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28.イケメンなあいつの陰に隠れ続けた俺が本当の幸せを掴み取るまで

「パパ~!!朝だよぉ~!!」


 天使の美声により俺の意識は覚醒する。毎朝の事であるが、これがあるのとないのとでは朝の気分が全然違う。目が覚めて窓を見た時、土砂降りの雨だと憂鬱になるけど、お日様が見えると気分爽快だろ?それの最上級版だ。


「……やっぱりこのベッドは最高だな」


 俺はシーツに手を伸ばし、滑らかな感触を楽しむ。あれだな。ギルギシアンの店でベッドを買った時、なんでダブルベッドしかないんだよ、って殺意が湧いたが実際使ってみると悪くないな。一人でこの広いベッドを占領して眠ると、翌朝には疲れが吹っ飛んでいる。


「パパ?まだ寝てるの?」


 アルカが寝室の扉からちょこんと顔をのぞかせた。その可愛らしいしぐさに癒されながら、俺はベッドから降り、服を着替える。


「もうすぐ朝ご飯なの!」


「わかった。さっさと朝の身支度しないとな」


 うるさい奴が来る前に終わらせねぇと。俺は軽い足取りで階段を降りていき、洗面所に向かった。寝ぐせは……直すのが面倒くさいな。とりあえず顔洗って歯を磨けばいいだろ。


「おっはよーございまーす!!いつものようにみんなのアイドルが朝食もってやってきましたよー!!」


 来たよ。朝っぱらからうざいくらいにハイテンションなメイドが。


「あっ!マキちゃん!!おはようなの!!」


「おはようアルカ!!」


 二人が元気よくハイタッチを交わしている中、俺は気怠そうに席に座る。そんな俺を見てマキは呆れた顔でやれやれと頭を振った。


「相変わらず不景気な顔していますねぇ!そんなんじゃ幸せが逃げちゃいますよ!?ただでさえ指揮官様は運が悪いんですから」


「うるせぇなぁ……さっさと朝飯くれよ」


「態度も悪い!!」


 こちとら低血圧なんだ。いつも脳みそお花畑なメイドなんかに付き合っていられるか。ふくれっ面でマキが食卓に料理を並べ終えるのを待ち、朝食をいただく。


「……っていうか、なんでお前は毎朝俺達と一緒に飯食ってんだ?」


「どうしてって決まってるじゃないですか!お二人のご飯は私達給仕のものより豪華なんです!そんな美味しそうな料理を見届ける義務があたしにはあります!!」


 俺がジト目を向けると、マキが満面な笑みで答えた。いや、それ理由になってないから。


「要するにあれか?俺達の飯にあやかりたいからってことか?」


「ちょっと何を言っているのかわかりませんね」


 マキが素知らぬ顔でサンドウィッチを頬張る。


「アルカもあたしが一緒の方がいいよねぇ~」


「うん!アルカはマキちゃんとご飯を食べるの楽しいよ!」


 ニコッと笑いながらコーンスープを美味しそうに飲むアルカ。我が天使は今日も絶好調のようです。


「……とりあえず給仕長には報告させてもらう」


「そんなぁ!!お慈悲を~!!」


 この世の終わりを宣告されたような顔でこちらを見るマキを無視して俺は朝食を続けた。


 これが、()()()()()()である俺の、いつもの朝の風景だ。



 王都マケドニア。人間が住む領地の首都であり、人の行き来や物品の流通が盛んに行われているこの地に存在する城の謁見の間で、俺の報告を受けた国王が難しい表情をしていた。


「ふむ……交易の量をもっと増やしてほしい、か……」


「はい。正直、品物の数がまるで足りません」


 俺の言葉に、オリバー王は思案気な顔で自分の顎を撫でる。


「そちらの扱う商品が魔族の国に入って来てから、国民の消費量が急激に上がったんです。人間の物は質もいい上にリーズナブルで、お手軽ですからね」


 もちろん、魔族が作るものが悪いと言ってるわけじゃない。むしろ品質に関しては殆どが逸品だ。ただ、人間に比べかなりの少人数でモノづくりに取り組んでいるため、供給量が少なく、質も相まってか結果的に高価な品になってしまう。昔はそんな頻繁に買い物をしなかった魔族も平和な世の中になった今、ウインドウショッピングなどを楽しむ風潮に変わりつつある手前、記念日やら贈答品でない限り、人間の品の方が売れ行きがいいのが現状なんだ。

 恐らくそういった状況も把握しているオリバー王は唸り声を上げながら、隣にいる娘に目を向ける。


「シンシア、何が問題なのかわかるか?」


「はい、お父様。魔族の方との交易が増えることによって、メリットもデメリットもあるからです」


「ほう……それはなんだ?」


「メリットは単純に魔族の品物の需要が高いからです。少し値が張りますが、洋服や薬、魔道具など明らかに我々の物よりそちらの方が優れております。現に貴族の者達を中心に注文が相次ぎ、現在品不足になっていますからね。交易が増え、品物が増加すれば消費が加速し、経済が活発になります」


「デメリットは?」


「人間が作っている商品が売れなくなる危険性があることです。……ですが、資金に余裕のある者が魔族の物を、一般家庭は人間の物を、と客層に違いがあるのもまた事実なので、それはそこまでの問題はありません。最大の問題は現状、魔族の品物を輸入できる商店が限られている、ということです」


「上出来だ」


 スラスラと答えたシンシアさんにオリバー王が満足げな顔で頷いた。


「相変わらず優秀なお世継ぎですね」


「もう……同級生だったんですから、そんな言い方しないでください」


 俺が笑いながらシンシアさんを称賛すると、彼女は照れたように顔を赤らめながら唇を尖らせる。


「シンシアの言った通りだな。今、魔族との交易を一手に担っているのは先んじて魔族との関係を築いていたコレット商会だ。早い者勝ちと言ってしまえばそれまでなのだが、ほとんど独占状態と言っても過言ではない。幸い、コレット家当主であるブライト氏は人格者であるが故、バカみたいに魔族の品物を市場に流してはいないが、交易を増やすとなるとそうもいかないだろう」


