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4.待ち合わせ場所には十分前に来るべし

 カルチャーショックを覚えながらマキが城へと戻っていくと、いよいよ幹部会が近づいてきた。

 幹部達はこの中庭に転移してくるらしいので、俺は小屋のデッキに座りながら幹部達が来るのを待っていた。隣には膝の上にアルカを乗せたセリスが腰かけている。


 それにしても……。


 俺はちらりと目を向けながらセリスに声をかけた。


「なぁ……」


「なんでしょうか?」


「幹部会に出るのはその服じゃなきゃダメなのか?」


 なんとも言えない表情を浮かべながら尋ねる。

 セリスの格好はいつぞや見た黒のボンテージ姿。スタイル抜群のセリスが着れば、まさにボンッキュッボン。皆さんイメージ通りのサキュバスの姿の出来上がり。


「……これはサキュバスの正装なのです」


 正装ってか性装だなおい。どこぞのSM嬢にしか見えねぇぞ。


 初めて見た時はセリスの視線が怖すぎて全然意識していなかったが、セリスがどんな女か理解した今じゃ、中身と外見のギャップがありすぎる。というか目のやり場にまじで困る。

 俺の視線から逃れるように、セリスは身をよじらせた。


「あ、あまりジロジロ見ないでください……なんだか恥ずかしいので……」


「あ、わ、わりぃ……」


 俺は慌てて視線をそらす。いつも一緒にいるからあんまり気がつかなかったけど、やっぱセリスは恐ろしいほど美人なんだな。

 でも、どっちかっていうと普段のセリスの格好の方が俺は好きだ。今は……刺激が強すぎる。


「とっても綺麗だよ!ママ!」


 アルカが笑いながら、皮でできたボンテージに頬をすり寄せる。そんなアルカの頭をセリスが優しく撫でた。


 そうこうしているうちに一人目の幹部が現れる。


 中庭の中心に転移の魔法陣が現れたと思ったら、次の瞬間には野生的な大男の姿が現れた。以前の幹部会ぶりの再会、獣人族の長、ライガである。


 ライガはすぐに俺達がいることに気がつき、スッと目を細めた。そして、顔を歪めながらこちらへと近づいてくる。いや、来なくて良いんだけど。


「魔王城にクソが住み着いたって噂は本当だったんだな」


 クソ?もしかして俺の事か?それともアルカの事か?やっちゃうぞ?こら。


「珍獣に用はねぇんだよ。さっさと消え失せろ」


「威勢だけの野郎ほどみっともねぇ奴はいねぇよな!」


 ぐっ……落ち着け。こんな脳筋野郎の煽り程度で揺らぐ俺様じゃない。そもそも虎だかなんだか知らねぇが、ただの動物の戯言だ。いちいち反応する事ねぇんだよ。こういう輩は無視無視。まじ大人の対応。


 ライガが隣のセリスに目を向け、その膝にいるアルカを目に留めた。


「あぁ?なんでこんなところにみすぼらしい魔族のガキがいんだよ?」


 よし、殺す。


 勢いよく立ち上がろうとした俺の腕をセリスが掴んだ。俺が目を向けるとセリスは無言で首を横に振る。


「お久しぶりですね、ライガ。この子はクロ様が保護されている魔族の子です」


「はっ!クロ様ねぇ……」


 セリスが無機質な口調で告げると、ライガはすぐにアルカから興味を失った。俺はライガを睨みつけながら、静かに怒りを鎮めていく。


「てめぇがどんな魔法を使ってセリスを抱き込んだが知らねぇが俺は認めねぇ!!それだけは覚えとけよ!!」


 それだけ言うと、ライガは肩を怒らせながら城へと歩いて行った。

 相変わらずムカつく野郎だぜ……つーか、不良のくせに来るのが早いんだよ!夏休み明けの登校日とか真っ先に来るタイプだろあいつ!


