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世の中は意外と魔術で何とかなる  作者: ものまねの実


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異世界すいとんの術

チャスリウス王城内には当然ながら厨房がある。

王族が日頃食べる食事はもちろん、パーティやお茶会などで供されるものもここで作られるため、セキュリティは宝物庫に劣らないほどの厳しさだ。


そんな場所で日々働く料理人は、やはり身元もしっかりした人間が揃えられている。

不穏な思想の持主などが料理人に紛れ込んで料理に毒物を混入させるなどあってはならないことであるため、一番上の料理長は勿論、下は皿洗いに至るまで全員が身辺を調査されるこの厨房は、生半可な人間ばかりか正当な理由がなければ貴族ですら立ち入りを拒むほどに人の出入りも制限されていた。


そういった事情から、あまり頻繁に新しい人間が入ることのない厨房にどういうわけか俺は立ち、鍋を振るって料理を作っていた。








なぜそうなっているのかを話せば長い。


分かりやすく言うと、献上品にフライドチキンを作ったら匂いにひかれてやってきた料理長の目に留まり、作り方をねだられて厨房にいるわけだ。


…意外とシンプルにまとまってしまったな。

まぁそれはともかく、料理長が感銘を受けたらしいフライドチキンの作り方を教えろということで、俺を厨房に招き入れてくれたわけだが、それならフライドチキンの作り方を教えて終わりとなるはずだった。


後日、料理長からフライドチキンのアレンジ版を作ったから感想を聞かせてほしいと呼ばれ、厨房へと向かった俺が見たのはまさに戦場だった。


昼時には少し早い時間帯にもかかわらず、そこかしこで包丁がまな板を叩く音とフライパンや鍋が掛けられた竈で薪の爆ぜる音が入り乱れ、料理人は一人の例外もなく全員が厨房内を駆け回っているような状況だ。


厨房の入り口には安全対策のため、常に複数人の武装した兵士と文官の姿があるのだが、この時は彼らも人手として駆り出され、慣れない皿洗いに四苦八苦している姿を見た。

比較的忙しくなさそうな料理人を捕まえて、ことの経緯を尋ねてみる。


この日は特に会食や宴会などで忙しくなる日ではなかったのだが、厨房に駆け込んできた使用人の言葉でそれは一転してしまう。

突然決まった大物貴族の会食、伝達ミスでたった今知らされた午後からのお茶会の準備が一気に重なってしまい、てんやわんやの大騒ぎ。


殺気立ったと形容してもいい厨房を見て、これは日を改めようかと思ったのだが残念、俺を見つけた料理長に捕まってしまい、竈の一つを割り当てられてしまった。

と言っても流石に正規の料理人でもない俺が貴族に出される料理に触れるのはまずいため、作っているのは料理人達が食べる賄だ。


体感時間でかれこれ30分以上は調理が続けられる厨房の一角で、俺が作るのはそれほど凝ったものではない。

色んな具材を放り込んで煮込んだだけのシンプルな椀物だが、調理の合間にササっと食べるのならこれぐらいがいい。

野菜よりも肉が多めなのはスタミナをつけてほしいという俺からのささやかな気遣いだ。


魔女になった気分で大鍋をかき混ぜていると、少し離れたところに数人の料理人が集まり何かを話したかと思うと、料理長の声が厨房中に響き渡った。


「足りない!?ちっ……食料庫、あそこにならいくらかあるだろ!」

「それが、新しいのが納入は昼過ぎからになってまして、今あるのは厨房にある分だけなんですよ」

「なんだと……くそ!」


腰に巻いていたエプロンを引っぺがして地面に叩きつける料理長の姿に、どうやらトラブルが発生したと判断する。

一気に場の空気が重くなったのを察知し、とりあえず事情を聞いてみることにした。


「料理長、なにかあったんですか?」

「…会食に出すつもりだったパスタが思ったより量が足りないんだ。急なことだったから仕方ないといえばそうなんだが、あるもんだと思ってメニューを組んじまったから、今からやり直すのは時間がかかっちまう。今からパスタの代わりになるもんを探すのは無理だしな」


城専属の料理人となればこういうトラブルの対処法もあるのだろうが、あまりにも急な出来事が重なったことに加え、会食とお茶会という異なる準備が必要な調理に人が分けられていたため、ギリギリまで気が付かなかったようだ。

会食向けにコース料理を作っていたというのに、その中でメインの一つとなるであろうパスタが抜けてしまっては締まらないどころか、人によっては不完全な料理でもてなされたと怒る場合もある。

城の料理を一手に引き受ける厨房の料理長として、この苛立ちも決しておかしなものではない。


「なるほど……代わりになるかどうかはわかりませんが、小麦粉で簡単に作れる似たようなものなら知ってますよ」

「なに!本当か!?頼む、それを教えてくれ!礼なら何でもする!」


…ん?今何でもするって言った?