「なるほどね……まずは、橋の建築を最優先にってわけですか?」


「そういうことだ」


 オリバー王が俺の顔を見ながら重々しく頷いた。魔族領と人間領、以前は一繋ぎの大陸だったらしいが、天変地異やらなんやらで大陸が二分されてしまった。つまり、転移魔法がなければ、軽い気持ちで両国を行ったり来たりすることはできない。でも、人間の中で転移魔法が使える奴なんてほとんどいないし、それが商人ともなれば皆無と言ってもいいだろ。コレットさんのところがうちと取引できているのは、俺の友人でもあるマリアさんが転移魔法を使えるからだ。


「なら、橋が完成するまでこの話は保留ってことになりますね」


「あぁ。だが、その橋ができれば交易の件は前向きに検討したいと思っている」


 そんな離れた大陸と大陸を繋ぐ大橋を、公共事業として今現在魔族と人間が協力して鋭意製作中ってわけだ。


「わかりました。戻ってフェル……魔王と話してみます」


「よろしく伝えてくれ」


 俺はオリバー王に一礼すると、踵を返して謁見の間を後にしようとした。


「あぁ、待ってくれ外交大臣殿」


 そんな俺をオリバー王が後ろから呼び止める。嫌な予感を感じつつも振り返ると、王様はニコニコ笑いながら俺を見ていた。


「……なにか?」


「私の補佐官になるつもりはないか?」


 でた。いつものやつ。俺が仕事で来るといっつもこれだ。俺は内心ため息を吐きつつ、困ったような笑みを浮かべる。


「オリバー王……大変ありがたい申し出ではありますが、一応魔王様から重要な役割を与えてもらっているため、そのお誘いはお受けしかねます」


「そうか……シンシアの事も支えて欲しいと思ったんだが、残念だ。なぁ、シンシア?」


「え?あ、あぁ、そうですね」


 俺以上に困った様子のシンシアさん。たくっ……この王は事あるごとに俺とシンシアさんをくっつけたがっているようだけど、絶対無理だっての。だって彼女には根っから惚れ込んでいる奴がいるんだから。


「それでは、失礼させていただきます」


 俺は逃げるように謁見の間を出ていった。メリッサ城の廊下を歩きながら俺は一人息を吐く。ふぅ……やっぱり王様と話すのは疲れるんだよな。外交が俺の仕事だから仕方がないってのはわかってんだけどさ。

 それにしても橋かぁ……頑張っているみたいだけど、まだまだ完成には程遠いって感じなんだよな。災害に文句を言っても無駄なのはわかってるけど、大陸を分けるんじゃねぇよ、まじで。フェルの所に帰る前にそっちの様子も見てみるか。


「クロムウェル!!」


 城門から外に出た俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。そっちに目を向けると、王国騎士団のマークが入った鎧を着ている金髪のイケメンがこちらに手を振りながら近づいてきているのが見えた。



 城にある中庭では騎士団の者達が鍛錬に汗を流していた。俺とレックスは木陰に腰を降ろしながら、その様子をのんびり眺めている。


「それにしても、お前が騎士団ねぇ……」


「俺自身も驚いてるよ。どうにも押しが強い先輩がいてな」


 レックスが騎士達の中で一際ハッスルしている黒髪の美少女を見ながら苦笑いを浮かべた。練習用の木剣だというのに、鎧を砕く勢いで剣を振っている。俺はそれを見て顔を引き攣らせた。


「怖い怖い。ここに来たときはあの人にバレないよういつも気を配ってんよ」


「見つかったら絶対に決闘を申し込まれるもんな」


「笑い事じゃねぇよ」


 魔族の重役としての力を見せてみろ、とかうるさかったから一度相手したら、それ以来しつこいんだよ。とにかく見つからないことに越したことはない。俺はエルザ先輩から視線を外すと、レックスの方に顔を向けた。


「……似合わねぇな」


「うるせぇ。そんなの俺が一番わかってるよ」


 レックスが顔を顰めながらその場で仰向けになる。俺も頭の後ろで指を組み、地面に背中をつけると、空を見上げた。


「みんな、自分の道を進み始めちまったんだな……」


「いつまでも学生気分じゃいられねぇからな」


 マジックアカデミアを卒業した俺達の進路はまちまちだった。とは言っても、俺とマリアさんは途中でドロップアウトしたんだけど。あの学園で学ぶことなんてあんまりなかったし、そもそもレックスのおまけで入学したわけだしな。……俺が魔族領に行くって言ったらマーリンのジジイが最後まで「儂の後継者に~!!」とか言ってたけど、全力でシカトしてやったわ。


「そういやフローラはそっちに行ってんだろ?」


「ん?……あぁ、アベルのお目付け役ってことで一緒に店員やってたな。まぁ、アベルの奴はフローラさんの目を盗んでチャーミルに行ってナンパしまくってるみたいだけど」


「ははっ、アベルさんらしい」


 俺達の上を白い雲がゆっくりと流れていく。なんていうか、今だけ時間がゆったり過ぎていく錯覚に陥りそうだ。


「……幸せか?」


 ぼーっと空を眺めていると、唐突にレックスがそんな事を聞いてきた。


「はぁ?いきなりなんだよ?」


「いや、なんとなく気になってな」


 首だけ動かしてレックスの方を見る。レックスは俺と同じように空を見ながら鼻の頭を掻いていた。


「お前は俺達の中で一番自分のやりたいことを見つけられたと思ってる」


「そうか?」


 やりたいことねぇ……確かに今の仕事はつまらなくはないけど。


「でも、なんつーのかな……満足していないように感じるんだ」


「……俺がか?」


「あぁ。満足してないっていうか、物足りないって顔してる」


「……こう見えて結構忙しい身分なんだけどな」


「仕事に関してじゃねーよ。……なにかお前にとって大切なものが欠落しているって気がしてさ」


 俺にとって大切なもの?可愛い娘もいるし、一緒にバカやれる魔族の仲間もいるし、人間のダチもいる。それ以上のものなんか考えられねぇぞ。


「いや、変な事を言ったな。忘れてくれ」


 真面目な顔で考え込み始めた俺にレックスが軽い口調で言った。


「むっ!またしてもレックスの奴さぼって……って、あれはまさか!?」


 不意に訓練場の方から視線を感じる。俺とレックスが同時に身体を起こすと、ガチャガチャと着ている鎧の音をたてながらこちらに猛然と走ってくるエルザ先輩の姿が目に飛び込んできた。やべぇよやべぇよ。


