南国パブ、トコナッツ・ラヴァにて
――『南国パブ トコナッツ・ラヴァ』
「か、看板がピンク色じゃん!?」
「ここ、何のお店なの?」
ティリアくんが澄んだ瞳で問いかけてくる。
こんな純真な子に「ランツ先輩いきつけのエッチなお店よ」なんて言えない。って、エッチと決まったわけじゃないけれど。
「そ、そうねぇ。お、大人の人が使うお店よ、きっと」
「ふぅん?」
「ティリアくんにはまだ早いかなー」
すまし顔で言うわたし。
年上のお姉さんとして、仕事を任された責任者として、ティリア君にしっかりしたところを見せなきゃ、と背伸びする。本当は内心ドキドキだ。
「ナルルねーちゃんだって子供じゃん」
「お、大人だよ!? 15歳だもん。そりゃぁいろいろ小さいけどね!?」
「なんでムキになるのさ」
呆れ顔のティリア君、
どうせ胸とか背とか小さいですよ、ほっといて。
でも、考えてみればわたし自身は、大人になりたかったり、子供のままでいたかったり。揺れ動くことが多い今日このごろ。
店の前で不毛な会話を続けていると、お店のドアが内側から開いた。
カランコロンと軽やかなドアベルの音が響く。
「ちょっとアンタたちィ、お店の前で騒がないでくれる? 用事があるならお入りなさいな」
野太いおばさんの声が響いた。気だるく艷っぽい声。
「「ッ!?」」
店の中から姿を現した人を見て、わたしとティリア君は凍りついた。
なぜならそれは、大きな女の人……の格好をした男の人だったからだ。
ゴツイ大柄な女性、とかではなくヒゲの剃り跡も生々しい、どうみても男の人だ。
日焼けしたような浅黒い肌に化粧が施してあるけれど、隠しきれるものじゃない。
年の頃は30代ぐらいで、背丈はランツ先輩よりも大きい。
胸とか肩の筋肉がモリモリしていて、首の太さがヤバイ。斧とか剣を振り回して戦う戦士職の人みたい。
肩までの髪は金色でカールしているけれど、多分ウィッグ。
地毛の色はきっと青。だってヒゲの剃り残しが青いんだもの。
「あ……あの」
「こっ、こんにちは」
そんなゴツい男の人が、紫色のドレスに身を包んで中から出てきたのだから、驚かないワケがない。
「もう……! そんな顔してないでよ。私ネ、こうみえても乙女なの。だから……安心して。大丈夫、こわがらないで」
きゅっと肩をすくめてウィンクする。
「安心」
「乙女」
乙女と安心という言葉から一番程遠い人のような気もするけれど、それは言ってはいけない気がした。
でも、目つきを見るにつけ、怖い人ではなさそうだ。
アイシャドーの施された瞳には、キラキラとした星が輝いている。
――オカマさんのお店なんだ。
――うん。
「ラ、ランツ先ぱ……、ランツの仕事の依頼でこちらに来たのですが」
「あら! ランツちゃんのトコのお弟子さん? 話は聞いているわー。私は店長のピサーラ。オーケー。品物は準備してあるわ、お入んなさい」
「は、はい……!」
わたしは何とか笑みをつくり、頭を下げた。
受け取る物の正体はわからないけれど、話は通っているらしい。
今日はランツ先輩のいい付けで来たのだから、仕事はキチンとしなくっちゃ。
使命感がわたしを駆り立てる。
じゃなきゃ正直、こんなお店からとっくに逃げ出している。
「わたしは『みのむし亭』のナルルです」
「おなじくティリアです」
「んまぁ! 食べちゃいたいくらい可愛いわねェ」
ジョリッと顎のヒゲを指でなぞるピサーラさん。食べちゃうの意味が怖すぎて顔がひきつる。
「ほ、ほんとに安心安全なんですよね!?」
「冗談よゥ。ささ、入って入って」
「うぅ……?」
わたしとティリアはくん顔を見合わせた。
「ねぇ、南国パブって何のお店なんですか?」
ティリアくんが無邪気な声で聞いた。
子供っぽさを武器に何でも聞いてしまうあたり、将来は少年探偵にもなれそう。
「ウフフ、えっちなお店と勘違いしちゃったかしら? うちはね、健全な飲み屋さんよ。昼間は喫茶店もやってるけれど、夜はお酒を出すの。ランツちゃんもたまに来てくれるのよ? あ、私は店長のピサーラね、よろしくゥ」
バッチンと音がしそうなほどに片目をつぶる。
――ランツちゃん……て。
ここでも店主さんとランツ先輩は知り合いみたい。交友関係が広いんだなぁと感心する。
以前から思っていたのだけれど、先輩には恋人が居ない。もしかして変な趣味でもあるのだろうか?
