1.隠し事はばれないように事前に物語を考えておけ
俺は指揮官としての最初の仕事の成果を報告するため、魔王の部屋に赴いていた。部屋にある椅子に座りながらフェルの言葉を待つ。
「……うん、大体わかったよ。ご苦労様」
フェルは読み終えた分厚い紙の束をトントンとまとめ机の上に置く。
一応、アイアンブラッドで俺がやったことは報告書にまとめてフェルに渡した。いやー俺ってできる奴だなー。報告書をまとめたのはセリスだけど。
「アイアンブラッドにおけるコミュニケーション不足は解決に向かっている、と。僕も危惧していたことだから助かったよ」
「まぁ、俺にかかればこんなもんだ」
俺は足を組みながら自信満々に身体をそらした。後ろに立っているセリスが白い目を向けている気がするが全然気にならない。だって解決したのは俺だからな!
「これでデュラハン達はクロが指揮官って事を認めるだろうね。次はどこに行くか決めてるの?」
「当然だ」
俺は足を下ろし、前かがみになりながらフェルに不敵な笑みを向けた。
「《美食の街・デリシア》だ」
✳︎
俺がドヤ顔でフェルに報告をする少し前、俺はセリスと二人でフェルの部屋に行くために魔王城内を歩いていた。
「なぁセリス?」
「なんでしょうか?」
俺は極力いつもの感じでセリスに声をかける。
「魔族の街って他にどんな場所があるんだ?」
「急にどうしたんですか?」
「いや、アイアンブラッドはもう目処がついたから、次は違う場所に行くだろ?次行くところを決める目安にしようと思ってな」
完璧な理由。おかしなところなど一つもない。その証拠にセリスの表情は穏やかだった。
「それもそうですね。私の街を除くと《巨大都市・ジャイアン》、《フローラルツリー》、《美食の街・デリシア》、後は」
「美食の街?」
あっやべ。思わず反応しちまった。セリスが少しだけ眉を寄せながら俺を見ている。いや、まだ全然ごまかせる範囲だ。
「美食の街に興味が?」
「そらそうだろ?人間、美味いもんは食べたいって思うもんだ」
「…………」
セリスのこの目は……まだ少し違和感を感じているってだけだな。俺の真意を読み取ろうとしている。ふっふっふっ……ならファイナルウェポンを使わせてもらおう。
「城の飯も美味いんだけどな。それでもやっぱり他にも魔族らしい美味しいものをアルカに食べさせてやりたいんだよ」
俺は何気なくセリスの顔を見た。よし!効果は抜群だ!
俺が普段食べているご飯は城の人が作っているってことになってんだけど、本当はセリスが作ってんだよね。そして、俺がそれを知っているって事をセリスは知らない。
そんなセリスの手料理を褒めておきながら、アルカのためにっていう雰囲気を醸し出す。
俺も甘いが、こいつもアルカには大概甘いからな。アルカを理由にすれば多少の違和感など軽く吹っ飛んじまうのさ。
これぞ最終奥義・我が娘のためならばだ!
セリスが嬉しそうに微笑を浮かべている。
「ふふふっ、そうですね。あの街は本当に美味しいものが沢山ありますからアルカも喜ぶでしょう。領主がギーなので他と比べても親交を深めやすいでしょうし」
「ギー……ってことはトロールの街か?」
俺は幹部達に紹介された時に見たギーの姿を思い出す。確か上半身裸で全身緑のばけも……魔族だったな。友好的とは言い難かったが、それでもあの虎野郎よりはマシだった気がする。
「そうですね。正確には魔人の街でしょうか?ゴブリンやオーク、オーガもおりますので」
「あー……そういうことね」
魔人は魔族の中でも魔物によっている種族。確かに見た目は魔物みたいだったもんな。めちゃくちゃでかい棍棒持ってたし。
「なら次はそこに行くかな?」
「いいんじゃないですか?ギーは聡明ですからね。ライガみたいに突っかかってくることもないでしょう」
おいおいあの見た目で聡明なのかよ。どっちかっつーと魔法陣も魔道具もなかった時代の原始人みたいな格好なんだが。
まぁでも喧嘩売られても面倒くさいし、冷静な判断力があるやつの方がいいわな。
「じゃあ決まりだな」
「わかりました。……アルカはどうします?」
「うーん……とりあえず様子見だな。ほとんど初対面で娘を連れて行くって微妙だし」
「そうですね」
セリスが納得したように頷く。こうしてセリスに特に怪しまれることなく俺の次の目的地は決まった。美食の街ならばさぞや美味しい料理や酒があるだろう。俺の目的のためにも、やはりこの街は早々に攻略しておかないとならねぇな!