「すまん、レックス。急な仕事を思い出した。俺は魔族領に戻るぞ」


「あぁ。俺もこれから場所を移して昼寝をしなきゃなんねーんだ。じゃあな」


「クロムウェル・シューマァァァァァァァァァァン!!いざ尋常に勝負だぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺は即座に魔法陣を組成すると、死に物狂いで魔族領に転移した。



 エルザ先輩から逃げた足でやってきたのは魔族と人間の国境。境界線を示すように作られた魔族の砦は、今はまるで意味をなしていない。なぜなら砦の先はすぐに断崖絶壁となっているから、わざわざここを越えようとする輩なんていないって話だ。俺は現場仕事をしている巨人達に近づき、声をかける。


「ご苦労様。作業は順調か?」


「ん?クロ様じゃねぇべか!!」


「おーい!!クロ様が来てくださったどー!!」


「いやー!お疲れ様だべ!!」


 人のよさそうな笑みを浮かべながらみんなが俺の所にやってきた。うん、嬉しいんだけど圧が半端ない。全員俺よりも遥かにでかいからね。


「ギガントはいるか?」


「橋の先にいるべな!」


 巨人が指示した方に目を向けると、途中まで出来上がっている橋の上に見慣れた巨体が目に入る。


「サンキュー!大変だと思うけど頑張ってくれな」


「んだ!まかせるんだな!!」


 俺は巨人達にねぎらいの言葉をかけ、ギガントの所まで転移する。


「よぉ、ギガント……って珍しいな。ピエールもいるのか」


「おぉ!外交官様じゃねぇか!」


「木漏れ日が織り成すそよ風に乗ってやってきたか、外交官よ」


 ギガントが嬉しそうに手を挙げ、ピエールはなぜか斜め45度の角度で立ちながら、髪を優雅にかき上げた。


「なんでピエールがこんな所にいるんだ?」


「ふっ……理由などない。まぁ、あえてこの事象に名前をつけるのであれば『光求めし子羊に進むべき道を照らす堕天使』とでも言っておこうか」


 ピエールは通常運転らしい。俺がギガントに顔を向けると、ピエールの言葉の意味を必死に考えていた。ギガント、その行為に名前をつけるとしたら「時間の無駄」だ。


「ピエールは頭がいいからオラには言っていることがわかんねぇ。てっきり、この橋につける照明魔道具を考えるために来てくれたのかと思ってただ」


「なるほど、ものすごくわかりやすい説明ありがとう」


 結構長くてでかい橋になりそうだもんな。灯りがあると夜も安心だ。


「……願いはわかったぞ。早速我輩は城に戻り、この場に相応しい光を生み出すことにしよう。建築大臣、外交大臣、さらばだっ!!」


 ピエールはマントでひらりと自分の身体を包み込む。そして、そのままこの場からいなくなった。いや、そんな大げさな動作しないで普通に転移魔法で帰れっつーの。


「ふぅやれやれ……ようやっと行ったかの。あやつは何を言っているのかさっぱりじゃから苦手じゃ」


「“小さき火の玉(ファイヤーボール)”」


「ふんぎゃっ!!」


 ふわふわと浮遊しながらこちらにやってきた魔女のような恰好をした少女の顔面にとりあえず魔法をぶちかます。


「フ、フライヤ!!?だ、大丈夫かぁ!?」


「何するんじゃクロ!!」


 橋の上に落っこちたフライヤにギガントが心配そうな顔で駆け寄る。本当にギガントはいい奴だなぁー。


「お主はいつもいつも、なぜ妾の顔に魔法を放つ!?」


「いやーあれだよ。ティッシュで作ったこよりで鼻をこしょこしょってされるとブェーックション!ってなるだろ?それと一緒だよ」


「くしゃみ感覚!?」


 フライヤが俺を睨みながらずれ落ちた三角帽を直す。


「そういやお前が人間側の橋建設代表だったな」


「その通りじゃ!妾はえらいんじゃぞ!恐れ入ったか!?」


「いや、人間側の人選に不満が爆発しそうだっただけだ」


「妾の魔法で爆発させてやろうか!?」


 あほが。お前の魔法ごときで爆発する俺ではない。……アルカだったら自信がありません、まったく。

 まぁ、なんかこっちの代表であるギガントと仲良いみたいだし、なんだかんだ言ってこのロリババアは一流の魔法陣士だし、なんとかなるだろ。


「お主こそなんでこんな所におるんじゃ?お主の仕事は橋を作ることじゃないじゃろ?」


「あぁ、まぁいろいろ事情があって橋の進捗状況を見に来たんだよ。で?どんな感じだ?」


「問題ねぇだ!って言いたいところだけんど、建築スピードに対して資材がちょっと心許ないべ」


「資材ねぇ……」


 あそこに積みあがっている岩だよなぁ。十分あると思うけど、プロが言っているんなら足りないんだろうな。


「わかった。ちょっとライガに確認してみるよ」


「そうしてくれると助かるんだなぁ」


「のぉのぉクロ。次来るときは何か甘い物を手土産として持ってきて欲しいのじゃ」


「まかせろ。デリシア名物・激辛唐辛子まんじゅうを買ってきてやるよ」


「この人でなしが!!」


 ぎゃーぎゃーとやかましいフライヤを無視し、ギガントに別れを告げると俺はライガの街に向かった。



 さあ、やって来ましたゴア・サバンナ。危険な場所に魔物の素材や植物採集に出かける脳き……屈強な戦士達が己を鍛え続ける街。さてさて、その中でも筋肉が服を着て歩いているバカ虎はどこにいるのか……。


「服の素材集めが先に決まってるでしょ!!」


「いーや、害獣退治が先だ」


 なにやら言い合う声が聞こえるんですが?そして、その声はこの街で聞くはずもないものなんですが?


