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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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冬はこうして過ごしています

冬の間、大半の冒険者は休養している。

しかし、春の活動再開に備えるための鍛錬を欠かすことはない。

ギルドに併設されている訓練場で冬の寒空の下、汗を流す冒険者達の姿をよく見かける。


へスニルを拠点としている冒険者でも、あちこちを飛び回っているせいでこの冬の訓練場でしか顔を見ない人間というのも意外と多いもので、あまり機会がない相手との手合わせができるのも冬の間の楽しみだと言う人は多い。


俺達もよくギルドの訓練場には来るのだが、混雑具合によっては鍛錬をせずに帰ることもある。

たがこの日、訓練場の利用者が少なかったこともあって、俺とパーラは久しぶりに本格的な手合わせを行うことにした。


なにせ俺もパーラも魔術師であるため、訓練とはいえど周りへの被害を考えながら戦わなければならない。

比較的空いている今日のような状況は絶好の機会だと言え、早速訓練場の一角で俺達は武器を手に対峙し、パーラの先手で戦闘を開始した。






先手こそパーラに譲ったが、その後は剣を打ち合いながら狭いスペースを動き回りつつ、戦闘は継続している。

事前の取り決めとして、体から離れる形で放出する魔術と、全身を完全に覆うタイプの魔術での防御も禁止したため、今は魔術で強化した膂力を生かした剣戟の応酬となっていた。


風魔術によって空中機動を自在とするパーラの剣は、俺に防御を強いて反撃を許さなかったが、こちらの防御を抜こうと力の籠められた一撃を受け流した俺は、なんとか鍔迫り合いへと持ち込むことができた。


「大分っ…強化魔術が上手くなったじゃないか」


刃引きした剣同士でギリリと押し合いながら、眼前にあるパーラの顔めがけて称賛の声を飛ばす。

まだまだ不完全だったパーラの強化魔術だったが、今日この場所では持続力といい強化率といいほぼ完璧といえるほどの完成度で扱えているということは、剣を通して伝わってくる力の強さで理解できる。


これはもし互いに使っていたのが木剣であったら、もっと早い段階で武器が砕けて弁償する羽目になっていたに違いない。


「まぁ…っね!ネイさんに鋼体法のコツをっ、教えてもらってから急に使いやすくなって…さっ!」


剣を押さえられたパーラはここで蹴りを繰り出してきたが、それに対して俺も蹴りで対応する。

蹴撃で蹴撃を弾き、その合間に一撃を叩きこむつもりだったが、その際の蹴りの反動を利用したパーラにうまいこと距離を取られてしまった。


離れた場所に立ったパーラはこちらへと四指を揃えた指先を向けてきたが、すぐにその手は下ろされる。

どうやら魔術で攻撃をしようとして、放出型の魔術禁止の取り決めを思い出したらしい。


再び剣を構えなおし、切っ先を俺に向けている姿からは、次にどんな手を使おうか攻めあぐねているような印象を受ける。

俺とパーラの剣の腕を比べると、俺の方が若干上回っている程度しか差はない。

なので、このまま剣だけで戦うというのは訓練という目的では正しいのだが、このパーラの様子では勝ちを狙ってそろそろ仕掛けてくると見たほうがいいだろう。


雪が積もっていた訓練場は、先に多くの人間が入り乱れて動き回ったせいで足元はぬかるんで悪く、泥に足を取られて動きが制限される俺に比べ、空中での姿勢制御に優れるパーラには有利なフィールドではある。

となれば、次にパーラの取る行動はある程度絞れる。

ついでに使ってくる攻撃手段も、付き合いの長さからなんとなくわかってくる。


一度大きく深呼吸をしたパーラは次の瞬間、手にしていた剣をこちらへと放り投げてきた。

回転しながら迫る剣は、いくら刃引きしてあるとはいえ当たり所が悪ければ怪我をするほどの勢いを持っており、避けるか弾くかしなければならず、今回の俺は弾くという選択を取った。


