第18話 新たな旅立ち
柊と楓は、エイサーデル王国と国境を接する街に滞在していた。治安が良くないと言われる国へ入る前に、やっておきたいことがあったからだ。
街では腕の良い職人だと評判の鍛冶屋へ、注文した品物を取りに行く。二ヵ月余り、クレアの家に滞在したことで金銭的には、いくらか余裕があった。
殆どが作業スペースの工房へ二人が入ると、体格の良い大柄な職人が鞘に収まった長剣を取り出して柊に渡してくれる。
楓が持っている長剣は、使い古した中古を道具屋で買った物だ。実戦で使われた形跡があり、戦争があった頃の年代物だ。それを楓は薪割りに使っていたから、金属疲労でいつ折れるか分からない。
また別の中古に買い替えるくらいなら、いっそのこと造ってもらった方が良い。ただし、長剣を楓がそのまま使うには重すぎる。振り降ろす時はまだ良くても、それを再び持ち上げるのは一苦労だ。だから、もっと軽量化する必要があると柊は思っていた。
「お嬢ちゃんの言う通りに造ってみたよ。確かに鉄を何度も折り重ねて行くと、しなやかになって折れにくくなるな。そんな技術、どこで覚えたんだい?」
「知人の工房を見学したことがあるので」
嘘だった。テレビで日本刀の刀鍛冶の番組を見たことがあるだけだ。実際には、その現場へ行ったこともない。
日本刀の造り方は独特で、鉄を熱してから二つに折っては叩いて伸ばす。それを何度も繰り返して、ミルフィーユのように何層にも重ねて行くのだ。西洋のただ成形するだけの剣と違って、鉄がしなやかで折れにくくなる。折れにくいということは、薄くして軽量化が出来る。
テレビで見ただけの知識を伝えると、さすがに腕の良い職人だけあって、すぐに理解してくれた。もう一つ日本刀の特徴としては、鋼を張り合わせて刃の部分の強度を増すのだが、そこまでは要求していない。少女からの発注に疑問を抱くこともなく、職人魂を発揮してくれたのだ。
柊が鞘の方を持って差し出すと、楓は柄を握って剣を引き抜いた。
「確かに軽くなってるわね。前の剣の半分くらい」
「それを水平に振れるか?なるべく高い位置で」
いきなり楓が剣を構えるので、慌てて柊と職人は距離を取る。危うく大惨事になるところだった。
力任せに楓が剣を水平に振り、ヒュンと空気を切り裂く音がする。それを見て柊は納得した様子だ。
軽くなったとは言え、鉄であることに変わりはない。まだまだ女性には扱いにくい武器だが、楓は背中にリュックを担いだまま振り切ったのだから、柊はそれで充分だと思っていた。
「良い物を造ってもらって、ありがとうございました」
「ああ、こっちも新しい技術を教えてもらって、ありがとうよ」
代金は先に支払ってあるので、新しい長剣を鞘に入れて楓がそれを持ち工房を後にする。その足で古い方の長剣は、道具屋へ売り払ってしまった。二束三文にしかならなかったが、折れる前に売れただけでも有り難い。
「新しい剣を造ってくれたってことは、私を頼る気になったってことだよね」
「初めから楓のことは頼りにしてるよ。女の子のことを何も分かってなかったって実感した」
「そういうことじゃなくて、危ない時は私の後ろに隠れてもいいのよって話しよ」
「危ない時は来ない方がいいんだけどな」
何となくはぐらかされたような気分の楓は、もっと素直になれよと思いつつ街道を歩いて行く。小柄で歩くのが遅い柊に歩調を合わせていると、宿屋とは違う方向へ向かっていることに気が付いた。
「まだ、他に必要な物でもあるの?」
「楓が長剣を水平に振れなかったら、造り直そうと思ってたからな。その分の費用が浮いたから、また洋服でも作ろうかと思って」
「え、お揃いで作ってもいいの?」
「前に作ったのは、人外に襲われてボロボロになっただろう。半日も着てないから、残念だったよな」
以前に洋服を作った時は、単純にオーダーメイドしたことが嬉しいんだと柊は思っていた。でも、自分がエルフになったことで、それまでとは違う種類の感情を楓から感じるようになった。それはエルフだということよりも、同性になったことが大きいのだろう。
双子だから同じ環境で育ったのに男女の違いから、いつの間にか二人の間に距離が出来てしまった。そんな心の距離に楓が淋しさを感じているのを、気付いてやれなかったことを柊は反省していた。
「目を付けてた仕立て屋があるんだよね。行ってみようよ」
「なんだ、作る気満々じゃないか」
仕立て屋が、そこら中にある訳ではない。多分、柊が向かっていた店と同じだろう。それでも楓は嬉しそうに、柊の手を取って引っ張って行った。
仕立て屋で採寸を済ませると、柊と楓は宿屋へ戻って来た。この街では、ずっと同じ宿に泊まっている。
オーダーメイドで洋服を発注してしまったから、それが完成するまでにまた二、三日は泊まることになる。だからと言って、暇を持て余している訳には行かない。人外に襲われた時の対処法を柊なりに考えていた。
「まず、長剣の抜き方だよな。リュックに差してたら、すぐには抜けないだろう」
二人は宿屋の裏庭に居た。そこには浴室もあり、竈の横には薪が積み上げてある。もう何日も泊まっているから、退屈しのぎに裏庭で何かしていても女将は特に何も言わない。試し斬りに薪を真っ二つにしたところで、どうせ燃やすのだから文句は言われないだろう。
