第23話 自分との再会①
柊が足首を負傷したために、三日間は人外の捜索が出来なかった。その間は柊が厨房、楓は接客をして宿屋の仕事を手伝っていた。いつか国境の街で飲食店の仕事をしていた時とは立場が逆になっている。
厨房でエプロンを着けている柊を見ていると、楓は森の中でいつもエプロンドレスを着ていたミレイのことを思い出す。柊がエルフのままだったら、もう一度会いに行きたい。そんなことを考えながら接客をしていた。
比較的、早い時間に泊まり客は定員まで一杯になってしまった。
この国で一番心配されるのは、いつ人外に襲われるか分からないということだ。この宿屋に人外が現れた時に、厨房の手伝いをしていたエルフの少女が事前に察知して、黒髪の少女が仕留めたことを泊まり客が目撃していた。それが口コミで広まってしまったようだ。どうせ泊まるなら、安全な宿にしたい。そう思うのは当然のことだ。
柊にとって心配なのは、この宿にエルフの少女が居ると知られてしまったことだ。ここに柊が居ると知って人外がやって来たのか、たまたま居合わせただけなのかは分からない。いずれにしろ、危険度が増したことに変わりはない。
そろそろ、宿を変えた方が良いかもしれない。そう考える柊に対して、マギーは先手を打つ。
「あんた達のお陰で、私は生きてるようなもんだよ。二人が居なくなったら、きっと人外に食われちゃうんだろうねえ」
三日目でようやく立ったまま作業が出来るようになった柊は、ナイフで野菜を刻んでいた。あからさまな居てほしいアピールに、思わず苦笑いをする。
「いつまでも俺がここに居たら、いつか女将さんに迷惑を掛けますよ」
「迷惑だなんて、とんでもないよ。いずれヒイラギが旦那さんを婿養子にして、後を継いでもらいたいって本気で考えてるんだからね」
旦那さんという言葉に、再び柊は苦笑いをする。男性と結婚するかどうかは取り敢えず置いておいて、宿屋の若女将になるのも悪くはないなという気になってしまう。
そのためには、まだ超えなければならないハードルがある。自分が賞金首だということと、約束の一年が過ぎたら楓は無理矢理にでも元の世界へ連れて帰るつもりだということだ。
飽くまでも自分の体を取り戻せなかったらの話しだが、エルフのままならこちらの世界の方が暮らしやすいと柊は思っている。だから、それも含めて問題を解決するためにも、今は自警団のリーダーとなったアリアを探し出さなければならない。
柊や楓が手伝ったことで早めに夕食の下ごしらえが終わり、時間に少しばかり余裕があった。
「ヒイラギ、歩けるようなら市場へ行って果物でも買って来ておくれよ。カエデも一緒にね。この子は一人だと、無茶なことをするから」
「はい、分かりました」
マギーは巾着袋に入ったお金と、その場で書いた買い物のメモを渡す。
「急がなくてもいいから、帰りに甘い物でも食べておいで」
「ありがとうございます」
果物など大して必要ではなかったが、マギーの心遣いだ。
柊は厨房に置いていた二本の剣を持つと、長剣の方を楓に渡す。それに加えて楓は水筒を肩に掛け、柊はフードの付いたローブを羽織った。
「行ってきます」
二人が宿屋を出て行ってしまうと泊まり客は内心、オイオイと思うだろう。年端も行かない少女が人外を討ち取ったという話しを聞いて、この宿に泊まっているのだ。二人が居ない間に人外が襲って来たらどうするのか。
しかし、宿屋はそれを売り文句にした訳ではない。客の方が勝手に安全な宿だと思っただけだ。文句を言われる筋合いではなかった。
歩いて市場まで来た二人は、果物が並んでいるエリアで楓が買い物のメモを見ながら、柊が持つ買い物籠へ入れて行く。果物はそれなりに重量がある。本当は逆の方が良いのだが、柊の顔をあまり見られたくはなかった。
市場と言っても、露天商の集まりだ。農家が出店しているのか単品しか扱っていない店ばかりで、別の物を買う度に店を変えなければならない。