戦いの最中、武器を手放す事に対して俺もパーラも特に忌避感を持たないのは、武器が無くなっても魔術があるからだ。

そして、こうして武器を手放したということは、パーラの次の手は魔術による攻撃の可能性が高い。


剣を弾いて直ぐに、俺の目の前には空中を駆けて距離を詰めていたパーラの姿があった。

その手に剣はなくとも、目視できるほどに激しく渦を巻いた空気の塊が握られた右手を突き出し、俺へとぶつけようとしてくる。


その攻撃は以前俺がパーラに請われて教えた技だった。

某忍ばない忍者達のバトル漫画で、風を使った最強の技の一つとして数えられるものだ。

簡単に言うと、凝縮した小型の台風を掌にとどめて相手にぶつけるという技なのだが、まさか本当に再現できたとは、パーラも相当な努力をしたのだろうと少し感動してしまった。


だがそう思うのも一瞬のうちのさらに一瞬だけ。

すぐに迎撃のために俺も剣を持っていない左手で、同じような技を発動させる。

パーラのは風で作ったものだが、俺の方は水で作った螺旋の玉だ。


足元のぬかるみから一気に巻き上げた水分を凝縮させ、薄い膜で覆われたような状態の水球の内部に激しい流れを作りだす。

元々、手本としてパーラに見せたのはこの水球の螺旋の玉なのだが、威力に関しては中々のものだと自負している。


魔力的コストと威力に優れた非常に便利な技なのだが、欠点として掌から離すと霧散してしまうため、超近接戦闘用の技としてしか生かせない。

大抵の魔術師がそうであるように、俺も近付かれる前に倒すというのを信条としているので、あまり使う機会がなかったこの技だが、果たしたパーラが到達したあの螺旋の玉とぶつかるとどうなるのか、少しだけ楽しみではあった。


「読まれ…っ!?」

「お見通しだっつーの!」


同じ仕組みの技で迎え撃たれたことに、パーラはやはり驚いた顔になっていた。

剣を放り投げることで意表を突いたつもりだろうが、その行動をしたことで逆に次の手を推察されてしまったことに気付けていないようだ。


正面から互いの手にある必殺の一撃を繰り出し、ぶつかり合った風と水の玉が喰らい合うようにして拉げると、強烈な破裂音を辺りに響かせて烈風と水しぶきを四方八方へと撒き散らした。

解放された風が俺とパーラを襲い、体を後方へと吹き飛ばされそうになるのを踏ん張る俺だったが、すぐに目の前に迫る影に気付き、剣を盾にしようと前方へと掲げる。


影の正体はやはりパーラで、あの暴風の中をかいくぐって俺に肉薄したのは、風魔術師としての面目躍如といったところか。

風で体勢を崩している俺と違い、その風を味方にして動いたパーラにこの一瞬においては優位性を譲らざるを得ない。


そして、反射的に剣をパーラとの間に置いてしまったのは完全に俺の失態だった。

すぐにパーラは目の前にある剣の腹を殴り、切っ先が動いたのに合わせて柄を握る俺の手を叩き、握りが緩んだ隙に剣を奪い取るとそのまま俺の首筋へと剣を押し当てながら抱き着いてきた。


俺の腰に正面から足だけを使って巻き付き、そのまま剣を前後どちらに動かしても頸動脈を裂けるという状態にしたことで、俺の負けという形で勝負は決着となった


「参った、降参だ。腕を上げたな、パーラ」


両手を挙げて降参の意を示すと、鋭い目をしていたパーラの顔は笑顔に変わり、実戦さながらだった雰囲気は一気に和らいだ。

パーラは抱き着いていた体勢からひょいと地面へ降りると、手にしていた剣を俺へと返す。


「えへへ。いやぁ初めてアンディに勝てて私ゃあ嬉しいよぉ」

「何故急にお婆さん口調になる?…まぁでも今回はやられたよ。まさか剣を取られるとはな。ネイさんとの決闘の真似か?」

「まぁね~。あれ見た時はすんごいかっこよかったからさ、いつか私もやってやろうって思ってたんだ」


以前、ネイとの決闘の際に俺も相手の武器を奪っていたが、まさか今度は俺がそれを仕掛けられるとは、パーラの成長に驚くべきか、自分の迂闊さを嘆くべきか。


借りていた模擬剣を元あった場所に戻し、汗をかいて冷えてきた体を温めるべく、訓練場の端にある焚火へと当たりに行く。


「しかし本当に驚いたな」

「へっへぇ~ん。一度人の目に触れた技は真似されるもの、だよ?いつだったかアンディの言ってた言葉じゃん」

「いや、それもだけどさ。ほれ、あの螺旋玉の魔術もちゃんと完成してたじゃないか。凄かったぞ」

「あぁ、あれもコツコツ練習してさ、最近になってようやく安定して使えるようになったんだ。まぁでも、発動までに色々と下準備しなきゃならないから、まだあんまり実戦向きじゃないんだよね」