「アルカあの人嫌いっ!」


 アルカは風船のように頬を膨らませながら、去っていくライガを睨んでいた。俺のために怒ってくれるのか、アルカよ。それだけで俺は幸せだぞ。


「……というより、やる気満々でしたよね?」


 ナンノコトカワカラナイナー?俺はただ、アルカの事をみすぼらしいって言った罪を身体で払ってもらうつもりだっただけだよ?

 こちらにジト目を向けていたセリスが呆れたようにため息をついた。


「はぁ……これから幹部会があるんですよ?無用なトラブルは控えてください」


「へいへい。わかってやすよ」


 あのバカ以外に俺に絡んで来る奴はいないだろ。だから、ライガが城に入った時点で俺はノートラブルでフィニッシュなんだよ。


 そんな話をしていると中庭に二つの魔法陣が組成される。そして、現れた二人のうち見知った顔を見つけたアルカは、目を輝かせてセリスの膝の上から飛び下りた。


「わーい!ボーおじさんだー!!」


 ガシャン!!


 抱きついた効果音としては相応しくないが、これはなかなかに心温まる光景だな。白銀の甲冑、可愛らしい女の子を抱きしめる。中々の事案だが兄弟ならオッケーだ。


「アルカ……久しぶり……でもないか……」


「うん!この前アニーおばさんの手料理をごちそうになったばかりだよ!」


 そうなのか?パパそんな話知らないぞ?俺も食べたかった……。


 そんなボーウィッドとアルカに、一緒に来た短パン一丁の緑の男が、興味深げな視線を向ける。お前はええかげん上着を着んしゃい!


「はぁー……お前がしゃべっているとこ始めてみたぜ」


「……兄弟のおかげだ……」


「あぁ、なんとなくは聞いてる……で、この子が指揮官様の自慢の娘か?」


 ギーがボーウィッドに抱かれているアルカに顔を向けると、アルカは少し緊張した面持ちになった。


「おじさん……誰?」


「俺か?俺はトロールのギーだ。お前さんのパパの友人ってところだな」


「パパのお友達!?」


 アルカは少し驚いた様子で慌ててボーウィッドから離れると、ギーに向き直り丁寧にお辞儀をした。


「初めまして!アルカはアルカです!パパの娘です!」


「おっ!クロの娘にしては躾が行き届いてんな!」


 ギーがニヤニヤと俺の方を見ながらアルカの頭を撫でる。余計なお世話だよ。ってかアルカの頭から手を放せ。その見た目のお前がやると、マジで事案発生なんだよ。


「よぉ、二人ともお早いお付きで」


「……おはよう……兄弟……」


「よっ!こんな可愛い娘がいたとは隅に置けねぇな」


 ふんっ!ギーにもアルカの素晴らしさが分かったようだな。だが、あんまり仲良くなるんじゃねぇぞ?最近、俺のお株が兄弟に奪われている気がしてならんからな。


「植林作業は終わったのかよ?」


「うっせぇよ。思い出させんな」


 からかうような口調で言ってきたギーの腹を小突く。フローラルツリーに行ってる時も、なんだかんだ愚痴とか言いに行ってたら、結構仲良くなったんだよな。兄弟と違ってこいつは俺の愚痴を基本的に聞き流すけど、それが楽な時もある。


「……そういえば、今日ゴブ太が朝早くに俺の所に来た…………酒場ができたらしい」


「マジでかっ!?」


 うぉぉぉぉ!!ついに完成か!!やっと好き放題やれる場所(俺の行きつけの酒場)ができたのか!!