わたしはピサーラさんを見て少しだけ心配になった。……って、先輩に限って、そんなわけ無いじゃない!?
わたしたちはピサーラさんに招かれて、店の中へと足を踏み入れた。
店の中は壁に、竹が縦に貼り付けられていて、ひんやりとしていてとても涼しい。
木のテーブルが3つばかりあり、それを囲むように藤で編まれた白っぽい椅子が何脚か置かれていた。確かに南国パブという名の通り、異国情緒が漂っている。
「わぁオシャレな内装! 南国風なんですね」
「まぁ、嬉しいわァ、わたしね南国マリノセレーゼ出身なの。ご存知かしらん?」
バチンと両手を重ねて、頬の横につける店長さん。いちいち仕草が女性っぽい。
「もちろん知ってます。一度行ってみたいんですよね……」
常夏の国、マリノセレーゼ。海が暖かくて泳げると聞いた。
お金持ちや貴族ならいざ知らず。わたし達庶民じゃ、そう簡単に旅行へは行けないけれど。
「海の色がね、あなたの瞳みたいなエメラルドグリーンでとっても綺麗なの! いつかぜひ見てみてほしいわ」
本当に乙女みたいな表情で語るピサーラさん。
「海の……色」
瞳の色を、そんな風に言われたのは初めてだった。
瞳の色は確かにグリーンだけれど、南の海の色だなんて、思いもよらなかった。
恥ずかしくて嫌だと思っていたエルフの系譜を示す髪や耳――。
そういえば前のお店でも、ナナリアちゃんが「素敵ー」って言ってくれたっけ。なんだか少しだけ、自分を好きになれそうな気がしてくる。
「品物を準備するから、そこに座ってちょっと待っててね」
「は、はいっ」
案内されてカウンター席に座ると、ピサーラさんが厨房に入った。ほどなくして、グラスを二つ持って戻ってきた。
「はい、ココミノヤシのジュース。飲んでみて」
カウンター側から、にゅっと筋肉質の腕が伸びガラスのコップを2つ置いた。白くて半透明な飲み物がわたしとティリアくんへのお茶代わりみたい。
グラスには赤い花が一輪、それと柑橘の果実の薄切りが添えられていて可愛い。
「これ、頂いていいんですか?」
「いい香りでしょう? ココミノヤシ・ウォーターよ。えんりょせず飲んでいきなさいな。御代はランツちゃんにツケておくから」
「ツケ?」
ティリアくんが首を傾げる。
「後払い……ってことみたい」
あとで先輩には話しておけばいいのかな?
それよりもジュースを飲んでみたい。なんだろう、すごく甘い香りがする。
「ありがとうございます!」
「もう、素直ねぇ」
「ぼく、ココミノヤシなんて久しぶり!」
「ティリアくん飲んだことあるの?」
「うん、国に居た頃かな」
ティリアくんは久しぶりだと喜んだ。砂漠の国イスラヴィアにも、ココミノヤシがあるんだね。脳内のイメージでも、砂漠のオアシスの横に生えている木はココミノヤシだ。
さっそく飲んでみると、味はサッパリとしていて爽やかで、甘い独特の香りが鼻から抜けてゆく。
スッと喉の奥に流れてゆく不思議な飲み味は、程よい甘さの爽やかな味。
「……美味しい!」
甘いココミノヤシの香りがとっても美味しい。
「あっ? 前に飲んだもnより香りがいい」
「ココミノヤシは砂漠のイスラヴィア産のほうが甘いけれど、南国マリノセレーゼ産のは香りが良いの。ウチは、知り合いの取引先から直接仕入れいているの」
「へぇ……!」
私達の暮らす王都メタノシュタットよりもずっと南、海と太陽の国マリノセレーゼの味。わたしは初めて飲んだ。
そして、ココミノヤシの実を使ったジュースや料理が、このお店の看板メニューなのだという。
店内に貼られた「お品書き」には、それらしいメニューが多い。
漂う甘い香りはココミノヤシ由来のものだったみたい。
「おいしいね」
「うん」
いつか、綺麗な南の海や、ココミノヤシの林を見てみたいなぁ……。わたしはガラスのコップをストローでかき混ぜながら、思いを馳せた。
と、しばらく待っていると、ピサーラさんが店の奥から戻ってきた。
ガラスのビンに入った白い液体を持っている。
「それが?」
「そう、頼まれた品物よ。南国マリノセレーゼの特産品の一つ、弾性樹脂ね。『ゴム』って言ったほうがわかりやすいかしらん?」
「あ、わかります。『ゴム』色んな所に使われる材料ですよね」
ティリア君の言うとおり、南国産のゴムは建築材料やゴーレムの関節の暖衝材として様々な用途に使われる。
特に、魔法を使って強化することで弾力が増す。それにより耐衝撃性を持たせた装甲材になったりもするらしい。
「お店の名前の『ラヴァ』って、これのことなんですね」
「ウフフ、あれは恋人って意味と、この弾性樹脂を掛け合わせた……オ・ト・ナのジョークなのっ」
「ははぁ……?」
「この白い弾性樹脂、ラヴァにとある秘密の材料を混ぜると……程よく固まって薄い膜ができるの」
一瞬、声を潜めて、そしてキャッと赤面してしまうピサーラさん。
膜? なんで恥ずかしがってるのかな?