「自警団は何やってるのかしらね。全然、自警になってないみたいだけど」
一通り買い揃えると買い物籠は楓が持って、二人は市場の敷地内をブラブラと歩きながら、メモにはない果物を眺めていた。
「もしかしたら、俺は勘違いをしてるのかな。自警団というのは周りが勝手にそう言ってるだけで、本人達は別の目的があるのかもしれない」
「地下組織ってこと?そういうのって、反体制派のすることだよね」
「そうだな。不満は山のようにありそうだし」
不意に風が吹いて、柊のフードを揺らした。メイプルが何かを教えてくれているのだと思い、風が吹いて来た方向を見る。
視線の先では、食料の買い出しでもしているのだろうか。その男には見覚えがあった。楓にも知らせるために、手の甲で肩を小突く。楓は柊が見ている方向へ視線を向けた。
「あ…」
柊が口元に人差し指を立てて静かにするよう合図をするので、慌てて楓は言葉を飲み込んだ。
その男に気付かれないように、二人は後に付いて行く。人通りが多い場所を歩いている間はまだ良かったが、次第に人気のない薄暗い路地へ進んで行くと、だんだん不安になってくる。
もしも物盗りの類いに襲われたら、どう対処すべきか。相手に殺意がないのに、こちらが剣を抜くのは過剰防衛だ。
武器を使わなければ、今の柊では女性相手でも簡単に組み伏せられてしまうだろう。実際、楓にはそうされたことがある。治安の悪い場所で女性は、こんな恐怖感を味わっているんだなと改めて実感させられる。
そう思っているのは、柊だけかもしれない。楓には相手に殺意がなくても、応戦するだけの気合いはあった。斬り捨てるかどうかは状況次第だが、自分よりも柊を守りたいという気持ちが強かった。
路地の角を曲がった所で、二人は男を見失ってしまった。慌てて楓は駆け出そうとするが、柊がその肩を掴んで静止した。
「もう、気付かれてる。その辺に隠れてるんだろう」
柊はフードを取って顔を出すと、楓にはその場に居るよう手で合図をして、自分はゆっくりと歩いて行く。
物陰から先程の男が飛び出して来て、柊を羽交い締めにした。何者だ、とでも言いたかったのだろう。しかし、男は柊の顔を見て、ただ驚いていた。
「アリア…いや、あの時の黒髪の少年か…」
柊が体を奪われた時に、アリアと一緒に居た黒いマントの男の一人だった。彼も一部始終を見ていたのだから、金髪のエルフの少女が元は黒髪の少年だったことを知っていて当然だ。きっと今でも、アリアと行動を共にしているのだろう。
「アリアの所へ案内してもらおうか。嫌とは言わせないぞ」
ツカツカと楓も近寄って来た。
「探したわよ。断ったら自分で服を破って、大声で助けを呼ぶからね」
「分かったよ。案内はするが、目立たないようにしてくれよ」
エルフも黒髪も、この世界では希少な種族だ。普通に歩いているだけでも目立ってしまう。柊は再びフードを被ったが、楓は特に何も用意していないので、そのままでも仕方がない。
男が後を付けられているのを悟って薄暗い路地へ来たのかと思ったが、そのまま人気のない場所を進んで行く。
たまに見掛ける人は見窄らしい格好をしていて、道端には物乞いをする者も居るほどだ。この辺りに住んでいる人は、おそらく不法占拠なのだろう。王都にもスラム街があるのだなと、柊と楓は複雑な気持ちになる。
柊が周囲をキョロキョロ見ながら歩いているので、男は
「どうした、怖いのか?」
少し口角を上げながら、そう言う。
「か弱い女の子なんでね」
皮肉を言ったつもりの柊に対して、男が何かを言い返すようなことはなかった。
暫く歩いていると、薄汚れた女の子が男に駆け寄って来た。十歳くらいの子供で、こんな子がスラム街に居るのかと思うと悲しい気持ちになる。
「黒騎士のおじちゃん!」
「黒騎士じゃなくて、漆黒の騎士団だよ。ほら、みんなで分けて食べるんだぞ」
そう言って男は、市場で買い出しをしていた食料を籠ごと女の子へ渡した。
「いつも、ありがとう」
