第21話 旅の終着点①
王都へ来た柊と楓は、街道を歩いていた。王都だけあって人通りは多いのだが、柊が賞金首だということに気付く人はまず居ない。フードで顔を隠していることもあるのだが、二年が過ぎてほとぼりが冷めたということもあるのだろう。
宿屋の女将が言っていたように、国王が有りもしないことをでっち上げたと考えている人は少なくないのかもしれない。或いは、人外が出没して自分の身を守ることで精一杯なのに、そんなことに構っていられないということだろうか。
ただし、クワトロの家を出てからここへ来るまでに、一度だけ柊に襲い掛かる人外が居た。宿屋の時と同じように楓が斬り捨てて、近くに住む人に亡骸を片付けてくれるよう頼んだ。自分達が被害を免れたということで、喜んで引き受けてくれる。
「この国って、人外が普通に街を歩いてるのかしらね。そりゃ治安も悪くなるわ」
楓は人外を切り捨てるのに躊躇はしないが、柊の命を狙うのなら普通の人間でも斬り捨てるだけの覚悟は出来ていた。
今迄、柊は命がけで自分を守ってくれた。言葉で言うのは簡単だが、どれほどの人が本当に命をかけられるだろうか。
「国王が信頼されてないのも、それが原因かな」
「逆なんじゃない?国王が信頼できるような人物じゃないから、人外が蔓延ってるんでしょう」
「そうかもしれないな」
暫く街道を歩いて行くと、とある宿屋の前で向かい風が吹いて二人は立ち止まった。メイプルが何か教えてくれているのだが、露骨にそのことを話したりはしない。
草木と同じように、精霊も自然の一部なのだ。自然界が人間に指図をすれば、文明の発展や人類の進化に大きな影響を与えてしまう。協力はするが、介入はしない。それが精霊にとっての自然の摂理なのだ。
だからメイプルは柊に同行して、その体を守るしかなかった。魂を入れ替えるなどという自然界では有り得ないことをしてしまったために、その過ちを正す機会を待っていたのだ。
今日はこの宿屋へ泊まることを決めて柊と楓が宿屋へ入ると、女将のマギーが出迎えた。
「いらっしゃいませ」
相変わらず柊は、フードを被ったまま顔を伏せている。だが、マギーはその少女の雰囲気にハッとして、腰を屈めて顔を覗き込んだ。
「アリア!アリアじゃないか!」
マギーは思い切り、柊を抱き締める。恰幅の良い体の胸元に、柊はその小柄な体を押し付けられて息苦しくなった。
「暫く見ない間に、一段と綺麗になっちゃって」
「お、女将さん、ちょっと話しを聞いてください」
「そうだったね」
慌ててマギーは体を離し、泊まり客の方を見る。大多数の人は関心がないと言っても、賞金首であることに変わりはない。
「あんた達、ここで見たことは人に話すんじゃないよ」
まだ時間が早いので、客は二人しか居ない。旅人にとって宿屋はなくてはならないものだ。女将に逆らうつもりなど更々なく、親指を立てて見せる。
マギーは影が薄い旦那に宿の番を任せると、柊と楓を奥にある自分の部屋へと連れて行った。
柊のことをアリアだと思っているマギーに、中身が別人だということを説明するのは大変だった。それでも自分の体を取り戻すために、アリアのことを知る人物に全てを理解してもらうのは重要だ。
柊は自分が異世界から来たことや、アリアに体を奪われたことを包み隠さずに話した。信じてもらえないかと思ったが、意外にもマギーはその話しに納得してくれた。アリアのことをよく知っているだけに、言動がまるで別人であると認識できたこと。そして、以前にも異世界から来た人を知っていたからだ。
「本当にアリアじゃないのかい?何一つ、変わってやしないのにねえ」
「この体は、アリアのものですよ。ただ、中身が別人なんです」
マギーは愛おしそうに柊の頬を撫でながら、悲しい表情をしている。きっとアリアのことを娘のように思っていたのだろう。その娘が他人の体を奪って自分の体を放棄したとなると、心中穏やかでないのはよく分かる。
「最近、有志を集めてる自警団のリーダーが黒髪の少年だって話しだけど、それじゃあその子がアリアなのかい?」
その話しを聞いて、やっと自分の体に辿り着いたと柊は思った。この周辺の国で黒髪は、エルフと同程度には希少だ。とても偶然とは思えない。
