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俺のカラダを返せ!  作者: 道化師ピエロ
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第19話 人外との遭遇

 柊と楓は、歩いてエイサーデル王国へ入った。以前よりは治安が良くなったと聞いてはいたが、それでも国境を越える馬車は簡単には見付からない。国を迂回する経路の馬車に近くまで乗せてもらい、後は自力で国境を超えるしかなかった。

 エイサーデル王国に来た二人は、意外な理由で柊の体を奪ったエルフの少女の名前を知ることになる。

 彼女の名前は、アリア。彼女と言っても今は柊の体になってしまったのだが、そのアリアは国家反逆罪で賞金を掛けられているのだ。

 それでも今迄、命を狙われていたことには違和感がある。人間に寄生して宿主を渡り歩く人外が、賞金目当てに襲って来るとは思えないからだ。初めに襲われたのは普通の人間だったが、化け物みたいな奴に脅されてやったと言っていた。それが多分、人外なのだろう。

 エイサーデル王国に居ること自体、柊にとっては危険な行為だ。しかし、二年の月日が流れて、この国の人の多くはアリアを捕えて賞金を得ることに、あまり感心がなくなってしまったのかもしれない。

 金髪のエルフというだけで目立ってしまうのに、まだ柊は自分を捕らえようとする者には出くわしていない。エルフだということには気付いても、それがアリアだとは考えもしないのだろう。

 賞金に興味がないと言うよりは、本当に賞金が貰えるのか疑わしいといった感じのようだ。この国の司法は、よほど信用がないらしい。治安も悪くなるというものだ。ただ、日銭を稼ぐために襲い掛かって来るような輩も居るだろうから、ローブを着てフードで顔を隠していた。


 柊と楓が国境に一番近い宿屋に入ると、一階の食堂では先客の男達が食事をしていた。歩いて国境を越えたので、もう夕食の時間帯になっていた。


「いらっしゃいませ、お二人ですか?」


 愛想の良い女将が二人を出迎えた。だが、不意にメイプルが姿を現したので、柊はそっちに気を取られていた。


「客の中に人外が居るよ」

「人間の姿のままか」


 メイプルの姿は女将には見えていないし、声も聞こえていない。だから、柊が独り言を呟いたようにしか見えなかった。

 人外は人間に寄生しても、そのままの姿で居ることも出来るから、周囲の人達はまだ気付いていないようだ。わざわざ教えて騒ぎに巻き込まれるよりは、このまま知らせない方が二人に限っては安全なのかもしれない。


「他の宿にしよう」


 メイプルの声は楓には聞こえているので、柊の意図は分かっている。黙って頷き、宿屋を出て行こうとした時だった。


「待ちな!」


 客の一人が立ち上がって、二人を呼び止めた。


「そっちの小さい方は、賞金首じゃないのか」

「人外と戦っても何の得にもならないので、放っといてもらえませんか」


 柊がフードで顔を隠したまま答えると、そのやり取りを聞いていた周囲の客は、慌てて男から離れる。小柄な少女が賞金首だということよりも、人外の方がよほど危険は大きいのだ。


「へへへっ、分かってるなら、手っ取り早くその首を頂こうか」


 瞬く間に男の姿が変貌して行く。全身が膨張して半分が獣で半分が人間のような醜い異形の姿に、周囲の男達は叫び声を上げていた。

 楓のリュックに差してある長剣を柊が鞘ごと抜き取ると、楓はリュックを床に落とし剣の柄を握って引き抜いた。剣先を床に付けたまま、首から下げた水筒の蓋を片手で開けて中の水を剣に垂らす。

 水は一滴も床へは落ちずに、剣にまとわり付いていた。そして水が剣の外周に添って高速に回転運動をする。

 柊は扇を取り出すと、自分のリュックと長剣の鞘を床に落とした。

 片手を振り降ろすようにして扇を開くと、勢い良く風を起こす。その風は渦巻き状に高速回転しながら、人外の方へ飛んで行った。


 ズバッ!


