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 本当に信じてくれたのだろうか。頭のおかしい奴だと思われなかったか。僕は不安になった。さらに言葉を重ねる。


「変な話かもしれないけど、本当なんだ。やけにリアルで、ただの夢としてかたづけられないんだよ」


 下川は僕の言葉をさえぎるように、てのひらをこちらに向けてスッとあげた。


「待て、早まるな。ただの夢だとは言ってない。おまえが面白半分でうそをつくような人間じゃないこと、わかってる。しかし、引っかかるところがあってだな。あと、ちょっと思い出したこともあるんだ」

「思い出したこと?」


 僕がそう言ったら、下川は強くうなずいた。


「ああ、昔……といっても、ずいぶん前。小学生のときのことだけど。クリスマスプレゼントでさ、分厚い本をもらったんだよ。宇宙とか不思議な話とかがあってさ。最初は、うげーと思って気が進まなかったのだけど。試しに、ちょこっとだけ読んでみたんだ。そうしたら、めっちゃ面白くてさ。あっというまに読んじまったんだ」


「へえ……」


 まさか、下川の思い出話に付き合わされるとは思ってみなかった。少々面食らいながらも話の続きを待つ。

 下川は声を低くした。


「ここから話は肝心だぞ。その本の中に、パラレルワールドの話があったんだ」

「パラレルワールド?」

「SFによくあるだろう。サイフェンス・フィクションの用語だよ。無数にあると言われてる平行世界のことだ。つまりさ、かんたんに言うと、IFイフの世界なのさ」


 下川は話しながら手帳とペンを机の上に置いた。白いページを一枚ピリリと破く。

 その紙に、左から右へと線をまっすぐひいたあとで。ペンの先をトンと机に打ちつけた。


「この一本の線が、俺たちのいる世界の時間軸だ」

「あ、ああ」


 下川は一本線の途中に黒い丸を書きこんだ。丸の上部にアルファベットのAと殴り書きをする。そして、僕の顔をじっと見つめた。


「この時間軸の途中、Aの時点で問題が起こって選択を迫られたとする。そうだなあ。たとえば、昼飯に何を食おうか迷ったとき、よくあるよな。天丼にするか、カツ丼にするか」

「うん」

「で、あれこれ考えて天丼にするだろ。それで天丼が来るのを待つ間にさ、他の客がおいしそうにカツ丼を食べているのを目撃しちゃって。俺もやっぱりカツ丼にすればよかったなあ、と後悔したことないか? ちなみに俺は経験あり」


 僕はポンと手をたたいた。


「ああ、あるある。僕もあるよ。でも、それと彼女とどんな関係が……」


 下川は僕の顔の前に指を二本たてた。


「そのとき二つの選択肢があらわれたことで、俺たちの世界の時間軸にも二つの道があらわれたんだ」

「え?」

「ひとつは天丼、残りのひとつはカツ丼の道だ。そこまではわかるか?」

「うん、なんとか」

「俺たちの世界の時間軸は、天丼の道へと進むことになった。だが、もうひとつの道であるカツ丼の方はどうなったのか、というと。ややこしい話なんだが、消えたわけではないんだよな。こことは別の世界として存在してるわけ。要は、こういうことさ」


 下川はペンの先をAの黒丸の上に置いた。そこから斜め右上に向かって短い線をひく。その途中で再び真横に長い一本線を描いた。


「見ろ。今書いたこの線がパラレルワールドだ。これをおまえの境遇にあてはめると……」


 紙の上には、二つの世界の時間軸が出現していた。最初は同じ一本線だったのに、途中で分岐して、そのあとは交わることなく平行し続けたままだ。

 僕は愕然がくぜんとした。


「なあ、下川。おまえの言いたいことは、こういうことか?」

「ん?」

「あるポイントで、僕と彼女が出会った世界と、出会わなかった世界とに時間軸がわかれた。僕が夢に見たあの世界こそが、パラレルワールドだったんだ。そうなんだろう?」


 普通なら信じられない話だが、下川の唱えた説には強い説得力があった。今まで疑問に思っていたことが、パズルのピースのように次々はまっていく。

 下川は躊躇ちゅうちょすることなく解説を続けた。


「理由はわからないが、おまえは眠ってる間だけ、彼女の存在する世界へトリップしているようだ。透明人間だったわけも、それですべて説明できる。向こうでは存在してはいけない人間なんだからな。彼女にしか、おまえの姿が見えなかったのは……。これは俺の推測だが、それだけ彼女のおまえへの想いが深いせいだろう」


 すべてが思い当る。

 僕は思わず頭を抱えた。


「初めて出会ったとき、彼女は僕のことを知っていた。僕を恋人のような目で見た。ということは、向こうが僕と彼女が出会った世界で、こっちが出会えなかった世界なんだ。くっそう、なんでなんだよ。なんでこうなるんだ。僕たちは出会ったら、だめだったんだ……」




 胸の奥がざわざわする。

 ざわざわ、ざわざわと。




 浮かび上がるシルエット。

 あたたかくて優しい微笑み。信じられないほど澄んだ、きれいな瞳。




「はるか……」


 情けない、震える声でそのひとの名を呼んだ。




 僕がいなくなったら、君は泣いてくれるだろうか。





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