その言葉、決して忘れないでもらおう。


と言うわけで、早速料理長と数人の料理人を台の周りに呼び寄せ、実演で作り方を教えていくことになった。

パスタの代替とまではいかなくとも、簡単に作れて満足感もある小麦粉を使った料理と言えばそう、 (日本人)大好き『すいとん』だ。


用意するのは2種類の小麦粉。

すいとんを作るのにはグルテンが食感を左右するため、薄力粉だけでなく強力粉もブレンドするともちもちで弾力のあるものが出来上がる。

料理長に言えばその辺りの違いがある小麦粉は用意してもらえた。


これに塩少々を入れ、ぬるま湯を少しだけいれてこねていく。

生地が固いと思ったら水分を少しづつ足していき、耳たぶ程度の柔らかさにったら丸めて寝かす。

大体30分から1時間寝かすのがいいと言われているが、今回は時間がないのでスープを作る間に置いておくだけだ。


すでに作りかけてあったスープを鍋から分けてもらい、野菜や肉を投入して味を調整する。

この辺の味付けは料理長が行い、材料的に若干洋風のスープが出来上がるが、まぁこれでも構わない。

すいとんはどんな味でも受け入れる包容力が魅力なのだ。


生地を少量ずつちぎり、手のひらの膨らんでいる所で挟んでから上下に一度だけ擦ると、いい具合の形になる。

それを茹でたものを先ほどのスープに投入すると、『異世界すいとん』の完成だ。


「とまぁこんな感じです。どうぞ味見を」


出来上がったすいとんを器に少量掬って料理長に手渡して味見してもらう。

匙で一掬いして口へ運んだ料理長の顔は、一瞬浮かべた驚愕から歓喜へと変わっていく。


「簡単な料理だがうまい。……腹も膨れるし、これならパスタの代わりになる。いけるぞ!おい!手の空いてる奴はこっちに来い!」


料理長の呼びかけに応え、何人かが集まるとすぐにすいとんの量産が開始された。

作り方は教えた身としてはきちんと出来上がるか見届けるつもりだが、さすがは本職の料理人、しかも城に仕えるエリートだけあって料理長から飛んでくる指示に応える手際は見事なもので、これなら大丈夫だろうとその場から離れる。


全てをやり遂げた男の空気を背中で出しながら、厨房の出口へと足を向ける。

もう俺が教えることはない。

後は彼らが自分達の手で道を切り開いていくだけだ。

例の報酬は後でもらいに来るとして、誰も引き留めることのないままに去ろう。


「どこへ行く?」


俺はガッと肩をつかまれ、その場に立ち止まってしまった。

振り返り、肩に置かれた手の主を見ると、そこにいたのは料理長だ。


「…いやぁ、どうやら危機は脱したようなので、俺は用済みでしょう?邪魔にならないように外にいようかと。あ、賄はあっちの鍋にあるんで皆さんでどうぞ」

「おう、それはありがたくもらう。けど、お前が用済みなんてわけがないだろ?今のとは別に、城の者達と王族方へ出す料理もこれからだ。やることはまだまだあるぞ。わかるな?お前の助けが必要だ」