✳︎
《美食の街・デリシア》。この街は四つのエリアに分かれていた。
俺達はその一つであるベッドタウンを歩いている。
ここはデリシアで生活する者たちが住まう居住区であり、デリシアに訪れた者達を迎する宿場町でもあった。街並みは俺が暮らしていた王都とそう変わるものでもなく、肉屋や八百屋、魚屋といった食に関する店が数多く存在している。それに負けないくらい料理屋が立ち並んでいた。
「いい匂いがするな」
「美食の街ですからね。料理の匂いが街に充満しているんですよ」
俺はすんすんと鼻を動かしながら辺りを見渡す。肉の焼いた香ばしい匂いやスパイスの利いた匂いがそこかしこから漂っており、街を歩いているだけでお腹が鳴りそうになった。匂いだけでもこれだけ美味そうなんだ、これは味の方もかなり期待できそうだ。
「それにしてもいろんな種族がいるな」
一見どの種族の街なのかわからなくなりそうなほど色んな種族が街に訪れていた。こりゃアイアンブラッドとは比べ物にならねぇな。多分食材を求めてやってきているんだろうが、精霊に獣人……うわっ巨人までいやがんのか。それにしてもみんな俺を避けているような……はて、なんでだろう?
「クロ様……ご自身が人間であることをお忘れなく」
セリスが呆れたような顔で忠告した。あっそうだった。アイアンブラッドの街に慣れすぎてすっかり忘れてたけど、俺はこいつらが目の敵にしている種族だったんだよな。
「……まぁいずれ俺も普通に街を歩けるようになるだろ!」
「……そうですね」
セリスが優しく微笑んでくる。おろ?なんかやけに優しいな。てっきり「また楽天的なことを言って……」とか小言言われるかと思った。……なんか調子でねぇ。
「……朝食に変なものでも食ったか?」
「もしそうだとしたら、あなたも変なものを食べていることになりますよ。さぁ、バカなこと言ってないでさっさとギーの所に向かいましょう」
そうでした。俺達朝食一緒に食べているんでした。
セリスは冷たく言い放つとスタスタと前を進んでいく。うんうん、やっぱりセリスはセリスだったわ、安心した。
*
しばらく街の中を歩いて着いたのが大きな屋敷。俺達は屋敷の前に立っている緑の奴に声をかける。
「あー……魔王軍指揮官のクロなんだけど、ギーいる?」
なんか友達の家に尋ねたみたいな言い方になっちゃった。隣からセリスの視線を感じるがもう言っちまったもんはしょうがない。
門番らしき緑の奴はぎろりと俺の顔を見ると「……少々お待ちください」と言って屋敷の中に入っていった。すげー執事っぽい。半裸のくせにできる執事っぽい。
屋敷をぼーっと眺めていたら、さっきの緑の奴が足早に戻ってきた。
「領主様がお会いになるそうです。ご案内いたします、こちらへ」
……丁寧すぎやしませんかね?躾が行き届きすぎやしませんかね?戸惑っている俺をよそに、セリスはいたって平然と屋敷の中へと入っていく。魔人ってそんな感じなの?
緑の奴に連れられて屋敷の中を歩いて行くと、一際立派な扉の前で止められる。
「ここが領主様の部屋になります。では、私はこれで」
機械のようにお辞儀をすると、緑の奴はさっさと自分の持ち場に戻っていった。うーん、俺が思っていた魔人と違う。もっとこう……馬鹿で粗暴で短絡的な種族だと思っていたんだが。
「何をしているんですか?入りますよ」
俺が去っていた緑の奴を見ていると、セリスがノックを構えながらこちらに目を向けていた。俺は慌てて黒コートの裾を正し、セリスに頷き返す。
部屋の中は貴族の執務室のようであった。大きな机にはたくさんの書類があり、部屋の壁は本棚に変えられ数え切れないほどの本が並べられている。
まさにできる男の部屋であり、それだけに椅子に座って書類を見ている緑の巨体の姿が、部屋にマッチしてなさすぎた。
「ん?あーセリスも来ていたのか……」
ギーは書類を机に置き、かけていた眼鏡をはずした。いやいや眼鏡よりに先に身に着けるもんがあるだろ。まず上着を着ろ。
ギーは肩のコリをほぐすように大きく伸びをすると、俺達二人に向き直った。
「そういやお前は指揮官の秘書になったんだったな。同情してやった方がいいか?」
「……それはどういう意味ですか?」
セリスの眉がピクリと反応した。あれ?なんかいきなりよくない雰囲気?
