第25話 国王の暗殺
朝から柊と楓は、宿屋の仕事を手伝っていた。朝と言っても柊は寝起きが悪いので、仕度が出来た時には、もう泊まり客の朝食は終わっている。
寝起きが悪いということは、熟睡できているということだ。こちらの世界へ来てから今迄、安心して眠れていたのはクレアの結界の中に居た時くらいだった。それが、この宿屋へ来てからは安心して眠れるようになった。
「髪はちゃんと、まとめておきなよ」
厨房で洗い物をする前に、柊の長い髪をマギーが後ろでまとめてリボンで結んでやる。それくらいのことはもう自分で出来るようになってはいるが、マギーの方が面倒を見てやりたいのだ。
「朝に弱いようじゃ、宿屋の後は継げないよ。頑張って、早起きしないとね」
「明日から頑張ります…」
もうすっかりマギーは、柊が娘のような気分で後を継がせるつもりになっている。このままだと、婿養子を貰わないといけなくなるかもしれない。
宿は連日満室で、忙しい毎日を過ごしていた。柊と楓が人外を討ち取ったことで、安全な宿だと評判になったこともある。そして、そんな少女にお目に掛かりたいという男達も居るだろう。
お陰で、まともな人間ならエルフの少女を賞金首だとは疑わなくなった。命を狙って来るのは人外くらいだが、それはメイプルが事前に察知してくれる。
この状況なら、アリアは柊の体を奪わなくても済んだのかもしれない。でも、こうなったのも柊がアリアに体を奪われてしまった結果なのだから皮肉なものだ。
それに、未だに人外からは命を狙われている。体を奪われた柊がエルフとして安穏と暮らせるようにアリアは今迄、尽力していたのだ。現状のままで元の体に戻ることは、柊としても本意ではなかった。
もう朝食は済んでいるので、泊まり客は次々に宿屋を後にする。最後の一人が荷物をまとめて出て行く時に、食堂を片付けていた楓に声を掛けた。
「世話になったね」
「はい、また来てくださいね」
そして、厨房に居てあまり顔を見せてくれない柊にも声を掛ける。美少女だという話しだが、その姿をあまり拝めなかった泊まり客は皆、残念に思いながら出立したことだろう。
「エルフのお嬢ちゃん。また来るからね」
「はい、待ってますよ」
泊まり客が全員出て行くと、マギーはエプロンを外して出掛ける用意をする。
「それじゃあ、食材の買い出しに行って来ようかね。留守番を頼んだよ」
マギーは夕食のメニューを市場で食材を見ながら考えるので、メモを渡してお使いを頼むという訳には行かない。
旦那が居るので留守番ではないのだが、いつも影が薄くて忘れがちだ。
「行ってらっしゃい」
マギーが出掛けると柊は厨房、楓は食堂を掃除して、後は特にすることもないので二人で食堂の席に着いて寛いでいた。
「柊は宿屋の後を継ぐ気はあるの?」
現実にそんなことになるとは楓も思っていないが、マギーは結構本気なので一応聞いてみる。
柊がアリアに拳銃を渡しに行った日は動きやすい服装で、いつもの膝上のスカートにブーツを履いていた。しかし、それ以降はずっとアリアの物だった長いスカートのヒラヒラした服ばかり着ている。もう宿屋の看板娘になったような気でいるのではないかと、ちょっと心配になってしまう。
「楓が許してくれるなら、それも悪くないかな」
「絶対に許さないから」
「だろうな」
「まだ、元に戻れる可能性はあるの?もう、そろそろ限界なんでしょ」
やはり、楓に隠し事は出来ないようだ。アリアと再会した時に、メイプルに魂が融合しているか聞いたのは楓にも聞こえていた。その意味を理解しているかどうかは別にして、時間が経つほど元に戻れる可能性が低くなるということは分かっているようだ。
「メイプル、どうなんだ?」
柊が呼び掛けると、メイプルが姿を現した。肩の上ではなくテーブルの上に立っている。
「あとニ、三日ってとこかな。それを過ぎたら、何をやっても無駄だと思う」
「ということだ」
柊の緊張感のなさに、楓は少しムッとする。
「柊がエルフのままでも、元の世界へ連れて帰るからね。もしくは、私もこっちへ残って二人で宿屋を継ぐかよ」
後者の方は、マギーが聞いたら喜びそうだ。しかし、それは柊としては何としても避けたい。楓まで自分に付き合って、こっちの世界に残る必要はない。まだ十八歳なのだから、きっと明るい未来が待っている筈だ。
「俺は最後まで諦めないよ。俺だけじゃなくて、アリアのことも信じてやれよ」