「それってクロが前に言ってたやつか?」


「そうだ!一ヵ月も待たせやがって!!」


 待望だよ待望!!やっと酒が飲めるぜ!!魔族領に来てから酒飲んだのはオーガ達の宴会だけだったしな!……あの時は酒を楽しんでる場合じゃなかったし。


「おっしゃ!!幹部会が終わったら早速行くぞ、兄弟!おい、ギー!お前もどうせ暇なんだろ?」


「……ふっ……そう言うと思って工場のことはギッシュに任せてきた……」


「暇じゃねぇっつーの。……まぁ、行くけどな」


 よしよし、付き合いがいい奴は好きだぜぇ~?そうと決まればさっさと幹部会なんぞ終わらせて───。


「あー!!クロ、見ぃつけた♡」


 艶めかしい声に背中に当たる二つの弾力。振り返るとそこには、白衣を着た青い魔性の女の姿があった。


「会えるのを楽しみにしていたのよ?」


 耳元で囁くようにフレデリカが告げる。ある程度耐性がついたと思っていたが、これは流石に来るものがある。そしていつものように感じる背後の殺気。


「お、おい!フレデリカ!引っ付くんじゃねぇよ!またセリスと……」


 俺は焦ったようにセリスに目を向けると思わず言葉を失った。


 殺気の出所はてっきりセリスだと思っていたがそんなことはなかった。いや、セリスも剣呑な雰囲気を醸し出してはいるが、この凍り付くような冷気を出しているのはその背中。セリスの身体に隠れ、こちらを睨んでいるアルカのものだった。


「ア……アルカ……?」


「ん?なにかしら?」


 フレデリカも俺に抱きつきながらセリスの方に目を向ける。そしてアルカの姿を見つけ、黄色い声を上げた。


「きゃー!なにこの可愛い子!?」


 いや可愛いのは可愛いんだけど……お前はこのアルカの醸し出す空気に気がつかないのか?マジギレしているセリスに匹敵するぞ?というかなんとなく似ている。


 フレデリカは俺から離れ、膝を折るとアルカに視線を合わせ笑いかけた。


「初めまして、お嬢さん。私は精霊ウンディーネのフレデリカよ?」


「フレデリカ……」


 アルカが何かを噛み締めるように呟く。そして、おずおずとセリスの背中から出てくると、その大きな目でフレデリカの青い瞳を見つめた。


「アルカの名前はアルカ。……お姉さんはママの敵なの?」


「…………はい?」


 まさかの発言にフレデリカが目を丸くしている。セリスも困惑したような目でアルカのことを見ていた。俺も絶賛、混乱中。


「……それはどういうことかしら?」


「お城のマキちゃんが言ってた。フレデリカっていう人がママからパパを奪おうとするって」


 またあいつか。あいつは俺達に恨みでもあるのか?いつもいつもアルカに変なこと吹き込みやがって……また稽古をつけてやらにゃならんようだな。


「……アルカのママは誰かしら?」


「ママは……ん」


 アルカがセリスを指さした。フレデリカが笑顔のままセリスに目を向け、アルカに視線を戻す。


「……アルカのパパは誰?」


「パパは……ん」


 アルカが当然のように俺のことを指さした。そして、素晴らしい笑顔のままその場で凍り付くフレデリカ。なんかこの反応も懐かしいな。


「すみません、フレデリカ。アルカのことは話していませんでしたね」


 心なしか勝ち誇ったようにセリスが告げる。システムが復旧したフレデリカはキッとセリスを睨みつけた。


「セリス……あなた……!!」


「そういうわけなんで、子供の前ではしたない真似は控えてください」


 怒りに顔を歪めるフレデリカに、ニコニコと笑みを浮かべるセリス。ちょっと俺には荷が重いんで助けてくれませんかねぇ……ってなんでお前ら二人はそんな離れた場所にいるんだよ!!