「別に深い意味はない……ただ俺達の中でも特に人間を憎んでいるお前さんが、その人間と行動を共にしなくちゃならないのがな」
え?憎んでいる?俺は思わずセリスの顔に目をやったが、セリスはこちらを見ようともしない。
「……それとこれとは話が別ですから」
「別なもんかねぇ。……人間なんてどいつもこいつも同じだろ、俺達の敵さ」
軽い口調で告げるギーに対して、明らかに剣呑とした空気を醸し出すセリス。正直怖いっす。隣にいるだけなのに背筋がピンッてなります。
それよりも……んー、敵っていう割にはギーからはそこまでの警戒心を感じないんだよな。どっちかというと挑発?いやなんか試されているような気がする。
「クロ様は私達の敵ではありません」
きっぱりと言い切ったセリスを見て、ギーが驚きの表情を浮かべた。俺も驚いた。まさか俺のことを庇ってくれるとは夢にも思わなかった。
「こんな後先考えない人がルシフェル様の敵になどなりえません」
違った。けなされていただけだった。くそが。
そんなセリスをギーは指を組みながら興味深そうに見つめる。
「……なるほどな。わかった」
何が分かったんだ緑禿げ。俺が敵として取るに足らないやつだってことか?魔法ぶち込むぞ。
「さて、と。挨拶が遅れたな指揮官さんよ。俺はこの街の領主をやっているギーだ……って初対面じゃないから自己紹介はいらねぇか」
なんというか……随分フランクだ。見た目とのギャップが半端ない。初めて会った時はえらくそっけなかったというのに。
「指揮官さんがこんな街に一体何の用で?」
「この街の視察に来た。一応魔王様の命令だ」
「視察、ねぇ……」
ギーは顎を撫でながら、俺のことを値踏みをするように見る。
「視察と言っても悪事を働いているかの確認ってわけじゃなく、問題点があればそれを改善するのが目的だ」
「問題……それならあるぜ」
ギーがニヤリと笑みを浮かべる。イケメンがやれば絵になるが、こいつがやっても獲物を前にした怪物にしか見えない。
「この街はなぁ……魔族の国のほとんどの食料を賄っているんだ」
「あぁ、そうらしいな」
魔王の城で使われている食材も、アイアンブラッドに運ばれ来る野菜とかも全部デリシアで作られたものだった。
「とは言っても、魔族ってのは結構沢山いるんだよ。食材の消費もバカにならん」
「まぁ、そうだろうな」
「食べるっていうのは生きるために必要なエネルギーの補給だ。食材がありません、じゃ許されないってもんだ」
……なんか当たり前の事を言われているような気がすんだけど、もしかしてバカにされてる?
「そんな大量の食材を毎日毎日供給するのは大変なんだよな」
「話はわかった。で?何が問題なんだ」
なかなか結論を言わないギーに若干いらいらしながら俺は尋ねた。
「人手が足りない」
「……は?」
「聞こえなかったか?人手が足りない」
これはまたど直球な問題であり、解決しづらいやつが来たなぁ……。そんなん子供作れとしか言いようがない。適当な人間のメスを連れてきて襲い掛かんのが得意だろお前ら。完全にイメージでそう思っているけど。
でも、俺はそんなことは言わない。なぜなら通常業務で人手が足りないとなればアイアンブラッドに引き抜くことなど夢のまた夢だからだ。セリス曰く魔人たちの料理の腕は天下一品らしい。是非とも有望なコックをアイアンブラッドに拉致……招待したい!
「話は分かった。俺が直接現場に赴く。それで仕事を手伝いながら解決策を探す」
「おぉ。そうしてくれんのか。悪いな」
ギーがわざとらしく驚いたそぶりを見せる。この狸が……そういう風に言うように仕向けたのはお前だろうが。
話は終わりだとばかりに俺が踵を返し、部屋を出ていこうとしたらギーに呼び止められた。
「まずはベジタブルタウンに行ってくれ。あそこはゴブリンたちが仕切っているから話を聞くといい。……あぁくれぐれも指揮官だってことは内密にしておいてくれよ?緊張しちまって作業にならないからな」
「……わかった」
あくまで一般人としてふるまえってか。言ってくれますねぇ。俺は人間なんだが?
おそらく文句を言ったところで状況が悪化するだけと判断した俺は、何も言わずにギーの部屋を後にした。