「そのリーダーに、会うことは出来ますか?」
「それが神出鬼没で、どこに居るのか分からないんだよ」
柊は肩を落として溜め息をついた。やはり、そう簡単には自分の体には会えないようだ。
「まあ、暫くはここへ泊まってリーダーを探せばいいよ。ああ、そうだ。あんた達に渡したい物があるんだよ」
そう言ってマギーは、部屋の奥にある棚から木箱を持って来て柊に渡した。
「黒髪の剣士さんに頼まれてたんだよ。いつか異世界から来た人が現れたら、渡してほしいってね」
黒髪の剣士は、柊が自分の体を探すのに唯一の手掛かりだった人物だ。今迄は噂話に過ぎなかったが、ようやくその人物を知る人に出会えた。
「黒髪の剣士って、何者なんですか?」
「あんた達と同じように、異世界から来た人だよ。人外に両親を殺されたアリアを助けて、うちへ連れて来てくれたんだ、暫くはアリアも、うちで看板娘として働いてくれてたんだけどね」
「それで、その黒髪の剣士は今、何処に?」
「異世界へ通じる道具を使い果たしたとかで、元の世界へ帰って行ったよ」
柊と楓もゲートを通れるのは、残り一回だけだ。黒髪の剣士が二人よりも先にこの世界へ来ていたとすれば、もうガラス玉を使い果たしているのは当然かもしれない。
黒髪の剣士に会えなかったことを少し残念に思いながらも、納得して柊は木箱の蓋を開けた。楓が横から箱を覗き込み、入っていた物を見て驚いた。
「け、拳銃…」
それは中型の自動拳銃だった。多分、世界で一番有名な拳銃だと言われているグロックだろう。
拳銃を手に取ると、下には四つに畳んだ手紙が入っていた。それを楓に渡し、柊は拳銃の弾倉を抜いて弾丸を確認する。実弾が装填してあり、弾丸は十七発が入っている。
柊は本物の拳銃を触るのは初めてだが、引き金を引けば弾丸が発射されることは、元の世界の人なら誰でも知っている。他には弾倉に弾丸を込めて薬室に装填すれば良いこと。グロックはトリガーを引くと安全装置が外れること。機械好きの少年なら、その程度の知識はあった。
楓が手紙を開くと、英語と日本語の二つの文章か書かれていた。書かれている内容は、どちらも同じだ。再び異世界からやって来た人物が日本人だとは限らないから、確実に意思を伝えるために二つ用意したのだろう。
その内容は、黒髪の剣士と呼ばれていたエイジが、アリアを気に掛けていたことから国王に付け込まれて、人外の掃討作戦を引き受けたこと。弾丸を使い切って、元の世界へ戻ったことなどの経緯が書かれていた。そして、自分が居なくなった後に、人外が押し寄せて来ることを危惧していた。国政を司る者が人外に寄生されていたら、この国はどうなってしまうのか。そのために、拳銃を残して行ったのだ。
エイジという人物は、余程お人好しなのだろう。異世界から来た人間が拳銃を渡されて、この国のために危険を犯すと本気で思っているのだろうか。具体的に何をしろとは書かれていないので、その意図はよく分からない。
そしてエイジの素性についても書かれている。日本人でありながら小銃を撃てることから、やはり自衛隊員だということだ。
手紙には書かれていないが、現役の自衛官がどうして武器を持ち出せるのか。それは、ゲートがどこでも好きな場所に開けること。こちらの世界に比べると、元の世界では時間の経過が遥かに短いことなどが有利に働く。それらを上手く利用すれば、気付かれないように持ち出すことは可能だ。
本物の拳銃を手に入れられるような人物だ。弾丸は自衛隊の物を使わなくても、自前で調達できるだろう。
楓が手紙を読み終わると柊に渡し、同じように読んで行く。エイジが知っているのは最初の掃討作戦までで、それからは二年が経過している。
「女将さん、二年前の掃討作戦の後はどうなったんですか?」
「ああ、人外が押し寄せて来て、漆黒の騎士団は全滅しちまったよ。街に人外が紛れ込むようになって、治安は悪くなる一方さ。国王は国民を人外に売ったって、もっぱらの噂だよ」
それで自警団なのかと柊は思った。実際に国民を売ったかどうかは別として、国王からは快く思われていないのだろう。だから居場所を明かさずに神出鬼没なのだ。
