4.優越感は長続きしない
人間界でもカップルに屈指の人気を誇る街、アーティクル。
街のどこを歩いても美術館の中にいるような感覚になれる美しい景観。ファッションの最先端を走り続けるブティックの数々。目でも楽しむことができるお洒落なカフェテリア。男女で楽しむことができる要素を多分に含んだ街。二代続けて勇者を輩出した、と巷で話題のこの街の近くには、おおよそデートスポットにはなり得ない様な場所が存在する。
その名もアメリー湿地帯。
雲一つない快晴の天気でも、鬱蒼と茂った木々により、いつもどんよりジメジメしているこの地に足を踏みいれようとするのは、依頼を受けた冒険者か、この地で育まれる変わった植物を求める採集屋くらいなものだった。間違っても一般人は近寄ろうとしない。訪れたところで待ち受けているのは、ぬかるんだ地面に、じっとりと肌に張り付く様な湿気、そして、そんな環境を好む魔物ぐらいだった。
どう転んでも人が集まるはずのないこの場所に、立派な鎧を身に纏った集団が手にたいまつを持ち、夜の沼地を駆け抜けていた。
彼らは王国の騎士達の中でも特別な部隊。統括大臣であるロバート・ズリーニ専任の騎士団。つまり、ロバートの言うなりに動く人形たちであった。
彼らに倫理観などはない。必要なのは命じられたことを遂行することのみ。ロバートの命令であれば、非道なことも眉一つ動かさず成すことができる、ある意味で最も人間らしからぬ存在。
そんな彼らに課された任務は元勇者アベルの抹殺。
とある騎士の命令違反により、逃げ出したアベルを殺すためだけにこんな辺境の地まで来ることになった。だが、彼らに不満の色は一切ない。頭の中にあるのはターゲットを始末することだけ。まさに、死神達の行進。抜き身の剣を片手に、薄気味悪い森の中を無表情のままただひたすらに進んでいる。
その死を運ぶ集団から少しだけ離れた場所に、彼らの標的はいた。
女性達の心を鷲掴みにしていた完璧な容姿は、今は影も形もない。ブルゴーニュ家の特徴である緑の髪も、一ヶ月以上も続く逃亡生活により一切の艶を失っていた。魔力回路を失った今、回復することもできず、ボロボロになった自分の手を見て、アベルは力のない笑みを浮かべる。
「ははっ……俺に嫉妬していた連中も、今の俺の姿を見たら大喜びするだろうな」
手だけじゃない。上着もズボンも何もかもがボロボロだった。幾度も魔物に襲われ、その度に命からがら逃げだしてきたのだからそれも仕方がないことだ。
お尋ね者の身分じゃ街に入ることなんできない。姿を隠せる場所なんて魔物の近所くらい。だから、魔物に襲われるのは必然。魔法が全く使えない自分は、魔物が出て来ても逃げる以外の選択肢を与えられることはなかった。
ぐぅー……。
「おーおー、腹の虫が泣いてるぜ。可哀そうにな」
コンスタン隊から離れてから碌な食事をとっていない。持っているのは別れるときにコンスタンに渡された剣のみ。それで狩りをしようとしても、魔法抜きでは全然成果が上がらない。運よく獲物をしとめても、火を起こすのも苦労する状況。結局、アベルは今までそこら辺に生えている名前も知らない草や木の実を食べて命をつないできた。
それも最早限界に達しようとしている。
アベルは木にもたれるような形でゆっくりと地面に腰を下ろした。そして、頭を後ろに押し当てると、大きく息を吐き出しながら目を瞑る。
瞼に浮かんでくるのは最愛の妹の姿。こっちを見ながら親愛の込められた笑顔を向けてくれる。
あいつだけだ。まっすぐに俺の事を見てくれたのは。
天才と呼ばれ続けた自分は、常に嫉妬や羨望の目を向け続けられた。最初はよかった。優越感に浸るだけの余裕があった。……だが、次第にそれもなくなっていった。
そんな奴らばかりだった地元に嫌気がさした結果、入学したのがマジックアカデミア。ここなら田舎者の自分なんかよりも腕が立つ者達がたくさんいる。自分が悪目立ちすることもなくなる。
そんな彼の期待はすぐに裏切られることになった。