「剣が長いから、腰に差すと引きずっちゃうんだよね」
「長剣を使う時は俺が鞘ごと引き抜くから、楓はそこから剣だけを抜けばいいよ」
長剣に限らず本来剣は男性が使う物だから、腰に差しても問題はなかっただろう。漫画やアニメでは背中に担いでいるのもよく見るが、それではリュックを担げなくなる。
今はリュックを担いでいないから、楓はリュックがある体で長剣を手に持つ。柊は鞘ごと長剣を引き抜いて柄の方を楓に向けると、その柄を楓が掴んで剣を引き抜いた。
「なるほど」
リュックに長剣を差している状態でこの動作をするとなると、柊は楓の後ろに立つことになる。あのスポーツ万能で格好良くて女子にモテた柊が、危ない時は自分の後ろに隠れるのだ。自分を頼りにしてくれている。そう思うだけで表情筋が緩んで、ニンマリとなった。
「楓…気持ち悪いぞ…」
「あ、ごめん、ちょっと想像しちゃった」
「あとは、メイプルだな」
柊がそう言ったことで、メイプルが肩の上に姿を現した。
「呼んだ?」
「あの剣の風圧を高速に動かして切るってやつをアクアに伝授してほしいんだ。空気よりも水の方が、よく切れると思うんだよな」
「もう伝授してあるよ」
いつの間にと思ったが、普段は実態のない精霊だ。精霊同士の対話は、柊や楓には認識できない。ただ、柊がそうするのを予測していたということは、案外メイプルの思惑通りに事が運んでいるのかもしれない。
楓が斜め掛けにしていた水筒の蓋を開けると、中に入っていた水が盛り上がって人の形になった。
「それではカエデさん、水筒の水を剣に掛けて頂けますか」
それだけ言って、人の形をした水は水筒の中へ戻った。言われた通りに楓は、水筒を傾けて剣に水を垂らした。すると水は一滴も地面に落ちることなく、剣にまとわり付いている。
「何これ…」
「危ないから、刃の方に触るなよ」
まとわり付いた水は、剣の外周に沿って回転運動を始める。その速度があまりにも速いので、キィーンという高周波音を発していた。
元の世界にはウォータージェットという水の勢いで物体を切断する機械があるくらいだから、水で物を切るのは理に適っている。
「それじゃ、試し斬りするか」
柊は積み上げてある薪の中から太めの物を一本手に取り、竈の上に立てて置いた。
「人外と戦った時に思ったんだ。剣で外傷を負わせたくらいじゃ致命傷にならない。多分、寄生している本体は無傷だからだろうな。有効な手段としては、首を斬り落として宿主を即死させるしかない。寄生されているとは言え、元は人間だ。楓にそれが出来るか?」
「やるしかないでしょう。危ないから、そこを退いて」
柊が竈から離れると、楓は長剣を水平に振り切った。スパンと薪が上下に分かれて、上の部分は地面に転がり、下の部分はそのまま竈の上に立っていた。
元は人間でも寄生されてしまえば、それは人外だ。本体が宿主を変えても、元の宿主は元へは戻らない。それは、キアラに寄生した人外と戦った時に、元の宿主と思われる亡骸が放置されていたことからも分かる。一思いに殺ってしまった方が宿主のためだと、楓は自分に言い聞かせていた。
楓は長剣の刃の根元を水筒の口に寄せると、まとわり付いていた水がその中へ戻った。そして、再び人の形になる。
「ありがとう、アクア」
「お役に立てて、嬉しいわ」
柊はクレアに造ってもらった扇を広げると、竈に向かって一振りする。すると風が渦を巻いて、残った薪の下半分に当たった。薪は弾き飛ばされて、地面に転がる。
「俺も、もうちょっと練習しないとな。二人で上手く連携できればいいけど」
「大丈夫よ、時間的に余裕はあるから」
自信が付いたのか人外を仕留める気が満々の楓に対して、柊は愛想笑いをする。
(あんまり余裕は、ないんだけどな…)
内心は、そう思っていた。
* * *
二日間、宿屋の裏庭で柊と楓は連携して、人外を倒す練習をしていた。柊は補助的な役割に徹して、主力は飽くまでも楓の方だ。
柊を襲った人外は軍人が始末してくれたが、命を狙われている理由が未だに分からない。また別の人外が襲って来るかもしれないから、安心することは出来ない。もう、柊が自力で動けなくなるほどの重傷を負う姿は見たくないと楓は思っていた。
楓は一人だけでも、人外を倒せるくらいには上達している。柊は自分が殺られても、楓だけは生き延びてほしいと思っていた。
夕方に仕立て屋へ注文していた洋服を取りに行き、翌朝には二人でその洋服を着て宿屋を出る準備をする。
相変わらず柊の洋服は膝上のスカートだが、もうすっかり馴れてしまった。むしろ、楓と色違いでお揃いの洋服が嬉しかった。
長剣が完成するまでの期間も合わせると、もう一週間以上も滞在しているので、宿屋の女将ともすっかり顔馴染みになっている。
「本当にエイサーデル王国へ行くのかい?くれぐれも気をつけるんだよ。特にエルフのお嬢さんはね」
含みのある言い方に、何か知っているのではないかと勘繰ってしまう。でもそれが、エイサーデル王国へ向かっていることが間違ってはいないという確信になり、特に追求はしなかった。
「お世話になりました」
二人は丁寧に挨拶をすると、宿屋を出て街道を歩いて行く。
「黒髪の剣士に会えるといいな」
そんな希望を持ちながら、柊と楓はお揃いの洋服を着て、国境を目指していた。