「それと、アリアはエイジさんに特別な感情を持ってたんですか?例えば、恋愛感情みたいな」
「ああ、本人ははっきりとは言わないけど、すぐに赤くなってたからね」
好きな人がもうこの世界には居ないなんて、どんな気持ちなんだろうと柊は考えていた。自分も母親を亡くしているので、喪失感は分からないではない。ただ、生きているのに二度と会えないなんて、その失望感は他人には共有できないものだ。
体を奪うために処女を捧げて、女であることも捨ててしまった。その決心をさせたのは、やはりエイジが居なくなったことが大きいのだろうか。
柊は弾倉を拳銃に戻すと、安全装置を掛けてリュックの中へ仕舞った。
人外は首を切り落とすくらいのことをしないと、簡単には死なない。拳銃では脳天でも撃ち抜かないと致命傷にはならないだろう。重たい上に撃った時の反動がある。小柄な柊には、あまり使いやすい武器とは言えない。精霊の力を借りることが出来る柊や楓にとっては、そちらの方が有効だろう。
「これから、どうするの?」
「女将さんの言う通り、ここへ泊まって自警団のリーダーを探すしかないな」
「ちょっといいかい?」
この宿屋へ泊まることを決めた二人に、マギーが口を挟んだ。
「アリアがうちへ来た日に、泣いてるあの子を私がベッドで一晩中抱き締めてたんだよ。中身が別人とは言え、久し振りにアリアに会えたんだ。今晩だけでもいいから、私と一緒に寝てくれないかい?」
「はあ?」
突然、何を言い出すのかと思った。アリアと一緒に寝たい気持ちは分からないではないが、中身が別人だということは散々説明した筈だ。
柊は戸惑いながら楓の方に目をやると、ヘラヘラと笑っている。一緒に寝たくなる気持ちが分かる側の人間だ。
「いいんじゃない?悪い人じゃなさそうだし」
柊は溜め息をつきながら、
「いいですよ、今晩だけなら」
と答える。それを聞いたマギーは、満面の笑みを浮かべて喜んでいた。
夕食の後に入浴を済ませると、柊はマギーの部屋へやって来た。楓はマギーが用意してくれた部屋に一人きりだ。
こちらの世界へ来てから、寝る時はいつも下着か服を着たままだった。旅の資金は潤沢にあるので、切り詰めた生活をする必要はない。ただ、緊急時には急いで荷物をまとめなければならないので、寝間着のような無くても用が足りる物を持ち歩く気にはならなかった。
それが、この日はマギーが寝間着を用意してくれていた。元々アリアの物で、この宿屋を出て行く時に荷物に入り切らなかったのを大切に持っていたのだ。
もう、可愛らしい寝間着を着せられても、恥ずかしいとは思わなくなってしまった。魂と肉体の融合が進んだと言うよりは、単純に慣れてしまっただけだ。
「遠慮しないで、こっちへおいで」
「失礼します」
柊はマギーが寝ているベッドへ潜り込んだ。マギーにとっては懐かしいアリアかもしれないが、柊にとっては今日初めて会った人だ。それでも一緒に寝る気になったのは、こちらの世界では命を狙われているということが大きいだろう。
寝る時はいつも手が届く所に剣を置いて、ぐっすりと眠れることはなかった。それがマギーと一緒に寝ていれば、熟睡できるような気がした。泊まり客の中に刺客が居たとしても、マギーが先に気付いてくれるだろう。
ベッドの中でギュッと抱き締められて、柊は亡くなった母親のことを思い出した。マギーとはまるでタイプの違う人だったが、自分の体が小さくなったせいもあるのだろう。小学生だった頃の感覚を思い起こさせた。
「ヒイラギ、今迄よく頑張ったね」
柊を抱き締めたまま、マギーが語り掛けた。
「妹の前じゃ、弱味を見せられなかったんだろう。今なら泣いても大丈夫だよ」
マギーの優しさが、ひしひしと伝わって来る。唐突に一緒に寝たいなどと言い出したのも、こうすることが目的だったのだ。そんなことを言われると、泣きたくなくても泣いてしまいそうだ。
「うっ…」
自分の体を奪ったアリアを探し出したとしても、元へ戻れないかもしれない。そんな不安が一気に込み上げて来た。
見た目は小柄で幼くても、実年齢は十八歳だ。肩を震わせて号泣するようなことはない。それでも、マギーの優しさに甘えたくなって、その胸に顔を押し付けていた。




