7.丸い頭を四角くする
翌日、俺はアルカも連れてベジタブルタウンに来ていた。
アルカを連れてきた理由は二つ。一つ目はゴブリン達の中にアルカを傷つけようとする奴はいないと判断したこと。二つ目はこれからやろうとしていることにアルカの力が必要であること。
「はいお前ら注目ー」
俺がパンパンと手を叩くと、地べたに座りながら談笑していたゴブリン達が一斉に俺の方を向く。
「今日からお前たちに魔法陣を教えてくれる講師を紹介する。まずは俺だ」
「クロ吉ーひっこめー」
「ひっこめでやんすー」
「お腹すいたんだなぁ~」
「三バカうるせぇぞ」
俺はゴブ太、ゴブ郎、ゴブ衛門にぴしゃりと言い放つと、隣にいる我が天使を手で示した。
「えーっと、この人はアルカ先生だ。なんと魔族の中でも魔法陣の扱いが上手い事で有名なメフィストの女の子だ」
「よ、よろしくお願いします!」
アルカが顔を真っ赤にさせながらお辞儀をすると、場が温かい拍手に包まれた。俺はアルカを見るゴブリンの顔を一人一人注意深く確認する。ふむ……ロリコンはいないみたいだな。いたらきっちり息の根を止めようと思っていたんだけど、その心配はなさそうだ。
「お前らの中にはこんな小さくて可愛い子が、って思うやつがいるかもしれん。そういうやつのためにアルカ先生には一度実演をしてもらう」
俺が目配せするとアルカは小さく頷き、緊張した面持ちで上空に向かって魔法陣を組成する。作り出された魔法陣は三種、タイプは火、水、風属性の上級魔法。
「えい!」
しかも魔法名を言わずに無詠唱で魔法を発動させる。アルカの魔法陣から放たれた魔法はそのままものすごい勢いで上空へと消えていった。
そうなんです。なんか知らないけどアルカがめちゃくちゃ成長しているんです。っていうか無詠唱なんていつの間に覚えたん?
なにやら俺の重力魔法に触発されたみたいで、日に日に魔法陣の腕が上がっているんだよね。ベジタブルタウンから帰るたびにセリスと一緒に驚いていたわ。
魔法陣の知識が皆無なゴブリン達は曲芸師の技を見たように喜びながら手を叩いていた。やっぱり知らないっていうのは恐ろしいことなんだなぁ……セリスを見てみろよ?目ん玉飛び出してんぞ?
「……とまぁこんな感じに魔法陣の腕は確かであることは皆にわかってもらえたともう」
「「「「はい!!」」」」
うむ、なかなかいい返事だ。
「この歳でここまで魔法陣を使いこなせる者はアルカ先生以外にはいないぞー?しかもこの愛くるしい顔!将来美人になること間違いなしだな!!とはいっても口説こうなんて考えるなよ?とくにアルカ先生の寝顔を見たらお前らイチコロなんだから、決して寝ているときは近づかないように!まぁでも一見の価値はあるだろうな……まるで天使のような」
「話が長いでやんす!早く次の先生を紹介するでやんす!」
ちっ、ゴブ郎め。俺がせっかくアルカの可愛いところを紹介しているというのに。つーか殆どの奴が途中から俺の話なんて無視してセリスの事見てたんだが。
俺は面倒くさそうにセリスに顔を向けた。
「あー……セリスだ。金髪。以上」
「…………随分と投げやりな紹介ですね」
セリスは俺にジト目を向けながら、ゴブリン達に向かって丁寧にお辞儀をする。
「若輩者ですが、精一杯皆さんに魔法陣を教えていきますのでよろしくお願いします」
セリスが俺には絶対向けないような笑顔を向けると、ゴブリン達は夏場のアイスのようにその場に溶け始めた。あーあー相変わらずモテモテでよーござんしたね。
「この三人で教えていくからお前らしっかり魔法が使えるようになれよ。つーわけで早速授業を始める」
と言ってもここは完全に青空教室。黒板など存在するわけもない。まぁ板書なんてしち面倒なことをやらなくて済むし、そもそも魔法陣の授業にノートなど不要。
「よーしお前ら……よく見てろよ」
俺は懇切丁寧にゴブリン達の前で魔法陣を構成する。ゴブリンは目をぱっちりと開けて俺の魔法陣を見ていた。