 さっきまで俺の近くにいたボーウィッドとギーが、なぜか少し離れたところで会話をしていた。俺が見ているのに気がついたボーウィッドは少し申し訳なさそうに俯き、ギーは晴れやかな笑顔でサムズアップをした。よし、あのトロール、ぶっ飛ばす。


「やっぱりお姉さんはママの敵なの……?」


 いがみ合う二人を見て、アルカが囁くように言うと、セリスが優しげな笑みを浮かべた。


「いいえ、違います。私とフレデリカはライバルなんです」


「らいばる?」


「そうです。この人には負けたくないって思える人の事です。アルカにもいますか?」


「うーん……ルシフェル様かな?」


「ず、随分豪快なライバルね」


 予想外のライバルにフレデリカは顔を引き攣らせた。まぁ、そうなるよな。魔王がライバルって、我が娘ながら志が高いというか、恐れ知らずというか。


「そうですか。アルカはルシフェル様がライバルですか。でも、ルシフェル様のことは嫌いじゃないですよね?」


「うん!時々意地悪だけど優しいから大好きだよ!」


 時々意地悪?聞き捨てならない言葉が聞こえたような気が。あの魔王、一度締めとくか?


「私達もそういう関係なんです。だから、アルカもフレデリカと仲良くしてくださいね?」


「わかった!フレデリカお姉さん!よろしくね!」


「はい、よろしく」


 アルカが太陽のような笑顔を向けると、フレデリカもつられて笑みを浮かべた。なんかセリスはアルカの扱い方が日に日にうまくなってるな。完全に俺より保護者してるやん、やだー。


「そろそろ私達はお城で話し合いをしに行かなきゃいけないので、アルカはお留守番しておいてください」


「はーい!パパ!お仕事頑張ってね!」


「おう!」


 俺が答えると、アルカは嬉しそうに小屋の中へと走って行った。癒しすぎる。


「……安心してください、フレデリカ。アルカは親を失い、クロ様が面倒を見ている子です。私の本当の子供ではありません」


「今のやり取りを見て全然安心できないんだけど、まぁいいわ。あなたが一歩先んじていることだけはわかったから」


 安心って何?先んじてるって何?なんとなく不穏な感じがするんだけど俺だけですか?


「いやー色男は辛いなー」


 いつの間にか近寄ってきたギーが腹立つ顔をしながら、俺の肩に腕を回してきた。殴りてぇ!超殴りてぇ!!


「とりあえずさっさと行こうぜ。俺は早く終わらせて酒場に行きたいんだよ」


「えっ?酒場って何の話かしら?」


 ギーの言葉に興味を持ったフレデリカがこっちに近づいてきた。


「クロ御用達の酒場がアイアンブラッドにできたから、幹部会の後に行こうって話」


「あら?そうなの?私もご一緒したいんだけど」


 フレデリカが上目遣いで俺に訴えかけてくる。俺がボーウィッドに目を向けると、ボーウィッドは無言で首を縦に振った。どうやら兄弟はフレデリカのことを嫌ってはいないらしい。


「あぁ、別に構わねぇよ。前にディナーの誘いを断っちまったしな」


「本当!?嬉しい!!」


 子供のようにはしゃぐフレデリカ。そんなに喜んでくれるのか。フレデリカなら来ても問題ないだろ。コミュ力高そうだし。


「私とアルカも行きますから」


 そんなことを考えていたらセリスが澄まし顔で宣言した。


「「えっ?」」


 俺とギーが驚きの声を上げる。あれ?ギーも?……あー、オーガのダニエルからセリスの酒癖の悪さについて報告を受けているのか。


「何か問題ありますか?」


「いや……その……なぁ?」


 ギロリとセリスに睨まれたギーが俺に助けを求める。が、残念ながら俺はボーウィッドと話をしているんだ、悪いな。


「ギーがなんと言おうと私は行きますから」


「……まぁ、苦労すんのはクロだし、別にいいか」


 ギーが頭を掻きながら不吉なことを口にする。そして、それを否定できない自分がいる。だが、今回は擦り付ける相手は多分にいるはず!酔っぱらったセリスはフレデリカやらギーやらに押し付けて、俺は兄弟との酒飲みを楽しむんだ!


「……そろそろ時間だ……行こう…………」


 俺達はボーウィッドに促され、城の中へと移動した。


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