「……どっちでもいいから早くしてくれよ」


 言い争いをしている二人を見ながらライガがうんざりした口調で告げる。


「いいか、フレデリカ。今、ゴブリンの畑に魔物がやたらと湧いて大変なんだ。このままじゃ飯が食えなくなるかもしれないんだぞ?」


「なによ、それくらい!自分達でちゃっちゃと追い払えばいいじゃない!!そんな事より今すぐに生糸が必要なのよ!それを使ってマリアの服を作ってあげるって約束したんだから!!ねぇ?マリア」


「えっと……それは後回しでもいいんじゃないかなーって思ったり……」


「よくないっ!!」


 フレデリカに怖い顔で睨まれたマリアさんが身体を縮こませながら一歩後ろに引いた。まったく……こいつらは……。


「お前ら……魔族の大臣が揃ってくだらない言い合いなんかしてんじゃねぇよ」


「あぁ?……なんだ、クロか」


「あっ、クロ♡」


 俺を一瞥してすぐに興味を失ったギーとは対照的に、フレデリカは黄色い声を上げながら俺の腕に絡みついてくる。それを見たマリアさんが慌ててこちらに駆け寄り、フレデリカの腕をほどいた。


「くだらなくなんてねぇよ。こちとら魔族の存亡にかかる一大事だ。どうでもいい用件はそっち」


「何言ってんのよ!こっちも一大事なのよ!!私が作った服でマリアがクロを悩殺」


「フレデリカさんっ!!」


 マリアさんが顔を真っ赤にしながらフレデリカの口を塞ぐ。え?今俺を撲殺って言わなかった?フレデリカはどんな服を作ろうとしてんの?ってか、それ以前にマリアさんって俺を撲殺したいくらい恨んでんの?泣きそう。

 そんな魔族の重鎮二人がにらみ合っている中、転移の魔法陣が浮かび上がる。そこから現れたのは白銀の鎧。兄弟……お前もか。


「ライガ……刃を研ぐための研磨石が…………取り込み中か……」


 普段と変わらぬダンディズムな声でそう言うと、ボーウィッドは俺に視線を向けた。


「兄弟もいるとは珍しい……何かあったのか……?」


「みんな素材を集めてくれる狩猟大臣が大好きってわけだ」


 俺が親指で指すと、ライガは苦虫を噛み潰したような顔でこちらを睨む。


「……そうなのか……兄弟もか……?」


「ん?あぁ、そうだ。ボーウィッドには申し訳ないが、ちょっと急ぎの用件でな」


 そう言うと俺は仏頂面をしているライガに向き直った。


「ライガ、このバカ二人のことなんか無視して、手早く橋建設用の資材を集めてくれ」


「はぁ!?あとから出てきてそれはねぇだろ!!」


「そうよ!!いくらクロでも譲れないわ!!」


「うるせぇ!!こっちは人間とのこれからの付き合いがかかってんだよ!!」


「そんな事関係ねぇ!!さっさとあの猪共をとっちめねぇと大事なカボチャ畑がおじゃんになるだろうが!!」


「私だってマリアの未来がかかってるのよ!!」


「あっ……だからそれは全然……」


 フレデリカに何か言おうとしたマリアさんだったが、睨み合っている俺達を見てため息を吐くと諦めたようにその口を閉じる。


「あぁ!もう面倒くせぇ!!話が全然進まねぇから、いつものやり方で決めやがれ!!」


 それまで特に口を挟まず成り行きを見守っていたライガがイライラしたような声で言った。いつものやり方……いいだろう。望むところだ。

 俺はそこら辺に落ちていた木の棒を拾うと、四本の縦線を書いた。フレデリカとギーがそこに適当に横線を引いていく。そして、終着点に自分が得意とする競技種目を書いていった。


「おら、ボーウィッド!お前もやるんだよ!」


「……俺は別に急いでは……まぁ、いい……」


 ライガに言われ、ボーウィッドもあみだくじに参加する。はっ、俺が選んだ種目は『腕相撲』だ。究極(アルテマ)身体強化(バースト)を施した俺に勝てる者などこの魔族領にはどこにもいない!

 不公平にならないよう、出発点はライガが選ぶ。奴の棒が線をなぞっていくのを、俺達四人は固唾をのんで見守っていた。来い来い、自分の所に来い。誰もが心の中でそう思っている状況で、ライガの棒はゆっくりゴールへと向かっていく。そして、それがピタッと止まった。その瞬間俺達は顔を寄せ合い、そこに書かれている文字を読む。果たして選ばれた種目とは……?