信じたいとは思う。しかし、信じ切れない自分を情けないと思う楓だった。
* * *
深夜の街中を屈強な男達が四方八方から集まり、王宮の正門の前に集結していた。分散して集まるのは、ゾロゾロと行進すれば王宮へ辿り着く前に不審に思われるからだ。
レクターがランタンを振って合図を送ると、門番が正門を開く。元は指揮官クラスの軍人だ。王宮の内部に内通者が居て、事前に根回しをしていた。
「いいか、アリア。後戻りは出来ないぞ」
「初めから、その覚悟でやっている」
「上等だ」
レクターが剣を抜くと、屈強な男達も一斉に剣を抜く。そしてアリアは片手に剣、もう片方の手には拳銃を持っていた。
「行くぞ!」
男達は王宮へと突入して行った。
夜中に柊は窓を開けて、遠くにある王宮を眺めていた。もう季節は冬になっている。窓を開けたままメイプルが戻って来るのを待つには、少しばかり寒かった。
不意に窓から風が吹き込み、肩の上にメイプルが姿を現すと柊は窓を閉めた。
「始まったよ」
「アリアも一緒か?」
「全員揃ってる」
ベッドに入っていた楓はまだ寝ていなかったのか、話し掛けられたと思って聞き返して来る。
「ん?何か言った?」
「いや、何でもない。寒かったか?」
「ん、大丈夫」
柊は自分のベッドへ入ったが、眠れずに何度も寝返りを打っていた。すると、楓がムクッと体を起こしてベッドから出ると、そのまま柊のベッドの中へ潜り込んで来る。
柊がエルフになってからは、同性だということで何の躊躇もなくベッドへ潜り込んで来た。でも、大怪我をしてクレアの所でお世話になっていた頃から、そんなこともしなくなっていた。こうして二人で一緒に寝るのは久し振りのことだ。
「始まったの?」
「ああ…」
「アリアのことが心配なんでしょう?」
「心配したところで、結果が変わる訳じゃない。アリアを信じるしかないだろう」
楓は柊の体を引き寄せ、ギュッと抱き締めた。
「不安な時は、我慢しなくていいよ。自分一人で背負わないで。どんな結果になっても、私は絶対に柊を見放したりはしないから」
そんな言葉に答えるように、柊は楓の胸に顔を埋めていた。
「成長したな…」
顔を埋めている場所が場所だけに、そっちの意味じゃないよねと内心、楓は思っていた。
王宮の内部へ侵入した男達は、いきなり人外に出くわした。入口付近に居る人間は兵士の類いで、身分の高い者ではない。そこに人外が居れば食料にされてしまうから、わざわざ配置したりはしないだろう。この人外さえ倒してしまえば、内部への侵入は容易いということだ。
アリアは人外に向けて拳銃を発射する。
バン!バン!
最初の一発は肩に当たり、二発目が脳天を撃ち抜いた。ドサッと倒れた人外の口から、ズルズルと得体の知れない生き物が這い出して来る。それをレクターが、ブシャッと踏み潰した。
「残り十四発だ」
「打ち合わせ通り、二手に分かれるぞ」
暗殺すべき相手は二人居る。一人は国王で、もう一人は人外に寄生されている国王の子息だ。アリアは拳銃を持っていることから、子息の暗殺を担当することになっていた。
レクターとアリアを合わせて二十人の男達は、十人ずつに別れて王宮の中を駆け抜けて行く。王宮の見取図は、頭の中に入っていた。
途中で障害となる兵士は、普通の人間ばかりだった。いくら人外と通じていると言っても、さすがに王宮の中に住ませるのは気持ちが悪いのだろう。
精鋭部隊である漆黒の騎士団だった男達が、死なない程度に兵士を排除して行く。王宮の警備をしている兵士など、実戦経験のある男達の相手ではなかった。
国王の子息の部屋の前まで辿り着いたアリアは、ドアの横に立って手を伸ばし、ドアノブを捻って押し込むようにドアを開けた。いきなり襲い掛かって来るかもしれないので、警戒するのは基本的なことだ。
ドアが開いても襲い掛かって来る気配がないので中を覗き込むと、既に異形の姿へと変貌した子息らしい人外が立っている。
国王と取り引きをするくらいの人外だ。相当な数の宿主を渡り歩いて、知能もかなり高くなっているのだろう。騒ぎを聞いても堂々と待ち構えているのは、人間並みの知能が故の慢心だろうか。
アリアが拳銃を構えて部屋の中へ入っても、人外にはそれが何だか分からない。
「貴様あぁぁ!」
襲い掛かろうとして距離を詰める人外に対して、アリアは拳銃を発射する。
バン!