「…………うっし、こんな感じだ。さぁ、やってみろ」
「「「「はっ?」」」」
ゴブリン達がポカンとした表情で俺のことを見ていた。そんなゴブリン達を見てアルカが不思議そうに首をかしげる。
「なんでみんなやらないの?」
「変な奴らだな」
俺とアルカが顔を見合わせて同時に眉を寄せた。あれだけゆっくりと魔法陣を観察したら作ってみるだろ、普通。隣でセリスが頭を抱えながら盛大にため息を吐いた。
「……基礎は私が教えます。あなた達二人はゴブリン達が私の授業を受けている間に、滞っている仕事を片づけてきてください」
「「えー!!」」
「いいから!!」
強めな口調で言われ、俺もアルカも肩をしょんぼりさせながら歩いていく。……一度先生っていうのをやってみたかったのにな。
*
俺はアルカの魔法陣の修行も兼ねて畑仕事を魔法でこなしていった。ただ魔法を撃てばいいというわけではない。例えば水やり一つにしても、洪水のような魔法を使っても畑が荒れて終わるだけだ。どちらかといえばシャワーのように優しく、そして広範囲に行き届くような魔法が好ましい。
俺とアルカはそんな感じで試行錯誤を重ねながらどんどんと作業を進めていく。結局、ゴブリン達が総出で一日かかる仕事を俺とアルカの二人は三時間で終わらせた。やっぱり魔法の力って偉大だわ。
俺達が青空教室に戻ると、座学の時間は終了しているようで、ゴブリン達が難しい顔をしながら魔法陣を組む練習をしていた。
「セリス、こっちは終わったぞ。そっちはどんな感じだ?」
三バカに教えている最中だったセリスが驚いた顔で俺達の方に振り返る。
「もう終わったんですか?」
「まぁ俺達二人が本気を出せばな?」
「アルカも頑張った!!」
元気よく答えるアルカに微笑みかけたセリスだったが、すぐにその表情を曇らせる。
「一応みなさん、魔力を練り上げ魔法陣を組成するってことはできるようになったんですが、なかなか上手く魔法陣を構築することができないようで……」
「ふーん……おいゴブ太」
「ん?あれ?クロ吉?いたのか」
おいおい、俺に気がつかないとは随分熱心に練習しているじゃねぇか。他の奴らもみんな真剣みたいだし、なにがあったんだ?
「みなさん昨日のクロ様……コホン、クロ吉さんの魔法に憧れているみたいですよ?」
「べ、別に憧れてなんかない!!」
ゴブ太が顔を赤くしてセリスの言葉を否定する。なんだこいつ、照れてんのか。やっぱそういうのは美少女がやってなんぼって感じだな。でもまぁ、俺に憧れるとか可愛いとこあんじゃねぇか。
「あークロ吉でやんすー!」
「クロ吉~魔法陣教えて~!」
ゴブ郎とゴブ衛門もこちらに寄ってきた。中々みんなやる気があるようでよろしい。
「えらく気合入ってるじゃねぇか?」
「「魔法を使って楽するでやんす(んだな~)!」」
うん、まー……素直なことはいいことだ。つーか相変わらず息ぴったしなのな、お前ら。
「よーし!お前らの魔法陣を見てやるから、ちょっと俺の前で作ってみ!」
「はーいでやんす」
「はいなんだな~」
「え?オイラも?」
素直に返事した二人は意気揚々と、ゴブ太は渋々といった感じで魔法陣を組成していく。構築しているのは水属性の魔法陣だな。ふむふむ……。
あと少しで完成というところで三人とも魔法陣が空中で霧散した。
「がーまた失敗したでやんす!」
「うぅ……オイラ達、やっぱり才能ないのかな……?」
三人ともうまく魔法陣を作り出すことができず、がっくりと肩を落とした。俺は口もとに手を当てしばらく黙って考え込むとちょいちょい、と三人を手招きする。
「お前らの魔法陣がダメな理由が分かった」
「「「えっ?」」」
三バカがキョトンとした顔で俺のことを見る。俺は後ろで一緒に三バカの魔法陣を見ていた二人に声をかけた。
「セリス、アルカ。二人はダメなところが分かったか?」
「えー!全然わからないよー!!」
「私も……皆目見当がつきません」