そう言ってググッと肩をつかむ力が強まってくる。

振りほどこうと思えないほどに食い込むその手は、まるで熊にでも掴まれているかのような錯覚を覚える。

俺の助けが必要だとは言うが、どちらかというと何が何でも逃がさんとしている感じだ。


首根っこを掴まれて再び厨房の中へと戻される俺。

その姿は果たしてどのようなものに見えているだろうか。

俺としては蛇の巣穴へと引っ張り込まれる子ウサギの気分だ。


遠ざかる出口を見ながらため息が漏れる。

と同時に、不意にパーラのことが頭をよぎった。


確か今日はダルカンの案内で庭園を見て回ると言っていた。

俺もそっちがよかったと今さながらに後悔をしている。

あぁ、フライドチキンのアレンジに誘われた過去の自分を止めてやりたい。







結局、あの後昼食の用意から夕食の仕込みまで手伝わされた俺は、へとへとになりながらパーラがいるであろうあのダルカン監修の庭園へと向かっている。

時刻はすっかり夕方という時間で、時折現れる窓から差し込む夕日を辿るようにして進むと、ようやく目当ての場所へとたどり着いた。


人の気配を頼りに植物の壁を通り抜けると、丸テーブルが置かれた開けた空間に集まっている人の姿を見つけた。

テーブルについているのはダルカンとパーラ、そしてマティカという若い男性騎士だ。


マティカはネイがいないときにダルカンの身辺警護役を纏める立場にある者で、見た目は長い金髪を背中に垂らした遊び人といった感じだが、ネイ曰く『剣の腕はまずまず、度胸と経験がつけば一軍の将として使い物になる』そうだ。

要するに、将来の公国を支える人材としてネイが鍛えている最中ということだ。


彼がああしてダルカンの隣にいてネイがいないということは、この場での仕切り役は基本的に彼ということになる。

そんな彼らが一様に難しい顔をしているとは一体何事だろう。


「失礼します、ダルカン殿下。アンディです。パーラを迎えに来ました」

「やあ、アンディ。随分遅かったんだね」

「料理長に仕込みを手伝わされましたもので。申し訳ありません、パーラがお世話になりました」

「ううん、いいんだ。僕もパーラと色々と遊べて楽しかったよ」


何気に今日初めて会話するダルカンと挨拶を交わす。

ここ数日の間でダルカンとも大分打ち解けてきて、子供らしい姿を見ることもあるおかげで接し方も100%王族へのものというよりかは、自立心が育ちつつある子供と思って接することが増えた。

ダルカンもその方が嬉しいそうで、これまで年の近い人間が周りにいなかったこともあり、俺とパーラと遊ぶことにも楽しさを見出しているようだった。


「…ところで殿下、なにやらこの場の空気が妙に思えてなりませんが、何かありましたか?」

「うん…まぁね」

「それは私が話そう」


目に見えて落ち込むダルカンと入れ替わるようにして口を開いたのはマティカだ。


「実は今日の昼頃、ダルカン殿下の試しの儀が決まったのだ」

「…試しの儀?」

「アンディ忘れたの?私達がネイさんに雇われたのは、殿下が儀式に臨む際の護衛と手助けのためでしょ」

「いや、覚えてるぞ。けどそういう名前だってのは初めて聞いたからな。…それでマティカさん、その試しの儀の内容はどういったものになりましたか?」

「…あまりいいものではないな。まぁ座るといい。長くなる」


眉を寄せて椅子の一つを勧めるマティカに促され、座ったところで話が始まった。


ダルカンの王位継承が正当であることを試す儀式として今日まで高位貴族達が話し合いを続けた結果、二つの案で話は纏まりかけていた。


まず一つ目、試しの儀について書かれた数少ない文献の中で読み解いて炙り出された前例をなぞり、チャスリウス公国内にある最古の血筋である三大公八侯爵の貴族の下を訪ね、それぞれに認められることを王位継承の証とするというもの。


命の危険もほとんどなく、有力貴族の筆頭格である11の高位貴族家に認められれば王となるのに問題もない。

将来傅くことになる貴族の目が王としての器を見るのだから、王位継承の正当性を見るものとしてはまさに最適なものだと言える。


だが残念なことに、この案は早い段階で破棄されてしまっていた。


「なぜです?まさか、仕える者が王を選ぶというのが不遜だからとかですか?」

「いや、そういうわけではない。単純に、最古の血筋とされる件の11貴族家がほとんど残っていないからだ。11貴族家の中で今残っているのは公爵・侯爵家を合わせた三家だけだ。これでは儀式としては認められんという意見が出た。…それがどこから出たのかは察してくれ」


