13.やっぱりクロにシリアスは似合わない
俺は大馬鹿野郎だ。
傷ついている魔族達を見てそう思った。
セリスから襲撃の報告を受けた俺は、ピエールを残し、すぐにアラモ砦へとやってきた。本当はピエールも来ようとしていたけど、俺が全力でそれを拒んだ。戦いが嫌いな奴を巻き込むわけにはいかない。
砦に辿り着くと、俺に気がついた魔族が大急ぎで俺を待機所へと引っ張っていったんだ。その慌てように否が応でも嫌な想像を掻き立てられる。ある程度覚悟していた俺だったが、その部屋の状況を見た時、頭の中が真っ白になった。気がついたら回復属性の最上級魔法を詠唱していたんだ。
これは……俺のせいか?俺のせいでみんなが傷ついてしまったのか?
砦にいる魔族達が俺に情景と親愛の込もった視線を向けてくる。やめてくれ。俺にはそんな資格はない。
その視線から逃げるように、待機所の中を歩き始めた。端っこの方に幹部達が集まっているのが見える。とにかく、話を聞きたい。
幹部達の方へと向かう俺に、ララが嬉しそうに声をかけてきた。
「さっすが指揮官様!!本当に助か……」
いつものように軽い感じで話しかけてきたララが俺の顔を見て言葉に詰まる。どうしたんだよ。俺の顔に何かついてんのか?鏡がないから自分が今どんな顔をしているのかわからねぇわ。
若干怯えた様子で俺を見るララの横を通り抜け、部屋の隅へと向かう。ちらほら見知った顔が見えるが、ララ以外誰も話しかけてはこなかった。今はそっちの方が助かる。話しかけられたところで、何を言えばいいのかわからねぇから。
「クロ……」
ようやく幹部達が集まっているところについた俺を見て、フレデリカが悲痛な声を上げる。なんでそんな声を出すんだろうか?よくわからない。
俺は何も言わずにベッドに横たわる男に目を向けた。全身傷だらけ……俺の回復魔法を受けたにもかかわらず、だ。こいつはどれほどの深手を負っていたというんだ。
「“癒しの波動”」
手をかざし、ライガに更なる回復魔法を施す。他の幹部達はその様子を黙って見つめていた。外傷はこれで大丈夫なはず。後は気力次第だ。今の俺にはこの男を信じることしかできない。
俺はライガから視線を外すと、後ろにいるギーの方へ向き直る。多分、魔族達の指揮を執ってくれていたのはこいつだろう。だから、ギーに聞けばすぐにわかるはずだ。なのに、真っ先に聞かなくてはならない事が俺の口から出てこようとしない。なぜかって?その答えを聞くのが怖いからだ。
だけど、聞かないわけにはいかない。
「………………被害は?」
砂漠にいるみたいに喉がカラカラだ。視界もえらく狭い。自分の口から出てきた声は酷く無機質なものだった。
しばらく俺の顔を見つめていたギーだったが、視線を逸らすと何とも言えない顔で肩を竦める。
「死にそうなやつはいるが、死んだやつはいない。まぁ、その死にかけもどっかの誰かさんのおかげでなんとかなりそうではあるがな」
死んだやつはいない、その言葉で俺がどれだけ救われたことか。よかった……本当によかった。伝えないと。その事実を教えてくれたギーに感謝の言葉を告げなければ。
「……誰かのおかげ?誰かのせいの間違いだろ?」
だが、俺の口から出てきたのは、感謝とは程遠い言葉だった。
「俺のせいなんだろ?みんなそう思ってるだろうし、自分自身で認めちゃってんだ。笑っちまうよな」
なぜだ?俺はただ一言、ギーにありがとうって言いたいだけなのに、どうして言葉が勝手に飛び出してくる。
「自分で人間には気をつけろって言ったくせに、その本人が手を出してんだからどうしようもねぇよ、本当」
違うんだ。こんな事を言いたいわけじゃないんだ。
「何の考えもなしに工場破壊して、問題ないだろって楽観視して、挙句の果てには仲間が死に物狂いで戦っているのに、知りもしないで暢気に視察だなんて……バカすぎんだろ。魔王軍指揮官が聞いて呆れる」
頼む。これ以上何も言うな。誰か俺を止めてくれ。
「全部俺のせいなんだよ!人間が攻めてきたのもっ!お前らが戦わなきゃいけないのもっ!傷ついて、痛い思いしてんのもっ!全部、全部……俺が……!!」
パチンッ!!
一瞬何が起きたのかわからなかった。はっきりしているのは、待機所内に響き渡った音が俺の頬から発せられたものだって事と、暴走した魔力回路みたいに言葉が出続けていた俺の口が止まったって事だ。
しばらく固まっていた俺はジンジンと痛む頬に手を添えながら、険しい顔をしている自分の秘書に目をやった。
「セ、セリス……?」
震える声で名前を呼ぶ。すると、セリスはやれやれと頭を振り、はぁ……とこれみよがしに大きくため息を吐いた。
「いつまで眉間にしわを寄せているおつもりですか?ただでさえ愛想のない顔をしているのですから、増々誰も近づかなくなりますよ?」
………………えっ?