「うっぷ……」


 真夜中、俺は家のソファに身体を沈めながら一人えずいていた。よりにもよって選ばれた種目が「飲み比べ」とはな。相手は酒にめっぽう強くてめっぽう弱いウンディーネと、アルコールの効果を消し去る聖母だぞ?そんなの勝てるわきゃねぇだろうが。最終的にはアルカも参加して、適当にアベルをからかって、酒に弱いフローラさんがそっこー倒れて、ゴブ太の店を無茶苦茶にしてっていう、いつもの飲み会になってたけど。


「ギーの野郎は種目が決まった瞬間、諦めてボーウィッドと楽しそうに飲んでたもんな」


 ちなみにギーが選んだ種目は「知恵比べ」で、兄弟が選んだのは「早磨き」だ。悪い兄弟……早磨きってなんなのか全く見当もつかないんですけど。


「ってか、なんでライガの奴は飲み比べに参加してたんだ?」


 あのバカ虎は自分が勝っても何もないっていうのに意気揚々とマリアさんに挑んでやがった。結果は誰もが予想した通り、ボロ負けだったけど。本当、あの脳筋は勝負ごとに目がねぇ救いようもないバカだ。


「うへぇ……俺がこんなになったのは完全にあの野郎のせいだな……くそが」


 俺だって飲み比べで対決って決まった時から勝負する気なんてサラサラなかったんだよ。なのになんでこんなに酔ったのかって言うと、アベルのクソ野郎が絡んできやがったからだ。あんな万年発情期のナンパ野郎に負けるわけにはいかない、と張り合った結果がこれだよ。まじでアベルの野郎は許さねぇ。


 結局勝ったのはフレデリカか。あいつ、俺を撲殺できる服をマリアさんに提供するって言ってたよな?やべぇよやべぇよ。一番勝たせちゃまずい奴だろ、それ。畜生……あいつがいれば俺にも勝機はあったっていうのによ。


 …………………………………………あれ?あいつって誰だ?


 自分で言ったのに自分が分からない。あいつ?俺の知り合いであの二人以外に酒に強い奴なんていたか?それこそ、水かなんかと勘違いするレベルで酒を飲み続ける酒豪な奴なんて……。

 そんな事を考えていたら突然、言いようのない頭痛に襲われる。なんかすげぇ気分が悪くなってきた。マジで飲みすぎたみたいだ。今日は早いとこシャワーを浴びて寝よう。


 翌日。


 厚い鉄板で殴られ続けているみたいに痛む頭で俺はフェルの所へ赴く。昨日はなんだかんだで行く暇がなかったからな、面倒くせぇけど今日はちゃんとオリバー王の話を報告しねぇと。


「あっ、おはようクロ!……随分ひどい顔だね」


「あー気にすんな」


 部屋に入ると、フェルがいつもの『世のお姉さまが黙っていませんよスマイル』を俺に向けてきた。二日酔いの俺には結構堪えるって、それ。

 俺は城の給仕さんにもってきてもらった水を飲みながら昨日のことをフェルに説明する。一通り話をし終えたところで、黙って聞いていたフェルが口を開いた。


「なるほどね。ってことは橋さえ完成しちゃえば、もっと人間との交易が進むってことだね」


「そういうこと。だから、目下のところ橋完成が急務だな」


「わかったよ、ご苦労様。それを流通大臣に伝えて来てくれたら休んでいいよ!大分、体調も悪そうだしね」


「あぁ……お前の顔見ていると胃がむかむかしてきて今にも吐きそうだ」


「それ、ものすごく失礼だよね」


 ジト目を向けるフェルを華麗にスルーして、俺は魔王の部屋を出ていこうとする。あー……まじで気持ちわりぃよ。さっさとリーガル爺さんの所に行ってもう一回寝るべや。


「クロ」


 部屋の扉を開けようとした瞬間、フェルが俺の名前を呼んだ。俺は緩慢な動きでフェルの方へ顔を向ける。


「いつもこき使ってごめんね……秘書でも欲しいなんて思ったことない?」


「はぁ?秘書?別にいらねぇだろ、そんなの」


 確かに忙しいけど、てんてこ舞いってほどじゃねぇしな。


「そっか……」


 俺の答えを聞いて寂し気な笑みを浮かべるフェル。あまり見たことのない反応だ。


「なんだよ急に?なんかあんのか?」


「いや、なんでもないよ。気にしないで」


「……変な奴」


 まぁ、こいつが変なのは今に始まったことじゃねぇか。俺はさっさと頭を切り替えてフェルの部屋から出ると、リーガル爺さんのいるチャーミルへと転移した。



 フェルに言われた通り、リーガルの爺さんに交易の件を報告した俺は、爺さんの屋敷から出たところで大きく伸びをする。結構長い時間いたせいか二日酔いはほとんどなくなったな。長い時間屋敷にいたって言っても、ずっと報告をしていたわけじゃない。ってか、むしろ報告は10分ぐらいで終わったんだよ。その後はひたすらアルカの話。

 同じ悪魔族だからなのかわからないけど、アルカはリーガル爺さんに懐いてんだよね。だから、ちょくちょくここへと遊びに来ているみたいなんだけど、その時のことをあの爺さんは延々と話してくるんだよ。アルカと話すのは俺の大好物だが、アルカの話を誰かから聞くのは別にそこまでじゃない。ましてや爺さんの話はどれだけ自分が好かれているかって類の話だから鬱陶しいことこの上ないっつーの。


「さて……仕事もこれで終わったし、家でゴロゴロしようかね」


 そう思って転移魔法を使おうとした俺だったが、ある事を思い出し、その魔法陣を消す。そして、爺さんの屋敷の裏手にある小高い丘に向かって歩き始めた。

 藪をかき分け進んでいく。最初の頃は四苦八苦していたが、今では慣れたもんだ。ここは全くと言っていいほど人が来ないから完全に獣道なんだけど、俺は気にせずにズンズン奥へと歩いていく。

 小さな林を越えたところで現れるのは見晴らしのいい丘。草原から吹かれる気持ちのいい風を受けながら、緩やかな傾斜を登っていくと、そこには二つの墓標が立てられていた。

 その墓に眠るのは爺さんの息子とその奥さん。俺はゆっくり墓に近づくと、目を瞑り、静かに手を合わせた。


「……この街に来たらいつもここに来ちまうんだよな」


 会ったことも見たこともない魔族の墓。この二人は俺が魔族領に来る前に死んでしまっているから当然の事なんだけど。だから、赤の他人の墓だと言っても全然過言じゃない。


「でも、どうにも他人には思えないんだよなぁ……」


 爺さんの話じゃ、この二人は俺の両親と同じくらいの年らしい。つっても、俺の両親も死んじまってるんだけどな。だから、ちょっとしたシンパシーを感じちまうよ。

 もし、この二人に子供がいたら俺と同い年くらいなんだろうな。きっとすこぶる美人だぞ?サキュバスは揃いも揃って目移りしちまうような美形ばかりだからな。

 太陽のように輝く金色の髪を肩まで伸ばし、目のやり場に困るような二つのデカメロンが胸に置かれてんだよ。そんでもって、俺のやることなすこと文句ばっかり言ってて、ちょっと他の()と仲良くしようものならすぐにやきもち焼きまくる奴。でも、誰よりも温かくて、情にもろくて、愛情深くて……そんな優しい悪魔。って、妄想が過ぎるか。そもそも女かどうかもわからねぇしな。


「…………あれ?」


 嘘だろ?