二人ともお手上げ状態で俺に答えを促す。俺はニヤリと笑みを浮かべると三バカを俺の周りに密集させた。
「いいか?お前ら……次はこんな感じの魔法陣を構築してみろ」
「ん?なんか変な形でやんすね」
「こんなので本当に魔法が発動するのか?」
「あぁ……この魔法陣は上空に向けて……」
ごにょごにょと俺は三バカに耳打ちする。三人とも微妙な表情を浮かべていたが、俺は自信満々に三バカの背中を叩いた。
「俺を信じろ!さぁ、二人の先生の前でやってみな!」
三人とも戸惑いながらも腕を上にあげ、魔法陣を組成する。みるみる出来上がっていく魔法陣の形を見て、セリスもアルカも目を丸くしていた。そして、完全に魔法陣が組みあがったところで三人が同時に魔法を唱える。
「「「“水玉出ておいで”」」」
すると、三バカの頭上にできた魔法陣からシャボン玉のような泡が飛び出した。
「で、出たでやんす!!」
「まじかよ!本当にクロ吉の言った通りに魔法陣を組んだらできた!!」
「うわ~フワフワしてなんか美味しそう~」
三人とも自分が魔法を使えて大興奮の様子。俺はそれを見ながら満足そうに頷いた。
「……四角い魔法陣ですか」
「あんなの初めて見たよ……」
二人はいまだに信じられないといった顔で俺のことを見つめている。俺はドヤ顔を浮かべながら二人に向き直った。
「ゴブリンの特性なのかはわかんねぇけど、あいつらの魔法陣は直線が力強くて曲線がおざなりだったんだよな。だから、普通の魔法陣を描いても上手くいかない」
「……中の直線に外側の円が負けてしまう、と」
「そういうこと」
俺があいつらに見せた魔法陣は中身は一緒だが外側を真四角にした魔法陣。それで魔法が発動するかはいささか不安だったけどな。中身がしっかりしていれば大丈夫だろう、って思ったんだが、どうやら俺の読み通りだったみたいだ。
「……やはり魔法陣に関してはあなたは化物じみてますね」
「……それ褒めてんのか?」
「えぇ……ですが、恐ろしくもあります。あなたが敵に回ってしまったらと考えると」
セリスの表情は真剣そのものだった。俺は何も言わずにセリスのことを見つめる。そんな俺達を不安そうな顔で見ているアルカの頭の上に手を置くと、俺は優しく笑いかけた。
「でも、アルカがいる限り、俺は魔族には手を出さないよ」
「ぱ……ク、クロ吉さん!!」
おっと、パパって呼ぶのは禁止しているんだったな。うるうると瞳を潤ませているアルカの頭をポンポンと叩くと、俺はセリスに目を向けた。
「……まぁ……一応お前もいるしな……」
「えっ……?」
目をぱちくりさせているセリスから俺は思わず顔をそらす。言ってから二秒で言ったことを後悔した。っていうかなんで言ったの?穴があったら入りたい。いや、今すぐ穴を掘りたい。
「……そうですね。あなたが敵になったとしても、私の幻惑魔法に屈服することになりますものね」
ビクッ!俺の身体がトラウマに反応する。セリスの背中にカエルを入れた日、俺は地獄を見た。
「……なんだよ幻惑魔法とか反則だろ。なんで俺には使えないんだよ」
一目見たら大体どんな魔法陣でも再現できるっつーのに、幻惑属性の魔法陣はなにがなんだかわからなかったからな。しかもかけられたらほとんどなす術ない。まじで反則。
「……存在自体が反則なあなたには言われたくないです」
呆れた表情でそう言うと、セリスは踵を返した。
「さぁ、さっさと他のゴブリン達にも四角い魔法陣を教えに行きましょう」
「……お前に言われなくてもわかってるっつーの。アルカ行くぞ!」
「わっ!?ク、クロ吉さん!待ってよー!!」
俺はアルカを連れてズンズンとセリスの前を歩いていった。こんなところでセリスと話している暇なんかない!さっさとこいつらに魔法陣を仕込んで俺はギーと交渉しなけりゃならねぇんだよ!
威勢よく離れていくクロの背中をセリスがじっと見つめている。
「お前もいる、か……ふふっ」
セリスははにかんだような笑みを浮かべると、嬉しそうにクロ達の後を追っていった。