 人外の右腕がザックリと切り裂かれて、切り口からはドス黒い血が吹き出していた。


「ぎゃあああ!」


 もう一度、柊が扇で風を起こすと今度は人外の左腕がザックリと切り裂かれた。


「ぐぇえええ!」


 空気だけに腕を切り落とす程の破壊力はなくても、ある程度のダメージを与えることは出来る。

 両腕に力が入らなくなったのか、人外は反撃のために突進して来る。すかさず楓がテーブルを踏み台にしてジャンプすると、人外に向かって長剣を水平に振り切った。

 キィーンという高周波音を立てながら、長剣が右から左へと通り抜けた。

 ボトッと人外の頭が床へ落ちる。頭を失った胴体が勢い余って、ヘッドスライディングのようにドサッと床へ崩れ落ちた。

 頭を失った人外の胴体から、得体の知れない生き物がズルズルと這い出して来る。それを楓が剣先で切り裂いた。


 年端も行かない少女が二人だけで、あっと言う間に人外を討ち取ったことに、宿屋の中は静まり返っていた。


「す、すげえ…」


 客の一人が声を発すると、他の客も口々に同じ言葉を呟いている。

 そんなことを楓は気にせずに、水筒の口を剣に付けると、まとわり付いていた水が一滴残らず水筒の中へ戻って行った。そして、水が盛り上がって人の形になる。


「ありがとう、アクア」

「お役に立てて、嬉しいわ」


 人の形は他の客にも見えているが、その声はメイプルと同じように聞こえてはいない。

 柊と楓は床に落としたリュックを拾うと身なりを整えて、さっさと宿屋を出て行こうとする。


「お騒がせしました。宿を汚して申し訳ありません」

「ちょ、ちょっと待って」


 慌てて女将が二人を引き止めた。


「うちへ泊まって行きなよ。宿代は要らないって言うか、こっちは命拾いしたんだから逆にお礼をしたいくらいだよ」

「大声で賞金首だとか言われて、ゆっくり寝られますか?」


 フードを被ったまま顔を伏せて話す柊を、女将は腰を屈めて覗き込もうとする。前に垂らした長い金髪と綺麗な水色の瞳の美しい少女に、すっかり魅了されていた。


「あんた、エルフだね。こんなお嬢ちゃんが賞金を掛けられるほどの罪を犯したなんて、誰も思ってやしないよ。大方、国王が自分の面子を守るために、有りもしない罪をでっち上げたんだろうさ。それでも端金欲しさに命を狙うような奴が居たら、この私がただじゃおかないからね」


 その言葉は、他の泊まり客にも向けられていた。それを察した男達が、そうだそうだと声を出す。

 楓は柊の方を見て、どうするつもりか答えを待つ。賞金を掛けられているのは柊の方だから、その意志に従うつもりだった。


「女将さんと、一番近い部屋にしてくれますか?」

「ああ、勿論だよ。すぐに用意するから、座って待ってておくれ」


 女将はあたふたと部屋を用意しに行こうとするものの、人外の亡骸が邪魔をしていた。これを先に片付けなければならないと思い、泊まり客に声を掛ける。


「誰か、こいつを片付けてくれないかい?働いてくれたら、宿代は割引するよ」


 喜んで泊まり客の男達は、亡骸を片付け始める。以前、この国では人外からの被害を少しでも減らすために、高値で本体の生き物を買い取ってくれた。でも、その制度は二年前に廃止されてしまった。今では全く金にはならない。



 柊と楓は食堂で遅い夕食を食べていた。他の泊まり客はもう夕食を済ませていて、食べているのは二人だけだ。

 人外の亡骸は泊まり客の男達が五人掛かりで片付けて、宿代を三割ほど割り引いてもらった。宿代は前払いが原則なので、返金した形だ。

 女将が自腹を切ってそこまでするのは、一人の被害者も出なかったからだろう。二人が現れなかったら、大惨事になっていた筈だ。


 夕食に出された紅茶が人の形になり、テーブルの上をトコトコと歩いていた。楓が水筒に水を入れて持ち歩いているのは、咄嗟に水を用意できない時のためで、アクアを可視化するのは液体なら何でも構わない。

 色が付いているお陰で、普段よりも造形が分かりやすくなったアクアと楓は向かい合っていた。


「この国じゃ、人外が普通に人間に紛れてるのかしらね」

「人外にとって人間は、宿主であると同時に食料でもあるの。あなた達が現れなかったら、みんな捕食されてたでしょうね」

「捕食よりも賞金首の方が重要だったってこと?随分、知性の高い人外ね」

「人外は宿主の知能をある程度吸収するから、宿主を変える度に知性が高くなるのよ。以前は猿や猪なんかの野生動物に寄生してたんだけど、いつの頃からか人間を標的にするようになってね」

「へえ、人間の味を覚えちゃったのかな」


 追加の料理を運んでいた女将はアクアを見て一瞬驚いたが、水の精霊だと聞いてすぐに納得する。

 この世界では精霊の存在は広く知られているのに、実際に見たことがある人は殆ど居ない。本来の精霊は実体がないのだから、見たことがないのは当然だ。だからどんな形状でも、それが精霊だと言われれば、そういう物だと思ってしまう。


「エルフならまだ分かるんだけど、黒髪のお嬢ちゃんが精霊を連れてるなんて、やっぱり只者じゃないねえ」


 紅茶を飲みたくなった楓が空のカップを手に取ると、人の形をした紅茶がその中へ飛び込み元の紅茶へと戻った。

 既に食べ切れないほどの食事を出してもらったのに、更に女将は肉料理をテーブルの上に置く。これで宿代も合わせて無料だと言うのだから、人外を討ち取ったことがよほどインパクトがあったのだろう。


「良かったらニ、三日泊まって行かないかい?勿論、宿代は要らないよ」

「いえ、先を急ぐので」


 決定権が柊の方にあることを女将は察していたので、その淡々とした返事に肩を落とした。もうフードは被っていないから顔がしっかり見えているのに、目も合わせてくれない。


「残念だねえ。あんた達は人外を察知できるみたいだけど、私らは気付いた時にはもう遅いんだよ。居てくれるだけで、ほんと助かるんだけど」

「この国も大分、治安が良くなったって聞きましたけど」


 柊が話しに乗ってきたので、ここぞとばかりに女将は、お盆を持ったまま空いている椅子に座る。


「まあ、確かに王都では自警団みたいなのが現れて一般人を助けてるって話しだけど、こんな国境付近の街は、まだ安全とは言えないねえ」

「自警団ですか。それは国がやるべき仕事じゃないんですか?」

「二年前に一度、国王は人外の掃討作戦をやってるんだけどね。その後、別の人外が押し寄せて来て、もう手出しをしなくなったんだよ。自警団てのも、そんな国王に反感を持ってる連中じゃないのかね」


 元々、柊は王都へ行くつもりだったので、それが間違いでないことの裏付けになった。アリアが何かを成し遂げようとしていることと、自警団が現れたことは関係があるのだろう。

 女将が持って来た追加の肉料理に、二人は手を付けなかった。


「食べ切れないので、他のお客さんに分けてください」


 そう言われて、再び肩を落とす女将だった。


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