「あの、良かったらこれもどうぞ」
たまらずに楓は、市場で買った果物を差し出した。マギーはどうしても果物が必要だった訳ではないから、事情を話せば分かってくれる筈だ。
女の子が果物を受け取ると、悪臭が少し漂っている。きっと、何日も体を洗っていないのだろう。
柊よりも小さい女の子は、フードを被っていても下からその顔が見えていた。
「エルフのお姉さん、綺麗だね」
「あ、ありがとう」
エルフになった自分が、美少女であることは柊も分かってはいるのだ。ただ、本来の自分の体ではないから、他人からそう言われても、あまり嬉しいという気持ちはなかった。それが、幼い女の子に純粋な気持ちで言われると、何だか照れ臭いものだ。
両手に食料を抱えて満面の笑みで去って行く女の子に、柊と楓は軽く手を振る。
「孤児か…?」
「ああ、国王は人外を野放しにしてるからな。あんな子が増える一方だ」
男は意図的にスラム街を見せた訳ではないだろう。この国では一歩路地裏へ入ると、こんな光景が広がっているということだ。
男に先導されて、古い教会へ入った。宗教の概念は元の世界と変わりないが、こちらの世界にはキリストという神は存在しない。精霊の存在が広く認識されているように、自然界を崇拝する傾向がある。だから崇める神も、具体的な人物像ではない。
教会の中には神父らしい服装の人物が居たが、その男は柊が体を奪われた時のもう一人の黒いマントの男だった。
「あの時の黒髪の少年か…」
先程と同じようなリアクションだった。
そのまま柊と楓は、建物の奥の方へと連れて行かれる。アーチ型の天井の通路には、いくつもの部屋が連なっていた。
通路の突き当りにある部屋のドアを開けて中へ入ると、そこは小学校の教室くらいの広さはある空間だった。
部屋の中央には円卓が置かれていて、数人の男達が会議のように席に着いている。他にも屈強な男達が、周りに立ったまま会議に参加しているようだった。その合計は、二十人に少し足りないくらいだろうか。
「アリア、お客さんだぞ」
入口のドアから一番遠い奥の席に居るのは、紛れもなく柊が男だった時の少年の姿だった。
柊がフードを外して顔を見せると、今は少年の姿をしているアリアが立ち上がった。元々は自分の体だったエルフの姿を見て、どう思ったのだろうか。奪った側と奪われた側では、その感情も随分と違うものだった。
「よくぞ、無事で…」
「無事だと!」
柊は円卓を半周してアリアの目の前まで来ると、両手で自分の服の胸元を掴んで左右に開き、胸の谷間が見える程度にはだけた。そこには人外と戦った時の傷跡があった。
「人外に襲われた時に出来た傷だ。他にもあるぞ。全部、見せてやろうか!」
「済まない…侘びて済むようなことではないのは分かっている…」
柊は興奮気味に、今度はアリアの襟元を掴んだ。その様子を見ている楓は混乱しそうだが、金髪のエルフが柊で黒髪の少年がアリアだ。
「説明しろ!どうして、お前は俺の体が必要だった。それくらい知る権利はある筈だ」
アリアの隣りに座っていた男が立ち上がって、柊を宥めようとする。
「まあまあ、お嬢さん。場所を変えて、落ち着いて話しましょう」
その男に、柊は見覚えがない。体を奪われた時にアリアには二人の男が同行していたが、その男達には既に会っている。
「あなたは?」
「レクターと申します。以前は王宮に仕える軍人でした」
レクターが動じていないところを見ると、二人が入れ替わっていることは知っているのだろう。しかし、この部屋に居る男達の多くは、そのことを知らないのかもしれない。別に柊が気を使う必要はないのだが、あまりアリアの立場を悪くしない方が良いという気がしていた。だから、素直にレクターの言うことに従うことにする。
「分かりました。場所を変えましょう」
「諸君、本日の作戦会議はこれで終わりにする」
レクターが先頭に立って、アリアと共に部屋を出て行く。その後に柊と楓も続いた。