螺旋玉の魔術は魔力消費こそかなり抑えて発動できるが、維持し続けるのに魔力と精神力を消費するため、本当に奥の手の必殺技としての感覚が強い技ではある。

俺は水を事前に用意しなければならないし、パーラも膨大な風を圧縮するという過程が必要なため、戦う相手によっては発動を潰される可能性が高い。

なので、パーラの言う通り実戦、特に単独での戦闘では使いどころが難しいというのには俺も同意する。


「でも威力は凄かっただろ?俺も足元に雪解け水があったから同じ技で対抗したけど、似た技同士でぶつかるとあんな感じになるんだな」

「うん、小さな嵐みたいだったね」


焚火に当たりながら揃って感慨深げに頷く俺とパーラだったが、現在進行形で周りから様々な視線を向けられている。

模擬戦を開始する直前、俺とパーラは訓練場にいた冒険者達の注目を集めていたが、それは魔術師同士の戦いという珍しいものを見れるという期待があってのものだった。

ところがいざ始まってみると、剣を使っての肉弾戦なのだから、完全に期待を裏切られたことだろう。


だが最後の最後、俺とパーラが見せた普通はまずお目にかかれない特殊な魔術同士の衝突は、その余波を物理的にも精神的にも訓練場へと浸透させ、こうして呑気に焚火に当たっている俺達を遠巻きに見る冒険者達の眼は探るようなものがほとんどだ。


俺達を知らない人間にしてみれば見慣れない魔術の運用と効果を目の当たりにして、『こいつら何者だ?』という具合になるのも当然だろう。

だがこれまでバイクやら飛空艇やらで変に目立つことに慣れてしまっている俺達は、そういった視線を気にすることなく体を温め終わると、その足でギルド内へと入っていった。




これまでいた訓練場と違い、ギルド内は暖炉の火が炊かれて温かいのだが、やはり冬季の間は冒険者の出入り自体が少ないため、フードコートを含めて全体的に閑散としていて少し寒々しい雰囲気だ。

依頼を求めて掲示板に群がる人もこの季節ではぐんと減り、たまにある小遣い稼ぎ程度の依頼を暇潰しで求める人以外、賑わいとは程遠いのが今のギルドの状態である。


必然的に受付業務も暇となるため、窓口はいくつか閉じられているが、それでも業務に影響がないのはやはり訪れる人の大半が訓練場の利用がメインだからだろう。

おかげでこの時期の受付嬢は休みを貰えることが多いのでありがたいとはイムルが零していた言葉だ。


そんなギルド内で、数人の男女が受付で何かを言い合っているのは実に目立つ。

なんとなくやりとりを横目で見ると、応対しているのはイムルのようだが、珍しく困った顔をしていた。

普段はどこか楽天的な態度のイムルがああいう顔を浮かべるのは珍しく、目の前にいる冒険者達に何か無理難題でも言われているのかと心配になる。


ギルドに対する苦情やら文句といったものに真っ先に触れるのが受付の仕事ではあるが、中にはクレームとすら呼べない言いがかりを吹っ掛けられることも多いらしく、それを正しく処理するのも受付嬢に求められるスキルだそうだ。

