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8/8

8.従者(仮)

 あっという間にお姉ちゃんが退院、俺たちは家に戻る、のではなく。

 エトワール女学院の近くにある桜木家の別荘(貸し切られた億ション最上階)に住むこととなった。

 俺たちは入学までここに滞在して、お姉ちゃんは授業について行けるように勉強をさせられ、俺はもちろん従者のノウハウを叩き込まれることに。

 ゲームに書いてない展開でびっくりしたけど、気にしてもしょうがない。

 そして今日がその初日。

 お姉ちゃんのやつ「すばるが心配だーーー!」って嫌々言いながら勉強部屋に連行されたけど、勉強嫌いキャラじゃなかったのになんでだろう?

 俺はリビング(アパート一軒サイズ)の方で研修を受けるのでそっちへ行くと、そこにソファに座っているゆうきひとりしかいなかった。

 

「こんにちは! ゆ……お嬢様!」

「威勢がいいですねすばる様。でもゆっくりしていいわよ」

「いいの?」

「従者と言っても表向きの身分だけですもの」

「それはそうだけど……」


 そもそもなんで従者になった理由を思い出す。


『はるき様と貴方を守るためですわ』

『守るため?』

『考えてみてください、男嫌いの学校に男が入ったらどうなるのかを』

『そりゃ嫌われるよな。でも俺たちはゆうきに誘われた身だし、手が出されることはないのでは?』

『それもそうですわね、誘われた方は貴方だけの場合ならね』

『それはどういう?』

『わたくしは「はるき様とすばる様に助けられた」ということを公表したけれど、女性と男性の二人組、しかも女性の方ははるき様ほどの方になると』

『その功績はお姉ちゃんだけの物だと勝手に断定されて、俺を虐める理由にもなる、のかな? 実際その通りだけどね』

『……察しがいいのか悪いのやら。貴方がそう思うのならそれでいいですわ』

『でも従者になることとなんの関係が?』

『わたくしの所有物という揺るがない身分があれば、不満でも手が出せないということですの』

『なるほど。ありがとう、俺を心配してくれて」

『勘違いしないでください。貴方が虐められたらはるき様も悲しむ、それを阻止するためですわ」

『それでもだ。君みたいな優しい人に支えられて、お姉ちゃんもきっと楽しい青春を過ごせるよ』

『優しい……⁉︎ そのために貴方がわたくしの下僕になってもいいですの?』

『喜んで』

『この姉にしてこの弟あり、ですわね』

『?』


 ということで、俺が虐められないように表向きに従者ってことにしたってわけだ。

 原作のすばるは本当についてに入学したから男のはるきの功績を奪うことはないけど、今は違うんだもんな。

 俺はゲームと違う展開に向かっていることを痛感する。


「しかし本当にいいのか? てっきり作法とかを覚えさせられると思った」

「新学年までの時間は二週もありません、付け焼き刃の作法なんて無様を晒すことになるだけですわ」

「確かにそうだけど」

「それにこの学園は今、貴方の言う庶民サンプルを欲しがっていますの。作法ができたら参考にならないではありませんか」

「じゃあ俺はどういう研修を受けるんだ? 普段通りに行動すればいいし」


 俺の話を聞いて、ゆうきは顎に手を当てて少し考え込む。


「そうね、丁度いい時間ですし昼メシを作ってくださる?」

「いきなり料理してもいいの?」

「家事は一通りできるとはるき様に教えられましたわ。もちろん下手なものを食べさせたら承知しませんが」


 承知しないって、こっちは前世含めて貧乏人なんだけど。お嬢様の口に合う料理を作る技術なんて持ってないぞ。


「ちなみにリクエストは?」

「貴方の得意料理にしますわ。食材が足りないなら教えてください」

「マジ?」

「ご自身の分も作ってくださいね」


