前編第13章 「両親の悔恨、そして娘の葛藤」
いくら姉代わりとはいえ、登美江さんは英里奈ちゃんの御屋敷に雇用されている秘書兼メイドの身の上。
そんな登美江さんに身銭を切らせてしまっては、雇い主の娘として、道理も立たなければ申し訳も立たない。
そんな英里奈ちゃんの考えも、ごもっともだね。
「この登美江の懐具合を案じて頂き、恐れ入ります。しかしながら、英里奈御嬢様。御心配は御無用でございます。」
もっとも、そんな英里奈ちゃんの考えなんて、姉代わりの登美江さんには筒抜けだったみたいだね。
軽く頭を振って、財布を出そうとする手を、やんわりと差し止めたよ。
「この『メイドカフェ ビクトリア』に於きまして支払う金子の出所は、この登美江のポケットマネーでは御座いません。全ては、御館様と奥方様の御心遣いで御座います。」
「そっ…!それは本当ですか、登美江さん…?!」
またしても、グッと身を乗り出した英里奈ちゃん。
どうやら、よっぽど意外だったんだね。
御両親が自分と登美江さんに気遣いを見せてくれた事が。
「要するに、つつじ祭における登美江さんの遊行費を、英里奈ちゃんのお父さんとお母さんが出してくれたって事?」
こうして京花ちゃんが念を押したくなるのも、無理もないよね。
それにしても、「御館様」とか「奥方様」なんて単語、うちのおばあちゃんが再放送で見ている時代劇ぐらいでしか、久しく聞いていないよ。
「仰せの通りで御座います。先刻申しました通り、御館様も奥方様も、共に御忙しい御体。つつじ祭への来場は断念せざるを得ませんでした。そうして白羽の矢が立ったのは、つつじ祭にプライベートで来場しようと考えていた、この登美江でした。『私達の代わりに、第25回つつじ祭での一時を英里奈と楽しく過ごして貰いたい。私達には、精々これぐらいしか出来ないけれど。』。御館様と奥方様は、このように仰せられて、この登美江に金子を託して下さったのです。」
英里奈ちゃんと京花ちゃんの質問に、一まとめで答えたね、登美江さん。
「父と母が…?」
スパークリングワインのボトルをテーブルに静かに立てた登美江さんに、英里奈ちゃんが意外そうに問い掛ける。
「英里奈御嬢様が御幼少のみぎり、御館様と奥方様の行われた教育方針は、それは厳格な物であったと、父から承っております。英里奈御嬢様が、御館様と奥方様を苦手に思われているのも、無理からぬ事。」
登美江さんの話を無言で聞いている英里奈ちゃんは、何とも憂鬱そうな表情を浮かべていたんだ。
特命遊撃士養成コース編入以前の出来事は、英里奈ちゃんとしても、積極的には振り返りたくない思い出なんだよね。
こう言っちゃったら英里奈ちゃんの御両親に悪いけれど、親のエゴの犠牲になって苦しむのは、何時だって子供なんだよね。
いくら「子供のためを思って…」という美辞麗句で飾ったとしても、「親のエゴで子供に忍従を強いた。」って結果は変わらないんだから。
「御館様も奥方様も、当時の事を御悔やみでいらっしゃいます。『2度とない多感な時期を、辛く苦々しい記憶で塗り潰してしまった。親として取り返しのつかない事をしてしまった。』と、いつぞやにおっしゃっていました…」
英里奈ちゃんの御両親も、それなりに反省はしているんだよね。
それが、せめてもの救いかな。
ただ、いくら反省したとしても、英里奈ちゃんが小さかった頃に戻って子育てをやり直すなんて事は、出来ない相談だからね。
落花は枝に返らず、破鏡は再び照らさず。
後悔先に立たず。
昔の人は、上手い事を言ったものだよ。




