18.指揮官はプライドをへし折る天才
魔族に対し、古代兵器の恐ろしさをまざまざと見せつけた人間側のトップであるオリバー・クレイモアがとった行動は話し合いであった。それは、これ以上こちらの人員を疲弊させたくないという思いと同時に、敵の被害を最小限に抑えたいという思いからであった。
と、いうのも、オリバーの目的は魔族の殲滅ではない。可能であれば魔族と手を取り、共に平和を築いていきたいと思っているのだ。だが、それができない理由がオリバーにはある。
難航するかと思われた魔族領に送る使者に関してはすぐに決まった。まさか、立候補者がいるとは考えもしなかったが、その名乗り出たものがSランク冒険者のフライヤ・エスカルドであれば、誰からも文句は出なかった。使者とはいえ敵地に乗り込むものとして実力は問題ないうえ、転移魔法も行使することができる。最悪、自力で逃げ出すことが可能である彼女は使者として最適であった。
結論として、フライヤが使者として赴いた交渉は何も起こらなかった。それはフライヤ自身に危害が及ばなかったことと、交渉の決裂を意味している。
その結果を聞いたオリバーは決断を下した。
古代兵器を用いたアラモ砦の掌握。それも昨日のような小手調べではなく、古代兵器を全機出撃させての蹂躙。そう、古代兵器の魔族に対する有用性を目の当たりにした以上、それは「戦い」ではなく「蹂躙」であった。
ある意味で非情ともいえる命令を出したオリバーは今、監視塔にはいない。この戦いのために集められた戦士の先頭に立ち、この戦いの行く末を見届けようとしていた。
「……王よ、やはり監視塔内にいた方がいいのではありませんか?」
王国筆頭魔法陣士であるアニス・マルティーニが心配そうに話しかけてくる。そのローブには傷どころか汚れの一つもついていない。それは当然の事。なぜなら彼は王の護衛と豪語し、監視塔の外にいただけなのだ。要するに戦いにすら参加していない。
「私はここにいると決めたのだ。無用な心配はするな」
「……御意に」
アニスを一瞥した王は、すぐに視線を戦場へと戻す。デーモンキラー達が一糸乱れぬ動きで行進する様は恐怖そのもだった。味方であるはずの自分がそうなのだ、魔族からしてみれば自分達に終わりをもたらす処刑人にしか見えないだろう。
「なぁ、王様よ?オレ達は本当に見ているだけでいいのか?」
おおよそ敬意もへったくれもない口調でレイラ・カロリングが声をかけてきた。その口ぶりにアニスが眉をしかめる。
「レイラ!口の利き方には気を付けたまえ!」
「相変わらずうるせぇな。オレ様はお前と違ってご機嫌伺いとかしねーから」
うっとおしそうに耳の穴をかっぽじりながらレイラが言うと、アニスの顔がみるみる赤くなっていった。オリバーが目を向けると、レイラだけでなく、その隣にいるガルガント・ドルーも口には出さないが、同じ考えであることは見て取れる。
「……王様。私もレイラさんと同じ気持ちです。古代兵器なんかに頼りきりでいいのでしょうか?」
今代の勇者であるフローラ・ブルゴーニュも遠慮がちに問いかけてきた。
「おっ!今回の勇者様は随分話が分かるじゃねぇか!兄貴とは大違いだな!」
「ちょ、ちょっとやめてください……!」
レイラが嬉しそうに頭をぐしゃぐしゃと撫でると、フローラが困った顔で必死に抵抗する。
この者達は、非常事態が起きた時に備えてオリバーが前線に配置した、いわば最後の砦。アニスを含め、五人の猛者がこの場には控えている。その一角を担う魔女の格好をした者だけは、我関せずといった様子で大きな欠伸をしていた。
「……貴殿らが力を振るうのは今ではない。最悪の展開に備え、その力を大事に温存しておいて欲しい」
「最悪の展開などありえませんがね」
オリバーの側でデーモンキラーを操作するアイソン・ミルレインが自信ありげな表情を見せる。元々、自分達が作り出した古代兵器に関して、絶大の自信があったのだが、昨日の戦績を見た結果、それがさらに強固なものになったのだ。
「そう願いたいものだな」
「ご安心ください、オリバー王。デーモンキラーは無敵です。魔族など相手になるはずも」
「オリバー王!あれをご覧ください!!」
