくらい待ちますとも! そもそも、浮遊大陸でもう少し遊びたいし、陰陽師の検証もまだまだ終わってないからね。
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