2.代表
この国の象徴であるメリッサ城の中心。一週間ほど前、魔王とその右腕である魔王軍指揮官により激震がもたらされた謁見の間は今、異様な空気に包まれていた。
この場にいるのは威風堂々たるこの国の王、オリバー・クレイモア。常日頃から王として威厳に満ちた顔をしている彼だが、今日はその表情を渋いものにしている。
そんな彼の後ろに立っているのは妙な格好をした男と肌の露出が多い女。独特な雰囲気を醸し出している彼らは紛れもなく実力者。冒険者の中でも五本の指に入る、と称されているSランク冒険者のガルガント・ボーとレイラ・カロリングである。普段は勝気なレイラも、あまり感情を表に出さないガルガントもその表情は一様に暗かった。
そして、賢王と屈指の冒険者の前には三人の見目麗しい少女達が恭しくも片膝をつき頭を垂れている。
「……そんなにかしこまらないでくれ」
オリバーが目の前で跪く少女達に告げた。その声は家臣に命令を下すような硬いものではなく、どこか親しみの籠ったものだった。
三人は顔を上げると、スッとその場で立ち上がる。オリバーはそんな彼女達の顔を順々にゆっくりと眺めていった。
「再び人類のため魔族に立ち向かうこと深く感謝する、勇者フローラよ」
オリバーは緑の髪をした少女に目を留める。その髪の色はブルゴーニュ家特有のもの。先代の勇者であったアベル・ブルゴーニュも同じ髪の色をしていたが、彼女はその男の実の妹であった。
「私には……勇者と呼ばれる資格はありません」
「資格がない?それはなぜだ?」
フローラは一瞬何かを言いかけて口を閉じ、僅かに目を伏せると覚悟を決めた眼差しを彼に向けた。
「私が今回魔族との戦いに立候補したのは、勇者としてみんなを守るためではありません……ただの私欲です」
「私欲……この戦いに参じなければ叶えられない願いでもあるというのか?」
「『願い』というよりは『義務』ですかね。私はどうしても確かめなければならないことがあるのです」
「確かめなければならないこと……」
オリバーが小さな声で呟きながら自分の顎を撫でる。
「それはフローラ殿の兄に関してのことか?」
「…………」
オリバーの問いかけに答えないフローラであったが、その目はそれが正しいことを雄弁に語っていた。
「なるほど……確かに気になるところではあるな」
二度の邂逅、あの戦いで見せた甘さ……他にもいくつかの要素から考えられるクロムウェル・シューマンの人物像が自分の思い描く通りであれば、知人の兄を手にかけるような男ではない。
「だが、理由はどうであれ魔族に立ち向かうというその勇気には敬意を表する。貴殿は真の勇者であると言えよう」
「……ありがとうございます」
オリバーはコクリと頷くと、隣にいる黒い髪をした少女に視線を移した。
「そして、エルザ・グリンウェル……見習いでありながら誰よりも気高き魂を持つ騎士よ、此度の戦いに名乗り出てくれたこと感謝する」
「とんでもございません」
エルザはピシッと背筋を伸ばして立っている姿勢から、スッと頭を下げる。オリバーは彼女がしばしば騎士達の訓練に参加し、すでにその実力が騎士の平均を凌駕していることを知っているが、まだマジックアカデミアに通学しているということで、名目上騎士見習いという言葉を使ったのだ。
「貴殿がこの戦いに参加した理由を聞いてもいいか?」
「単純なことです。騎士としてこの国を守りたいからです」
王の問いかけにエルザは間髪入れずに澱みない口調で答える。その声にも目にも迷いの色は一切見られない。
「私がこれまで自分を鍛え続けた理由はそれ以外にはありません。自分の生まれ育ったこの街を、この国を守りたいのです」
「なるほど、立派な志だな」
「ありがとうございます……ですが」
それまで毅然とした態度で話していたエルザが初めて表情を曇らせる。
「私は魔王軍指揮官であるクロムウェル・シューマンに勝てるとは思っていません」
はっきりと告げられた言葉に、ここにいる者たち全員が反応した。オリバーは意外そうな表情を浮かべると、興味深げな視線を彼女に向ける。
「随分はっきりと言うのだな」
「はい。……確信を持ってそう言えることは恥だと思っていますが、事実を捻じ曲げるわけにはまいりません」
「……勝てない、とわかっていっても戦いに赴くと?」
「それが私の考える騎士だからです」
きっぱり答えたエルザの顔には確固たる決意が浮かんでいた。勝てないから戦わない、降参する、逃げ出す……そんなのは騎士ではない。誰も敵わないような強者にこそ勇猛果敢に立ち向かうのが騎士としてあるべき姿。そう、まさに憧れてやまない自分の父親のように。
「……少し見ぬ間に立派な騎士に育ったのだな。コンスタンも鼻が高いであろう」
「もったいなきお言葉」
エルザは軽くお辞儀をすると、一歩後ろへと下がった。長い間騎士団長の座についていたコンスタン・グリンウェルは、オリバーにとってともに近い存在であった。そんな彼の娘がこんなにも強く逞しく育っていたとは……親心に似た何かを感じる。
だが、本当に親心を感じるのはこれからであった。
「シンシア……」
最後の一人に目を向けながら、オリバーは例えようのない声でその名前を呼ぶ。対するシンシアはまっすぐに自分の父親の目を見つめていた。
