前編第11章 「アルカイックメイドの陣中見舞い」
「京花さん色の居合いですか…はっ!?」
かおるちゃんの一言を何気無く復唱する英里奈ちゃんが、素っ頓狂な声を上げて身を翻したの。
「素晴らしい御友人に囲まれていらっしゃるのですね。その事を改めて確認出来て安心しましたよ、英里奈御嬢様。」
素っ頓狂な声を上げる英里奈ちゃんの視線の先に立っていたのは、メイド服を身に付けた年若い女の人だった。
第2支局所属メンバーではないのは明らかだった。
何しろ、メイド服がしっかり板に着いているからね。
にわか仕込みの私達の着こなしとは、雲泥の差だよ。
スカートがロング丈なのも、いかにも本式っぽい。
白いヘアバンドは、ヘッドドレスの代わりだね。
見せかけだけの半端な華美さに頼らない質実剛健な機能美は、一朝一夕では出せないよ。
腰まで伸ばされたストレートヘアーは、鮮やかなピンク色。
長めに処理されたサイドの髪は、どことなく英里奈ちゃんに似ているよね。
上品な美貌や柔らかい物腰も、英里奈ちゃんによく似ているけど、内気でビクビクした気弱さが目立つ英里奈ちゃんとは違って、落ち着いた温和さと包容力が感じられるね。
「登美江さん…いらしていたのですか?」
ピンク髪のメイドさんを見つめる英里奈ちゃんが、意外そうな声で呟いた。
そう。
この温和な笑顔が素敵なメイドさんこそ、それまでの厳格な教育方針を反省した生駒御夫妻が招き入れた、秘書にしてメイド、そして英里奈ちゃんの姉代わりの1人3役を務める白庭登美江さんだよ。
「左様で御座います、英里奈御嬢様。旦那様は本日、大浜少女歌劇団の株主総会に御出席。奥方様は、鹿鳴館大学新講堂の地鎮祭、そして鹿鳴館大学理事会に御出席。御2人共に御多忙を極めましたため、この登美江が代理として参りました次第で御座います。」
こうして言い終えた登美江さんの御辞儀は、実に美しい。
それにしても、名家の御当主とその奥方様って、しがらみが多くて多忙だから、責任重大で大変だよね。
「いえ…登美江さんがいらして下さっただけでも、私は充分…」
私としても、登美江さんが来てくれて、内心ではホッとしているんだ。
何しろ午前中は、私の母と祖母が様子を見に来ちゃったからね。
気持ちは有り難いんだけど、多忙な御両親の来場を端から諦めている英里奈ちゃんの気持ちを考えると、素直には喜べなくてね。
オマケに、2人とも「ワインは性に合わなくって…」とか言って、私が薦めたスパークリングワインを頼まずに紅茶とケーキで帰っちゃったから、なおの事、英里奈ちゃんには申し訳なくって…
その点、例え身分上は秘書だとしても、姉代わりの登美江さんなら家族も同じだからね。
「御久し振りです。千里様、京花様、マリナ様。日頃から英里奈御嬢様と仲良くして頂きまして、この登美江、誠に恐悦至極で御座います。」
私達に視線を向けた登美江さんは、右足を軽く引き、両手でメイド服のロングスカートを摘まんで持ち上げると、頭を深々と下げた。
今度はカーテシーと来たよ、登美江さん。
特命遊撃士という立場上、基本的に遊撃服のミニスカしか履かない私達には、逆立ちしても出来ない芸当だね。
今だって、ミニ丈のメイド服だし。
まあ、逆立ちなんかしたらカーテシーなんて余計に出来ないけどね…
「御無沙汰してます、登美江さん。私が昏睡状態で入院していた間は、登美江さんにも御心配をおかけしちゃいました。それと、快気祝いとして御馳走して下さったサングリアは、本当に美味しかったです。」
こうして頭を下げる私だけど、この会釈も登美江さんのと比べたら、全くなっていないんだろうな。
そんな私も、敬礼と捧げ銃だったら負けていないんだけどね。
「そうおっしゃって頂けると、この登美江と致しましても仕込み甲斐があるという物ですよ。またいつでもいらして下さいね、千里様。」
そう言えば、こうして登美江さんと直接会うのは、退院の挨拶をした時以来だったっけなあ。
何しろ、昏睡中に遅れていた勉強を取り戻すのに必死だったから…
「英里は…!もとい、英里奈さんは私達の大切な親友です。」
マリナちゃんったら、英里奈ちゃんの呼び方を慌てて修正しちゃっているよ。
「いやいや。そんなにかしこまらないで下さいよ、登美江さん。英里奈ちゃんに御世話になっているのは、私の方なんですから。英里奈ちゃんには居合い抜きの練習に付き合って貰って、本当に助かってます。」
「京花様御出演の『皐月の演舞』の御噂は、英里奈御嬢様より承っております。何でも、御子柴高等学校の廃棄予定だったバレーボールを全て使い切る程の、それは過酷な特訓で有らせられたとか…」
間違ってはいないんだけど、どうもニュアンスがズレている気がするんだよね。
登美江さんにどのように伝えたの、英里奈ちゃん?
「今日は英里奈御嬢様の御様子を伺いに参った次第ですが、『皐月の演舞』に臨まれる京花様と御会い出来たとは、物怪の幸い。此度の訪問には、京花様の陣中見舞いの意も含ませて頂こうかと存じます。」
随分と仰々しい事になって来たなあ、「陣中見舞い」だよ…
「よろしければ、登美江さんも御一緒しませんか?幸い、テーブルには余裕がありますので、椅子さえ持って来させれば充分に事足りますよ。」
マリナちゃんが言うや否や、小型の個人兵装の子達によって、登美江さんの分の椅子がすぐさま運ばれて来たの。
こういう具合にキビキビと動けるのが、人類防衛機構所属の「防人の乙女」たる私達の自慢なんだ。
自衛隊や警察組織でも、人類防衛機構OG達の動作の素早さと手際の良さは、高く評価されているよ。
そのため、どちらの組織でも人類防衛機構OG達は一大派閥。幕僚長などの高官から下士官までの全員が、人類防衛機構OGで構成された「特命自衛隊」という部隊が作られるぐらいなんだ。
「大浜大劇場の英雄からの御誘いとは、何たる光栄。この登美江、恐悦至極に存じます。それでは末席に着かせて頂きましょう。」
厳密に言ったら、末席か下手に座るべきなのは、准佐である私なんだろうね。
何しろ他の友達3人は少佐だから、私から見れば1階級高位の上官にあたる訳だし、登美江さんは言わばお客さんだしね。
それにしても英里奈ちゃんったら、こないだの「吸血チュパカブラ駆除作戦」の顛末を、相当大袈裟に伝えているみたいだね。