 えっ?ちょっと待って?


 なんで?なんでだ?


 なんで泣いてんの、俺?


 湯水のごとく溢れ続ける涙を流しながら茫然とその場に立ち尽くす。涙が出る理由がわからない。なのに、出れば出るほど切り刻まれるような鋭い痛みが胸に走った。その痛みは全身に広がり、やがて立っていられなくなった俺は胸を抑えてその場に蹲ろうとする。


 ―――泣かないでください。


 反射的に顔を上げた。慌てて周りを見ても誰もいない。でも、確かに聞こえた。聞いたことのない、聞き覚えのある声。矛盾しているけど、その表現に俺自身全く違和感を感じなかった。


「なんだよ……いったいどうしちまったんだよ、俺は……?」


 涙は未だ止まる気配はない。痛みは今もなお俺の胸を痛めつけている。だけど、さっき聞こえた声のおかげで少しだけ和らいだ。

 これは既視感を覚える。俺が諦めそうになった時、俺がくじけそうになった時、いつもこうやって救われていた。何に諦めそうになった?何にくじけそうになった?何に救われた?何一つとしてわからないが、それでもそうだったと言い切れる。


『なにかお前にとって大切なものが欠落している』


 不意にレックスの言葉が頭に思い浮かんだ。俺にとって大切なもの……?なんだよそれ……!!俺は何も失ってなんかないはずだ!!仲間や娘に囲まれて何不自由なく暮らしているはずなんだ!!


『秘書でも欲しいなんて思ったことない?』


 今度はフェルの言葉だ。秘書?秘書なんかいらねぇ!!俺は一人でもやっていけてる!!秘書がついたところで今までみたいに自由気ままな生活ができなくなって煩わしいだけだ!!それに俺の秘書はあいつ以外にありえな……。


「……あいつって誰なんだよ!?」


 たまらず飛び出したのは荒々しい声。なんなんだよ、この感情は!!何に対して俺はイラついてんだ!?何を思って俺は悲しんでいるんだ!?わけがわからなくなって苦しんでいる事にか!?それとも俺を悩ませる『あいつ』にか!?


 ……いいや、どちらでもねぇ。その『あいつ』を思い出せない自分にむかついてんだ。


「思い出せない……ってことは、忘れちまっているのか……?」


 つまりいたんだ。俺をここまで感情的にさせる誰かが。俺のすぐ傍に、いつも。


 頭が割れそうなほど痛い。これは二日酔いのせいなんかじゃねぇ。俺が思い出そうとするのを何かが邪魔してるんだ。だが、俺は負けねぇ……!!あいつの魔法になんて負けねぇ!!


「魔法……?」


 自分の心の声に疑問がわいた。……そうだ、あいつが魔法を使ったんだ。魔族と人間のために、自分の記憶を消すっていう魔法を。その時に俺があいつに叫んだ言葉だ。あいつの記憶が消されてようとも、自分の言葉なら思い出すことができるはず!


『―――いいか!!絶対にだ!!絶対にお前を見つけ出してその名前を呼ぶ!!魔王軍指揮官を舐めるんじゃねぇぞ!!』


 魔王軍指揮官……俺は魔族外交大臣なんかじゃない……?人間と敵対していた魔王軍の幹部……俺は……魔王軍指揮官、クロ!!

 くそっ!!いろいろ思い出してきているっつーのに、肝心の『あいつ』のことが思い出せない!!絶対にお前を見つけ出してその名前を呼ぶ?偉そうなこと言いやがって……ふざけんな!!今の今までその存在すら忘れちまっていたくせによ!!


 鼓動が加速度的に早くなる。血流の音が俺の鼓膜を殴りつける。


 なぜだ!?なんで名前が出てこない!?俺にとって大切な奴だったはずだ!!忘れちゃいけない相手だったはずだ!!覚えてなくても心がそう叫んでる!!なのになんで……なんで思い出せないんだよ!?『あいつ』は俺の幸せを願って消えていったはずなのに!!俺の幸せを…………!!


 …………幸せ?


『俺の本当の幸せはセリスと共に生きていくことなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』


 その瞬間、心の奥底で固く口を閉ざしていた宝箱が開いた。


「セ……リス……?」


 俺の口からぽつりと言葉がこぼれる。それに呼応するかのように、周囲に光の粒子が漂い始めた。それは次第に集まっていき、ゆっくりと何かの形を成していく。口をぽかんと開けたままその光景を見ている俺の前で、光の塊は目も眩むような閃光を放つと、次の瞬間、そこには金髪の美女が立っていた。


「……まさか私の”失楽園(パラダイス・ロスト)”が破られるとは……相変わらず規格外すぎるんですよ、あなたは」


 その柔らかな声が俺の耳を刺激する。だが、脳みそが再起動するにはそんなのじゃ全然足りない。金髪の美女は動き方を忘れてしまった俺の目元へ手を伸ばし、流れる涙をそっと拭った。


「クロ様の泣いている姿、初めて見ました。……なんとなく嬉しい気持ちになっているのは、知らないあなたを知ることができたからでしょうか?」


 その手の温もりも、包み込むような声も、優しい眼差しも、今まで忘れていたのが不思議な程、俺の脳髄に深く刻み込まれているもの。俺はその手を握り、そっと慈しむ様に自分の頬に触れさせる。それを彼女は何も言わずに見守っていた。