これはメルクスラが言っていた。


「―それも難しいわねぇ…あ、いいところに。アンディ君、パーラちゃん。ちょっと」


唸っていたイムルと目が合うと、ちょいちょいと手招きで呼ばれてしまった。

あそこの窓口の雰囲気は何か沈んだものだったので、トラブルの可能性を考えてあまり近付きたくはなかったのだが、名指しで呼ばれては仕方ない。


思わず口から洩れた溜め息をその場に残し、窓口へと近付いていくと、イムル以外のそこにいた人達もこちらを見てきた。


マント越しの背中しか見えていなかったその冒険者達が振り向いたおかげでその姿が確認できた。

男二人と女一人の三人組だ。

その幼さが残る顔付きから恐らく俺達とそう年齢は離れていないと思うが、推測するならこの三人は幼馴染で冒険者をやっているとかなのだろうか。


揃って同じようなあまり質の良くない革製の防具を身に着けているが、使い込んだ感じがしない辺り、冒険者になったばかりなのかもしれない。

もし新調するならもう少し質のいいものに変えるはずだからな。


そんな三人の中でまず目を引くのは、平均よりもかなり大柄で筋肉質な男だ。

生まれつきなのか剃っているのか、ツルリと毛一本ないスキンヘッドの頭に目が行くが、空いているのか閉じているのか分からないほどに細い目も特徴的だ。


マント越しに見える筋肉に覆われた体からは、ちょっとした魔物程度なら殴って仕留めそうな気もするが、冒険者になりたてだとすれば、その体格で他の者よりも恵まれたスタートを切れたと喜んだことだろう。


もう一人の男はオールバックにした赤髪を後ろで結んでおり、顔立ちこそ悪くないが、どこかアホっぽく感じるのは身に纏う空気の軽薄さのせいだ。

あえて特徴をあげるなら、これまで見た誰よりも太い眉毛ぐらいか。

顔立ちはそう悪くないのだが、その眉毛についつい目が行ってしまうため、印象に残るのは眉毛だけというのは本人にとっていいことなのかどうか…。


残る女の方は、藍色のショートカットに勝気な顔付きから、気が強い性格なのかと思わせるが、決めつけることはできないのであくまでも第一印象だけでの話だ。

先の赤毛の男と同様、細身ではあるが鍛えてはいるようで、ネイとはまたベクトルの違う凛とした雰囲気を感じる。

惜しむらくはマントから覗く体付きが女性らしい起伏に欠けていることぐらいだが、それを気にするかどうかは個人の感性なので、俺が気にしても仕方ないか。


一先ずその三人は置いておいて、呼びつけた本人に声をかける。

なんだか揉めてそうな感じのあるここにあまり長居したくないので、疲労を盾にして帰れるように話を持っていくとしよう。


「なんでしょうか、イムルさん。俺達は訓練帰りで疲れてまして、とっとと帰りたいんですけど」

「え?別に私は疲れてないけど。アンディが面倒だからって口実もごが―」

「お前ちょっと黙れ」


話をさっさと切り上げるための口実を潰すパーラの言葉に、すぐさまその口を手で塞いだが時すでに遅し。

ジトっとした目を向けるイムルにその企みは見抜かれてしまっている。


「ふ~ん、面倒ごとだと思ってるんだ。…まぁあながち間違いじゃないけど。実はお願いしたいことがあるのよ。ちょっと話聞いてもらえない?疲れてるなら無理にとは言わないけどね」