つまりダルカンの王位継承を拒みたい立場にある者、ヘンドリクスかナスターシャの派閥から影響を受ける人間が出した反対票で却下されたということだろう。


案として存在していた二つのうち一つがそういう理由で却下されたのなら、自動的にダルカンに課される試練は残る一方のものとなる。

そして、この場の空気が重い理由は、その案がダルカンにとってかなり不利なものだということなのかもしれない。


やや重そうな口を開いたマティカから語られたほぼ決定稿となっている試しの儀の内容はなるほど、聞いてみれば先のものよりも大分危険度が高いものだった。


それはチャスリウス国内のとある場所へと赴き、そこであるものを手に入れて来るというもの。

これだけ聞けばお使いのようなものかと思えるが、詳しく聞いていくとそのとある場所というのがとんでもない所だ。


チャスリウス国内に存在する王家直轄領の一つに、青風洞穴(せいふうどうけつ)という場所がある。

人の寄り付かない草木のまばらな荒野に突然現れる巨大な穴をそう呼んでいるのだが、この洞窟は内部がとんでもなく広く、過去幾度となく行われた内部への浸透調査でも全容が解明されていない。


おまけに洞窟内には強力な魔物の生息も確認されており、足を踏み入れるには死を覚悟しなければならない。

チャスリウスでは子供に言い聞かせる言葉で、『青風洞穴に放り込む』というのがしばしば使われているほどに、その恐ろしさは誰もが知るところだ。


危険な場所柄、易々と足を踏み入れるのは躊躇われるが、洞窟内には貴重な資源も多く確認されている。

魔術の発動体に使われる希少鉱物から特殊な薬効を持った植物など様々だ。

そのせいで青風洞穴に忍び込む者も後を絶たないが、洞窟へと足を踏み入れた人間と脱出できた人間の数は全く釣り合いのとれたものではないらしい。


そして今回、ダルカンの試しの儀の場所として選ばれたのがこの青風洞穴になるのだが、当然ながら一国の王子を送り込むにはあまりにも危険すぎる場所であり、流石に何かしらの妥協点が提示されるだろうと思われていた。

ところが話し合いの結果、ダルカンへの試しの儀として、青風洞穴へと赴き、そこにある灼銀鉱(しゃくぎんこう)という希少鉱物をとって来いというのだ。


「検討されていた二つの儀式のうち、こちらの方は明らかに危険度が高い。この国の人間なら青風洞穴がどれだけ危険なのか子供でも分かる。そこへダルカン殿下を送り込もうというのだ、到底受け入れられるものではない。…今ネイ殿が儀式の内容を再検討してもらうように方方へ働きかけているが、捗々しくはない」


ネイが今この場にいないのは、試しの儀が明らかに危険を孕んだものへと誘導されたと判断して、異議申し立てを行っている最中だからだそうだ。


試しの儀というのは本来、王としての資質を見るものだ。

過去行われた、11貴族家を訪ねるというものに比べて、青風洞穴へと赴くというのは王としての資質を見るのにあまり適しているとは思えない。


明らかに外部からの圧力があったとしか思えないほど、ダルカンに不利な儀式が選ばれたのだから、ネイのその行動も当然のものだろう。

とはいえ、マティカの予想ではあまりいい結果は望めないだろうということで、こうしてダルカンとパーラを交えて話し合いをしていたわけだ。


この場には他にも護衛の騎士が数名いるのだが、彼らを差し置いてパーラがテーブルについているのは、冒険者として視点の異なる意見も欲しいからだそうだ。


「まぁ実際は今から考えても大したことは出来ないんだが、それでもやらないよりはましだということで、青風洞穴へ殿下が向かうという想定で色々と対策を考えようというわけだ。我々チャスリウスの騎士は、道中を殿下に同行できてもこの試練には直接関われないからな」