 そうだ……いつだって俺と一緒にいてくれて、隣でずっと支え続けてくれた。無理ばっかりする魔王軍指揮官を諫めてくれる俺の秘書。そして、これから続いていく長い人生を共に歩んでくれることを誓った俺のパートナー。


「……セリス」


「はい」


 俺が名前を呼ぶとセリスが答える。俺はほとんど無意識のまま近寄り、その身体を抱き寄せた。


「セリス」


「はい」


「セリス」


「はい」


「セリスっ……!!」


「……はい。ここにいますよ」


 一度止まったはずの涙が再びあふれ出す。でも、これはさっきまでの悲しくて苦しいものじゃない。心の底からホッとして、どうしようもないくらいに嬉しくて流れ出している涙だ。


「セリス……」


 もう一度、名前を呼びながら俺は少しだけ身体を離し、セリスに向き直った。言いたいことはいくらでもある。俺に無茶をするなっていつも言うくせにお前はなんであんな無茶をしたんだ!とか、もう二度と俺の前からいなくなるなんて許さない!とか……他にももっとたくさん。


 でも、言葉が何も出てこない。セリスがいる、それだけで胸が満たされた俺は何も言わずにその身体を強く、強く抱きしめた。今はただ、腕の中にあるかけがえのない温もりを全身で感じていたいんだ。



 ……どれくらい時間が経っただろうか。朝方、リーガルの爺さんの所に来た俺は今、誰もいない高台でセリスと二人、夕日を見つめている。セリスがこの世界に戻って来てからずっと、草の上に腰かけ、会話もなく景色を眺めていた。ただ、手だけはずっと握っている。もう二度と大切なものを失わないために。


「……少しだけ、怖いです」


 そんな言葉が不意にセリスの口からこぼれた。俺は燃えるように真っ赤な夕日から視線を外し、セリスの方へ顔を向ける。夕日に照らされ、神々しさすら感じるセリスの表情はなぜか寂しげだった。


「……怖いって?」


 俺は極力優しい口調で問いかける。それまで静かに夕日を見ていたセリスがゆっくりこちらへと向きなおり、弱弱しく微笑んだ。


「あなたは思い出してくれましたが、他の人はそうはいきません。覚悟はしていますが、実際にそれを目の当りにしたら……正直辛いです」


「…………」


 セリスの悲痛な叫びを前に、俺は何も答えることができない。誰かに忘れられる、そんな経験なんてしたことない俺にはセリスの気持ちを半分も理解してやれない。だから、俺は言葉の代わりにつないでいる手に力を込めた。


「……クロ様?」


「また一から築いていけばいい。大丈夫、心配すんな!セリスも知ってるだろ?あそこにいるのはバカだけどいい奴らばっかりだ!それに……」


 俺は自分ができる最高の笑顔をセリスに向ける。


「俺がいる。誰が忘れようとも、俺は二度とお前を忘れない」


「っ!?」


 その言葉に、セリスの瞳がうるんだ。それをごまかすように、セリスは視線を夕日に戻す。


「……本当、極稀にかっこいいこと言っちゃうんですから」


「極稀で悪かったな」


 俺は心の底から夕陽に感謝していた。こんなに赤く輝いていなかったら俺が赤面しているのがバレるって話だ。


「……そろそろ帰ろうか」


「……はい」


 しばしの沈黙の後、セリスに尋ねる。セリスはギュッと俺の手を握りしめて答えた。セリスの記憶がない、か……ってことはみんな驚くだろうな。いきなり俺がこんなに美人な恋人を連れてくるんだから。恋人っていうか奥さんか。

 さーて、どう説明したもんか……お前らに隠れて愛を育んでいました、とか?結婚してから紹介だなんてどう考えても隠れすぎだろ。ギーあたりに探りを入れられたらすぐにボロが出るっつーの。もっとましな言い訳を考えねぇとな……やっぱりこういう時はフェルに相談するのが一番か。


 そんな事を考えながら転移した俺の目に飛び込んできたのは、パーティ仕様に様変わりしていた城の中庭だった。


「なっ……!?」


 呆気にとられる俺。隣にいるセリスも多分同じような顔をしていると思う。そんな俺達に集まっていた連中が気づいた。


「ん?やっとおでましか」


「おせぇよ」


 俺達を見ながら待ちくたびれた様子でギーが言うと、ライガが不機嫌そうに鼻を鳴らす。その奥ではギガントが笑いながらこちらに手を振っていた。


「おいおい……見せつけてくれるじゃねーか、クロムウェル」


 なぜかこの場にいるレックスがしっかりと手を繋いでいる俺とセリスを見てニヤニヤと笑みを浮かべている。対照的にその隣にいるフローラさんは顔を顰めていた。


「ラブラブなのは知っているから、そういうのは二人っきりの時だけにして欲しいわ、まったく!」


「女の嫉妬は見苦しいぞ?……いや、それは男の嫉妬の方か?」


「エ、エルザ先輩!?」


 フローラさんが慌てた顔でエルザ先輩の方を見ると、一緒にいたシンシアさんが楽しそうにくすくすと笑う。学園にいた頃によく見た光景。だが、これは異常でしかない。だって、ここは魔族領なんだから。


「フローラの言う通りよ!目の前でいちゃいちゃなんて見せられたらたまったもんじゃないわ!マリア!あの二人を引き離すわよ!!」


「ちょ、ちょっとフレデリカさんっ!!」


 その美貌を見事に台無しにするような怒り顔で猛然とこちらに来ようとするフレデリカを、マリアさんが必死に抑えていた。


 ……なんだ、これ?


 一体どうなってるっていうんだよ。おかしいだろ、こんなの。ありえねぇよ、絶対。


 なんで誰一人としてセリスがいることに疑問を持たないんだ?