「そもそも、あなたの唯一と言ってもいい長所は『指揮官のくせに覇気がまるで感じないからなんか接しやすい』ってところなんですよ?それを失ったら、ただの不愛想で面倒くさい変人になり果てますね」
…………随分ふわっとした長所だな。ってか、褒めてないだろそれ。普通にひどいんだけど。
「大体、話が長いんですよね。ダラダラとそれっぽい言葉を並べてはいますが、言いたいことがまるで分りません。私に伝わらないのであれば、絶対に他の人には伝わりませんから。というか、あなたはどうでもいいことはベラベラしゃべるくせに、大事なことは全然言わないんですよね。言わなくても理解できるなんて甘えられると困るんですが?」
い、いや、そこまで言わなくても……。
「後、悲劇のヒーロー気取りたいのかわかりませんが、何でもかんでも自分のせいだって考えは安直で幼稚ですね。仮にあなたが何もしなければ私が手を下していたでしょうし、私達がいなくても、メフィスト達を理由にあの者達は戦争を仕掛けていましたよ。それなのに全部自分のせいだ、などと厚かましいにもほどがあります。自惚れも大概にしてください」
………………すいません、泣いてもいいですか?
完膚なきまでに叩きのめされる俺。しおしお具合が風呂につかりすぎた手のそれ。
そんな俺に厳しい顔を向けていたセリスは、表情を緩め、柔和な笑みを俺に向けてきた。
「……だから、あなたのせいなんかじゃありませんよ?あまり自分を責めないで上げてください」
………………この卑怯者が。反則だろ、その笑顔は。
俺はセリスから目を背けると、無茶苦茶に頭を掻きむしった。
「……へっ……相変わらず、セリスには頭が上がらないようだな……情けねぇ……」
みんなが一斉に声のした方へと視線を向ける。そこには、弱弱しくも馬鹿にした笑みを浮かべるライガの姿があった。
「…………この、バカっ!!!!!」
フレデリカが涙ぐみながら、ライガの身体を両手でどんどん叩く。
「……ってーな……なにすんだよ……」
「死ぬみたいなこと言うからよ!!この筋肉バカ!!単細胞!!どれだけ心配したと思ってるのよっ!!」
「ふん……文句なら勝手に助けやがったどっかの指揮官に言いやがれ……」
「ライガ……」
なんて声をかければいいのかわからない。だけど、名前を呼ばずにはいられなかった。
それ以上の言葉が出ずに、なんとも言えない顔をしている俺を見て、ライガは僅かに口角をあげると、俺に自分の拳を向けてくる。一瞬面食らった俺だったが、すぐに意図を察し、その拳に自分の拳をぶつけた。
「魔族を守ってくれてありがとうな」
「……気持ちわりぃから礼なんてするな……ちゃんと伝わってんよ……」
「あぁ」
俺は少しだけ目を瞑ると、微笑を浮かべた。それを見て、ギガントがホッと息を漏らす。
「よかったべぇ……ライガも指揮官様も。さっきの指揮官様はおっがながったからなぁ」
「クロっ!!」
フレデリカが勢いよく俺に抱きついてきた。
「あのバカを救ってくれて……ありがとう……!!」
「フレデリカ……」
フレデリカの身体は震えている。このウンディーネは本当に心の優しい魔族なんだな。自分がボロボロになっても仲間を助けようとしてたんだから。魔力の供給過多で傷だらけの腕を見ながら、俺はそう思った。
「ったく……またいじけモードに入ろうもんなら、あの時みたいに殴り飛ばしてやろうと思ったけど、セリスには敵わねぇな」
「……あぁ……クロを一瞬にして立ち直らせたからな……」
二人が俺の肩に手を置いて笑いかけてくる。あぁ、危なくブラックバーで自棄酒していた時の俺に戻るところだったよ。
「お前らも大分やられてんじゃねぇか。大丈夫か?」
「なーに、指揮官様の回復魔法のおかげ……いや、せいでピンピンしてらぁ。これじゃあ、まだまだ戦えちまううっての。余計なことしやがって」
ギーがニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。隣でボーウィットも笑いながら頷いている。
「……みんな兄弟に助けられた……なぁ……?」
ボーウィッドが振り返ると、ここにいる魔族達がみな俺に温かな視線を向けていた。なんだよ、ちくしょー……泣きそうになるじゃねぇか。
…………と、いうかフレデリカさん?いつまで抱きついているんですか?そして、やけに胸を押し当ててくるのはなぜですか?
「……もう十分でしょう、フレデリカ」
晴れやかな笑顔を浮かべながらセリスが静かな声で告げる。そのこめかみにははっきりと青筋が浮かび上がっていた。
「……私は今感謝の気持ちを身体全体で表現しているだけよ」
ぬわっ!!すげぇ力で顔面を引っ張られた!!ってか、この顔に当たる柔らかな感触って……。
「ちょ、ちょっと!!何をしているんですか!?」
「うるさいわねぇ……あんた達のいちゃつきを見せつけられたんだから、これくらい許しなさいよ」
「い、いちゃついてなどおりません!!クロ様から離れなさい!!」
こ、この展開は前にどこかで……。
俺は二人の美女に綱引きされながら、遠い記憶を呼び覚ましていた。





