2.演技をしていたのがバレていた時の恥ずかしさは異常
はじめてのピクニックに興奮しすぎたのか、アルカはお弁当を食べるとシートに横になり、スヤスヤと寝息を立て始めた。うーん……寝顔がチャーミングだなぁー。はしゃぎすぎた内容が魔物との戦闘じゃなきゃ百点満点だったのに!
セリスは自分が羽織っていた薄桃色のカーディガンをアルカの上にそっとかける。つーか、セリスの私服って結構珍しいな。いつも堅っ苦しいグレーのタイトスカートにワイシャツ姿だから、なんか今日のセリスは別人に見える。上は……白い服で下は黄色い服だ。うん、女性の服の名称とかオラわがんね。
しっかし平和だなぁ……あっ、アルカが魔物を退治していくれたからか。まぁ、とりあえず今は平和だから平和でいいんだよ。
俺はお弁当箱からサンドウィッチを取り出し頬張った。なぜかそんな俺をセリスがじっと見つめている。
「なんだよ?」
「いえ……先程からお弁当を食べているのに、何も言わないものですから」
なんで弁当食べながら何か言わなきゃならないんだ?俺はゆっくり味わいたいんだよ。
「別に言うことなんか何もねぇぞ?」
「そうですか……今日は私が作りましたので、クロ様のお口に合うか不安だったのですが」
口に合うも何もいつもと同じ味…………あっ。
やべぇよやべぇよ。普段料理を作っているのはセリスなんだけど、それを俺は知らないことになっているんだった。城の女中さんが作っているっていう設定だよ。完全に忘れてた。
それなのに俺が普通に食ってたらおかしいだろ。シチュエーション的には秘書が初めて手料理を振舞ったってやつだ。なにかしら言わないと。
「……うん、美味いぞ。初めて食べたけどよく出来ている。サンドウィッチ伯爵もびっくりだ」
大根んんんん!!!俺の大根役者ぁぁぁぁぁぁぁ!!!
初めて食べたなんて強調しなくていいんだよ!!逆になんか怪しいわ!!つーかサンドウィッチ伯爵って誰だ!?
「そうですか。よかったです」
でもセリスは満足したようだった。ほっ……何とか危機を脱し───。
「いつものご飯とどちらが美味しいですか?」
てねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!脱してねぇよ全然!!崖に追い詰められて海へと飛び込んだら、干潮で完全に海が干上がっていたぐらいのピンチだよこれ!!
つーかこの質問おかしいだろ!!『私の右手と左手どっちが好き?』くらいの質問だよ!!だってそうだろ?実際はどっちもセリスが料理してんだから!!
「あー……いつものは、あれだ。俺の口にとっても合う感じの料理だが、セリスのサンドウィッチは……場所の効果もあるのかな?とっても美味しくて……でも、普段のご飯もここで食べたら美味しく感じるだろうし。でもセリスのサンドウィッチが美味しかったのは別に外で食べたからってだけが理由じゃなくてですね」
やべぇ……完全にラビリンスに迷い込んだ。どう結論に持っていたらいいのかわからねぇ。
しどろもどろに答える俺を見て、突然セリスがプッと吹き出した。
「ふふふっ……ごめんなさい。私知っているんです」
知っている?何を?もしかしてサンドウィッチ伯爵のこと?
俺がキョトンとしているのがよほど面白いのか、セリスは口元を押さえながら笑い続ける。
「……ご存じなんですよね?私が二人のご飯を用意しているのを」
「なっ……!?」
俺が唖然とした表情を浮かべると、我慢の限界だったのか、セリスがお腹を抱えて笑い始めた。
ぐぬぬ……こいつ知っていてさっきみたいな質問を……この鬼!外道!悪魔!あっ、こいつの種族、悪魔だ。くそが!!
俺がブスッとした顔をしていると、ようやく笑いがおさまってきたセリスが目尻たまった涙を拭った。
「あーおかしい……私が気がついているのも知らずに、いつも美味しい美味しいってわざとらしく城の人を褒めながら食べるんですもの」
「……悪かったな」
今思い出すだけで超恥ずかしい。小屋に帰っていいですか?
