第二十二話 幽霊船と罠
多少の設定の齟齬は見逃したほうが楽しく読める予感……。
宇宙空間の設定に多少嘘が混じっていてもいいじゃない! フィクションなんだもの。
一輝たちが目指す開拓放棄宙域は、海王星公転軌道の外側に位置する領域だった。
太陽の恩恵を受けられる生命居住可能区域の遥かな外側、エッジワース・カイパーベルト天体と呼ばれる小天体が無数に存在するこの宙域は、居住にはもちろん、資源的にも開拓する意味のない宙域と見られている場所である。
第七艦隊の駐留地をたって、およそ半日が過ぎていた。適度に休憩をはさみつつ、特に大きな問題もなく、彼らは問題の宙域のすぐそばまでやって来ていた。
「鳩ノ巣司令、あと十分ほどで到着いたしますわ」
操縦槽のふちに小さなお尻をおろして、ブリジッタはその華奢な脚だけ浸した状態で、一輝の方を見た。膝から下を水の中に落とし、ツンと伸ばしたつま先で、バタ足みたいに軽く水を蹴っている。
操縦槽の中に入っている液体は、当然、ただの液体ではない。だから、ずっと入っていても体がふやけてしまうという事はないし、疲労的にも普通に外にいるのと大差ない。
にもかかわらず、彼女たちは時々、外に出て休んでいる。その様子は、まるで適度に休憩を挟む、小学校のプールの授業のように見える。
恐らくは気分的な問題なのだろうが……、こんな宇宙空間にいても、人間は陸上で生きる生物だということなのだろうか。
「よし、ブリジッタ、ほかの艦にも連絡、全艦、第二種戦闘態勢に」
「了解ですわ」
頷くと、ブリジッタはその身を操縦槽の中に躍らせた。
ふわりと広がる黄金色の髪、豪奢な髪に彩られて輝く白い肌は、おとぎ話に出てくる人魚姫のように美しい。
ブリジッタが操縦槽に入るのを確認してから、一輝は司令席に腰を落とした。
「さて、どんなものかな……」
前方の巨大スクリーンには、魔法で補正された宇宙の姿が映し出されていた。
漆黒の闇に漂う白いガス状のモヤ、その合間から、ごつごつとした岩のようなものが見え隠れしていた。
さながら、岩礁地帯のようなそこは、いかにも幽霊船が出てきそうな雰囲気が漂っている。
「ここで、正体不明の船を見かけたら、確かに幽霊船と思っても不思議はないよな」
「司令、なにかおっしゃりまして?」
ほんの少し怒ったような声でブリジッタ。一輝は慌てて首を振り、
「いや、別に。それより、各種センサーに反応は?」
「今のところございませんわ」
基本的な概念から言えば、索敵のシステムには二種類しか存在しない。
自分の側から電波などのエネルギー波を放ち、その跳ねかえってきた反応によって探るアクティブ的な方法と、相手が出す何らかの反応をとらえるパッシブ的な方法とである。
魔法戦艦にも当然、二種類の索敵センサーが搭載されており、現状は、いくつかのパッシブセンサーが動いているはずだが、艦橋前方のモニターを見る限り、そこに反応は見られない。
「魔道式ソナー、準備」
その名の通り、魔法力を不可視の波として放ち、その跳ね返り方で策敵を行う兵装である。
通常、アクティブセンサーは、こちらの位置を露呈する危険性が高いため、迂闊には使えないものだ。けれど、魔法星国アーリストンの魔法文明は、十数年前まで見向きもされなかった技術体系だけに、気づかれにくいのが利点だ。
「とりあえず、十秒間隔で反応を探ってみてくれ」
「了解ですわ」
指示はしたものの、正直、あまり期待はしていなかった。
なにしろ、敵のアジトを急襲したというわけではないのだ。なにかの思惑があって、この宙域をうろついているのだとしても、一輝たちがやってきた時に、タイミングよくいることなど考えづらい。
しばらくは、この宙域に留まる必要があるだろう。
モニターに映る宙域図、その中、この艦を中心に丸い円を描く光が広がって行く。
そこに浮かびあがるものは、やはりなく……。
――まぁ、気長に行くのがいいんだろうな。VIPの地球訪問は一か月後だから、その時まで何もなければ、最低限の任務は果たせるわけだし。
「とりあえず、駐留に適していそうな小惑星帯を見つけて、そこで……」
「鳩ノ巣司令! 反応、ございましたわ!」
「は……?」
ブリジッタの報告に、一輝は一瞬固まった。
慌ててモニターに目を移せば、ローザ・キャバリエーレを中心に広がる円に触れ、浮かびあがる光点があった。その位置は……、
「至近っ! 目の前ですわっ!」
「なっ!」
前方のモニターには、揺らぎつつ、姿を表した漆黒の戦艦の姿が映し出されていた。
「くっ、シールド最大。交戦準備!」
一輝の指令に従い、各艦が不審船との距離をとる。シールド強度を戦闘レベルまで引き上げつつ、各兵装の照準を不審船に向ける。
なぜ、ここまで接近する間に気づかなかったのか?