 俺の得意料理って、お嬢様どころか女の子の口に合わないこと確定じゃないか。

 しかし彼女はそれ以上返事しないので、とりあえずエプロンをつける。

 テストを受けた以上、全力でやらないとな。


「冷蔵庫……パンパンだ。これだけあれば作れるだろ」


 量は軽めに、味付けは彼女に合わせて濃いもので。普段は薄味ばっかだから心配はあるけど、なんとかなるだろう。

 いやっ、保険としてもう一品を……。

 半時間くらい過ぎたあと、


「出来たよー!」

「待ってましたわ」


 作った料理を食卓に並べたら、待っていたゆうきが訝しむ顔をした。


「これは……?」

「鶏ムネ肉のごま甘酢あえにブロッコリー添えて、蒸しムネ肉に醤油、サラダ、味噌汁と白米だけど」

「鶏ムネ肉が多いですわね……?」

「得意料理がそれだから。やはりダメだった?」

「いえ、頼んだのはわたくしですもの。嫌味を言う立場ではありませんわ」


 お嬢様ヒロインにしてはわがままを言わない、それは彼女の良いところでもある。

 でもやはり鶏ムネ肉料理は気が引けるか。

 食べてどんな反応をするのかを観察しようとすると、彼女はまた訝しむ顔で問いかけた。


「すばる様は食べませんの?」

「えっ俺?」

「ご自身の分も作ってくださいとおしゃったのですが」

「作ってはいたけど、今食べるの?」


 嘘だろ? ヒロインと二人っきりだけでもこわいのに、一緒に食事まで? サイドキャラの俺が?


「ダメですの?」


 椅子に座ってる彼女は上目遣いで俺を見つめる。俺と食べたい気持ちがなんとなくわかる。


「いえ、一緒に食べよう」


 俺の勝手な思い込みで彼女の気持ちを無下にするのは良くないよな。

 友だちだしね。


「「いただきます」」


 俺の分の料理を用意した後、彼女の向かい側の椅子に座って食べ始める。

 おいしい、鶏ムネ肉最高。

 彼女はどう思っているかを言うと、


「おいしいですわ」

「本当? よかった、口に合わないないかって心配してた」

「初めてですの、こんなにおいしい鶏ムネ肉を食べるの」

「そもそもムネ肉は食べたくなるような部位じゃないもんな」


 お嬢様なら尚更だ。


「ムネ肉が得意料理の原因はなぜですの?」

「ムネ肉は高タンパクで低脂質だから健康にいい。しかもめっちゃ安い。それが原因で毎日これしか食べてない時期もあったくらいだ。気づけば得意料理になった」


 筋トレをガチるとこれが主食になっちまうからな。もしうまいムネ肉料理が作れないと死活問題になりかねない。そのせいで前世ではアホほどレシピを調べた。


「それは、苦労なさってましたわね」

「まあな」


 なぜかゆうきに哀れみの目線で見られた。

 レシピがわからない頃は苦しんでいたのは確かだけど。食事というご褒美がご褒美になってないから辛かった。

 しかしゆうきのやつ、「最高級…ディナー…こ馳走…」みたいなことをぶつぶつ言ってるけど、どうしたんだ?


「すばる様、良ければ貴方の昔話をもっと教えてくれませんこと?」

「いいけど、どうして?」

「興味がありますの。貴方とはるき様はどういう生活をしていたのかを」

「面白い話とかはあんまりないけど、いいのか?」

「構いませんわ」


 面白半分の質問だと思ったけど、彼女の顔が結構真剣で、少し驚いた。

 本当の理由ははわからないが、食べ終わった後でも俺はしばらく彼女の言う通り自分の過去を話していた、前世の話も少し混じってな。

 その後俺は軽い家事をさせられ、他の使用人に挨拶、学校に入ってからのルーティンの共有などのことをさせられた。

 たくさんのことをしたけど別に疲れるとかはなかった。従者と言っても結構手加減してくれていることがわかる。

 夜になって俺は自室に戻り、手無沙汰のままキングサイズのベッドに寝そべる。

 お姉ちゃんとお話でもしようと思ったけど、


「あわわ、因数分解もうやだぁ」

 

