後編第16章 「神技、ワンホールショット!」
続いてモニターに表示された標的の画像は、全弾命中こそしているものの、私の射撃結果よりも着弾位置のばらつきは大きかった。
4発に1発程の割合で、耳や肩を辛うじて捉えたような弾痕が見受けられる。
「こちらの画像3枚は、生駒英里奈少佐の射撃結果でございます。」
モニターに大写しにされた証明写真の英里奈ちゃんは、何とも不安そうな浮かない表情を浮かべていた。
養成コースを修了し、正規の特命遊撃士として少尉の階級を賜ったばかりの3年前に撮影された写真だから、新環境に適応出来るかどうかの危惧から、こんな表情になったのだろう。
でも、今の文脈で表示されると、自分の射撃結果がいささか見劣りする物である事を思い悩んでいるように見えてきちゃうから、不思議だよね。
「御覧頂きました通り、見事に全弾命中ですので、総合評価は80点の『優』評価でございます!」
証明写真の予期せぬ効果に気付いたのか、北加賀屋住江一曹も、そんなに突っ込んだ事は言わずに、さらっと流したね。
「英里、そんなに気にするなよ…『優』評価じゃないか。銃器以外の武器を個人兵装に選んだのに、ここまで高水準の成績を出せるのは、凄い事だよ。」
「は…はい…」
モニターに表示された証明写真以上に暗い表情を浮かべている英里奈ちゃんを、マリナちゃんが慰めている。
私と英里奈ちゃんの結果発表の順番、逆の方が良かったのかな…
でも、准佐の私の射撃結果が、少佐の英里奈ちゃんよりも後に発表されるのは、何か変だしね…
そんな具合に私が巡らせていた出口の見えない思考は、地下射撃場に朗々と響く明るい声で、バッサリと断ち切られたんだ。
「それでは続きまして、和歌浦マリナ少佐の射撃結果に移らせて頂きます!皆様、モニターを御注目下さい!」
助かるよ、北加賀屋住江一曹!
この重苦しくなり始めた空気を、明るいアナウンスで切り替えてくれて!
「え…?1発だけ?」
モニターに表示された3枚の標的画像を見て、パイプ椅子に座っている民間人少女達が、口々にどよめきの声を上げる。
黒い人影の眉間を正確に捉えた弾痕が1つあるだけの標的画像。そんな画像が3枚、まるでコピー&ペーストをしたかのように並んでいる。
「ああ…!『あれ』をやったんだね、マリナちゃん?」
「成る程…『あれ』ですか、マリナさん?」
その趣向に気付いた私と英里奈ちゃんに、マリナちゃんは笑いながら釘を刺したのだった。
「種明かしはまだだからね、英里、ちさ。」
軽く人差し指を振る仕草が、何ともスカしていた。
そんな私達とは対照的に、見学者席はさながら、お通夜の席みたいだったね。
「そんな…和歌浦マリナ少佐が1発しか命中させられないなんて…」
「あれじゃ、最下位は確実だわ…信じられないわ…あのマリ様が、まさかあんな2人に負けるなんて…」
ここまで引っ掛かってくれるのなら、今の趣向を凝らしたマリナちゃんとしても本望だろうね。
随分な御挨拶も混ざっていたような気がするけど、聞かなかった事にするよ。
どうせ下手人が誰かは、もう分かっているし。
「これ、何かの間違いじゃないんですか?さっきの2人のうちのどちらかと、結果が入れ替わっているんじゃ…」
納得の出来ない民間人少女の1人が、北加賀屋住江ちゃんに食って掛かっているけど、端末操作担当の一曹は至って涼しい顔だ。
「この3枚の画像は確かに、和歌浦マリナ少佐の射撃結果です。しかしながら、皆様の疑問も当然至極の物でございます。それでは皆様、こちらの映像を御覧下さい。」
そうして大型モニターの液晶画面に表示されたリプレイ動画には、射撃体勢を取るマリナちゃんの後ろ姿が写されていた。
一応、標的も同じフレーム内に入ってはいるものの、25メートルも先だから、今一つ分かりにくいだろうなあ。
大型拳銃の引き金に力が加えられるや、一気にズームしたカメラが標的をくっきりと捕捉した。
標的に描かれた黒い人影。
その眉間に初弾が命中し、風穴が穿たれる。
ここまでなら、特命遊撃士養成コースに通っている小学生の子達でも、それほど難しくはないんだよね。
凄いのは、ここからなんだよ。
その次の瞬間、パイプ椅子に座った民間人少女達が、思わず身を乗り出して「あっ!」という驚愕の叫び声を上げる。
続く2発目と3発目の銃弾もまた、眉間に目掛けて直進し、初弾によって穿たれた風穴をそのまま通り抜けたのだ。
残る2発の銃弾も、先の風穴を1ミリも押し広げず、なぞったように全く同じ軌跡を辿った。
「皆様、御覧頂けましたでしょうか?和歌浦マリナ少佐は、12発の弾丸を全て、最初に撃ち抜いた眉間に命中させたのです!そして驚くなかれ!その着弾位置には、1ミリのズレもありません!」
いささか興奮気味な北加賀屋一曹のナレーションをBGMにして、大型モニターは射撃場の中継映像を流していた。
マリナちゃんが入っていたレーンの、標的後方のバックストップ。
その無機質な空間に立ち入っているのは、上牧みなせ曹長だ。
バックストップに張られた、銃弾を受け止めるゴムシート。
グレーのゴムシートのうち、上牧曹長が指差した一点を、カメラがモニターへと大写しにする。
ゴムシートには、1発のフルメタルジャケット弾が、浅くめり込んでいた。
「あれっ?!残りの11発は?!」
予測していた客席の反応に、上牧みなせ曹長は軽く微笑すると、トレンチナイフを取り出した。
銃弾がめり込んだ周囲のゴムシートに、上牧みなせ曹長がトレンチナイフを深々と突き刺し、銃創を切り裂いていく。
ザックリと切り広げられたゴムシートの銃創からは、フルメタルジャケット弾がバラバラとこぼれ落ちていく。
その数、正確に12発。
「正確に1ミリのズレもなく、最初の着弾点に2発目以降を命中させる技術は、『ワンホールショット』と呼ばれています。和歌浦マリナ少佐の射撃技術がいかに優れているか、皆様にもお分かり頂けたかと存じます。」
住江ちゃんのアナウンスに、応じる者は誰1人としていない。
見学者席は、まるで水を打ったかのように、すっかり静まりかえっていた。
無理もないよね、あんな神業を見せつけられちゃったんだから。
「総合評価は満点の100点に芸術点10点と技術点10点を加算しての120点。文句なしの『優』評価でございます!これにて、公開射撃演習13時30分の部を終了致します。引き続き、第25回つつじ祭をお楽しみ下さい。」