「それにベジタブルタウンでもそう……あんなに美味しいシチューを我慢して、私の分までお弁当を食べてしまうんですから……」
セリスはそこで言葉を止める。そして、俺の方に顔を向けると、少しだけ頬を染めながらはにかんだ。
「本当……しょうがない人ですね、あなたは」
ドキッ……。
いやちょっと待て俺の心臓!その反応はおかしい!俺はこいつにはめられたんだぞ!ドキッ、じゃなくて怒気ッ!だわ!!超怒ってるわ!!怒りすぎて俺の顔が真っ赤になってるわ!!
何とも言えない甘ったるい空気が流れ、お互い同時に顔を背ける。
なんなんだよ、これ!なんでセリス相手にこんなに照れなくちゃいけねぇんだよ!とにかく爆音鳴らしている俺の心臓よ、お前は一回停止しろ。
遠くで鳥のさえずりが聞こえる。静かな場所なんて条件出さなきゃよかった。さっきまではよかったけど、今はこの沈黙がより一層際立ってかなり堪える。
「ク、クロ様!」
「な、なんだよ!?」
いきなり大声出すんじゃねぇよ!心臓止まるかと思ったわ!えっ?さっき心臓一回停止しろとか言ってなかったか、だって?心臓止まったら死ぬじゃん、バカなの?
「わ、私……!!」
セリスは耳まで赤くすると、言葉の途中でそのまま俺に背を向けた。いやそれはめっちゃ気になるだろ!私……だけじゃ本当に何が言いたいかわらんわ!
再び沈黙になる俺達。と、とにかくこっちを向かせるしかない。
「セ、セリス……?」
「グワァァァァァオ!!!」
随分野性味あふれる返事しますね、セリスさん。
ってちがうわ!なんだお前!!匂いにつられて出てきたのかこの熊が!!
「ギガントベア!?」
セリスが突然現れた、異常に牙と爪が発達した熊を見て大きく目を見開く。おいおい、こいつ五メートル以上はありそうだな……つーかおもいっきり腕振り上げてんじゃねぇか!まずい!アルカを起こさねぇと!
俺は慌ててアルカの方に目をやるが、既にそこにはアルカの姿はなかった。
「せっかくパパとママが良い雰囲気だったのに……邪魔するなんて悪い子なの!」
俺が声の聞こえた方に目を向けると、なぜかアルカがギガントベアと戦っていた。アルェー?アルカさん寝てませんでしたっけ?
とりあえず俺はピクニックの道具を空間魔法にしまい、少し離れて様子を覗う。
ギガントベア。名前に恥じない巨体のくせになかなかに動きが素早い。ってか初級身体強化使ってないか?つーことは結構高位の魔物か。
「セリス。俺はあいつを見たのが初めてだから知らないんだけど、どれほどの魔物なんだ?」
「簡単な魔法陣なら組めます。先程のブラックウルフよりは明らかに格上ですね。それでもアルカなら負けはしないと思うのですが……」
隣に立っているセリスが眉をひそめながらアルカの戦いを見ていた。
「……遊んでやがんな」
「……そうですね」
俺の目から見てもアルカは手を抜いて戦っている。いや、手を抜いているっていうか、いたぶっているって表現の方が正しそうだ。
「ふっふっふ!簡単には倒さないよ!なんてったってパパとママの邪魔をしたからね!」
うん、完全にいたぶっているわ、これ。だってそう言ってるもん。つーか、なんか怖いんですけど。笑いながら戦っているアルカがめちゃくちゃ怖いんですけど。たくっ……こういうところばっかセリスに似て、痛てててててててて。
「……だからお弁当のこともすぐにわかっちゃうんですよ」
セリスがジト目を向けながら俺の耳を引っ張る。えっなに?ってことは、こいつはいつものエスパーで俺が知っていることがわかったのか。マジで隠し事できねぇじゃねぇか!
いや、今そんなことは重要じゃない。問題なのはアルカの戦闘に対する姿勢だ。俺はセリスに耳をつねられながら真剣な表情を浮かべ……っていつまで耳引っ張ってんじゃ!
セリスは渋々といった感じで俺の耳から手を引くと、心配そうにアルカの方を見つめた。
「このままでは、アルカは戦いにおいて慢心するようなルシフェル様みたいになってしまいます」
……うん。お前の中でのフェルの評価が一体どうなっているのか気になるが、全くその通りだと思う。これは早いうちにどうにかしないとまずいなぁ……。
ギガントベアを魔法で易々と吹き飛ばすアルカを見ながら、俺は頭を悩ませていた。