幸か不幸か、彼は本物の天才だった。それは名門と呼ばれるマジックアカデミアにおいても同じこと。それもそのはず、今の学園は一部を除いて、貴族達がステータスとして通う学校に成り下がってしまっているのだから。
貴族ではないアベルの扱いはひどいモノだった。空気。その一言に尽きる。
だから、彼はそんな奴らを見返すために必死に努力した。貴族でないということが理由なら貴族になってやる。そんな思いで、歴代最年少の勇者にもなった。
その瞬間、手のひらを返したように周りの態度が一変した。
これまで、何をしても見向きもされなかった彼が、授業中に魔法を披露するだけで拍手喝采。剣を振るうだけで歓声と称賛の嵐。学園にいる間はひっきりなしに誰かが話しかけてくる。
「やっぱりアベル君はすごいなー!」
「天才だよ、ホント!」
「アベル君にできないことなんてないんだね!!僕達とは才能が違うよ!」
耳にタコができるくらいに聞いたセリフ。喜びなど感じるわけもない。
切磋琢磨し合える相手を求めて学園に入ったというのに、そんな者は一人としていなかった。力があっても地位のない者には醜い嫉妬の感情を向け、立場が変われば媚びへつらうことしかできない連中ばかり。なんの努力もせずに「才能」の一言で全てを片付けてしまう無能共。
そんな奴らから褒められる度にアベルは思っていた。
お前らは剣が持てなくなるまで素振りをしたことがあるのか?
お前らは倒れるまで魔法陣を組成したことがあるのか?
お前らは血反吐が出るまで魔物と戦ったことがあるのか?
羨望と憧憬の眼差し。うんざりだった。
ちゃんと見てくれたのは、本気で自分を慕ってくれていた妹だけ……。
「いや、違うな……」
アベルは目を閉じたままぽつりと呟いた。
二人だけ。他の連中とは違う目で俺を見てきた奴らがいた。確かあれはフローラが学園に入学して少し経ってから様子を見行った時のことだ。
仲のいい友達を紹介するって言って連れてきた男。確か、名前はレックス・アルベールとか言ったけな。なんとなく俺と同じ空気を感じたやつだ。あいつは俺の事を興味深そうに見てきやがった。純粋に強い相手を見てワクワクしているって目をしてた。まぁ、フローラがその男に気があるって感じ取ったから、ぶっ飛ばしてやろうとしたけどな。
それともう一人……そのレックスって奴に無理やり引っ張てこられた男。名前は憶えていないが、そいつはどうでもよさそうに俺の事を見ていた。それこそ、何の興味もなさそうに。
初めてだったな、あんな目で見られたのは。
何の特徴も覇気もない男。まがりなりにも勇者の俺がいるというのに気怠そうに突っ立ってたっけ。
……あいつが同世代にいたら、俺も少しは違ったか?
ガサガサッ……。
葉の擦れる音により、アベルが妄想の世界から現実へと引き戻される。面倒くさそうに目を開けると、目の前には大勢の騎士達がこちらを見下ろしていた。
「なんだよ……もうお迎えが来たっていうのか」
アベルが肩をすくめながら言うが、騎士達は無反応のままアベルに剣を向けている。
「たくっ……あの化け物に関わったのが運の尽きだったな」
ため息を吐きながら、ボリボリと頭を掻いた。腰にはコンスタンからもらった刃こぼれだらけの剣があるが、アベルは動こうとはしない。
「魔法が使えればてめぇらなんかどうとでも出来るが、今は打つ手がねぇな。……それに、もう疲れた」
アベルは諦めたような笑みを浮かべる。目の前に立つ騎士が何も言わずに剣を構えた。
「心残りがあるとすれば、てめぇらみたいな屑に殺されるってことだけだ。こんな事ならあのクソ野郎に殺されておくべきだっ……」
ザシュッ。
無慈悲に下ろされる断罪の剣。飛び散る鮮血。頭を失った身体は静かに地面へと倒れていった。
そんなアベルだったモノを感情のない目で見ていた騎士達。与えられた責務を果たした彼らは、興味を失ったかのように背を向けると、淡々と湿地帯を引き返していった。





