7.ボールを蹴るときに大事なのは軸足
「まったく……あのフレデリカという女は……!!」
「セリス……もう勘弁してくれ……俺は死にかけたんだぞ?」
「……申し訳ありません。反省しております」
俺がジト目を向けると、セリスがしおらしい表情で頭を下げた。
あの後、すぐに目を覚ました俺は見知らぬ部屋のベッドに連れてこられててさ。ぼーっとする頭で横に目をやると、心配そうに俺を見つめるフレデリカと、しょんぼりと肩を落としているセリスが座っていたんだよ。
とりあえず事情を聞いてみたら、ここはフローラルツリーの病院らしく、気絶した俺を二人で運んできてくれたらしいんだって。それで、お礼を言おうとしたら、どっちが運んできたかでまたもめ始めやがってさ。
正直うんざりだった俺は、さっさとセリスを連れて病院を抜け出して、今は河原を目指して森を進んでるってわけ。
「とりあえずやることをまとめるぞ。河原に行って粘土を入手、その間に現れたワームを仕留め回収。そんな流れでいいか?」
「そう、ですね」
ん?なんか様子がおかしい。
「なんだよ?不都合でもあったか?」
「そんな、こと、ないですよ?」
ギクシャク。セリスの様子がまさにそれ。だが、原因が全くというほどわからない。うーん……こうなりゃ総当たりだ。
「河原」
「…………?」
「粘土」
「…………」
「ワーム」
「っ!?」
ん、原因判明。分かりやすくて結構。
「なんだセリス。ワームが嫌なのか?」
「嫌といいますか……」
セリスが顔を歪めながら口を濁す。俺がジーっと見つめていると、セリスは観念したようにため息を吐いた。
「私は虫とか蛇とか見た目がアレなものが少し苦手で……」
なーに女子みたいなこと言ってんだよ。…………女子か。
そういやベジタブルタウンで背中にカエルを入れた時も発狂してたな。あん時はゴブ太のリアクションが面白すぎたから気にならなかったけど、セリスからは鬼気迫るものを感じたわ。
「誰にでも苦手なものはあるけどさ……仮にも魔族の幹部が苦手なものが虫って」
「べ、別にいいじゃないですか!!幹部が虫を苦手としていても!!ああいう気持ちが悪い見た目のものは生理的に受け付けないんですよ!!」
セリスが開き直って声を荒立てる。その勢いに俺は思わずその場でたじろいだ。
「ま、まぁ虫が苦手なくらいが可愛げがあっていいんじゃないか?」
「そうですよ!私は虫が好きな女の子は女の子と認めません!」
突然の爆弾宣言。虫好きの女性の皆様方、大変申し訳ありません。
「とはいってもワームくらいなら苦手でもなんとかなるだろ?」
「そうですね……嫌な事には変わりませんが討伐するくらいなら問題ありません。触りたくはないですけど」
セリスが心底嫌そうな顔で答えた。そんなに嫌か。たかがワームだぞ?
俺達が今話しているワームは体長三十センチメートル程の芋虫型の魔物。緑色の身体でいつも植物に影に身を隠している、大人しいけど結構厄介な奴ら。
俺が王都で生活している時、よくワーム討伐の依頼がギルドに出されていたな。こいつらは草食なんだけど、畑とかに現れては好き勝手荒らしまくるんだよ。身の危険を感じたら糸を吐くだけの弱い魔物だったから、こいつの依頼はいい小遣い稼ぎになったわ。
まさか魔族の指揮官になってまでワームの討伐をさせられるとは思っていなかったけど、俺にとっちゃ楽な仕事だわ。セリスにとってはSランク級の難易度を誇る仕事だろうけど。
「ん?」
俺は木に生えている葉っぱを見て足を止めた。
「どうかしたんですか?」
「見てみろよ。かじった跡がある」
「……ということは?」
セリスの表情がだんだんと渋いものに変わっていく。まぁ、話の流れ的に次に続く言葉は予想つくだろ?
「この辺にワームがいる。気を引き締めておけよ」
「……わかりました」
まぁ、ワーム如きに気を引き締めるも何もないけど。でも、セリスには心構えをさせておかねぇと。突然現れてパニックになっても困るしな。あらかじめ予告しておけばワームが出てもそんなに狼狽えなくて済むだろ。
「…………ところでセリスさん?」
「なんでしょうか?」
「そんなにぴったり背中にくっついてると歩きにくいんですが?」
「クロ様の背中を守ることこそ、秘書たる私の務めです」
いやなんかカッコいいこと言ってるけど、全然カッコよくないからね?そういうのは戦場で使ってこそ栄える言葉だからね?つーかどんだけビビってんだよこいつ!!
「なぁ、セリスよ。そんなに怖がることは───」
ボトリ。
何か大きくて重いものが落ちた音がした。俺とセリスが同時に目を向けると、そこには緑色の大きな塊が落ちている。一瞬、なんだこれ?って思ったけど、その緑の塊がのっそり動き出したのを見て、俺はそいつの正体を見破った。
「うおっワームか!でけぇな!こいつ一メートルくらいあるんじゃ」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
森のど真ん中で耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。いや実際に俺の耳をつんざいた。……つんざいたってなんか違和感ある言い方だな。でも、あってるだろ。
まぁでも想定の範囲内だ。俺はしっかりと頭でシミュレートをする。
俺の予定:セリスが俺の背中にしがみつく→俺がやれやれと言った感じでワームを撃破→セリスが俺を尊敬する
よし!完璧だ!そうと決まれば……ってあれ?
