後編第18章 「総員敬礼!我ら、防人の乙女!」
「じゃあ、和歌浦マリナ少佐の大切にしている物は何ですか?」
当然、そういう質問をしたくなるよね。うん、素直でよろしい!
「正直、守るべき物は沢山あるよ。人類防衛機構の理念や正義はもちろん守るべきだし、管轄地域である堺県堺市と、その住民の方々は保護対象だよ。でも、一番守りたいのは、『友情』かな?」
このように言い終えたマリナちゃんは、まるで助さんと格さんのように両サイドで控えている、私と英里奈ちゃんへと視線を送るのだった。
「友情は、正義や管轄地域とかよりも、大切なんですか?」
特命遊撃士養成コースへの編入を控えているだけあって、随分と鋭い所を突いてくるよね。この子ったら。
「そうじゃない。私の場合だと、それらの全てに友情が直結してくるんだ。例えば、この街にも、そこに住む人々にも、私と友達の共通の思い出が刻まれている。だからこそ、ずっと守っていきたいと思う。」
マリナちゃんの話に聞き入っているのか、神妙な顔付きをした少女は頷くばかりで口を挟もうとしない。
「大好きな親友と共有出来るからこそ、同じ正義や理念を守ろうと思える。そして、親友と共に所属している人類防衛機構にも、自然と愛着が増してくるんだ。そして私が思っているのと同じか、それ以上に、友人達も私を信じて愛してくれている。そんな最高の友人達に応えようという思いが、今の私を支えている原動力なんだよ。」
マリナちゃんの独白を聞き終えるや、ばつの悪そうな表情を浮かべて、私と英里奈ちゃんの顔色を伺っている子達がいるよ。
私や英里奈ちゃんの事を事あるごとに「あんな2人」呼ばわりした子達だね。
「ねえ、那美ちゃん…」
「一緒に謝ろうよ、伊砂里ちゃん…」
互いに顔を見合わせた民間人少女達は、私と英里奈ちゃんのもとに、おずおずと歩み寄って来たんだ。
「本当にごめんなさい、生駒英里奈少佐、吹田千里准佐…」
これはまた、随分深々と頭を下げたよね。
不祥事を起こした政治家とか企業経営者とかが、記者会見で示している「謝罪の意」を思わせるよ。
まあ、心から悪いと思っているかどうか、仮に心から悪いと思っていたとしても、そのレベルがどれくらいかまでは、端からは分からないんだけどね。
「私達、和歌浦の君をお慕いするあまり、お2人に対して、あんなにひどい事を言ってしまって…」
生意気盛りなあの子達でも、こんな神妙な顔を出来るんだね。
少し感心しちゃったよ、私。
「えっ…?あっ…!あっ、頭をお上げ下さいませ!そんな、私達は…」
「落ち着こうね、英里奈ちゃん。大丈夫だから。」
ここで狼狽えて隙を見せたら、また民間人風情に舐められちゃうからね。
もう少しビシッとして貰いたい所だよ、英里奈ちゃんには。
うーむ、仕方ない…
英里奈ちゃんの後を受けて、ここは私が締めよう。
正直、私のキャラじゃないけど。
「大丈夫、私達は気にしてないよ。大好きな思い人を前にしちゃうと、つい我を忘れちゃう事ってあるよね?君達も、友達を大事にしてあげなよ!」
私は右手の親指を立て、爽やかな笑顔を決めて器の大きさを示したつもりだったんだけど…
「あ…はい…」
ちょっと余計だったかな、「大好きな思い人」の下りは。
恐れ入ったのか、はたまた図星だったのかは分からないけど、顔が真っ赤だよ、民間人の子達。
私、少し鎌をかけただけのつもりだったんだけど。
そこまで顔を赤くするなんて、そんな趣味でもあるのかな、君達には?
マリナちゃんは、そんな私達と民間人少女集団のやり取りを尻目に、少女への受け答えのまとめに入ろうとしていた。
「君もきっと、特命遊撃士養成コースで沢山の友達に出会えるよ。そういえば、名前を聞いていなかったね?養成コースに近々編入するって事は、支局で顔合わせする機会も当然ある訳だし。」
「あっ!はい、和歌浦マリナ少佐!私は堺市立御幸通小学校5年3組出席番号1番、安土辺千夜子です!」
幼稚園か小学校の体育の授業で仕込まれたのであろう、「気を付け」の姿勢。
いかにも、「無垢な民間人」って感じで可愛いよね。
とは言え、これも近いうちに、人類防衛機構式の敬礼に取って変わられちゃうんだよなあ…
そう考えると、貴重な一瞬だよね。
「そう…千夜子ちゃんって言うんだ。いや…養成コース編入となれば、安土辺千夜子准尉だね。」
千夜子ちゃんの頭を再び軽く撫でると、長い前髪で右目を隠した少女は、クールな美貌をキリッと引き締めたんだ。
「我々人類防衛機構は、貴官の編入を心から歓迎するよ、安土辺千夜子准尉。総員、整列!」
マリナちゃんの号令を受けるや否や、私達は速やかに隊列を組み、未来の戦友に向き直ったの。
「安土辺千夜子准尉に、敬礼!」
「敬礼!」
特命遊撃士養成コース編入予定とはいえ、相手は1人の民間人少女。
だが、例え捧げる相手が1人の民間人であろうとも、私達の敬礼には、一分の隙もなければ手抜きもない。
それが、防人の乙女である私達の誇る、誠意と気概だからね。
「ありがとうございます、諸先輩方!この安土辺千夜子、諸先輩方を御手本と致して、誉れ高き防人の乙女の一員となるべく、養成コースでの訓練に励む所属であります!」
満面の笑みを浮かべた特命遊撃士志望の女子小学生は、すぐさま表情を精一杯引き締めると、右拳を胸元に押しあてる姿勢を取るのだった。
少しぎこちないけれど、真っ直ぐな正義感に裏打ちされた、初々しい敬礼だね。
養成コースの基本教練には、敬礼の練習も組み込まれているから、千夜子ちゃんもすぐに正式の敬礼が出来るようになるよ。
だけど、その真っ直ぐな正義感と初々しさは、どこかに残っていて欲しいかな。
「改めて凄いよね、人類防衛機構の子達って…」
「うん!全くだよ、那美ちゃん…」
年若き特命遊撃士志望者の見せた、初々しくも凛々しい決意表明を祝福するかのように、いつの間にやらパイプ椅子に着席していた民間人少女達が、朗らかな笑顔で拍手を打ち鳴らしている。
その軽やかな拍手の音色は、地下射撃場の壁面に、いつまでも心地よく響き渡っていた。
本編は、この章で終了です。
つつじ祭3日目(元化25年5月5日)に行われた「皐月の演武」の模様は、第3話「堺電気館のスクリーンに誓え!」の第3章で描写されています。