無理にという部分に力がこもった懇願だったが、先程の嘘をついたことに若干の負い目がある俺としてはNOとは言えない。


「いやいや、疲れてるだなんてそんな。俺はいつでも元気いっぱいですよ、ははっ。……お話、伺わせていただきます」

「そう?悪いわねぇ」


下手に出ざるを得ない俺の言葉に、満足そうな笑みで頷くイムルに促され、受付を離れてフードコートのテーブルへと場所を移して話を聞くことにした。

少ないながらギルドにいた他の冒険者達も気になるようで、俺達とイムル達の合わせて六人がテーブルに着くと視線が集まってきた気がした。


「話の前にこの三人を紹介しておくわね。ほらコット、あなたから」

「うす。俺はコット、エルカ村の出だ。パーティじゃ中衛寄りの前衛を任されてる。あと、一応纏め役もな」

「次は私ね。シアよ。エルカ村からの腐れ縁でこいつらの面倒を見てるわ」

「誰が面倒を見てもらってるって?未だに玉ねぎ食えないって泣きついてくるのは誰だよ」

「コットうっさい。このパーティだと私は後衛を務めてるわ。よろしくね」


その軽妙なやりとりでコットとシアのおおよその性格が読み取れた。

どこか熱血さが感じられるコットと、見た目通り気の強いシアの二人の組み合わせは、ムードメーカーとしていい役割を果たしてくれることだろう。


こうなると残る一人が気になるところだが、先程から黙っている姿を見ると、その細い目も相まってもしかして寝ているのか?と思わされた。


「ちょっと」

「む……ドネンだ」


男の肩を叩いて名乗りを促したシアだったが、ただドネンとだけ名乗って再び黙ってしまった。


「あはは…ごめんね。ドネンってば、人見知りの上に口下手なのよ」

「こいつはうちの前衛・壁役のドネンってんだ。俺達三人、エルカ村で育った幼馴染なんだ。お前、挨拶ぐらい普通にしろよな」

「…すまん」


傍から見れば不機嫌なのかと思ってしまいそうなドネンだが、口数が少ないながらコットと交わす言葉から、どちらかというと大人しい性格であるがゆえに勘違いされるタイプの人間であると見た。

本人が口下手な分、コットとシアの賑やかさでパーティ的なバランスが取れているとも言えなくもない。


名乗りを受けたのなら返すのが世の情けということで、俺とパーラも簡単に名乗り、その際同じぐらいの歳であることも分かったが、俺達が共に白一級であることで驚かれるという一幕もありつつ、お互いをある程度知ることはできた。


さて、ここでようやくイムルのお願いとやらを聞くことができるのだが、その前にどうしても聞いておきたいことがある。

それはイムルの三人に対する態度だ。

どうも受付嬢としてのものというよりも、家族に対するような親愛を読み取れるのだ。


「あぁ、それはね、私達四人はエルカ村の出身なの。歳は私の方が上だけど、狭い村だからよく一緒に遊んでたの。だからこの子達がこんな小さい時から知ってたし、それこそ姉代わりで色々と面倒見てたぐらい。で、冒険者になるってここに来た時から、ちょくちょく気には掛けてたのよ。なんたって弟と妹みたいなもんだからね」


そう言って三人を見るイムルの目は、確かに姉としての慈愛が籠ったもので、それを受けて照れ臭そうにしているコット達もまた、イムルを家族のように思っているのだろう。

エルカ村というのがどこにあるのかは知らないが、年齢的にはイムルが先にへスニルに働きに出て、それを追うようにしてコット達が冒険者になるためにやってきたと考えると、意外と近い所にある村なのかもしれない。


「まぁそんなわけで、本当はあまりよくないんだけど、受付嬢として今まで冒険者を見てきた立場から、この子達に色々と助言してあげてたのよ。けど、ちょっと前から困ったことになっててねぇ」

「困ったこととは?」


どうやらイムルの言う困ったこととやらが俺達にお願いしたいことというものにつながるようだ。

いかにも参ったという風に語られた話を纏めると、コット達が最近の冒険者としての活動に行き詰っていることに悩みがあるとのこと。


一年ほど前にへスニルにやってきたコット達は、三人揃ってギルドに登録して冒険者になるとすぐにパーティを組み、今日までなんとかやってきたのだが、冬になる少し前に受けた討伐依頼の際、相手取った魔物にやられて冒険者としてやっていく自信を無くしてしまった。


依頼自体は達成したが、ドネンとコットが怪我を負ってしまい、そのせいで魔物を相手にすることに恐怖心を抱いているそうだ。

今後、冒険者としてランクを上げるなら、討伐依頼は避けて通れないため、このトラウマをなんとかしたいというのがイムルの悩み事だという。


「こういう状態に陥った冒険者っては何人か見てきたのよね。大抵は時間が解決してくれるから、その間は採取依頼を中心に受けたらいいって助言はしたんだけど…」

(あね)さん、それはできないって言ったろ。俺達は冒険者として生きてくって決めたんだ。魔物相手にビビッてちゃやってけねぇよ。だから俺達はまず強くなる必要があるんだよ!」