「……王としては感謝の気持ちしかない。だが、父親としては……誇らしくもあり、不安でもある」
オリバーが自分の内心を吐露する。玉座に座った瞬間から一国を任される王になるため、彼は弱音や愚痴どころか自分の内面を全くさらけ出してこなかった。そんな完璧なる王が零した本音にシンシアは戸惑いを隠せない。
「お父様……」
声をかけあぐねるシンシア。こんな時、どんな言葉をかければいいのか……少し悩んだ彼女は唇をキッと結び、厳しい顔でオリバーに視線を向ける。
「王たる者、私情を挟むべからず」
「…………」
「それが、お父様が私に教えてくれたことです」
「……そうであったな」
小さな声でそう呟くと、オリバーの顔が父親のものから王のものへと変わった。
「シンシア・クレイモア。大賢者マーリンにその才を認められし者よ。多くは語らない……人間の持つ底力を魔族に見せつけてやってくれ」
「お任せください」
自信に満ちた声とともに力強く頷く彼女を見て、オリバーは娘の成長をじっくりと噛みしめる。ほんの少し前までは自分の腰ぐらいの大きさで甘えていたというのに……子供が育つスピードというのは本当に親の想像を軽く凌駕するものだ。
「と、これが我が国が誇る代表達だ」
「……何が言いたい?」
オリバーが振り返りながら軽い口調で言うと、レイラは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「何が言いたい、とは?」
「…………」
「代表が四人に満たず、まだ卒業もしていないうら若き乙女が戦いに挑もうとしている姿をSランク冒険者の我々に見せつけてなんのつもりだ、とレイラは思っている」
オリバーから目をそらしたレイラの代わりにガルガントが抑揚のない声で言う。そんな彼にオリバーは視線を向けた。
「そこまで理解しているのなら私の考えなどわかっていると思うが?」
「はっきり言ったらどうだ?代表になれって」
「強制することはできない。代表は立候補で決める、と魔王と約束したのだ」
オリバーが淡々とした口調で答えると、レイラは心底嫌そうな顔で舌打ちをする。
「……オレ様は嫌だぜ?まだまだやりたいことがある。死ぬのはごめんだ」
「"風の担い手"ともあろう者が随分と弱気なのだな」
「けっ!なんとでも言え!むしろあの戦争で奴の力を目の当たりにしてもなお戦おうって思えるそこの勇者様の方がおかしいんだよ!」
レイラは吐き捨てるようにそう言うと、フローラの事を睨みつけた。そんな彼女をフローラは落ち着いた様子で見つめている。
「レイラさん……私もシューマン君に勝てるなんて思っていませんよ?」
「ったりめぇだろ!あんな化け物に勝てる奴なんていねぇ!」
かなり荒い口調で言っても、フローラの表情は変わらない。それがレイラの苛立ちを更に募らせた。
「王よ、戦いの形式は決まっているのか?」
頭に血が上りかけているレイラを押しのけ、ガルガントがオリバーに尋ねる。
「形式というのは?」
「魔族、人間がそれぞれ代表四人を選び戦い合う、それはわかった。それは互いに一人ずつ戦い、三勝した方が勝ちなのか……それとも四人で戦い、最後に立っていた方が勝ちなのか」
「……詳しい方法は聞いていない。魔王からは代表四人を一週間で選べとしか言われていないからな」
「あぁ!?なんだよそれ!魔族の言いなりってことかよ!?」
眉を怒らせながら噛みついてくるレイラを無視してオリバーは言葉をつづけた。
「だが、人数的に考えて勝ち星による勝利は考えにくい」
もし勝利数で勝敗を決するのであれば、代表の人数は奇数にするはずだ。でなければ同じ勝ち数の時、どちらが勝者か判断することができない。
「であれば我々に勝ち目はない。そんな戦いに参加する理由がない」
「……ガルガントほどの強さをもってしても魔王軍指揮官に勝つことは難しいと?」
「無理だ」
ガルガントは表情を一切変えずに断言する。あまりにはっきりと告げたため、隣にいたレイラが驚いた顔で彼に目を向けた。
「あの男は我々とは次元が違う。人間だったということも驚きだが、その力がこれまで明るみに出なかったことが驚異的でしかたがない」
「……こいつの言うとおりだ。あんな奴に勝てるとしたら、それこそ伝説にもなっているあの偏屈ジジイしかいねぇだろ」
「マーリン殿には相談した。年老いた身体には荷が重い相手だと言われてしまった」
「だったらもう打つ手はねぇよ」
この話はこれで終いだ、と言わんばかりの口調でレイラが告げる。ガルガントも腕を組みながらその口を閉ざした。
重苦しい沈黙が謁見の間を包み込む。その強さは認知しているつもりであったが、人間の中でも最強とされるマーリンが勝つことが厳しい、という判断を下したことにショックを受けずにはいられなかった。絶望的な戦いに挑もうとしている三人の頭には様々な思いが渦巻き、黒に塗り固められていく。
キーッ……。
そんな沈黙を破ったのは、謁見の間が開かれる音であった。全員の目が同時に扉の方へと向く。
「……代表の枠が一つ空いているっていうのは本当ですか?」
この場にいる者の視線を一身に浴びながら、さして気にした様子もなく、謁見の間へとやってきたレックス・アルベールの第一声がそれだった。