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
まだ叫び声をあげているセリスは猛然とワームに向かって走って行った。そして、右足を大きく振り上げると、そのまま巨大ワームの腹の辺りを蹴り飛ばす。まさに黄金の右足。エース待ったなし。
「はぁ……はぁ…………」
息を荒げながらセリスは、木に叩きつけられ、そのままズリ落ちていくワームを見ていた。セリスさんの蹴りの威力やばいっすね。あのワーム完全に絶命してますよ。木だってほらこんなにぐわんぐわん揺れて……。
ボトボトボトボトボト!!
めっちゃワームが落ちてきたんだけど。
「もういやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
あぁ、これはカブトムシを捕まえるときのやつだな。カブトがいそうな木を片っ端から蹴っ飛ばしていくっていう。昔レックスがそれをやったせいでハチの巣が落ちてきて二人して追いかけまわされたなぁ。今となってはいい思い出だよ、うん。
え?なんでそんな現実逃避してるのかって?そりゃうちの自慢の秘書さんが次々と木にゴールを決めている姿を見ればそうなっちゃうよね。
俺は稀代のエースストライカーに心の中で感謝しながら、ワームを空間魔法に収納していった。
そんなこんなで河原にやってきた俺達。なぜか隣を歩くセリスはげっそりしているんだけど、全然原因がわからないぞ~?
「クロ様……帰りは転移魔法でもいいですか……?」
セリスが力なく俺に語りかけてくる。まぁ、セリスのおかげで信じられないくらいたくさんワームを手に入れたからな。それもやぶさかではないだろう。
「とりあえず粘土を手に入れてからだな!」
「うぅ……帰りたい……早くアルカに癒されたいです」
おいおい、アルカの癒しは俺のもんだぞ?誰にも分けるつもりはない!
さーて河原に来たはいいけど粘土はどこにあるんだろうなー?つーか粘土ってどんな感じなんだ?あの工作で使うような粘土が落ちてんのか?
「セリス、粘土ってどんなだ?」
「粘土ですか?一般的に水分を加えると粘着性と可塑性を示す土ですね」
「うーん……とりあえず粘っこい土を持っていけばいいってことか?」
「……まぁ、私達は専門家じゃありませんから、河原の土を大量に持っていってあちらで判断していただければいいんじゃないでしょうか?」
それもそうだな。早速粘土を回収するぞ。
俺は地属性の魔法陣を構築する。必要なのは粘性のある土を探し出す効果と、その探し出した土を一か所に固める効果。規模は……上級魔法でいいか。うっし、模様はこんなもんでいいだろう。
「“粘土よ出ておいで”」
俺は魔法を詠唱し、魔法陣を起動させる。その瞬間、地面が波打ち、巨大な丸い球体の土の塊が上空に浮かび上がった。その様子をセリスは無表情で見つめている。
「……その魔法陣は即興ですか?」
「ん?あぁ、粘っこい土を見つけて集める魔法だ。これなら楽できるだろう?」
「…………あなたの規格外具合に慣れてきた自分が恐ろしいです」
セリスはため息を吐きながら河原に転がる岩の上に腰を下ろした。相変わらず怪物を見るような目で俺を見やがって、普通だっての。
「お前の目に俺がどんなふうに映っているかはいるかは知らねぇけど、俺より魔法陣が上手いやつだっているんだからな」
「それは……俄かに信じがたいことですね。ルシフェル様のことですか?」
俺は首を左右に振るって否定する。確かにフェルは俺が知る中でも三本の指に入る魔法陣士だが、それでも俺が劣っているとは思っていない。
「昔、人間の世界にいた時に見たことがあるんだよ。化物みたいな爺さんをな」
俺の言葉にセリスが眉をひそめた。今はどうかわからねぇけど、当時は俺よりも上手だったことは確実だ。王都に来て間もない頃だったし、自分の魔法陣に絶対の自信があったし、結構なカルチャーショックではあったな。あの爺さん、まだ生徒をからかってんのかな?
まぁ、魔族領に来た今となっては関係ない話か。
「さて、こいつをしまっちまえば仕事完了だな。セリスが苦手を克服してくれたおかげですぐに終わったよ。サンキューな」
「…………克服なんかしていません」
え?あんなに嬉々として蹴っ飛ばしていたのに克服していないというのですか?それは無理があるでしょうよ。
「そう簡単に苦手を克服なんてできませんよ。……苦手な物なんてないクロ様にはこの気持ちはわからないでしょうけど」
ピクッ。
「…………苦手な物ならあるよ」
俺が粘土を空間魔法にしまいながら静かな声で言うと、セリスは心底驚いたような表情を浮かべた。なんだよその顔。俺にだって苦手な物ぐらいあるっていうの。
「えっ……冗談ですよね?」
「冗談なわけねぇだろ」
粘土を全部回収した俺はいまだに驚いているセリスに近づき、フローラルツリーに帰るための転移魔法陣を構築する。
「クロ様の苦手な物……なんですか?」
「……………………親友」
ぼそりと呟くと、セリスを連れてフローラルツリーへと転移した。