「姐さん言うな。…とまぁこんなわけで、コット達が強くなることに焦ってるのが姉としては心配なわけよ」


極道のような呼び方をされたことに溜め息を零すイムルと、血気盛んなコットとではかなり温度差がある。

イムルとしては今コット達の抱えているものがこれ以上悪化しないように静養させたいのだが、当の本人達は強さを持って恐怖心に打ち勝つと逸っているようだ。


俺からしたらどちらのやり方も間違いとは言えないが、姉的立場のイムルの助言を聞かない程度に今のコット達は焦っているように感じてしまう。

とはいえ、冬の間は魔物の活動も沈静化するのだから、とりあえず静養という選択肢は正しい。


「話は分かりました。それで、俺達にしたいお願いというのは?まさかコットさん達と一緒に魔物の討伐に行けってんじゃないでしょうね」

「まさか。今の時期、魔物どころか普通の動物だって探すのも苦労するでしょ。そうじゃなくて、私がお願いしたいのは、コット達を鍛えてあげて欲しいってこと」


一瞬、イムルの言っていることの意味が分からなくなる。

鍛えるというのは、俺達でコット達を魔物に勝てるようにするという意味だろうか。


「鍛えるって…俺達で?」

「そうよ」

「なんで俺達が?駆け出しの冒険者の指導なら、もっと他に熟練の冒険者を頼ったほうがいいと思ますけど」

「前まではいたのよ?そういう指導をしてくれる冒険者の人が。でも少し前に引退して田舎に引っ込んじゃったから、今は他にいないの。だからこういうのを頼める人を探す必要があるんだけど、今訓練場にいる人達ってこう言ったらなんだけど、あんまり指導に向いてるって感じじゃないのよ」


言われて先程まで訓練場にいた冒険者の内、見知った顔を思い出す。

確かにその誰もが冒険者としての腕は認めるが、人を指導するということに関しては正直向いているとは言えない。

よく言えば武偏、悪く言えば脳筋といった感じだ。


「まぁ言いたいことは分かります。けど、それで俺に頼むってのは…」

「なんとなくだけど、アンディ君ってそういうの上手そうじゃない?教えられてるパーラちゃんもしっかり実力着けてきてるみたいだし。それにこういう誰かに教えるのって黄級に上がるのにいい経験になるわよ?」

「そうは言いますがね…ん?なんだ?」


イムルと話していると、パーラが俺の服をつまんで引っ張って来た。

何事か尋ねてみるが、俺の顔を見るだけで話そうとしないパーラの様子に訝しんでいると、ふと先程俺が言った言葉を思い出した。


「あ、そういやそうだった。もう喋っていいぞ。ていうか、律儀に守ってたんだな」

「だってアンディが黙ってろって言ったんじゃない。まぁそれはいいよ。それよりもイムルさんのお願いだけど、私は受けてもいいと思うよ」

「ほんとう?パーラちゃんありがとー」


横合いから伸びてきたイムルの手にからめとられたパーラは、暫くその頭を撫でられるままでいたが、タイミングを見てイムルの手をすり抜け、俺の耳元へと口を寄せて話し出す。


「イムルさんの言った通りいい経験にもなるし、何よりギルド職員のお願いは聞いておいて損はないでしょ」


パーラの言う通り、俺達が冒険者として活動を続けるのならギルド職員、特に触れ合う機会の多い受付嬢の頼みはなるべく聞いておいたほうがいいだろう。

借りを作っておけば何かあった時に色々と便宜を図ってもらえるし、人生とは良好な関係を壊さないことが何事にも肝心であることを思えば、パーラの言うことは尤もだと受け入れよう。


「…わかった。イムルさん、その話、受けさせてもらいます」

「うんうん、アンディ君ならそう言ってくれると思ってたよ」


満足気に頷くイムルには見えないよう、隠れるようにして溜め息を吐く。

教師役の真似事なら確かにソーマルガで経験はあるが、まさかへスニルでも同じようなことを頼まれるとはな。

とはいえ、どうせ冬季は暇な日が続くのだ。

漫然とした日々の張りとして、コット達を鍛えることを仕事とするのも悪くはないだろう。


そう思った矢先、コットが口を開いた。


「ちょっと待ってくれ、姐さん」

「だから姐さんと呼ぶのは―」

「俺達、いや少なくとも俺はこいつらに鍛えてもらうのは納得できねーよ」


声が上がったことで気づいたが、コットの顔は険しさを帯びていた。

うーむ、なんだか雲行きが怪しくなってきた…か?

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