第24話 自分との再会②
レクターの先導で柊と楓、それにアリアが部屋を出て行くと、通路の並びにある別の部屋へ入った。先程まで居た部屋に比べると随分狭くて、日本風に言えば六畳くらいだろうか。ここにあるテーブルは四角で、その方がスペース効率が良いだろう。先に部屋へ入ったレクターとアリアが奥の席に着いた。
「メイプル、どうだ?アリアの魂は融合してるのか?」
「入れ替わった時と、あんまり変わってないね」
「こっちだけの問題ってことか。それなら、まだ望みはあるな」
小声でボソボソと喋っている柊は、レクターとアリアには独り言を言っているようにしか見えない。だが、アリアにはその行動の意味が推測できた。
「精霊と会話してるのか?」
「ああ、あんたとずっと一緒に居た風の精霊だよ。今は人の形をしてるけど、その体には見えないんだよな」
「私よりも余程、エルフらしいな。私には、そんなことは出来なかった」
「やろうとしなかっただけだろう」
未だ興奮が冷めない柊に対して、レクターは立ち上がって宥めるしかない。
「まあ、お嬢さん。座って、ゆっくりと話そうじゃないか」
「お嬢さんて言うの、やめてくれないか。俺は柊で、妹は楓だ」
「ああ、分かった。ヒイラギとカエデだな」
柊と楓も席に着いて、ようやく落ち着いて話しが出来る状況になる。紅茶でも出してくれればもっと落ち着いて話しが出来そうなのに、この教会に来てから屈強な男しか見ていない。そんな気の利いた人物は居ないだろう。
「さて、どこから話せばいいのかな?」
「黒髪の剣士が居なくなるまでのことは知ってる。俺達は今、マギーさんの宿屋に泊まってるからな」
それを聞いてアリアは何か言おうとしたが、後にしてくれと言わんばかりにレクターが手でそれを遮る。今は状況を説明する方が先決だということだ。
「黒髪の剣士が居なくなった後に、人外が王宮に攻め込んで来たんだよ。しかも、掃討作戦の時のような獣に寄生した奴ではなく、人間に寄生した比較的知性の高い奴らだ。その戦いで、国王の御子息が人外に寄生された。そこで国王は人外となった御子息と約束を交わしたんだ。国王を含めた王族に、これ以上寄生しない代わりに、国民に寄生したり捕食することには目を瞑るってな。漆黒の騎士団は全滅したってことになってるが、実際はそんな国王に愛想を尽かして逃げ出したんだよ」
「話しは分かったけど、アリアが俺の体を奪った理由にはなってないな」
「漆黒の騎士団は精鋭部隊だ。国王を亡き者にするには、彼らを再び集めて味方にする必要がある。本来なら黒髪の剣士が呼び掛けるのが最適だが、もうこの世界には居ないのでな。彼の意志を継ぐ者が必要だったんだ。黒髪は見た目に分かりやすいカリスマだよ」
「国王を暗殺するつもりなのか…」
「国王が居る限り、人外との約束は守られる。アリアのこともそうだ。街中に人外が出没するのは、黒髪の剣士が国を見捨てたからだと言わんばかりに、彼が気に掛けていたアリアに国家反逆罪の濡れ衣を着せた。この国を国民の手に取り戻すには、決起するしかない」
人外が柊を襲う理由が分かったような気がする。結局、命を狙っているのは国王だということだ。事実を隠蔽するためには、アリアが生きていては困るのだろう。
ここまで黙って話しを聞いていたアリアが口を開く。
「私には、そこまでの志はないよ。謂れのない罪を着せられて、逃亡生活に疲れただけだ。この罪をなかったことにするには、国王が居なくなるしかない。利害が一致したということだ」
「それなら、別人になるだけでいいだろう。国王を暗殺する必要があるのか?」
「私には体を奪った責任がある。お前がエルフとして安穏と暮らせる環境を作らなければ、永遠にこの罪は償えないだろう」
「そういうことか…」
柊は少し考え込んでいた。何の関係もない自分は巻き込まれただけなのだから、今すぐ体を取り戻したいところだ。しかし、二十人近い屈強な男達を相手に、柊と楓だけで思い通りに事が運ぶとは到底思えない。同意がなければ、どうにもならないことだ。
アリアが体を奪った後も柊のことを案じて行動していることに、もう少しだけ信じて待つことにしようと思える。
「俺にその体を返すつもりはあるのか?」