疑問が一気に、脳内を駆け巡る。
目の前に、唐突に宇宙船が現れるということ自体は、さして珍しいことではない。
超空間から通常空間への移行、いわゆるワープアウトなどが代表的な例ではある。
けれど、その場合には必ず兆候があるはずで、一切の兆候なく、目の前に忽然とわき出るなどという芸当は、工作艦であるJミルトンであっても不可能なことだ。
――おいおい、まさか、本当に幽霊船とか言わないだろうな。
見たところ、黒い戦艦に動きはない。こちらに背を向けたまま、漂流するかの如く、そこに佇んでいるのみである。
「全艦、戦闘態勢のまま待機。ブリジッタ、前方の不審船に宇宙共通コードで連絡を送ってみてくれ」
「了解いたしましたわ」
宇宙空間における交戦規定は厳密に決められている。
まず、通信を試み、次に相手が戦闘の意志を示したならば、互いに生命反応を確認。人が乗っている船にはとどめを刺さないよう徹底する。
極力、死者を出さぬよう、きっちりと手順が定められたそれは、堂々たる名乗り上げから始まる騎士の一騎打ちの様相を呈している。
無論、宇宙海賊などは、その手の規定を無視することが多いが、一輝たちは正規軍だ。
ただでさえ、子どもたちの手を汚させたくない一輝としては、安全を確保した状態でならば、いくら厳密にやってもやり過ぎるという事はない。
「敵からの返答なしですわ。ついでに言えば、生命反応もございませんので、恐らく、無人艦ですわ」
「無人艦……か」
不意に、脳内に警告音が鳴り響く。
この宙域に、情報に遭った不審船がいることは、別におかしい話ではない。なにかの作業をこの宙域でやっているのだとすれば、同じ箇所にとどまっていることはそう不思議ではない。
けれど、こちらがここに到着したタイミングで、あるいは、魔道式ソナーを放った瞬間に姿を現した……。こんな偶然が、はたしてあるものだろうか。
気づいた瞬間、一輝は立ちあがっていた。
「まずい! 全艦、ワープ準備、この宙域から離脱する!」
自分の迂闊さに目まいがした。
完璧なタイミング。こんなに都合のいい話が起こるとしたら、まったくの偶然か、少女たちの境遇を憐れんだ人知を超えた存在が起こした奇跡か、あるいは……、
「待ち伏せされてる危険がある!」
待ち伏せ。それも、無人艦を囮にした、計画的な待ち伏せだ。
「えっ?」
通信を通して、四人のうちの誰かの疑問の声が聞こえてきた瞬間……っ!
止めていなかった魔道式ソナーが光の円を造り出した。
円は広がっていき、そこに、無数の光点を生み出した。
「なっ! これは……」
ブリジッタの声を聞きつつ、一輝は他の艦に連絡を入れる。
「座標は適当でいい。戦闘状態に入る前に、離脱。ブリジッタ、急げ!」
「わっ、わかりましたわ!」
困惑を隠せない表情ながら、頷いたブリジッタは、両手を広げて、
「超空間航行に移り……、きゃあっ!」
直後の衝撃。と同時に、体が引き伸ばされるような異様な感覚に襲われて……。
一輝の意識は深い闇の中へと沈んで行った。
フリップ・フラッパーズにはまっております。
あの味のあるエンディングがたまらないですね。
みなさんの今期のおすすめアニメはなんでしょうか?




