241話 リックの水難
ルフレの見つけた鉄格子の抜け道を無事潜り抜け、俺たちは先に進んだ。水中行軍のおかげで、リックもスイスイ泳いでいる。さっきはいきなり水だったから驚いて溺れてしまったのだろう。
ヒカリゴケが所々に生えているため、視界良好とはいえないが真っ暗でもない。それに先導役のオルトたちが夜目を持っているので意外と進む速度は遅くなかった。
道中でふと気になったので水を汲んでみたが、最低品質の単なる水だな。これが凄い高品質だったら生産職が狂喜したんだけど、そんな美味しい話はないらしい。
それでも水中に採取できる物が何かないかと確認しながら進んでいると、俺の肩に乗っていたリックが鋭い鳴き声を発した。直後、水路から何かがザバーと水を割りながら上がってくるのが見える。
「うげっ……。なんだありゃ。ゴミ?」
「ヴァァ~」
俺たちの進路を塞ぐように立ちはだかったのは、一見すると泥とゴミをこねて固めたような、できればお近づきになりたくない外見をしたモンスターであった。
「ヘドロン……。なるほど、ヘドロのモンスターってことか」
テイムは可能な様だが、こいつはテイムしたくないぜ。普通に倒しちゃおう。
「相手は一体だが、足場が狭い。皆、気を付けろよ!」
「ムム!」
「モグ!」
下水道の通路は横幅が2メートルほどしかない。今までのダンジョンとはまた違った厄介さがあった。
「ヴァアアア!」
「ムッムー!」
救いなのは、ヘドロンの強さが大したことなかったことだろう。泥の球を飛ばす攻撃をしてきたが、オルトのクワで完全に防げている。そこにドリモのツルハシと、リックのどんぐり、サクラの鞭が襲いかかった。
そして、それで終わりだ。戦闘開始1分もかからなかった。ステージが面倒な分、モンスターの難度はそこまでではないのかもしれない。
「って思ってた自分のバカ!」
時には水路に潜り、時には狭い隙間を匍匐前進で通り抜け。ダンジョンをゆっくりと進んでいると、新たなモンスターが出現していた。その名も、アメメンボ。
水路の上をスイスイと進む、アメンボを大型犬サイズにしたような姿の昆虫系のモンスターだ。そして、前後からは2体ずつ、計4体のヘドロンが迫る。
「ぜ、全方向から包囲されてしまった!」
狭い通路では隊列の入れ替えもままならず、俺は背後から現れたヘドロンの攻撃と、アメメンボの放つ液体攻撃をガッツリ食らってしまっていた。サクラがかばってはくれたんだが、3体の攻撃を同時には防げないのだ。
「うげ、結構食らう!」
オルトだから大したダメージは受けなかったのだろう。俺は同じ攻撃でHPを2割も減らされた。しかも、装備の耐久値がメチャクチャ減る! ヘドロンの泥攻撃で汚されたからだ。あと、アメメンボが口から発射した液体も溶解液系の攻撃なのかもしれない。
「誰だ! モンスターの難易度が低めとかいったやつは!」
はい俺でした! なんとか殲滅することに成功したが、結構ダメージを食らった。しかも、ローブの耐久値が一戦だけで10も減ったぞ。普通の戦闘では精々2程度しか減らないので、単純計算で5倍の早さである。
今はまだ100程度は耐久値が残っているが、今後同じ速度で減っていったらダンジョンの途中で防具を失う事態になりかねなかった。
「この後は、より慎重にいかないと……」
「ムム!」
「リックも頑張ってくれ!」
「キュ!」
リックにわざわざ声をかけたのは、今の戦闘で一番活躍したのがリックだったからだ。小柄なおかげで狭い足場も苦にせず、壁や天井、仲間の背を蹴って、まるで空中殺法のような動きでヘドロンに的確にダメージを与えて行った。敵のタゲも取って引き付けてくれたし、間違いなく今の戦闘のMVPだろう。
その後、数度に及ぶヘドロン、アメメンボ連合軍との激闘を潜り抜け、俺たちはさらに奥へと進んでいった。
そして、マンホールに突入してからおよそ1時間。俺たちは本日最大の難所にぶち当たっていた。
「これはなかなか……」
水路が上り坂となっていたのだ。足場も途切れてしまい、水に逆らってこの坂を上る以外に進む方法が無さそうだった。
「しかも坂の途中に鉄格子があるんだけど。あれって下を通り抜けられるのか? ルフレ、確認してきてくれ」
「フム!」
俺の言葉を受けたルフレがビシッと敬礼した後、水の流れなど物ともせずに坂をグングン上っていく。結構な水量があるんだが、この程度であれば妨げにはならないらしい。
「フムー!」
「下を抜けることはできるのね」
とは言え、水中行動・上級を所持するルフレだからあっさり通り抜けられたのだろう。俺たちが水の流れる急坂を登りながら、一度水に潜らねばならないというのは、相当難度が高かった。
「まあ、ここで見ていても仕方ない、いっちょやったるか!」
水泳スキルを所持する俺が先陣を切ろう! だが、これが想像以上の難所だった。水量もそこそこあるので容易には上ることもできないし、足を滑らせたら一気に下まで押し戻されてしまう。
ルフレの新スキル、水中行軍の効果で俺たちの水中行動力は上昇しているはずなんだが、この坂を簡単に登れるようにはならないらしい。ルフレに頼んで坂の上に結んでもらったロープを伝っても10回以上は失敗している。
「ぶはっ! きついっ!」
「キュー!」
「リック、頑張れ! ファイトー!」
「キッキュー!」
「ファウ! しっかり捕まってろ!」
「ヤ!」
リックとファウはどうしても水中潜りの最中に押し戻されてしまうので、俺のローブにしがみ付かせている。
「フムフム!」
さらに、後ろからはルフレが俺たちを押してくれていた。いやー、最初からこうすればよかったよね。あれだけ失敗しまくったのが嘘であったかのように、あっさりと通り抜けてしまっていた。
「な、なんとか抜けたか……」
「キュ……」
「ヤー……」
結構進んできたよな。
激戦の証として、俺のローブの耐久値は50を切っている。あと10減ったら攻略を断念して帰還せねばならないだろう。帰り路でも何度か戦闘があるはずだからだ。
奇襲を警戒しながら慎重に進む。さっきは水路の中に落ちてた水鉱石を拾っている最中に奇襲を受けたからな。採取も気を抜けんのだ。
因みに、この下水道では水路の中で水鉱石と銅鉱石を、通路では茸類を拾う事が出来ている。どれもすでに所持している物ばかりなので、採取物はあまり良いとはいえないだろう。
「オルト、サクラ、盾にするようで済まんが、俺を守ってくれ」
「ム!」
「――!」
だが俺たちの警戒をよそに、その後は戦闘はなく、行き止まりと思われる大部屋にたどり着いたのだった。見たところその部屋からさらに奥へと通じるような通路は伸びておらず、ここが終着点であるようだ。
部屋の形状は入り口から緩やかに下り坂になっており、全体ではすり鉢状になっている。
「何もないな?」
「フム」
祭壇があるわけでも、ボスがいる訳でもなく。ただ無人の部屋があるだけだ。仕方ないので、隠し通路でも探そうかと、足を踏み出したその瞬間であった。
ガシャン!
「フム!」
「と、閉じ込められた!」
入り口に鉄格子が降りて、俺たちは部屋に閉じ込められていた。
「みんな、警戒!」
「ムム!」
来年もよろしくお願い致します。