 彼女は頭から煙が出るくらいに疲れてたので、「お疲れ様」の言葉とホットミルクだけ渡した。

 こんな何事もない夜は久しぶりな気がした。病院に入って、そしてここへの引越し、この数日間は忙しかった。

 せっかく暇だし、俺は相変わらずボロボロのスマホを持ち出してチャットアプリを開いた。

 そして「ツッキ」とのチャットを選択する。

「今暇?」というメッセージを送っただけで、相手はボイスチャットの誘いで返した。


『もしもし、ツッキ?』

『こんばんわ、アズル』


 スマホのスピーカーから綺麗なハスキーボイスが聞こえてくる。その声の持ち主がツッキだ。ちなみに男、喋り方が妙に堅いのが特徴。

 アズルというのは俺のユーサー名で、ツッキは相手のユーサー名の「Blood_Moon」から月を取った略称。

 俺とツッキは記憶を取り戻したばっかの頃からの知り合い。やることなくスマホのシューティングゲームで遊んでいたら彼とマッチングしてしまって、コンビネーションプレイがめちゃくちゃうまくいったからそのまま友だちになった。


「ツッキ暇? お話しする?」

『私はいいですけど、アズルはどうしたんです? 全然ログインしないから心配してましたよ』

「ごめんごめん、ちょっと用事あって」

『用事? 大丈夫? あなたの家って結構大変でしょう』

「はは、まぁ隠すことじゃないけど。ちょっと病院に入っちゃって」

『病院!!!!???』

「うわっ」


 声が大きすぎてびっくりした。


『病院って、どうして⁉︎ 病気⁉︎』

「違う違う、揉めことに巻き込まれた人を助けようとしたら喧嘩になったんだ」

『怪我ってこと⁉︎ やばいじゃないですか⁉︎』

「そもそも入院したのは俺じゃなくてうちの姉で、ほとんど無傷。助けた人が心配だから病院に連れてかれただけだ」

『そっか、ならよかったです。でもお姉さんは確かバイト戦士ですよね、シフトは大丈夫?』

「あっ」

 

 そこまで踏み込んだ話をしてもいいか、と一瞬戸惑った。

 ツッキにはうちの状況を少し共有してはいるが、それ以上のことは……。

 まぁいいっか。


「なんかさ、助けた人が色々と援助してくれて、しばらくバイトしなくてもいいってなった」

『アズル、小説の読みすぎですか?』

「う、うるせえ! そんなこと言わなくてもいいじゃん」


 どうせ信じてくれないと思った。

 だってこれは実際エロゲの展開だから。

 しかし信じて貰えてないことはそれはそれでムカつくな。


『そういう傾向があると思ってましたけど、手遅れですね』

「はいはい、しかもその人に誘われて女子校に行くことになったもん、ベー」

『うおっ、やばすぎますって、妄想と現実の区別ができなくなってるんじゃないですか』

「もうこと話やーめた! 楽しい話しようや!」

『楽しいのはあなたの脳みそですけどね』

「うるせー! そんなツッキには俺の見つけ超エロイラスト絵師の情報を教えないー」


 君のせいだぞ! 俺にこの手を使わせたのは。

 さあどんな反応するのかねぇ。


『マジ⁉︎ 謝りますから、教えてくださいよ!』


 やはり男は性欲に勝てなかった。


「誠意によるな」

『このグラビアの写真で交換するのはどうですかね旦那〜』

「はいっ和解ー」

『グヘヘへへ』

「グヘヘへへ」


 俺は寝る時間までツッキと猥談を続けたのだった。

 やっぱり持つべきものは友だちってね。


ー???視点ー


「お疲れ様」


 アズルとお疲れ様を交わし、私はチャットを切った。


「今日も楽しかったね」


 アズルと知り合ってから、毎日が楽しくて仕方がない。

 もっと早く彼と知り合っていたら、きっと私も……。


「しかし彼、変なこと言ったな」


 人を助けて、恩返しを受けて、男の子なのに女子校に行くなんて、まるで小説や漫画の話みたい。

 彼と彼の姉が、女子校に……。


「あれっ」


 そういえば、桜木さんから一般人の姉弟が学校に転入する話があったね。

 確か、彼女を助けた恩返しに……。


「ま、まさか」


 そんな都合のいい話なんてあるかな? 転入した男の子はネットの知り合いとか。

 でも、もしそれが本当だとしたら、


「本当の私でも、仲良く接してくれるのかな?」


 そんな都合のいいことを妄想しながら私は眠りについた。


ー???視点・完ー


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