824話 アリエスとキャシー
オルトたちが発見した、木壁に囲まれた謎の敷地。警備が厳重そうに思えたが、意外と簡単に中に入れそうだった。
壁に沿って歩いていくと、途切れている場所があったのだ。木製の簡易ゲートみたいなものはあるが、跨げるくらいの高さだ。
「普通に長閑な農場って感じだな。ここからだと畑はちょっとしか見えないけど。あそことか納屋っぽいか?」
「ムムー!」
「トリー!」
「うん? ああ、あそこに人がいるな」
オルトとオレアが指をさす方を見ると、遠くに人影があった。少し背が曲がっているし、お爺さんかな?
「すみませーん!」
「ムムー!」
「トリー!」
みんなで声をかけると、気付いてもらえたらしい。さらに手を振ってアピールすると、人影がこちらに近づいてくる。
白い髪に白い口髭、麻のような素材の茶色い服に身を包んだ、どこにでもいそうな普通のお爺さんだった。
「こんにちは。旅人さんかい? 申し訳ないんだが、少し問題が発生してしまってねぇ。野菜の販売を取りやめているんだよ」
「問題ですか?」
「ああ、そうなんだ。悪いのだが、またきておくれ」
どうやら普段は野菜などを購入できるが、今はそれが不可能であるらしい。問題解決を頼まれる様子もなく、お爺さんが話を切り上げようとしている。
このままだとお爺さんが去ってしまいそうなので、ジェミナから渡されていた紹介状を取り出してみる。
すると、困り顔だったお爺さんの表情が一瞬で綻んだ。
「おお! 息子の知り合いか! それはよく来たね! 大したおもてなしもできないが、中へどうぞ」
「ムー!」
「トリー」
「ほっほっほ。可愛い子たちだねぇ」
オルトとオレアがお爺さんの隣に並び、スキップするように歩き出す。最初からオルトたちの好感度が高いね。それだけ凄いファーマーさんってことなのだろうか?
「儂はアリエスだ。この農園の主をやっておる」
「俺はユートです。こいつがオルト、こっちがオレア」
「ムー!」
「トリ!」
俺に名前を呼ばれたオルトたちがピッと手を上げて応え、それを見たお爺さんがさらに笑みを深める。孫を見るような目だ。
他の子たちの自己紹介をしていると、納屋の前を通り過ぎ、入り口からは見えていなかった畑へと通された。
「広いな! いや、でも、あれなんだ?」
広大な畑に、様々な植物が植えられている。すでに見た天望野菜もあるが、未知の作物もあるようだ。
ただ、全ての植物に明らかに元気がなく、葉には黒っぽい斑点が浮かんでいる。それに地面も妙にパサパサで、荒れ地の土と大差ないように見えた。
そして、それら以上に目立つのが、畑の中央に突き刺さるように立っている黒い水晶のようなものだった。明らかに畑には不釣り合いというか、邪悪な感じだ。
あれ、なんだ?
「ムー……」
「トリ……」
「――……」
うちのファーマー組が、黒い巨大水晶を見て顔を曇らせる。
「あれが悩みの種でな」
「あの黒い水晶は、なんなんです?」
「上の迷宮から落ちてきた、瘴気の魔石だよ」
う、上の迷宮? 天望樹のさらに上層部に迷宮があるってこと? しかも、瘴気の魔石? 聞いたことないぞ?
色々聞きたいことがあるんだが、お爺さんは瘴気の魔石に向かって歩き出す。すると、魔石の前にもう一人老人がいた。腰の曲がったお婆さんだ。
お爺さんがごく普通の農家風の格好なのに対し、こちらは妙にファンタジー感が強い。幾何学模様の刺繍の入った紫色のケープに、宝石のあしらわれた木製の長杖。肩口の長さに揃えた白い髪をいくつもの細い三つ編みにしているんだが、その先に鈴やアクセサリーが結び付けられている。
動くたびにジャラジャラと鳴ってしまいそうだが、そこはゲームだからね。大丈夫なんだろう。
「キャシーや、お客さんだぞ」
「おやおや? 可愛い子たちだねぇ。どちら様でしょうか?」
「ジェミナの紹介でこられたユートさんだ」
「まあ! それはよくいらっしゃいました。私はキャシーです」
「ムー!」
「トリ!」
キャシーさんは非常に物腰丁寧で上品な喋り方をするね。オルトたちがキャシーさんに纏わりつくように、激しくアピールをし始めた。やはり最初からすごい懐き方である。
「いつもなら野菜料理で歓迎するんですけどねぇ。今は無理なんですよ……。畑がこんな有様ですから」
「この、瘴気の魔石ってやつのせいですか?」
「そうなんですよ。これが畑の土や野菜に悪い魔力を出しているみたいでねぇ」
まあ、オルトたちもこの水晶を睨んでいるし、見るからに悪影響ありそうだしな。
「移動させたり、壊したりはできないんですか?」
「魔力が結界みたいな役割をはたしていて、どうにもできないんです。浄化できれば、壊せるようにもなると思うんですが……」
キャシーさんが首を横に振りながら嘆く。
「やはり、浄化できないか?」
「ええ、必要な魔力も属性素材も全然足りませんねぇ」
え? キャシーさんが浄化ってやつをするの? 話を詳しく聞いたら、キャシーさんは樹木医であった。しかも、魔術にも精通しており、浄化や魔法での癒しを得意とするそうだ。
よく見ると、瘴気の魔石の前には木で作った祭壇のようなものが置かれ、何か儀式っぽい物をする準備の最中であるらしい。
「お会いしたばかりの人に頼むのは申し訳ないのですが、儀式を手伝ってはもらえないでしょうか?」
キャシーさんが静かに頭を下げる。年配の方にこんなちゃんとお願いされちゃったら、頷くしかできないんですけど!
「も、勿論です。俺にできることなら」
「ム!」
「トリ!」
モンスたちも乗り気だ。全員が腕まくりしながら、気合入りまくりである。
でも、どんな事すればいいんだ? 聞く前に頷いてしまったが……。もう夜になってるから、あまり長いと、ログアウト時間になってしまう。
というか、ボス戦じゃないよね? オルトとオレアが張り切ってるし、戦闘系じゃないよね?