「悪いが今は無理だ。そもそも、後戻りは出来ない覚悟でやっている。用が済んだから元へ戻るなどという簡単な話しではないだろう」
「全てが終わってからでいい。俺に体を返してもいいという気持ちがあるのかと聞いてるんだ」
「お前が望むなら、試みてはみるが」
「それでいい。約束してくれるな」
「ああ、約束する」
「俺に何か協力できることはあるか?」
「気持ちは嬉しいが、お前が居たら目立つし人外を呼び寄せることになる。事が終わるまで、自分の身を守ってほしい」
「分かった。もしアジトを変えるようなことがあれば、必ず連絡してくれ。俺達はマギーさんの宿屋に居るから」
席を立とうとする柊と楓に、アリアは先程レクターに遮られた話しをする。
「頼みがある。私のことは、マギーには話さないでほしい」
「何故だ?俺がアリアじゃないことは、もう分かってるぞ」
「私が別人に変わってしまった姿をマギーには見られたくない。もしどこかで会っても、知らない人のままで居たいんだ」
「分かった。今日のことは適当に誤魔化しておくよ。楓もいいな」
「うん、大丈夫」
アリアはマギーに対して、特別な感情があるのだろう。その気持ちは、柊にも分からないではない。出逢ったその日に抱き締められて、柊の心を癒やしてくれたのだ。一緒に生活をしていた彼女は、どれほどあの温もりを感じていたことか。
マギーのことを思い出して物思いに耽けているのかアリアが席を立とうとしないので、レクターが先導して二人と部屋を出て行く。
広い教会の通路を進んで行き、出入口のドアの前まではレクターが案内する。外はすっかり暗くなっているので、ランタンを一つだけ貸してくれた。
柊も楓も人通りが多い場所まで送ってくれることを期待していたのに、そのつもりはないらしい。スラム街がそれほど危険な場所だとは思っていないのだろう。しかし、それはレクターや他の男達が屈強な元軍人だからだ。負けると分かっていて襲い掛かる馬鹿が、どこに居るのか。
仕方なく柊と楓は、二人だけでスラム街を歩いて帰ることにする。
前を歩く柊がランタンを持ち、後に続く楓は歩きながら柊の手を握った。自分が怖いということも勿論あるのだが、それ以上に柊のことを心配していた。
例え自分の体を奪ったアリアを見付け出しても、元に戻れるという保証はない。ずっとそんな不安な気持ちを抱えていることを楓は察していた。ようやくアリアを見付け出した今でも、その不安は払拭されていない。アリアが言っていたように、元に戻るのはそう簡単な話しではないのだ。
柊がエルフのままでも、楓は元の世界へ連れて帰るつもりだ。その時は自分が、心の支えになってあげたい。そんな気持ちだった。
柊と楓の帰りが遅いことを心配していたマギーは、二人の顔を見てホッと安心していた。いくら甘い物を食べていたとしても、遅過ぎる時間だった。
「何があったんだい?まさか、人外に襲われたんじゃないだろうね」
「市場で偶然、自警団の人を見付けてアジトまで付いて行ったんです」
アリアのことはマギーには話さないと約束したのに、今日あったことをそのまま喋っている柊に楓は冷や冷やする。
「それで、リーダーには会えたのかい?」
「はい。でも、俺が探していたのとは全くの別人でした。まだ、暫くはエルフのままですね」
「そうかい、そうかい」
マギーにとって、今一番大切なのは目の前に居る状態の柊だ。アリアのことが気にならない訳ではない。でも、今は別人になっている彼女が、どこか遠くの世界へ行ってしまったような気がしていた。
これできっと柊も現実を受け入れて、エルフとして生きて行く決心をしてくれるかもしれない。そんな期待があった。
「あの、果物は買ったんだけど、途中で孤児の子供にあげちゃって」
マギーが柊の言うことを信じているので一安心した楓は、ついでに言っておかなければならないと思い口に出した。
「ああ、構わないよ。いいことをしたね」
「一番忙しい時間帯に居なくて、ごめんね」
「あんた達が無事なら、それでいいんだよ。お腹空いてるだろう。すぐに用意するからね」