アイソンの話を遮って、アニスが大声を上げた。その指さす方へ視線を向けたオリバーはスッと目を細め、アイソンはニターっと嗜虐的な笑みを浮かべる。
それは黒い剣を携え、黒いコートを身に纏った男。魔族を破滅させるために生まれた古代兵器以外誰もいないこの戦場を、悠然と一人で歩いていた。
「あれは……憎き魔王軍指揮官に違いないですね」
「なに!?噂の男か!?」
フローラとじゃれ合っていたレイラが目を輝かせてそちらを見た。フローラも慌てて目で追う。
「なんだよ、一人じゃねぇか。どういうつもりだ?」
「大方、この大軍を前に和平の申し出でもしに来たのだろう。一度は断っておきながら愚かな奴だ」
「そんな殊勝な奴じゃったかのう?」
先ほどまでまったく興味がないそぶりを見せていたフライヤが、嬉しそうに笑いながら前に出てきた。そんなフライヤにアニスがバカにしたような笑みを向ける。
「あの男の力量ではデーモンキラーを前に三秒も持つまい。一人で来れば交渉の余地があると思ったか知らないが、その浅はかな考えを抱いたまま死んでいくことになるだろうな」
「そんなに弱いのか?」
「以前、魔物相手に魔法陣を組成しているのを見たことがあるが、恐るるに足りないな。我々はおろか中級冒険者にも劣るレベルだ」
「なんだよ。ちぇっ、つまんねーの」
期待から一転、レイラは退屈そうな顔になると、頭の後ろで指を組んだ。
当然、近くにいるオリバーにはアニスの話が聞こえている。だが、オリバーの考えはアニスのものとは異なっていた。
もし、あの魔物暴走の時に見せた実力が指揮官の全てであるのであれば、到底アベル・ブルゴーニュには敵わないだろう。素行はともかくとして、勇者アベルの実力は本物だった。しかしあの男はその勇者を打ち負かしている。しかも、同行したコンスタンの話を聞く限り、圧倒的に。
この目でしかと見定めなければならない。魔王軍指揮官としての実力を。そして、その正体を。
黒コートの男と、黒い処刑人達が戦場の中心で相まみえる。この場にいる全ての者達の視線がそこへと集中した。
先に動いたのは魔王軍指揮官。
即座に四つの魔法陣、しかも最上級を組成すると、自らの身体に刻み込んだ。
次の瞬間、無数の処刑人達が宙を舞う。
呆気にとられる人間達。それはSランク冒険者でも勇者でも例外ではなかった。何が起こったのかわからない、それがここにいる者達の共通認識だろう。それほどに一瞬の出来事であった。その中でただ一人、フライヤだけが信じがたい光景を見ながらニヤっと笑う。
その間にも、魔王軍指揮官は止まらない。次から次へと襲い来るデーモンキラー達を、その手に持つ剣で吹き飛ばしていった。
だが、人間達が誇る古代兵器は伊達ではない。一度斬られたくらいではかすり傷程度にしかダメージを受けてはいなかった。痛みも恐怖も感じることのない処刑人は、すぐに体勢を立て直すと、ただひたすらに目標に向かっていく。
それでも、その身体を捉えることができない。前人未到の四種最上級身体強化に転移魔法を交え、光速を超えた超光速で縦横無尽で動き回る男に攻撃を与えることなど出来るわけもなかった。
「……たしか中級冒険者にも劣るレベル、じゃったか?今日日の冒険者ギルドは優秀な人材で溢れかえっておるようじゃの」
誰もがその戦いに目を奪われている中、フライヤが嫌味たっぷりに告げる。振り返ったアニスは何か言い返そうと口をパクパクさせたが、言葉が出てこなかった。フライヤはアニスから視線を切ると、目を見開いたまま固まっているレイラに顔を向ける。
「レイラは魔王軍指揮官を狩るために来た、とか言っとったのう?ほれ、獲物は目の前じゃぞ?……それとも、その実力を前にして足が竦んでしまいおったか?」
「……なんだと?」
フライヤの軽口に反応したレイラが射殺すような目で睨みつけた。だが、フライヤはニコニコと笑っているだけ。
「あんなにも素早く動き回る相手では、狩人と名を馳せたお主でも流石に厳しいみたいじゃな。恥ずかしがることはないぞ」
うんうん、と楽しそうに頷くフライヤ。レイラはジッと見つめると、徐に大弓を取り出した。
「……ばーさんが何を考えているのかわからねーが、その挑発には乗ってやるよ!!」
レイラの周りで嵐が起こる。アニスは咄嗟に王の前に立ち、魔法障壁を張った。