わたしは首を傾げた。うーん? やっぱり大人の世界はまだわからない事だらけ。
「あっ、わかった! 義手をラヴァに浸して、これで皮膚を付けるんだよ!」
ティリアくんが瞳を輝かせて、ぽんと手を打つ。
「なるほど……!」
「義手をね、何回もラヴァに入れれば薄皮が重なって、皮膚みたいに……本物の手みたいになるんだよ、きっと」
「おぉー! そっか。」
わたしは、ティリアくんの説明に思わず納得した。
それに『形態維持魔法』を施せば、腐ったり分解することもなく、一年ぐらいは品質が変わらない物になるはずだもの。
ランツ先輩の「お使い」は、魔法の義手の材料を集める旅。
つまり、おそらくはこうだ。
最初のお店『干し革と魔法肉の店 ~ビヨン堂~』では、金属の骨組みに、人造の筋肉をつけた。
そしてここ。
二軒目『南国パブ トコナッツ・ラヴァ』では、皮膚の材料を仕入れる。
ということは……残る最後のお店も関係するお店に違いない。
「ランツちゃんにも、そのうちお店に来るように伝えてね! ラヴァの代金、貰わなきゃダメだから。ツケを溜めると、身体で払ってもらうわよん」
フフフとピサーラさんが目を細めて笑う。
「身体……?」
なんだかよくわからないけれど、きっと強制労働させられちゃうんだ。
ランツ先輩の身に危険が迫っている気がする。
「瓶を割らないように気をつけて帰るのよん」
ピサーラさんは瓶に厚紙を巻き、紐で縛ってくれた。
その紐で「持ち手」まで器用につくってくれた。ピサーラさんの見た目は確かに男の人だけれど、本当に心配りのできる優しい「乙女」さんなのだ。
「「ありがとうございました!」」
わたしとティリアくんはお礼を言うと、店を後にした。
これで、ふたつ目のお使いも終了。
肩から下げたカバンには、大切な義手が入っているので、今度の荷物はティリア君が持つことになった。
「あと一つだね」
「うん。次はどんなお店かな?」
「行ってみないとわからないよね」
「そうねぇ」
骨に筋肉に皮膚。
あとは義手づくりに必要なもの何かしら?
わたしとティリア君は会話を交わしながら、最後のお店を目指し歩き始めた。
◇
いつのまにか太陽は少し傾いていた。
城の裏手の路地裏に落ちる陰が次第に長くなる。
太陽の当たる部分と、暗い部分。
ふたつがまるでモザイク画のように路地裏を塗り分けてゆく。
あまり遅くなると、先輩が心配する。
地図を頼りに、更に先の区画へと進む。
道は細くなり、お店の数も少なくなる。
此処から先は、普段はあまり立ち寄らないエリア。
こういう路地裏には、たまに怖い人が居たりするから気をつけないと。
――ちょっとのんびりしすぎちゃったかな。
『みのむし亭』から一区画離れた路地に、わたし達は迷い込んでいた。
けれど「お使いメモ」に書かれた三軒目のお店が見つからない。
「あれ……? おかしいなぁ、この辺のはずなのに」
「もう一回、向こうの通りを探そうよ」
「うん、そうだね」
表通りから一本入った路地裏で、店を探しながら行ったり来たり。
困り顔のティリアくんと、そんな会話を交わしていた時だった。
「おい」
背後から、低く威圧的な声がした。
首筋にザワッとした嫌な気配を感じる。
直感が「危ない」と警鐘を鳴らす。
――ティリアくん……!
わたしは咄嗟に、傍らの小さな手を掴んで駆け出していた。
<つづく>




