290話 風霊のシレン
モンスたちを連れて風霊の試練に戻ってきた俺は、最初の部屋を抜けて次の部屋へと向かおうとしていた。ただ、最初の一歩を踏み出すのはちょっと勇気がいる。
「細い道だな……」
通路の幅は2メートルないだろう。しかも両サイドには手すりもなく、足を踏み外せば谷底に真っ逆さまである。
横に並ぶのはちょっと怖い幅だった。
「ヒム……」
「フム……」
「クマー……」
ヒムカとルフレが、クママの腕にしがみ付きながら、恐る恐る下を覗いている。クママも覗いてみたいようだが、今動くとヒムカたちが危ないからな。じっと動かずに我慢していた。
「皆落ちないように気を付けるんだぞ」
「――!」
「キキュ!」
クママを先頭に、電車ごっこのように進む。だが、ヒムカはどうしても前が気になるのか、横からひょっこりと顔だけを出しているけどね。その状態で攻撃を受けたら、絶対にバランスを崩すぞ?
「ヒムー……」
慎重に歩を進め、ゆっくりめの速度で通路を抜けた先は、最初の部屋とほぼ同じ造りをしていた。モンスターがいるかどうかだけが違っている。
「ブリーズ・キティ? め、メッチャ可愛い」
「ウニャー!」
部屋で待ち構えていたモンスターは、どこからどう見ても子猫だった。白地に緑の虎柄の、美し可愛い子猫だ。
モンスターというより、もんすた~って感じだな。
「ほ、欲しい……」
あの子猫をぜひテイムしたい! アメリアたちがノームに執着する気持ちが分かってしまったかもしれん。あの子猫を腕に抱いて、喉を撫でてゴロゴロさせたい!
だが、すぐに俺は絶望に叩き落とされることになる。
「テイムの対象に指定できない、だと?」
つまりあの子猫は他の精霊門などにもいたサモナー専用モンスということなのだろう。ポンドタートルやストーンスネーク、ファイアラークと同じだ。
「ま、まじか……」
「キュー?」
「そ、そうだよな。俺にはお前たちがいるもんな。あー、モフモフするー」
「キュー?」
リックを持ち上げて、そのフカフカの腹に顔を埋めたらちょっと落ち着いた。手に入らんものは仕方ないし、ここは経験値になってもらいましょう。
「よし、みんな行くぞ!」
このパーティの場合、アタッカーはクママ。あとはサクラかな。
「クックマー!」
「ウニャ!」
「――!」
「ニャー!」
ほほう、猫なだけあって結構素早いようだ。だが、打たれ弱いらしい。着地際を狙っていたサクラの鞭で大きく吹き飛ばされていた。
続く俺のアクアボールが決まると、それであっさりと決着だ。
ただ、このダンジョンで真に危険なのはモンスターではなかった。恐ろしいのはやはりダンジョンギミックだったのである。
「ヤヤー?」
「ファ、ファウー!」
最初の部屋を抜け、次の部屋に向かうための細長い通路を恐る恐る進んでいる最中に、横から風が吹きつけた。
風自体はそこまで強くはなかったし、俺は防風のネックレスを装備しているので大した影響はない。ただ、不意打ちで風がビュオォと吹きつけてきたので、結構驚いたのだ。俺の頭の上に座っていたファウもビックリしたらしく、バランスを崩して落下してしまっていた。
しかも、風でわずかに流されたせいで谷底へと落ちていく。思わず手を伸ばしたんだが、ギリギリ届かなかった。
まあ、ファウは飛べるから全く問題なかったけどね。焦り過ぎてて、その瞬間には完全に忘れていた。
「び、びびった~」
「ヤー」
ファウも額の汗を拭う仕草をしている。こいつ、途中まで胡坐をかく体勢のまま落ちて行ったからな。一瞬、飛ぶことを忘れてたんじゃないか?
「大丈夫か?」
「ヤ!」
「ファウは平気だとして、他の皆は気を付けろよ? 特にリック。軽いんだからな」
「キュー!」
先に行ったらもっと強い風が吹く場所もあるかもしれんし、気を付けて行かないと!
「ギュー!」
「って決意したばかりなのに!」
どうやらこの通路、時間経過で風が吹くらしい。次の部屋に入るための準備を整えていたら、今度はリックが吹き飛ばされてしまった。
「――!」
「キュー」
「あ、あぶねー。サクラ助かったぞ!」
「――♪」
サクラが咄嗟に伸ばした鞭にしがみ付いたリックは、何とか死に戻らずに済んだ。それにしても、心臓に悪いダンジョンだな!
「今度こそ、今度こそ気を付けて進むぞ!」
「キュー!」
「なんでお前がそんな自信満々に手を上げられるのか不思議だぜ」
「キュ?」
次の風が吹く前に部屋に突入すると、そこはなかなか厄介な作りをしていた。中央に大きな穴が開いた、ドーナツ型をしていたのだ。そこにはモンスターが3体待ち構えている。
2体はさっきもいたブリーズ・キティだ。そしてもう1体。まるで空飛ぶ殺人人形? チャッ〇ーに似たホラーフェイスの幼児が空を飛んでいた。
「狂った風霊だな。みんな下に落とされないように気を付けろ!」
「キュ!」
「特にリックがな!」
「キュ?」
やっぱ心配だぜ。