マギーが厨房の中へ入ると、泊まり客に出していた料理を温め直す。その泊まり客達は自分の部屋へ戻って、食堂はガランとしていた。すると、いつも影の薄い旦那が料理を温める間の繋ぎなのか、紅茶を持って来てテーブルの上に置いてくれる。旦那も心配してくれていたと思うのだが、特に何も言わずに裏方の仕事へと戻って行った。
「なんか、罪なことしてるよね…」
ティーカップを手に取りながら、楓がボソッと呟いた。
* * *
次の日に柊と楓は、アリアのアジトであるスラム街の教会へと足を運んだ。
柊を一人で出歩かせる訳には行かないので楓はただ付いて来ただけだが、何をするつもりなのかは分かっている。昨日借りたランタンを返すために持っているのと、小振りなバッグを肩から下げている。中に何が入っているのか、楓には分かっていた。
教会では昨日と同じように、神父の格好をした男が二人を出迎えた。取り敢えず柊は、先にランタンを返してから話しをする。
「アリアに会わせてくれないか?渡したい物がある」
「後を付けられてないだろうな」
「大丈夫だ。精霊が同行してるから、人外は察知できる」
「さすがにエルフだな」
男の言い方が柊は今一つ気に入らないが、体育会系の男はそんなものだ。特に悪気がある訳ではない。
その男が昨日と同じ、通路の突き当りにある部屋まで先導してくれる。案内すると言うよりは、勝手に歩き回られたくないのだろう。
部屋の中には昨日ほどの人数は居なかったが、レクターとアリアが壁際に立っていた。そこには王宮の見取り図のような物が貼られている。
「ヒイラギとカエデか。参加表明なら、お断りだぞ」
決行の日が近いと言っているようなものだ。重大な秘密をあっさりと口に出してしまうのだから、それだけ信用されているということか。
「あんたに渡したい物がある。黒髪の剣士が、この世界に残して行った物だ」
「エイジさんが…」
柊はアリアの前へ来ると、小振りのバッグの中から拳銃を取り出した。銃身の方を持って差し出すと、アリアは持ち方も分からずに両手で受け止める。
「重いな。これは何だ?」
「黒髪の剣士が使ってた武器を知ってるだろう?それを小さくした物だと思えばいい」
「あの、人外を一撃で倒す武器か」
「そうだ。黒髪の剣士は、自分が居なくなった後のことを心配して、この武器を残して行ったんだ。これは、あんたが使うべきだろう」
「しかし、私にはこの武器の使い方が分からない」
「俺も実際に使ったことはないが、使い方だけなら知ってる」
「私に教えてくれるか?」
「そのつもりで来たんだよ。ここでは危ないから、屋外がいいな」
早速、アリアは二人を連れて部屋を出て行く。
教会の裏庭は周囲を建物に囲まれていて、外部からは見えないようになっている。見えたところで周りはスラム街だから、不審に思われることもないだろう。
柊は拳銃の使い方を一通り説明したが、やはり実際に撃ってみないと感覚を掴めないだろう。弾丸の数が十七発しかないので、練習は一発だけで済ませたい。
「いいか、人外は脳天を撃ち抜かないと致命傷にならない。よく狙って撃つんだ」
人外の頭に見立てて、古い鍋を棒の先に掛けている。それだけでは弾丸が貫通してどこへ飛んで行くか分からないので、その辺に落ちていた瓦礫を後ろに積み上げていた。
バン!
アリアが拳銃を発射すると、鍋が吹っ飛んで瓦礫の中へ落ちた。背後で様子を見ていた楓は、拳銃の破壊力よりも音の大きさに驚いていた。
「す、凄いな…」
「残り十六発だ。大事に使えよ。それから、人間に寄生した人外は宿主が死ぬと本体が這い出して来る。そいつの後始末も忘れずにな」
「済まない。私は恨まれて当然なのに、こんな指導までしてもらって」
柊はアリアの顔を見上げて、素直に格好良いなと思える。その分、今の自分が非力な少女だということも思い知らされた。
何か手助けをしたい。出来ることなら、国王の暗殺に参加したいという気持ちはある。しかし、足手まといにしかならないということも充分に分かっていた。
「待つ身は辛いな…」
柊はアリアの肩をポンと叩くと、向きを変えて楓の方へ歩いて行く。
「楓、帰るぞ」
楓は気持ちを察して手を差し出すと、柊はその手を握る。元々、柊は妹と手を繋ぐことに抵抗はなかったのだが、以前とは立場が逆転しているような気がしていた。