「それで、私達って護衛系の依頼ってやってこなかったじゃない?だからマティカさんとも相談して、殿下をどういう風に護衛するかってのも相談してるんだよ」


「そういうことか。ならそれには俺も加わらせてもらいますよ。パーラ同様、俺もネイさんから殿下の護衛役を任されることになりますから。あ、これ皆で食べましょう」


言いながらテーブルの上に包みを置く。

本当は帰ってからゆっくり味わおうと思ったのだが、大事な話をする席に着くなら全員で食べたほうがいいだろう。


「なになに?なんかおいしいの持ってきてくれたの?」

「今日厨房を手伝った礼で料理長に分けてもらったチーズだ。貴族の中でも一握りにしか出さないって最上級品をもらった」


正確には渋る料理長から恩を盾にして分捕ったとも言えるが、何でもすると言ったのは向こうなので文句は言わせない。


「ほう!ということはゼルバルファン地方の二年物か!一度だけ食べたことがあるが、あれは絶品だった。出来ればワインと一緒にいきたいところだが…」

「へぇ、僕は食べたことがないよ。楽しみだなぁ」


最上級のチーズという言葉に食いついてきたのは、マティカだった。

騎士であり貴族でもあるマティカであれば味わう機会もあったこのチーズを思い出し、だらしなく表情を緩めだした。

意外なことにダルカンもこれが初めてだということなので、このワクワク感を共有できそうだ。


早速使用人の一人にチーズの塊を託し、切り分けてもらうことにした。

張り詰めた話し合いになるであろうこのテーブルで、チーズでもつまみながら落ち着いた時間になることを望もう。









SIDE:ネイ




王城内にある執務室の扉から少し離れた位置に置かれた椅子にこうして座ってどれだけ経っただろうか。

昼間、ダルカン様の下へ届けられた試しの儀の内容について書かれた書簡を見て、すぐさまこうしてここに駆け付けたわけだから、二刻は優に経っているはずだ。

ふと窓の外に向けた目は夕日の赤に染まる空を捉えている。


本心ではこうしてただ座っているよりも、今すぐにでも執務室へと乗り込みたい思いに駆られているが、そこにいる目当ての人物は大事な会議の最中だということで、こうして待つしかできない。

そうしていると、すでに一度胸の内に沈み込んだはずの思いが再び首をもたげ始める。


試しの儀として選ばれたあの青風洞穴、あんな場所へまだ幼いダルカン様を向かわせるなど一体何を考えているのか。

いや、まず間違いなくヘンドリクス・ナスターシャ両殿下の息のかかった者が推したと考えるべきだろう。


ダルカン様が試しの儀を辞退するのを期待したのか、あるいは青風洞穴に向かって命を落とすのを期待しているのか。

簡単に済むような儀式が用意されるとは思っていなかったが、これはそのまま受け入れられるようなものではない。

アンディ達がいるとはいえ、ダルカン様が危険な目に合うのは可能な限り排除したい。

そのためには頼れるものはなんでも頼らせてもらう。


そんな風に考えを巡らしていると、見つめる先の扉から待ち望んでいた人物が姿を見せた。

すぐさま椅子から立ち上がり、速足で歩み寄りながら声をかける。


「伯父うっ―オレビア卿!」

「ん…?おぉ、ネイか。どうした、こんなところに…と聞くまでもないか。あの件だな?」


私の声に反応してこちらを向いた紳士然としたこの男性こそ、試しの儀の内容を決めた高位貴族の一人であり、私の父の兄、伯父であるテオーマ・スク・オレビア侯爵だ。

本人は表立ってどの殿下方の支持も口にしていないが、ダルカン様のために私と同調して動いてくれることが多い。


こうしてここに私がいることをすぐに理解してくれたのは話が早い。

早速試しの儀を再考してもらうように働きかける。


「はい。今日の昼、試しの儀に関する書簡を受け取り、その内容も検めました。その上で、儀式の内容の再考をお頼みしたく、こうして馳せ参じました」

「…ここでその話はまずい。少し場所を変えよう。付いてきなさい」


そう言って先に立って歩きだしたオレビア卿の後に続き、しばらく歩いた先の誰も使っていない部屋に二人で忍び込む。

扉を閉め、中の声が外に漏れる心配がなくなったのを待って再び口を開く。


「伯父上、一体どういうことなのですか!なぜ試しの儀に青風洞穴など!」

「順を追って話す。まずは落ち着くのだ、ネイよ」


薄暗い室内にありながら、その顔に疲労の色が十分に見て取れる伯父の様子に、この度の決定は伯父の望むものではないということがなんとなくわかった。


重そうにゆっくりと口を開いて語られたのは、想像していたものとそうかけ離れたものではなく、やはりナスターシャ殿下の派閥の貴族が儀式の内容の決定に大きくかかわっていたようだ。