「レイラっ!!王の言葉を忘れたか!?我々は有事に備えて」
「うるせぇ!!金魚の糞野郎!!」
レイラはアニスに一喝すると、自分を取り巻く風を手の中へと集結させる。そして弓を持つ左手を前に出すと、ゆっくりと弦を引き絞った。
「……オレ様は”風の担い手”・レイラ・カロリング!!最強の冒険者だ!!今、それを証明してやるぜっ!!」
レイラの弓に巨大な風の矢が生成される。その規模は昨日放った“風精の大打撃”の比ではない。正真正銘、レイラの全力。
「糞ったれの指揮官ヤロォォォォォl!!受け取りやがれぇぇぇぇぇぇ!!!”風神の怒り”!!!!!!!!!」
レイラが矢を射った瞬間、全てが吹き飛んだ。後ろに控えていた者達はもちろんの事、魔法障壁を展開していたフライヤ達も地面に轍を作りながら後方へと押し流される。だが、レイラはそんなもの見てはいなかった。
彼女の視線にあるのは古代兵器を相手に暴れまくっている男ただ一人。速度、角度共に完璧に放たれた矢を見て、レイラは命中を確信した。
だが、そのレイラの読みはものの見事に裏切られる。
レイラの矢が指揮官の男に当たる直前、極大のハリケーンが戦場を呑み込んだ。そのハリケーンはレイラの風を容易く自らに取り込み、古代兵器達を巻き上げた。
まさに天変地異。神が起こした災害に等しい力。
「嘘……だろ……?」
自分の風属性魔法に絶対的な自信を持っていたレイラのプライドが、圧倒的な実力差を前に、粉々に砕け散った。ゆっくりと弓を持つ手を下ろし、その場に跪く。
レイラの魔法によって後方へと飛ばされていたアイソンが急いで自分の持ち場に戻ると、自慢の兵器が指揮官の魔法に切り刻まれている様を見て、驚愕の表情を浮かべた。
「ば、馬鹿な!?なぜデーモンキラーが奴の魔法を受けているのだ!?どうして消すことができない!!」
魔族の魔力であれば、無効化できるのは証明された。にもかかわらず、奴の放った魔法は消えるどころか、減衰する素振りすらない。
「……これではっきりしたな」
アニスに守られていたオリバーが戦場からフローラに目を向けると、ゆっくりと口を開いた。
「お主の友人はすさまじい男だな」
「っ!?!?!?!?!?」
フローラが声にならない叫びをあげる。その反応で自分の仮説がすべて正しいことを悟った。
「王よ……話が見えないのですが?」
困惑するアニスにチラッと目をやると、オリバーは鬼神のごとく戦う男に視線を戻す。
「なに、簡単なことだ。魔族の魔力を無効化できる古代兵器が、なぜ奴の魔法を無力化できないのか。それは奴が魔族ではないからだ」
「魔族ではない?……ということはつまり……?」
信じられないといった表情を浮かべるアニスに、オリバーは淡々とした口調で告げた。
「奴の正体はクロムウェル・シューマン。我々と同じ人間だ」
ハッと息を呑む周りの者達。フライヤですら驚愕に目を見開いていた。薄々その正体に勘づいていたフローラだけが、顔を俯け、ギリッと奥歯を噛みしめる。
「……人間?あんな化け物みたいなやつが?ははは……王よ、ご冗談もほどほどに」
アニスが引き攣ったように笑った。オリバーは魔王軍指揮官を凝視しているアイソンに話しかける。
「確かに、憶測の域を出ない。だが、それ以外にこの状況を説明できるのか?」
「……いえ、それならば全て納得がいきます」
デモニウムは魔族の力を抑える鉱石。それで作られたからこそのデーモンキラーなのだ。人間と戦うことは想定されていない。
アイソンの言葉を聞いた者達は何も言うことができない。頭ではわかっているが、理解が追いつかない。目の前で魔族よりも強大な力を示している男が自分達と同じ人間であるなどと、認められるわけがなかった。
静まり返る人間達。そんな中、下を向いていたフローラがぽつりと呟く。
「……私、行きます」
「なに?」
その言葉を聞いたオリバーが眉を顰めて、フローラを見た。
「彼は……私の大切な人の親友であり、私の兄を奪った人。ここで黙って見ているわけにはいかない!!」
「ま、待つのだっ!!」
勢いよく上げた顔に浮かぶのは決死の覚悟。フローラは聖属性魔法を自身に施すと、オリバーの静止も振り切り、戦場へと駆けだした。