至近距離で撃たれたのでその破壊力は凄まじく、人外の後頭部から脳味噌が飛び散って壁や天井にへばり付いた。
仰向けに倒れた人外の口からは、先程と同じように得体の知れない生き物が這い出して来る。ナメクジのようなその気持ちの悪い生き物をレクターのように踏み潰す気にはなれずに、アリアは剣で切り裂いた。
「撤退だ!」
自分の役割を終えたアリアは、仲間の男達に声を掛ける。男達は人外を一撃で倒す黒髪の少年の姿を見て、かつての黒髪の剣士の姿と重ね合わせていた。
レクターは国王の部屋へ侵入したが、そこには国王の姿はなかった。
「探せ!」
仲間の男達が部屋の中を探すと、すぐに国王は見付かった。クローゼットの中で、ガタガタと震えていたのだ。
左右から男達に腕を掴まれて引きずり出された国王は、レクターの前まで連れて来られた。
「き、貴様、元士官ではないか。どういうつもりだ!」
「王国は今日で終わりです。この国は共和国へと変わるでしょう」
「ば、馬鹿なことを…」
言い終わる前に、レクターが剣で国王の左胸を刺していた。赤い血が床に広がるのは、国王が人間である証拠だった。
「撤退する!」
レクターも仲間の男達を引き連れて、その場から去って行った。
* * *
朝から王宮の前の広場には、人だかりが出来ていた。レクターが仲間の男達を従えて、一段高い所で演説をしているのだ。
ただ国王を殺しただけでは、人殺しと大差はない。その行為が如何に正当なものであるのか。国民のためであり、これは正義なのだと説かなければならない。
遅れてやって来た柊と楓は、人だかりの後ろの方で演説を聞いていた。もう、フードで顔を隠す必要もない。柊を捕らえたところで、賞金を出す者が居なくなってしまった。
当分の間、この国の政治は混乱するだろう。そうして、民主主義の国へと変わって行くのかもしれない。異世界とは言え、歴史的な瞬間に立ち会えたことに柊は少しばかり感動していた。
「ぎりぎり、間に合ったみたいね」
そう言う楓の表情は、あまり安心した様子ではない。まだ完全には魂が融合していないとは言っても、元に戻れるという保証は何もないからだ。
「だから、アリアを信じろって言っただろう」
「お人好し!」
群衆の中に柊と楓の姿を見付けたアリアは、壇上から飛び降りると人混みを掻き分けながら、真っ直ぐに二人の所へやって来た。柊の目の前に立つと、両手を広げてからギュッと抱き締める。マギーと暫く生活していただけあって、その行動がすり込まれているようだ。
「ヒイラギ、私を許してくれるか?」
「アリアが相当な覚悟でやってることは、初めから分かってるよ。恨んでなんていないから」
「やはり、私が見込んだ男だけのことはある」
「煽てたって駄目だ。約束は守ってもらうからな」
「ああ、勿論だとも」
また楓は混乱しそうだが、抱き締めている方の黒髪の少年がアリアで、抱き締められている金髪のエルフの少女が柊だ。
「ところでアリア、拳銃は持ってるか?」
「ああ、懐に入ってる」
「弾丸は何発残ってる?」
「十三発だ」
「それだけあれば、充分だな」
ハッとして、アリアは柊から体を離した。
「この人混みの中に人外が居るのか?」
「これだけ人が集まれば、人外だって居るだろう。予想してなかった訳じゃないよな」
「そ、それはそうだが…」
「それじゃ、そういうことで。ここが片付いたら、約束を果たしてもらうからな」
柊は楓の手を取ると、向きを変えてサッサと帰ろうとする。
楓はこちらの世界へ来てから一番、柊らしい行動だと思っていた。スポーツ万能で成績優秀だったが、決して人の上に立つようなタイプではない。一歩引いた所で、他人が出来ることは他人にやらせる。言ってみれば参謀タイプだ。
公衆の面前で自警団が人外を討ち取れば、正義はそちら側にあると国民に認識されるだろう。それに、討ち取ったのが黒髪の少年ともなれば、黒髪の剣士の名誉も挽回されるかもしれない。
「ヒイラギ、人が悪いぞ。せめて、どいつが人外か教えろ!」
「全部で三体だ。頑張れよ」
柊は背中を向けたまま手を振ると、楓の手を引きながら宿屋の方へと歩いて行く。どんな姿になっても、柊は柊のままだ。楓はそう思っていた。
暫くすると群衆の方から、バン!という銃声が響いていた。