当初、試しの儀の内容を決める話し合いに集められていた高位貴族達だったが、その決定に不正や偏りがないように公正な人選がなされたはずの話し合いは日を追うごとに少しずつ人が入れ替わっていき、気がつけばほとんどの人間が何かしらの派閥に影響を受ける者へと変わっていた。


「なぜそのような……もっと早い段階で気が付かなかったのですか?」

「緊急での領地への帰還、健康上の問題、職責上の不正発覚と理由は様々だが、どれも正当な理由で引継ぎがなされて行っての結果だったのだ。今にして思えば巧妙な手だが、それだけにナスターシャ殿下の暗躍を疑える」


話し合いの場には殿下方はおらずとも、その意を汲み取って話の方向を調整する人間が混ざっていたのであれば、ダルカン様に不利に動いたのは想像できる。

良くも悪くも搦め手を使わないヘンドリクス殿下には、こうも手際のいい干渉は無理だ。

となれば、やはりナスターシャ殿下の何かしらの根回しが影響を及ぼしたと考えられる。


「だとしても、伯父上がいたのならせめて青風洞穴に向かわせるなどの愚考は阻止できたはずでしょう」

「いや、そもそも最初に提案された試しの儀は、11貴族の下へと赴くものと、東山脈のドラゴン退治の二つだったのだ。最古の11貴族のほとんどが絶えている今、残されたドラゴン退治が試しの儀となるのだけは何としても防がねばならなかった。…今にして思えばそう考えるのすらもナスターシャ殿下の掌の上だったのだな」


チャスリウスの東にある山々には太古の昔からドラゴンが住んでいると言われていた。

実際にドラゴンの姿を見た人間はいないが、功名心に駆られたバカな人間がドラゴン退治に出かけていって、それっきりというのはよく聞く。

ドラゴンが本当に要るかどうかは別として、そこへ向かって帰ってきた者がいないという時点で、何かしらが原因で命を落とす危険は高いということだ。


「なんというっ…!ドラゴン退治など、王の器と何の関係があるというのですか!」

「まさにわしはそう言ったのだよ。その結果、青風洞穴に向かわせるという方向へと話が進んだ…いや、巧みに誘導されたと言うべきか」

「…言い出したのはどなたですか」

「ルエントロウ侯爵とその周りの者、つまりナスターシャ殿下の派閥と関りが疑える連中だな」


ルエントロウ侯爵家はナスターシャ殿下の母君と縁戚関係にある貴族家だ。

最古の血筋に連なる11貴族家の一つで、その影響力と発言力は同じ侯爵位にある者より強い。

派閥に名を連ねていなくとも、その縁で助力を求めたのだろう。


「ルエントロウ卿まで……それでは再考を申し出ても…」

「一顧だにされんだろう。…わしも先程までそのことでルエントロウ卿に話をしていたところだ。まだ幼いダルカン殿下を死地へ送り込もうというのなら、せめて供をとな」

「おぉ!それです、伯父上!それが通れば、私がダルカン殿下をお守りできます!」


本来許されない自国の人間の同行を例外的に認めてもらえるのなら、私の他に何人か手練れの騎士も連れていける。

ダルカン様をお守りできるのであれば、青風洞穴であろうと乗り込んで見せよう。


「わしとてそれが何とか飲ませたい条件ではあるが、恐らく無理だろう。既に一度決定したものをそう簡単に変えることなどできはしないのだからな。明日もう一度ルエントロウ卿と会ってなんとか譲歩を引き出してみるが、期待はするな」

「それでも今は伯父上にお頼りするのみです。どうか、よろしくお願いします」

「うむ。…さて、少し早いが夕食を共にせんか?久しぶりに可愛い姪と会ったのだ。話したいこともある」

「ええ、喜んで」


まだまだ安心できる段階ではないが、それでも僅かに好転の兆しが見えたことに一先ず焦燥感は和らいでいる。

確約ではないが、それでもこの伯父ならもしかしたらと思わせる頼もしさがあった。


ただ、何もかも十全にうまくいかないことの方が多い世の中だ。

ここに来る前に、マティカとパーラが対策を話し合うと言っていたし、もしかしたらそこにアンディも合流しているかもしれない。

彼は歳に見合わない賢しさがある。

私が戻る頃には何かいい案を思いついてくれているといいのだが。




SIDE:END

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