「…………どうした……兄弟……?」


 放心状態の俺とセリスの所に、ボーウィッドとピエールが歩いてくる。俺は咄嗟に口を開いたが、聞きたいことが多すぎて言葉が出てこない。


「ふっ……大方、同郷の親しき者達がこの魔が集う場にいることに驚きを禁じ得ないのだろう」


「……なるほど…………マリアが連れて来てくれたんだ……みんながいた方が盛り上がると言ってな……」


 違う。そうじゃねぇ。俺が本当に知りたいのはそれじゃねぇんだ。


 俺の表情が変わらないのを見たピエールが眉をひそめながら首を傾げる。


「ふむ。どうやら違ったようだ。ならば、この宴に関してか?」


「こいつは魔王様の命令だ。突然俺達の所にやって来て『今日はパーティをやるから集まって!』て言い出してさ。まっ、いつもの気まぐれってやつだろ」


 いつの間にか近くにいたギーが軽く笑いながら肩をすくめた。違うんだ……俺が、俺達が知りたいのはもっと別の事なんだよ……!!なんで……どうして記憶にないはずのセリスがここにいるのにお前らは───。


「───それは、クロの幸せにセリスが絶対に必要だったからじゃない?」


 俺とセリスが反射的に声のした方へと顔を向ける。そこにはいつものように無邪気な笑みを浮かべた魔王が立っていた。


「フェ、ル……?」


 気の抜けた声が俺の口から漏れる。フェルは笑いながらゆっくり俺とセリスの方へと歩み寄ってきた。


「これは僕の憶測に過ぎないんだけどね。セリスが願ったのはクロの本当の幸せだから、その通りになったんだと思うよ?クロにとって大切な人達が絆で結ばれ、その輪の中で最も大事な女性と共に生きていく……そういう世界になったんじゃないかな?」


 フェルの話を聞いた俺は目を見開いた。そんな俺を見てもフェルはニコニコと笑っているばかり。


「これが……君の本当の幸せでしょ?」


 ……はっ。そういうことかよ。


 完全に脱力しきった俺はセリスに力のない笑みを向ける。セリスの方はまだ驚きの波が去っていない様子だった。


 バターン!!


 その時、中庭の隅にある小屋の扉が勢いよく開かれる。そこから茶色い髪をした可愛らしい小さな女の子が、俺達を見て満面の笑みを浮かべた。


「あー!パパとママだ!やっと帰ってきたの!!」


 そう言うや否や脇目も振らずにこちらへ駆け寄ってくる。そして、小さな身体を目一杯開いて、俺とセリスに抱きついた。


「ルシフェル様がぱーてぃをやるんだって!!パパとママも参加するでしょ!?」


 くりくりの大きな目をキラキラと輝かせながらこちらを見てくるアルカを見て、俺は小さく笑いながらその身体を優しく包み込んだ。


「……そうだな。こんなに楽しそうな事、参加しないわけにはいかないよな」


「うんうん!ママは!?」


 アルカが期待に満ちた目でセリスの顔を覗き込む。呆けたままアルカを見つめていたセリスの、そのサファイヤのように美しい碧眼から一筋の涙が頬を伝った。


「マ、ママ?」


 突然涙を流したセリスに戸惑いを隠せないアルカ。セリスは慈しむようにはにかむと、俺と同じようにアルカの身体をギュッと抱きしめた。


「……えぇ。私も一緒です。これからずっと……ずっと一緒にいます……!!」


 止まることを知らない涙が夕日に反射して光り輝く。それはどんな宝石よりもずっと奇麗だった。


「セリス」


 そんな、これからの長い人生を共に歩むことを誓ったパートナーの名前を俺は優しい声で呼ぶ。それに反応したセリスが少しだけアルカから身体を離し、こちらへと顔を向けた。俺はみんなに囲まれて涙を流すセリスをしっかりと見つめながら、静かに口角を上げる。


「おかえり」


 伝え忘れていた言葉。帰ってきたことを祝う言葉。俺の思いをこれでもかというほど乗せた言葉。


 そして、本当の幸せを掴むことができた事への感謝の言葉。


 セリスが小さく息を呑む。涙を流したままぼーっと俺の顔を見つめていたセリスは、ゆっくり目元を拭うと、僅かに頬を紅潮させながら幸せそうな笑みを浮かべた。

















「───ただいま」















                                 fin

 皆様、拙作をお読みいただき、誠にありがとうございました。読者の皆様がいたからこそ、ここまで書き続けることができたのだと思います。


 『イケメンなあいつの陰に隠れ続けた俺が本当の幸せを掴み取るまで』の物語はここで一旦完結とさせていただきます。「一旦」という言葉を使わせていただいたのは、皆様から「後日談を書いて欲しい」「SSを見たい」というありがたいお言葉を頂戴したからに他なりません。

 少しの間、筆を置かせていただき、またゆっくりと書いていければな、と思っております。もし、お時間が許すようでありましたら 


https://t.co/x1ug3nWS8g?amp=1


 こちらのサイトに足を運んで人気投票をしていただけると幸いです。読者の方々に人気のあるキャラクターのSSを書いていこうと思っておりますのでよろしくお願いいたします。

 また、ありがたいことにこの作品は角川スニーカー文庫様より書籍化させていただきます。発売日は2020年1月1日となっておりますので、書店などに立ち寄った際はお手に取っていただけたら至福の喜びにございます。


 最後になりましたが、300話以上、100万文字以上の長い作品にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。これからも、小説は書いていこうと思っているので、ごゆるりとお付き合いいただけるとありがたいです。 

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書籍化に伴い、特設ページを作っていただきました!下記のリンクから足を運んでみてください!
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[良い点] 全部 [一言] 超面白かった ありがとうございました
[一言] 今日全部読み終わりましたがこれは最高傑作です!!!! 途中で涙が出てきました!! こんな面白い話を書いてくれてありがとうございました!
[一言] 思わず一気に読みました。 ありがとう
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